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戦うお嬢様!  作者: 和音
100/184

100 入学

 コウド学院。

 エルフロント王国で、最も歴史が古く魔術学園と双璧を為す名門校である。

 王国の貴族の子弟を教育する目的で作られた学校ではあるが、一部の豪商の子や優秀な能力を持つ平民も受け入れている。

 エルカディアの郊外に広大な敷地を持ち、多くの生徒が学んでいる。

 学院の中においては、身分は関係ないものとされているが、あくまでそれは学ぶ場においては、という事である。実際には、家格や家の権勢によって、また、貴族と平民の間には明確な見えない線がある。

 それは、寮に入った初日から感じていた。

 何故なら、いくつかある寮として使われている建物から否応なく分かる事だ。

 私が入ったのは、三階建ての豪華な建物。それの最上階の一画が私の部屋だ。部屋といっても、一室だけではない。リビング、寝室、洗面、浴室までは理解できる。だが、それに加えて何に使うのか会議室、そして侍女ら使用人の部屋、ちょっとどころではないキッチンまである。しかもそれぞれそれなりの広さがある。

 三階にある部屋は三室。同じ造りだそうだが、一階と二階は部屋数がもっと多い事を考えると、もっと手狭なのだろう。

 まるで、ホテルのスイートルームである。

 しかも、女子寮として使われている建物はそれ以外にもあり、外観からして格差を感じられる。


「掃除が大変よね。それにいちいち三階まで階段で上がるの面倒だわ」


 それが私の生活の場となる寮での最初の言葉である。

 しかも三階の部屋を使っているのは、私一人。お隣さんがいないのは少し寂しいな。

 アシリカには、私の立場なら仕方ないと言われたけど、面倒なものは面倒である。

 ちなみにアシリカとソージュもこの部屋で生活を共にするが、デドルは別である。別で使用人専用の住まいがあり、そこで寝起きするらしい。

 そして、いよいよ迎えた入学式当日である。

 真新しい制服に身を包む。

 鏡に映る自分の姿を見てみる。

 いわゆるブレザーである。赤と青のチェックが入ったスカートが可愛らしい。胸元のリボンは学年によって違う。ちなみに一年の私は赤色である。

 制服は、学ぶ場において平等という理念を表しているそうだが、ここまで寮に差を付けられては、その理念も霞んでしまうように思うけどな。


「お嬢様。お似合いです」


 制服を着た私をアシリカが満足そうに目を細めている。


「そう? ありがとう」


 まあ、可愛らしい制服ね。貴族が集まる学校だから、ドレスでも着せられるかと心配だったけど、これなら構わないかな。

 それにしても……。いよいよか。

 私は窓際に行くと、外を眺める。

 学院に入ってからの二日間で知ったのだが、ここは主に上位貴族の子女が使う寮らしい。ここ以外にも、二つの建物が寮として使われており、それぞれ中位の貴族、下位の貴族や平民が使うと分けられている。それが男女別にあるから寮だけで六つの建物があるのだ。

 この上位貴族用の寮は見晴らしのいい他より小高い場所にあり、学院がよく見渡せる。

 立ち並ぶ校舎が見える。それ以外にも、図書館や魔術の訓練場など大きな建物が点在している。

 そして、舞踏会などに使われるホールもある。あそここそが、二年生の終わり、レオの卒業式間際に私が断罪される場所だ。

 だが、それを見ても、不思議と恐怖は感じない。

 ぐっと、拳を握りしめる。

 世直しも断罪回避も全力でやってやる――。

 ここにくる前に屋敷で決めた覚悟を改めて心の中で繰り返す。


「お嬢様。そろそろ出ませんと……」


 決意を新たにしている中、アシリカが背後から告げる。


「分かったわ」


 もうそんな時間か。入学式の前にレオと会う約束をしていたのだ。しかも、入学式の始まる時間よりかなり前を指定してきている。

 お陰で早く起きるハメになったじゃないか。


「でも、何かしらね。こんなに早くからさ」

 

 もう少し寝ていられたのにと愚痴が零れる。


「殿下も久しぶりにお嬢様とお会いできるのです。きっと、早くお会いされたいのでしょう。もしかしたら、お嬢様の制服姿を見られたいのかもしれませんね」


 いや、レオに限って、それは絶対に無い。自信を持って断言できる。


「はあ。もう少しダラダラしていたいのに」


 愚痴とため息を発していると、アシリカに急かされて部屋から出る。

 人気の無い静かな三階から二階へと降りていく。

 二階には、八室あまり。三階よりはやや狭いがそれでも十分な広さの部屋ばかりである。


「まあ。ナタリア様。お久しぶりでございますわね」


 その二階の住人、ミネルバさんだ。


「ミネルバ様。お久しぶりにございます」


 そう言えば、ほんとこの人に会うの久しぶりだな。それだけ、社交の場に顔を出していないということか。

 ん? でも、おかしくないか。ミネルバさんもノートル公爵家の人だ。家格に合わせてどの寮かだけではなく、フロアも決められているみたいだからこの人も三階ではないのか? 家は同じ公爵家なのだから。

 さては、この人も三階まで登ったり下りたりが面倒で、変えてもらったのかも。だったら、私も変えて貰えないかしらね。あんな無駄に広い部屋いらないしさ。どうやったら、変えて貰えるのかしらね。


「ミネルバ様。部屋を変えて頂くにはどうすればよろしいので?」


 ここはミネルバさんに聞くのが早そうだ。先輩になるのだし、何かうまいやり方を知っているのかも。


「へ、部屋を変えるですって?」


 ミネルバさんの顔が強張る。


「ええ。だって、三階って私一人ですし、昇り降りがしんどいじゃないですか」


 だからミネルバさんも、二階に変わったんじゃないの? ずるいよ、自分だけ。


「あ、あのですね……」


 顔を真っ赤にして、ミネルバさんは唇を震わせる。


「お嬢様!」


 アシリカも慌ててどうしたのよ?


「ナタリア様。公爵家も普段は二階。ですが、あなたはただの公爵家令嬢ではありませんのよ。いつになったら、殿下の婚約者の自覚を持たれるのかしら?」


 顔を引きつらせながらのミネルバさん。

 アシリカの言っていた立場とは、公爵家の娘というだけではなかったのか。

 触れてはいけなかった話題に触れてしまった事に遅まきながら気付く私である。密かにレオとの婚約を願っていたミネルバさんにとって、とんでもない発言をしてしまったのだから。

 目の前のミネルバさんをおそるおそると見る。

 必死で悔しさを隠そうとしているのが、手に取る様に分かる。

 どうやら、私は入学式前に、数少ない知り合いを怒らせてしまったようだった。




 レオとの待ち合わせは、学生の憩いの場、そして同時に交流の場でもあるサロンである。サロンといっても二階建ての大きな建物である。

 ちなみに、広大な学院の中には、巡回の馬車が走っており、寮や校舎、その他の施設を結んでいる。高位の貴族は、自分の馬車を持ち込んでいて、私もデドルが御者台に座るいつもの馬車を利用していた。

 そのサロンの一室で久々にレオと顔を合わせた。

 夏以来、半年ぶりに会ったレオは、すっかり大人びており、どっから見てもゲームに出てくるレオナルドとなっていた。

 ただ、気になるのは、レオが一人である事だった。従者を連れていないのだ。いくら学院の中、朝早くだとしてもいいのだろうか。そもそも彼の従者はそれでいいのかしらね。


「ようやくリアも入学か」


「はい。多くの事を学びたいと思っております」


 学ぶ時間があればのお話しだけどね。だって、私は忙しい。世直しに、断罪回避にと、やるべき事がいっぱいだ。


「そうか。しかし、制服姿が新鮮に感じるな」


 レオが私の制服姿を見て、目を細める。

 あらあら? これって、制服効果ってやつかしらね。まあ、元が良い分、仕方ないかもしれないけどね。


「だがそれでは、剣の稽古は出来んな。久々に手合わせしたいと思ってたのだがな」


 だから、こんなにも早くから私を呼び出したのか! 

 だったら、初めから稽古の件も伝えておけよ!

 そもそも、私は今日、入学式だぞ。その日の朝から剣の稽古につき合わそうとするとは、なんて空気の読めない男なのかしらね。

 さすがに、アシリカも予想外だったらしく、下を向いたままだ。


「いやな、実は稽古にいい場所を見つけてな。そこでリアと手合わせをするのを楽しみにしていたのだ」


 そんな事なら今日、しかもこんなに早くからじゃなくていいじゃないのよ。


「きっと、リアも気に入ると思うぞ」


 げんなりしている私に気付かず、レオは楽しそうだ。

 まあ、仕方ない。少し付き合ってやるか。去年に続いて、今年の冬も雪合戦の勝負を私と出来なくて、がっかりしていたと王太后様からこっそり聞いているしな。


「そんなに良い所がありますの? 是非、見たいですわ」


「そうか。なら、案内してやろう」


 私の言葉にレオが満足そうに頷いて、喜々として立ち上がる。

 そんなにいい場所なら、私も剣術の稽古に使わせてもらおう。

 レオはサロンから出ると、学院内に張り巡らせられている小道を進んでいく。

 この方角は、校舎が立ち並ぶエリアだ。徒歩で行き来出来る様に、サロンがあるエリアと校舎を結んでいる。途中には、小さな林もあり、ちょっとした遊歩道といった趣きである。

 進んでいくにつれ、私は気づく。

 もしかして、ここって……。


「着いたぞ、リア。ここだ」


 確認するように周囲を見回していた私の前でレオが立ち止まる。

 小道から少し林の奥に入った所。小さな池があり、その周囲だけは開けている。

 そうだ。間違いない。ここは、レオがヒロインと初めて出会う場所だ。

 普段から周囲を人に囲まれ、一人の時間を欲していたレオは、ここで静かな時を過ごしていた。その時、迷子のヒロインと出会うのだ。花の香りに包まれ、池の水面に太陽の光が反射する綺麗な空間で運命の出会いをするのだ。

 だが、今その場所にいるのは、剣を振る男たち。あれは、レオの従者だ。それに加えて、以前レオに紹介された二人の攻略対象者までいる。騎士団長の息子でアルラッド伯爵家のライドンと宰相を父に持つライベルト侯爵家のケイスだ。


「これは、ナタリア嬢」


 私を見つけたケイスが汗を光らせて笑顔を見せる。


「おい、ケイス。まだ素振りが終わってないだろう。ナタリア嬢。我ら鍛錬の最中ゆえ、挨拶は後程……」


 それを、これまた汗が滴るライドンが咎めてから、私に軽く頭を下げる。

 いや、挨拶はどうでもいいけどさ。芳しい花の香りの代わりに汗の臭いが充満しているよ。


「どうだ? 皆真剣だろう? この中で、俺が一番の腕なのだが、それでもリアに勝てん。だから、ここにいる者は皆、打倒リアを目指して鍛錬しているのだ」


 何だ、そりゃ? 私はヒロインを苛める悪役令嬢から魔界のラスボスに変更されたのか? 


「リア、楽しみだな。夏から俺も随分と力を付けた。近いうちに手合わせをするからな。まあ、今日は入学式があるし、その後には新入生歓迎のパーティーもある。明日以降だな」


 自信ありげなレオである。


「殿下。パーティーのエスコート役のお申し出をナタリア様になさいましたか?」


 そこに、剣を振りながらレオの従者が声を張り上げる。

 そう言えば、そんなものがあるって、聞いたな。 


「おお。そうだったな。迎えにいくからな」


 従者に言われて思い出したに違いない。絶対、レオの頭の中に手合わせしかなかったでしょ?  


「……はい」


 朝からどっと疲れが出たな。

 それにしても……。

 私からしたら、別にどうでもいいんだけどさ。いや、むしろ、喜んでもいいかもしれないけどさ。運命の出会いの場が、すっかり訓練場になっているな。

 無駄にイケメン揃いの男たちが汗に塗れて剣を振る姿を呆れて眺めていた。




 朝からレオに呼び出された上に、どっと疲れが押し寄せた私である。そんな状態で入学式を迎えていた。

 場所は学院の講堂。さすがは、コウド学院である。立派なその講堂は、貴族の通う劇場に匹敵する豪華さである。備え付けられている椅子もフカフカで座り心地申し分ない。

 そんな講堂に新入生が集まっている。皆、緊張の面持ちで真っすぐに壇上を見つめている。新しく始まる生活に期待と不安を膨らませているのかしらね。


「いよいよ入学ですわね」


 私と同じ年とは思えない色気を漂わせて、隣に座るシルビアが話しかけてくる。この色気、新入生だけでなく、上級生を含めても規格外だね。

 学院に来てから、会うのは二度目である。どうも学院中の木を巡るのに忙しかったようだ。私も誘われたが、丁重にお断りしていた。


「そうね……」


 私は生返事である。

 眠いのだ。

 壇上には、学院のお偉いさん方が並んでいる。アイザム副院長も頭を輝かせて檀上にいる。その前の演壇でさっきから学院長が話しているのだが、これがまた眠気を誘う退屈な話で、しかも延々と続いている。

 まだ、終わらないのかしらね……。

 でないと、ほら……、瞼が重くなってくるじゃないのよ……。朝も……、早かったしさ……。ああ……、暗闇に、引きずり……こまれそう…………。

 …………。

 

「お姉さま、お姉さま!」


「ふぇ?」


 体が揺すられているのに気づく。


「終わりましたわ」


 目の前にシルビアの顔がぼんやり見える。


「え? 何が?」


「ですから、入学式が終わりましたわ」


 どうやら、眠ってしまったみたいだ。

 次第に頭がはっきりしてくる。それと同時に視界もはっきりしてくる。

 私は周囲を見渡す。うん、ここは学院の講堂だ。

 そして、顔を引きつらせて遠巻きに私を眺めている他の生徒たち。

 公爵家令嬢にして、王太子の婚約者として注目を浴びる私はどうやら、入学式ですっかり眠ってしまっていたようだ。

 もちろんその話は瞬く間に、過去の悪い噂と共にあっという間に学生の間に広まってしまった。

 我儘で傲慢、そしてズラを見破る女。それに加えて、入学式で居眠りする令嬢として……。

        

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