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戦うお嬢様!  作者: 和音
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104 不正と拗ねた男の後始末

 よく思い返してみれば、レオが感情を、大きく露わにしているのを見た事がない。

 今私の隣に座るレオからは、怒りの感情を感じる。深く眉間に皺を寄せ、目からも強く怒気が籠っているのが分かる。


「……帰る」


 そう言うと、レオは、すっと立ち上がる。

 そして、振り返ることなくその場を立ち去っていく。


「レ、レオ様?」


 さすがの私も予想外の出来事に唖然となってしまう。何が何だか分からない。一体、何が起こったというの?

 ロジックとアルガスも先ほどまでのやり取りを忘れたかのように、呆然とレオの後ろ姿を見送っている。


「お嬢様!」


 アシリカの声だ。彼女は図書館の外で待機していたはずだけども。


「そこで殿下とすれ違いましたが、何があったのですか? あんなお怒りになった殿下は初めてです」


 アシリカもレオの異変を感じ取ったようだ。アシリカの後ろで、ソージュも心配そうに私を見ている。


「分からないわよ」


 しかし、私に聞かれてもそうしか答えられない。何をあんなに怒っているのだ?


「何か、殿下にご無礼な事でもされ――」


「それより、何の用?」


 レオの怒りが移ったのか、アシリカの言葉を遮る私の声もどこか荒々しい。どこか私の心の奥底にも、さざ波が起こっているような気がする。


「……はい。お嬢様に伝言が」

 

 ちらりと、アルガスに視線をやってから、アシリカが私の耳元で伝言を伝えて来る。内容はデドルとトルスからの報告。


「……そう。分かったわ」


 一言、小さく呟く。


「ロジックさん、あなた、成績は何位?」


 突然のレオの離席で、止まっていた質問をもう一度口にする。


「ナタリア様。殿下が行かれてしましましたが……?」


 そんな私にアルガスが戸惑いながら、レオの立ち去った方と私の顔を交互に見ている。

 言われなくても、そんな事私も分かっている。あのレオの態度も気になるが、今はそれ以上にデドルとトルスからの報告に沸々と怒りがこみあげてきている。


「え? 何故にございますか?」


 尋ねる私からロジックは目線を逸らせる。


「では、アルガス様は?」


 今度はアルガスに尋ねる。


「え? せ、成績にございますか?」


 こちらも私から目を逸らす。


「二人とも何故、答えないのですか? まさか、忘れたとかではございませんよね?」


 わざとらしいくらいに首を傾げて、二人をじっと見る。


「……それとも、二人の答案用紙が入れ替わっていた、とか?」


 クスリと笑う口元を手で隠し、目だけは刺すような視線を二人に浴びせる。

 ロジックとアルガスの二人は、レオが突然立ち去った時以上に言葉も出ずに目を見開き、驚愕の表情となっている。


「あら? 正解ですか? やっと、私にも分かる問題が出てきました。嬉しいですわ」


 俯き何も言わない二人にさらに大袈裟に喜ぶ。


「感心はできませんわ。特にアルガス、あなたはね」


 冷たい口調に変わり、さらに呼び捨てにされたアルガスが、さっと顔を上げて私を見る。しかし、その目には怒りではなく、恐怖が宿っている。


「あなた、去年の冬の初めに学院を休んで、別荘に行きましたね?」


 デドルからの報告である。そして、その日にロジックの両親の乗った乗り合い馬車が事故に遭っている。


「その道中、事故を目撃していると思いますが……」


 そして、トルスからの報告。確かに乗り合い馬車の事故は不幸な偶然だった。だが、そこにもう一つの事実があったのだ。


「あなたは事故に遭った乗り合い馬車を助けようとしないばかりか、助けを求める者たちを見捨てたそうですわね。せめて、重症者だけでも、街まで連れていって欲しいという頼みも聞かなかったそうですね」


 俯いていたロジックがはっとなり、隣のアルガスを凝視する。

 アルガスの従者も助けるようとするのも止めさせたそうだ。その従者が事故の事を気にして、後日に詳細を調べたらしい。おそらく、その従者から事故で亡くなったのが、ロジックの両親だと聞いたのだろう。


「あの事故では、亡くなった方もいます。あなたは、心が痛まなかったのですか?」


 ロジックが唇を噛みしめ、目の端に涙を浮かべている。彼にしたら、悔しいだろう。自分の両親を見殺しにした男の成績の為に、替え玉になったのだから。

 それに引き換え、アルガスは見捨てたばかりか、それをうまく己の欲の為に利用したのだ。


「申し開きはありませんの?」


 声のトーンが一段と下がる。


「ば、馬車が血で汚れるのが……」


 震える声でアルガスが答える。

 そんな理由で、見捨てたのか。心が冷え冷えとしてくるのが自覚できる。


「アルガス……」


 私は立ち上がり、目の前のアルガスを見下ろす。


「あなたは、貴族としてじゃなく、人として最低よ」


 私のその言葉がよほどショックだったのか、アルガスはがっくりと項垂れる。


「そして、ロジック。あなたも何故、誰かに相談しなかったのですか? 確かにご両親の事はお気の毒ですし、妹さんの事も気がかりでしょう。ですが、誰かにもっと相談すべきでした。こんな不正に手を染める前に……」


 確かにロジックは被害者の側面もある。でも、他にやり様もあったはずだ。アルガスに言われるがままに、替え玉になる前に、誰かを頼るべきだったのだ。一人図書館で勉強している時間を割いてそうするべきだったのだ。


「も、申し訳ございません。今から、先生の所に行って、すべてを白状してきます」


 覚悟を決めた顔となり、ロジックが立ち上がる。


「お、おい。待て。そんな事したら俺まで……。お前もタダでは済まないのだぞ。下手したら退学だ。そうなったら平民のお前なんか、一生日の目を見ないぞ」


 そんなロジックを慌てた様子でアルガスが止める。立ち上がったロジックの肩を掴み、首を横に振っている。

 こいつ、何も分かってない。極悪人では無いかもしれないが、救いようのない最低男だ。


「ソージュ」


 私の声と共に素早くソージュがアルガスの側に行き、彼の腹に一発拳を入れる。


「うぐっ」

 

 アルガスはそれだけで、腹を抑えて崩れ落ち、苦悶の表情となる。ソージュは手加減していたみたいだけど、彼には強烈だったみたいね。


「私も平民。しかも孤児ダッタ」


 ソージュの蔑む目に唇を噛みしめ、アルガスは苦しんでいる。


「アルガス。私の侍女に暴力を振るわれたって訴えてみる? 別にいいわよ。うちの侍女は私の命に従っただけだし、そうなれば、私も全力であなたと争うわ」


 床に腰を着き、アルガスは必死で首を振って体を震わせている。


「アルガス様。僕はもう覚悟を決めていますから。退学も覚悟してますよ」


 儚げな笑みの中にも、決意とアルガスへの怒りが目に籠っているロジックである。

 私に一礼して、ロジックは歩き出す。


「待って、ロジックさん」


 私の声に立ち止まり、ロジックが振り返る。


「あなたの妹は心配ありませんわ。私が信頼出来る人の元へ預けておきます」


「……ありがとうございます」


 もう一度、深々と頭を下げ、立ち去っていくロジック。


「アルガス。あなたの身もどうなるか、覚悟しておきなさいよ。それとね、不正で手にした成績なんて、すぐに化けの皮が剥がれる幻よ。そんな事も分からない愚か者こそ、国の上に立つ者の側には必要ないわ」


 もはや、生きる気力も失ってしまったかのような白い顔になったアルガスは、虚ろな目である。


「行くわよ」


 私は、踵を返して、その場から立ち去っていく。

 アルガスの不正を暴き、悪事を成敗したが、達成感が一つもない。それは、ロジックの両親が亡くなってしまっているという事もあるが、それだけじゃなかった。

 理由は分かっている。

 私の脳裏に、レオの表情と立ち去る後ろ姿がこびり付いて離れなかったのだ。 




 図書館から出てきて、デドルの待つ馬車へと戻る。

 アシリカが事後処理という名の口止め工作をしている。でも、あの状態のアルガスに理解出来るだろうか。


「殿下がすごい顔で先に出てきていやしたが……」


 人が気にしている事をさらりとデドルが口にする。


「……そう」


 馬車に乗り込み、素っ気なく返事する。


「中で何があったのか知りませんが、よろしいので?」


 いや、そう言われても、突然レオが怒りだしたのだからさ。私にどうしろっていうのよ?

 しかし、このまま嫌われて断罪コース一直線もマズイな。それに、将来私を断罪する可能性がある人物だが、嫌いではない。多少空気が読めないという欠点はあるものの、優しい所もあるし、基本的には性格も悪くない。

 理由も分からず、仲違いするのも、忍びないな。

 あの時何かレオの気に障る事が無かったか考えなきゃいけないね。

 うーん。そうは言ってもなぁ。まったく心当たりが無い。


「お待たせいたしました」


 考え込んでいると、アシリカとソージュも戻ってきた。彼女らの様子を見るに、アルガスへの事後処理も終わったのだろう。


「ロジックさんの方の口止めは大丈夫ですか?」


 アシリカがデドルに尋ねている。


「問題ない。すぐに理解してくれた。さすが、成績上位者。理解が早かった」


 ロジックはやはり頭いいのね。でも、それよりレオの方が成績が上なんて、いつ勉強しているのかしらね。替え玉を疑ったけど、どうも違うみたいだし、不思議だわ。剣術では、私より格下だけど、勉強では敵わないのか。それも悔しいな。

 ん? そうか! 私より優る勉強で、私に勝ちを見せつけたかったのか。それが、いい所をロジックに取られて拗ねているのか。まったく。子供だな、レオは。世話が焼ける。

 まあ、でもレオばかりも責められないな。今回、レオを利用するだけ利用して、彼の事なんて何も考えてなかったもんな。

 ここは、私が謝るべきかもしれないわね。彼に関しては、今回は反省すべきは私の方だもんな。

 今、どこにいるのだろうか。また、あの稽古場所に変わってしまった、運命の出会いの場かな。


「馬車を出して」


「どちらに?」


 私は、尋ねてくるデドルに、レオがいると思われるあの場所を指示した。

 馬車はすぐに、校舎とサロンを繋ぐ小道に辿り着く。


「いいわ。私一人で行くから」


 付いてこようとしたアシリカとソージュを止める。

 普段は、私を一人にさせまいとする二人だが、今日は、黙って頷く。

 そんな二人に頷き返した私は、小道の奥、小さな池を目指す。

 レオだ。やはりここにいたか。池のほとりで、一人剣の素振りを続けている。

 

「レオ様」


 私の声に一瞬、剣が止まるが、こちらを振り向こうともせず、再び素振りを始める。

 やっぱり拗ねているのか。しょうがないな。


「ここに戻ってきてから殿下のご機嫌が悪くて。ナタリア嬢と勉強すると意気揚々と出ていったのに……」


 脇目もふらず、剣を振り続けているレオに変わり、私の姿を見つけた、ケイスが駆け寄ってきて困り顔で私に告げる。

 そんなに、私に勝ちたいのか。ほんと、負けず嫌いだな。


「ナタリア嬢、何があったのだ? 口では、面倒くさそうに言って、顔は嬉しそうなにして、軽い足取りで出ていったのだが……」


 続けてライドンもちらりと目線をレオに向けて首を振る。

 それだけ聞くと、言っている本人が面倒臭い奴に思えるな。でも、レオの性格を考えると分からないでもない。気難しい所があるからなぁ。

 奥で剣を振り続けているレオを見る。

 私は大丈夫とばかりに笑顔を、何とかしてくれといった表情のケイスとライドンに見せてレオの側に近づく。


「レオ様」


 再び剣が止まるが、すぐに素振りを再開させるレオ。だが、今度は、一瞬だが、こちらをちらりと見ていた。

 しばらくレオの素振りを横でじっと見ている。

 もう一度構え直したレオが鋭く手にしていた木剣を振り下ろす。私も何も言わずに、それを見ている。


「……勉強会は終わったのか?」


 さらに、十回以上素振りを繰り返した後、ようやくレオが口を開く。だが、真っすぐ前を見据えたまま、こちらを振り向こうとはしない。


「はい。ですが、駄目でしたわ」


「駄目?」


 ようやく、レオは私の顔を見る。


「いまいち分かりませんの。レオ様に教えて頂きたいと思っているのですが、構いませんか?」


 なるべく素直そうな顔をして、上目遣いでレオを見上げる。私が出来る限りの可愛いを表現しているつもりだが、精神的に辛いものがある。


「やはり、以前から私の事をご存じのレオ様の方が、分かりやすく教えていただけると思うのですが……。でも、お忙しいですわよね?」


 少し俯いて、視線だけをレオに向ける。

 早く答えてくれ。これ以上の可愛いアピールは、限界だ。


「そ、そうか……。まあ、忙しくはあるが、多少の時間なら何とかしよう」


 口元を緩め、レオの顔から怒りの感情が消えていく。


「だが、俺は厳しいぞ」


 怒りが消えた分、偉そうな態度になる。

 やっぱり、自分の優る所で勝ちたいのね。でも、ここは、我慢ね。私が悪い部分もあったし、何よりレオには機嫌を直してもらわないとね。


「はい。もちろんです。明日から朝の剣術の稽古に参りますので、そのついでに是非、お願いします」

 

 しおらしく頭を下げる私である。

 あーあ。面倒だな。明日から、早起きしなくちゃいけないな。しかも、勉強付か。憂鬱になってくるよ。

 下げる頭の中でそんな事を考える私だった。




 朝からの稽古とレオとの勉強を始めて十日が経った。ようやく、朝起きるのに慣れてきた頃である。

 その十日の間にロジックとアルガスの処分も決まっていた。

 アルガスは退学。一応、自主退学となっているが、すぐにレジメット子爵家の所領へと向かわされたそうだ。事実上の勘当だろう。そして、ロジックの方は、学院に留まっている。半ば強制的にさせられていた立場でもあったし、何より成績優秀な彼を学院に置いておきたかったのだろう。妹をトルスの所に預けて、学業に励んでいるみたいである。

 ちなみに、すべては内々に処理されていた。さすがは、貴族の集まるコウド学院であると、変に感心してしまった。

 そして、今朝も剣の稽古が終わった後にレオから勉強を教えてもらっているのだが……。


「これは昨日も説明したじゃないか……」


 呆れ顔のレオが首を横に振っている。


「そ、そうでしたかしら?」


 そんな事言われても分からないものは分からないよ。勉強はやっぱり苦手だ。


「こんな事で試験は大丈夫なのか……」


 レオは顔に手を当て、呟く。

 アシリカとソージュが申し訳なさそうにレオに頭を下げている。


「なあ、リア……」


 疲れた表情にレオを私を見る。


「あのロジックという者に、教われないかもう一度頼んでみないか?」


 おい、どういう意味だ? そんなに私の出来が悪いのか?

 どうやら、レオから匙を投げられてしまった私みたいである。 


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