108 新たな弟子
「謹慎?」
翌日、朝の稽古に向かう途中である。デドルから報告を受けながら歩いていた。
「謹慎って、どういう事?」
思わず立ち止まり、デドルの方へ振り向く。
「へい。少し前に他国より使者が参った時に、国王陛下の御前で演武が行われました。まあ、歓待の宴の余興ですな。それに、王宮剣術師範であるフォルクの父親であるビゼルも当然参加しやしてな」
演武か。面白そうね。私も見てみたいな。
「演武自体は問題ありやせんでした。問題はその後です。演武を披露する時に使われた王家の宝剣が紛失しやしてね。そして、その剣を使っていたのが……」
「師範だったのね」
デドルが頷く。
「でも、師範は使っていただけよね? なのに、どうして謹慎に?」
よくよく考えたら、使っていただけで責任を追及されるのはおかしい。
「いや、それがですがね、どうもはっきりしない所がありやして……」
師範の演武をいたく気に入った他国の使者の頼みで、さらに演武の披露を続けたらしい。その為、終わったのが本来の予定時刻を大きく回った。使用した宝剣は、すぐに王宮内の宝物庫に返さなければならないのだが、そこで、予定外の事が起こる。自国の師範による演武を褒められて、上機嫌となった国王がその宴にそのまま師範を留め置いたのだ。返しに行く事も出来ずに師範はその場に留まる。国王陛下に言われたら断わる事も出来ないしね。宴が終わる頃には、宝剣はどこかに消えていた、という訳だ。
「陛下も余計な事を……」
二度しか会った事ないが、温厚そうな国王陛下の顔を思い出す。
「でも、宴の最中に無くなったって、どういう事? 師範は何て言っているの?」
そうだ。宝剣を持っていた本人が一番よく分かっているはずだ。
「それが、酒が弱いそうで……」
酔っぱらっていたのか。宝剣を帯びている事を理由に何度も断った師範に酒を勧めたのは、上機嫌の陛下だったようだ。
「それって、謹慎すべきは陛下じゃないの?」
「お嬢様っ!」
アシリカが慌てて、私を鋭く窘める。
まあ、確かに国王陛下への批判になるかな。でも、実際そう思うけどさ。正論が通じない時もあるのが政治の世界って事かしらね。理不尽だわ。
「実際、陛下も責任を感じておられるようで。王家の宝剣を失くしたなど、本来は重罪。それが、表沙汰にせず、謹慎で済んでいるのは、陛下のご意向ですな」
「誰かが、責任を取らねばなりませんものね。まさか、その責任を陛下にとも言えませんしね……」
アシリカが、沈痛な面持ちになる。
でも、これって、本当に権力争い的な何かに巻き込まれたのかしらね。単に盗難に遭っただけって気もしてきたな。けれど、そんな王家の宝剣を盗んでどうするのかしらね。売りさばくなんて出来ないと思うけど。
「それで、師範はどうなるの?」
それが問題だ。しばらくして、謹慎を解かれて復帰なら、まだ納得できる。でも、このまま王宮師範役を解任されたら、本人も辛いだろう。それに、フォルクもショックを受けるに違いない。あんなに父親を尊敬しているのだから。
「それは……」
デドルが言い淀む。
うん、どうやら、素直に謹慎が解けるとは限らないようね。クレイブの話からもすでに、次の剣術師範の役目について動いているみたいだし。
「だったら、やるしかないわね」
師範には世話になった。教えを授かった者として恩返しをしなければならない。
「お嬢様、まさかとは思いますが……」
やや諦めの入った目でアシリカがこちらを見ている。
「私が、その宝剣を探し出すわ。そして、師範の窮地を救いましょう!」
やっぱり、といった目でアシリカがため息を吐く。
「それにしても、さすがデドルね。よく一晩でここまで調べたわね」
すごいよね。王宮の中の出来事で、しかも表沙汰にされてないのにさ。
ん? 王宮の中? もしかして、デドル……。
「ねえ、王宮に忍び込んだ?」
「何か問題でも?」
そんな、つまみ食いしたけど何か? って感じの反応されてもね。
改めて、デドルの凄さを実感した私だった。
朝の訓練を終え、授業中である。
窓際の席に座り、一応授業を聞いている顔で前を向きつつ、思い返す。
いつものように朝の訓練にレオに付いてきていたフォルクに変わった様子は無かった。おそらく、まだ父親の謹慎を耳にしていないのだろう。
どうせなら、彼が知る前に何とかしたいな。
私は、どうやって宝剣を探すか思案を巡らす。いや、普段は授業に真面目に取り組んでいるが、今日は特別だよ?
宴に参加していた人に尋ねる。いや、無理だな。誰が参加していたかは、分かると思うけど、私が聞いて回るわけにもいかない。
じゃあ、手当たり次第に探す? それも不可能だ。あの広い王宮だ。どれだけの時間が掛かるか想像もつかない。すでに、必死で探しまわったはずだし。それに、もし盗難だとしたら、余計探しても見つかるとは思えない。王宮から持ち出されている可能性だって十分考えられるよね。
よくよく考えれば、無理な気がしてきた……。いや、諦めるな。師範を助ける為だ。
授業中だが、勉学以外の事で頭を悩ましている私である。そのまま、授業が終わる。結局、最後まで宝剣を探す手立てがないか考えたまま終わってしまった。授業を聞かずに考えていた成果は無い。
やはり、難しいんじゃないか――。
いくら考えてもそこに辿り着いてしまう。引き続きデドルに宴の時の状況を中心に情報収集を頼んでいるが、宝剣の在りかまでは、いくら彼でも難しいと思う。
そのまま一日の授業を終え、少し緩んだ空気に包まれる教室を出る。
「お嬢様、お疲れ様にございます」
廊下に出てきた私に待ちかまえていたアシリカとソージュが出迎えてくれる。
勉強では疲れていないけど、それは黙っておこう。
「ナタリア様」
私を呼び止める声が聞こえる。
「まあ、フォルクではありませんか。どうかされましたか?」
ちなみにフォルクは私より年上でアシリカと同じ年だ。でも、名前を呼び捨てにするように本人から頼まれていた。その辺も難しいのよね。
「はっ。殿下がナタリア様と夕食をご一緒したいと仰せです。お迎えに上がりました」
周囲の女性からは、羨ましそうな眼差しと妬ましそうな視線を受ける。もう慣れたけどね。でも逆に、私からしたら、仲の良い友人たちと楽しくおしゃべりしながら放課後のひと時を楽しんでいるあなた達の方が羨ましい。
「分かりました。食堂ですか?」
かと言って、断る訳にもいかない私である。
「いえ、それが……」
何故か言いにくそうに口ごもるフォルクである。
「と、とにかく馬車を用意しております。どうぞ、こちらへ」
馬車? 食堂なら、わざわざ馬車を使う必要がない。
アシリカと顔を見合わせ首を傾げる。
私たちは、そのままレオが差し向けた馬車に乗り込む。
「食堂じゃありませんの?」
馬車に乗ってから、対面に座るフォルクに尋ねる。
「はい。実は……」
これは、他の人には秘密です、と断ってから、フォルクが口を開く。
「で、殿下の……、手料理にございます」
は? 手料理? 手料理って、レオの手作りって事?
「あの、どういう事ですの?」
レオが料理するの? 一国の王子が料理を作ってはならないとは言わないけど、普段の彼のイメージとはかけ離れ過ぎている。
さすがのアシリカとソージュも驚きを隠せず、唖然としてフォルクを見ている。
「それが、入学してから料理に興味を持たれまして……」
どうやら、寮の備え付けのキッチンで料理する事にドハマりしているらしい。初めは随分と失敗を繰り返したそうだが、今ではなかなかの腕前となっているようだ。
ちょっと、悔しいな。下手したら、私より女子力高いんじゃないの?
「王太子である殿下が料理などと何度かお諫めしたのですが……」
まあ、普通は使用人の仕事だもんね。
「レオ様は、聞く耳を持たなかった、と」
頑固で強情だからな。
「はい。殿下は、ご自分からやってみようと思った事だからと、何度失敗しても、止めようともなさらずに……」
苦笑するフォルクである。
それ、以前に言った私の言葉だ。王宮の城壁で、制約の多い自らの自由の無い立場に苦痛に近い感情を抱いていたレオに言ったのだ。嘆くだけで終わらず、自分から何かをしようとしないのか、と。
よくそんな昔に言った私の言葉を覚えているもんだね。さすが、勉強は出来る。記憶力がいいのね。
「それを教えてくださったのは、ナタリア様だそうですね。よく殿下が懐かしそうに話しておられます」
「い、いえ。あの頃はまだ私も幼かったものですから。生意気を申しておりましたのね」
なんか、すごいいい話になっているな。でも、あの時は確か、城壁からレオを突き落としてやろうかって考えていたような気がする。な、懐かしいな……。
「父も申しておりました。ナタリア様の剣には想いが籠っていると。だからこそ、お言葉にも、人を変えるような力があるのでしょうね」
だから、そんないい話じゃないってば。
それより、この様子じゃ、やはり師範の状況は知らないようね。
「幼少の頃より殿下は、口数も少なく感情を表さない方でした。ですが、ナタリア様と出会われてからは、随分変わったと思います。従者としては、悔しい部分もありますが、ナタリア様には大変感謝しています」
深々とフォルクが頭を下げる。
従者としては悔しいか。本当に私がレオを変えたのかは、分からない。でも、フォルクの口ぶりから、レオの事を考え、大切に思っているのが分かる。
やはりこの人は師範の息子だな。よく似ているよ。
「フォルク。これからもレオ様をお側で支えてくださいね」
そして、もしもレオがヒロインに誑かされて、私を断罪しようとした時は止めてね。このフォルクなら、期待できそうだ。
「もちろんです」
力強くフォルクが頷く。
いざとなったら頼むわよ、と考える私の目に小道の脇に立つクレイブの姿が映る。しかも、三人の男に囲まれている。
「止めて!」
思わず叫んでしまう。
御者が慌てて、馬車を止める。
「どうなさいましたか?」
突然叫んだ私に、フォルクが目を丸くしている。
そんなフォルクに構わず、私は馬車から飛び出す。
「何してるの!」
クレイブを取り囲んでいる三人の男を睨み付ける。
「ちっ。学院の生徒か。仕方ねえ、引き上げるぞ」
私の姿を見て、男たちが逃げるようにその場を立ち去っていく。
「ちょっと。待ちなさい!」
私の声に振り向きもせず、足早に男たちは消えてしまった。
どうして、慌てて逃げる必要があるのかしらね。何かやましい事でもあるのかしら。
「嬢ちゃんか……」
男たちの立ち去った方を見ている私にクレイブがどこか虚ろな表情を向けてくる。
「クレイブ?」
どうしたのかしら? 何だかんだ言っても、あんな男三人くらいにやられるような人じゃないはずだけど……。
「ねえ、どうしたの?」
私がもう一度尋ねると同時にその場に、クレイブは崩れ落ちた。
「あの……」
ちらりと、レオを見る。
何とも言えない気まずい空気に包まれるレオの部屋である。
「いや、仕方あるまい……」
レオも目の前の光景にただそう頷く。
「すまんが、これのおかわりを貰えんかの?」
そう器を差し出すクレイブを冷たい目で見ている私である。
目に前で突然倒れたクレイブに慌てた私だった。そのまま放っていく訳にもいかないと、成り行きでレオの部屋まで連れてきたのだが……。
「いやあ、最近何も食べておらんかってのう」
どうやら借金まみれで、所持金も無く、ほとんど何も口にしていなかったらしい。給料日まであと少しの所で今日の結果を招いたのか。
この様子じゃ道場にも帰ってないのだろうな。いや、帰りづらいのだろう。
空腹で倒れただけと分かり、レオの作った手料理が次から次へとクレイブの胃袋へと消えていっていた。
「レオ様、本当に申し訳ございません」
レオに謝る。クレイブ、私が思わず連れてきてしまったからな。
「嬢ちゃん、お主ももっと食わんか。なかなか美味いぞ」
あのね、クレイブ。あなた、レオが何者か分かってる? そろそろちゃんと説明しないといけない。クレイブの態度にレオの従者が眉間に皺が寄せてきているよ。
「いや、構わん。それより、老人。美味いのか? 率直な意見を聞きたいのだが」
レオは料理を美味いと口にしたクレイブに気を良くしたようだ。
フォルクに手渡されたおかわりを入れられた器の中身を一気にかき込んでから、クレイブはレオの方を向く。
「なかなかじゃな」
「ご老人、口の利き方を注意されよ。この方は……」
お腹が満たされ、一息つくクレイブにフォルクが顔を顰める。
「いいのだ、フォルク。老人、他にも意見を聞かせてくれ」
さすがに黙っていれなくなったのか、フォルクがクレイブを窘めようとしたのをレオが素早く止めた。
なるほど。レオは、王太子の身分など関係無しにして、料理の素直な評価を聞きたいのか。
「ふむ……」
おもむろにクレイブが立ち上がる。
「どうした?」
レオが不思議そうにクレイブを見上げる。
「厨房を借りるぞ。お若いの、お前さんも付いてまいれ」
そして、始まったのは、クレイブの料理教室。
そういえば、クレイブ、料理が得意だったな。道場で食べたが、確かに美味しかった。
「この場合、このハーブを使えば、香り付けにもなるし、コクも出るんじゃよ」
「な、なるほど!」
クレイブの説明にレオが目を輝かせている。
「……何、この状況?」
私だけでなくアシリカやソージュ、それにレオの従者もその状況を飲み込めない。呆然とキッチンを眺めているだけである。
「老人! いや、我が料理の師よ! もっと俺に教えて欲しい!」
「ふっふっふっふ。構わんが、ワシは厳しいぞ」
「望むところだ!」
どうやら、この国の王太子と剣聖と呼ばれる男は子弟関係を結んだようだ。
ま、いいかな。レオも剣聖に弟子入りした私を羨ましがっていたしさ。自分も弟子になれて良かったんじゃない? 剣術ではなく、料理のだけどさ……。
私はレオとクレイブを生暖かい目で見守っていた。
初めてレビューを頂きました。
この場を借りて、お礼させて頂きます。
ありがとうございました。
こんなにも嬉しいものとは、思ってもいませんでした。