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戦うお嬢様!  作者: 和音
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102 久しくない再会

 入学式の翌日、授業の進め方や学院での過ごし方などのレクチャーのみで終わり、午前中ですべての予定を終えていた。まずは、最初はのんびりとしたスタートをという事だろう。

 午後からは自由時間となり、新入生は各々の過ごし方をしていた。

 私は部屋に籠り、デドルからの報告を受けていた。昨晩のうちに、ロジックとアルガスについて調べてもらうように頼んでいたのだ。


「まず、ロジックは平民ですな。成績が優秀でコウド学院に入学した者です。アルガスはというと、レジメット子爵家の次男坊でしてな。成績が急上昇するまでは、どこにでもいる普通の貴族、という感じだったようで」


 彼ら二人の出自は、予想通りね。 


「この半年の間にロジックの成績は一気に下がり、逆にアルガスの成績は上がったようでしてな。今じゃ、学年で二番の成績というそうです」


 午前中のうちに調べておいてくれた事をデドルが報告してくれる。


「半年前に試験の替え玉を始めたということでしょうね」


 でも、それでも二番か。じゃあ、一番は誰なのだろう? ま、今は関係ないか。


「あの二人の会話からは、ロジックさんの妹さんを何かしらの理由でレジメット家で預かっているというようでしたね」


 アシリカが昨日の事を思い出すように、顎に手を当てている。


「そうね。何か事情があるのかしらね。もしかして、その事が切っ掛けで試験の替え玉を始めたのかしら」


 何かしらの事情で彼の両親に妹と暮らせない事情でも出来たのだろうか?


「申し訳ありやせん。まだロジックの実家の方までは時間が無くて……。住所までは調べたのですが」


 デドルが頬を掻きながら、頭を下げる。

 まあ、午前中の間だけだから、仕方ないよね。それに、デドルには、別の件も頼んでいたしね。アシリカたちに内緒でさ。


「これから、その住所の場所に行ってきますので」


「待って。デドル」


 部屋を出ようとするデドルを引き留める。


「ロジックの実家の方は私が調べるわ。デドルは、引き続き学院の中で二人の事を調べてちょうだい」


「お嬢様。早速、学院から外出するおつもりですか?」


 アシリカが呆れ顔で私を見ている。


「ええ。だって、学院の中で私がいろいろとあの二人の事を聞きまわる訳にもいかないでしょ?」


 そんな事したら、一気に噂が広まる。しかも、どんな尾ひれが付くか分かったものじゃない。


「た、確かにそうですが……」


 それもまずいという表情でアシリカが頷く。


「これは役割分担よ。学院の中はデドル。外は私。ね、効率的でしょ」


 両手を腰にして、胸を張る。


「うまく言い含められた気もしますが、仕方ありませんね。ですが、届け出はどうされますか? まさか、正直に理由を記す訳にも……」


 そうなのだ。学院の外に出るには許可が必要である。理由や行先、帰ってくる時間などを申告しなければならない。

 だが、今回、正直にロジックの実家に彼の事を調べに行きます、なんて言える訳がない。アシリカはそこを心配しているようだ。


「その事なら、心配無用よ」


 私は満面の笑みをアシリカに向けて、頷いた。




 学院から少し離れた街へと続く道を馬車で走っていた。


「お嬢様、初めからこっそりと学院を抜け出すおつもりだったのですね……」


 アシリカがため息交じりに項垂れている。


「もちろんよ。今後の事も考えてね」


 そんなアシリカの肩を励ます様に叩いて、笑顔の私である。

 デドルにあの二人の調査と同時に、学院から誰にも気づかれずに出られるルートを探してもらっていたのだ。

 デドルは、学院へ物資などを運び込む搬入口から少し逸れた林の中に馬車がぎりぎり通れる古い道を見つけてくれた。今は使われていないその道は、学生はもちろん教師からもその存在すら忘れられているような荒れ果てた道だった。しかし、こっそりと学院を抜け出すには、もってこいの道でもある。

 途中まで、その抜け道を教える為に同行していたデドルに代わり、今はソージュが御者台で馬車を操っている。


「はぁ……。入学しても、お嬢様は変わられませんね」


 もう一度大きくため息を吐くアシリカである。


「ええ。私はどこにいても私だもの」


 にこやかに答える私に、アシリカが苦笑する。

 そんな会話をしている間に、デドルから教えられたロジックの実家へと辿り着く。


「ここね……」


 平民街の一画にある一軒家。どこにでもある普通の家である。ただ、中に人のいる気配は無い。扉も窓も締め切られている。


「誰もいないみたいですね」


 ノックしても反応が返ってこない扉から振り返りアシリカが首を振る。


「おや? ここの家に何か用事かい?」


 人の良さそうな恰幅のいいおばさんが、ロジックの実家の前で立ち尽くす私たちを見て、声をかけてきた。


「え、ええ。ロジックさんに……」


 咄嗟に私は答える。この人から何か聞けるかもしれない。怪しまれない為にも、ロジックの知り合いという事にしておこう。


「ああ。ロジックかい。あの子は、この辺りじゃ、期待の星だよ。何せ、あのコウド学院に通っているのだからね」


 何故か、自慢げに話すおばさんである。


「昔から勉強が出来ましたもんねぇ」


 話を合わせて相槌を打つ。


「ほんとよね。うちの子にも見習って欲しいもんだよ」


 そう言って、おばさんは大きな声で笑う。


「久々に訪ねたのですが、家の方は? 妹さんもいたはずですが……」


 そう私が尋ねると、笑っていたおばさんの顔が曇る。


「アンタ、知らないのかい? ああ、久々に訪ねたと言ってたわね。じゃあ、知らないのか……」


「あの、どういう意味ですか?」


 不安そうに尋ねる私に気の毒そうに眼を向ける。


「ロジックのご両親、事故で遭ってね……」


 ロジックの一家と仲が良かったのか、目に涙を浮かべるおばさん。

 おばさんの話によると、ロジックの両親は、半年前に乗った乗り合い馬車が横転する事故に見舞われ、運悪く亡くなってしまったそうだ。


「ロジックもこれからで、エイミーだってまだ七歳なのに……」

 

 ここまで話して、耐えきれなくなったのかおばさんの頬に涙が流れる。


「そうだったのですか……」


 私も思わずもらい泣きしそうになる。

 きっと、ロジック一家はいい人たちだったのだろうな。近所のおばさんからも慕われていたみたいだし。


「幸い、エイミーはどこかの貴族の世話になっているみたいだね。それが、まだ救いだよ」


 レジメット子爵家か。でも、そのせいでロジックが苦しんでいるのだけれどもね。

 でも、これで分かったわね。ロジックの両親が突然の事故で亡くなり、それをどこかで知ったアルガスが、ロジックの妹を引き取った。そうする事で恩を売り、試験の替え玉を強要していたのでしょうね。

 人の不幸に付け込むなんて、卑怯な男ね。

 泣いているおばさんを慰め、いろいろ話を聞かせてくれた礼を言った後、別の場所へと向かう。

 私が自ら街まで出てきたのには、もう一つ理由がある。

 それは、ロジックの妹の事である。

 兄のロジックの行為は褒められたものでは無いが、妹を人質に取られているようなものである。それを考えると致し方ない部分もある。そこを何とかしてやりたいのだ。それにもし、今回の件を暴いたら、ロジックの妹の居場所がなくなる。そうなれば、それこそかつてのソージュの様に孤児になってしまう。それだけは避けたい。

 その為にも、私にはやっておくべき事があったのだ。

 やってきたのは、トルスが院長を務める孤児院。彼ならば、ロジックの妹を安心して任せられる。


「でね、もしその子に行先が無くなった時には、トルスに任せたいのよ」


 院長室でトルスと向き合う。一通りの事情を話し、ロジックの妹であるエイミーの事を頼む。


「それは、構わねえさ。うちは、そんな行く先の無い子供を預かる所だからな」


 良かった。これで、安心ね。心置きなく、アルガスを成敗出来る。

 何も言わずに黙っていたが、ソージュもロジックの妹を心配していたようだ。私とトルスの話を聞いて安堵の表情を浮かべている。


「でもよ、お嬢……」


 トルスが何故か呆れ顔で私を見ている。


「何?」


「いやな、入学しても街に出て来るとは思っていたが、ここまで早いとはな。入学してまだ、三日も経ってないだろ?」


 うーん、言われてみればそうだ。わざわざしばらく会えないと言って挨拶に来たもんな。あれからまだ十日も経っていない。


「それによお、やっている事も相変わらずだな」


 気の毒そうにアシリカに視線を向けるトルス。


「ええ、まあ……」


 それに、曖昧な返事で苦笑するアシリカである。


「ま、そんなお嬢、嫌いじゃねえけどな」


 そんなアシリカにトルスは、小さく笑いながら私に向き直る。


「トルス、絶対、私の事馬鹿にしているでしょ?」


 トルスを睨み付ける。


「そんな事ねえって。傍で見ている分には、面白いからな」


 やっぱり馬鹿にしてるんじゃないのよ。こりゃ、本気でローラさんとの馴れ初めを絵本にして、子供たちに読み聞かせてやろうかしら。


「でも、両親を突然亡くされたその子、お気の毒ですね」


 場の空気を変えようとしたのか、ローラさんが口を挟む。


「そうですね。兄のロジックさんとも離れて生活していますからね。きっと寂しい事でしょうね」


 アシリカもやり切れないとばかりに首を横に振る。


「でもよ、珍しいよな。乗り合い馬車で事故なんてよ。しかも、それで死ぬなんてなかなか無い事だけどな」  


 トルスが眉間に皺を寄せ、首を傾げる。


「確かに半年ほど前にそんな事故があったのは平民街では、話題になった。なにせ、スピードも出さない乗り合い馬車で人の命に係わる事故なんて滅多に起きない事だからな」


 確かに、不思議よね。人が歩くより早いとはいえ、驚く様な速さではない。それでも、事故は起こる可能性は否定出来ないが、乗客の命を奪うまでの事故が起こるものなのかしら……。

 

「トルス。その事故に不審な点はなかったの?」


「特にはな。山あいの道で客車が横転したそうだ。山で道も悪かったらしいし、騎士団も調査したはずだ。でも、何も怪しい所は無かったみたいだけどな」


「本当にちゃんと調べたのかしらね……」


 私は手を顎にして、うーんと考え込む。

 まさか、その事故自体が仕組まれたものであったとか? もしかして、ロジックの両親を狙って、アルガスが計画的に仕込んだ事故ではないのかしら?


「お嬢、考え過ぎだ。その子爵家の次男坊が仕込んだ事故じゃねえかて考えているんだろう?」


 訝し気な目でトルスが私を見る。

 

「お嬢様。それはいくら何でもあり得ないとは思いますが……」


 アシリカも私の考えている事が分かったようだ。

 どうやら二人とも私の考えには懐疑的のようだ。

 まあ、それはそうだ。自らの成績を上げる為に人の命を奪うなど、普通では考えられない。狂気の沙汰と言える。だが、コウド学院の成績は、将来の出世に直結する。それを考えると、突拍子もない発想とも言い切れない気がする。

 それに、そもそもアルガスはロジックの両親が事故で亡くなったのをどうやって知ったのだ? 家の馬車がある貴族は、乗り合い馬車の話題などに興味を抱かないはずだ。いや、それ以前に事故があった事も知らないはずだ。


「トルス……」


 しばらく思考していた私は、おもむろに口を開く。


「断わる!」


 即答するトルス。


「まだ何も言ってないでしょ!」


「でも、言うつもりだろ? 事故の事を調べろってよ」


 そっぽを向いたトルスは目線だけをこちらに向けている。


「ふーん。そうなんだ。断わるんだ。トルスって冷たいのね。ああ、もしかしたら合わなくてもいい不幸に見舞われたかもしれない子がいるのに、トルスは平気なんだ? 自分が今幸せなら、いいって事なのね。見損なったわね」


 私に合わせて、ソージュも冷たい目でトルスを見ている。そればかりか、ローラさんまで、私たちに加わり、トルスを問い詰めるような目で見つめる。


「くっ。分かったよ! 調べるよ! 調べりゃいいんだろ! その代わり、本当に何の裏も無いただの事故だったとしても、文句をつけるなよ!」


 頭を抱えて、トルスが叫ぶ。


「さすが、トルス! 頼りになるわ! じゃあ、頼んだわよ!」


 トルスの方をポンポンと叩き、笑顔のローラさんにウインクをした。




 トルスに事故の調査を頼み、孤児院を後にして、学院へと戻った。

 またもやこっそりと学院に入り、何食わぬ顔で敷地内を馬車で揺られている。

 さて、この後どうするか。事故の真実は、まだ分からない。トルスが言う様に本当に不幸な事故だったかもしれない。でも、その報告を待つまでに早くロジックを解放してやりたいという思いがある。パーティーでの会話から、彼はかなり悩み苦しんでいるみたいだし。何かいい方法はないだろうか?


「あっ。お嬢サマ。デドルさんデス」


 御者台のソージュがそう言いながら、馬車のスピードを落としていく。前方にデドルの姿が見える。学院の中を張り巡らされている小道の脇に立っていた。


「どう? 何か分かった?」


 デドルの前で止まった馬車の窓から身を乗り出し、話しかける。


「へい。それはまた後で……。それより、ロジックが今、図書館におります。どうです、一度話してみますかい?」


 そうね。一度話してみようかしらね。それにしても、図書館か。上級生たちも、もう授業は終わっているはずだけど、まだ勉強しているのかしら? それくらい勉強しなくちゃ、上位になれないのね。替え玉のせいで、自分の成績にならないのに頑張るのね。


「じゃあ、図書館に行きましょうか」


 うん、ここは一度会ってみよう。

 ソージュから御者台を譲られて、図書館に向けデドルが馬車を走らせる。


「ところでさ、真の二位は、ロジックでしょ? 一位の人ってどんな人なのかしらね」


 二位のロジックが授業を終えてからも図書館で勉強しているのだ。一位の人はどれくらい勉強しているのだろうか。考えただけで頭が痛くなるね。


「え?」


 隣に座るアシリカがきょとんとした顔になりこちらを見ている。


「ご存じないので?」


「知らないわよ。だって、入学したところだもの」


 むしろ、知っていそうなアシリカの方がおかしくない?


「殿下ですよ」


「うそ? 本当に?」


 レオが一位? 剣の稽古ばかりしているのに?


「ええ。本当にご存じなかったのですか?」


 知らないよ。そこまで、学院の成績順位なんて興味無いし、それと同じくらいレオにも興味が無いからな。


「まさか……、替え玉?」


「はあ?」


 新たな疑惑を抱える私を呆れ顔のアシリカとソージュが眺めていた。


100話突破記念の番外編を活動報告上に載せています。

もし良かったら、ご覧になってもらえたらと思います。

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