10 公爵令嬢ですが、バイトします
アシリカが無事、屋敷に帰ってきて、再び平穏な日々が戻ってきた。
そんな中、私にはいろいろと考える事があった。
まずは、この間の事を思い返す。アシリカの為に、パドルスの所に乗り込んだ時の事だ。思いもかけず、世直し的な事をしたが、それを今後の世直し計画に生かす為である。
反省点は多々ある。
一番は、情報。状況や相手の事を含め、分からない事だらけだった。今回はうまくいったものの、こう都合良くばかりはいかないだろう。特に相手に関する事は大事だ。もし、突っ込んで、相手しきれないくらいの手下がいたら、大変である。大変で済んだらいいが、下手したら、命に係わる。やはり早い所、忍びポジションの人間が欲しいな。
二つ目は、作戦能力。これは私の問題だ。私が考えた事は、正面突破。しかも、途中で、正面がどこかも分からなくなる始末。これでは、下手すれば全滅しちゃうよね。ま、これはアシリカがいれば問題解決かな。私には、無理そうだしね。
反省点ではないが、そろそろアシリカとソージュに、私の世直し計画を話すべきかなと考えている。彼女らを、訳の分からないまま、駆り出す訳にいかないだろうしなぁ。
うーん。まだまだ課題が多いな。てゆうか、問題だらけだ。
それと、もう一つ気にしている事がある。
アシリカとソージュからの借金である。鉄扇を手に入れる為に借りた金貨三枚である。
アシリカとソージュはいつでもいいとは言ってくれているが、私としては、そういうわけにもいかない。
「うーん、どうしたものかしら……」
悩んでばかりいても仕方がない。うん、こういう時は一つづつ、問題を解決していくべきね。まずは、やはり一番気になる借金の返済かな。
あーあ、パドルスから、慰謝料でも取っとけば良かったわ。って、それは、さすがにダメか。押し込み強盗と一緒になっちゃうわね。
そう言えば、後輩の朋ちゃんから借りた転生物の主人公が現代の知識を生かして、お金を稼ぐってのが、あったわね。私にも、可能かしら?
えーと、私の生かせる知識は……。何も無いな。専門的な知識はおろか、使えそうな知識は何一つ無い。元々、教養深い人間ではなかったからな。
ちょっとでも、興味がある事をもっと突き詰めとけば、良かった。後、もう少し勉強もしとくべきだったな。
まさか、こんな形で後悔するとは思わなかったよ。
うーん、どうしよう。お父様にねだろうかしら? でも、何に使うのか聞かれるし、よく考えれば、今、所領へ視察に行って、屋敷にいなかったな。
お母様には、やめとこう。絶対に怪しまれるだろうから。
お兄様はどうかしら。上のエリックお兄様はお父様の跡を継ぐべく、王宮で働いている。下のイグナスお兄様も去年から、王国軍で勤務している。つまりは、二人とも給料を貰っているはずだ。そして、二人とも、私に甘い。お兄様たちなら、きっと口止めしたら、黙ってくれるに違いない。
「よし。今日帰ってきたら、早速頼もうかしらね」
やったね。これで問題が一つ片付いた。
そんな私の目にソージュが映る。一生懸命に、鏡台の鏡を磨いていた。クローゼットには、ドレスを片付けているアシリカがいる。
「……」
ダメだ。楽して返そうと思った私は、かなり令嬢生活に毒されている。すっかり自分で労働するという事を忘れている。これでは、いつか、夢の中で見たあの、ナタリアみたいになってしまうかもしれない。
「ちょっと、庭を散歩してくるわ」
私はソファーから立つと、二人に声を掛けた。
うん、表で少し頭を冷やして、反省だ。
「でしたら、私がお供致します」
片付けの手を止め、アシリカがやってくる。
「いいわ。屋敷の中だし、大丈夫よ。やっている事、続けていていいわよ」
「しかし……」
渋るアシリカを振り切り、私は一人で庭へとやってきた。
うん、やっぱり働いて自分の力で稼いだお金で返すべきよね。となると、バイトか。この世界にも、バイトってあるのかな。少なくとも屋敷の中にあるとは思えない。
「……て事は、外ね」
商店街にでも行けば、働き口があるかもしれない。
私は、デドルの所へ向かい、裏門から屋敷の外へ出たいとお願いする。
「駄目ですな」
あっさりと拒否される。
「何でよ?」
「何でもです。いつでも、ここを通れる訳ではありませんぜ」
彼なりに、判断基準があるのだろうか。
「でも、お嬢様。どうして外に行きたいと?」
「うん。実はね……」
私はデドルに、お金が欲しい事とその理由を話した。
途中から、笑いを堪えていた様子のデドルは、話が終わる頃は、我慢できずに、声を上げて笑っていた。
「いやいやあ。侍女から借金ですかい。そりゃ、また珍しい」
「笑いごとじゃないわよ。早く返さないとあの二人にも悪いし」
私は恨めしく、笑うデドルを睨む。
「こりゃ、すまんことで」
謝りながらも、笑いが抑えきれない様である。
「もう! 全然悪いと思ってないでしょ」
私は頬を膨らませる。
「いや、そう言われても。そうだ。お詫びと言っちゃなんですが、あっしの仕事を手伝ってくれやしませんかね? もちろん、報酬も払いますので」
「デドルの手伝いって、庭師の仕事を?」
ほう。まさか屋敷の中でのバイトがあるとは。悪くないかもしれない。
「へい。屋敷に庭師はあっし一人です。たまに手伝ってくれる人が欲しくて」
なるほど。確かに、この広い公爵家の屋敷の庭を一人で管理しているのだ。大変なのは、間違いないわね。
「いいの?」
「もちろん、構いません。あっしも助かりますしね。ただ、そんなに多くの報酬は払えませんよ。ま、一日、鉄貨五枚ってとこで」
お金の価値はよく知らないが、ま、いっか。他にアテも無いしね。
「ええ。いいわよ。それで、具体的には何すればいいの?」
植木職人の様な事をさせられるのかな。高い木とかに登るのは、ちょっと怖いかもしれない。
「実は、今度庭の一画に花畑を作ろうと思ってまして。それをお嬢様にやって頂こうかな、と。貴族の令嬢の中には、花作りを趣味にされている方もいると聞いた事があります。ですから、不自然でもありませんし」
おお、それはいい。それなら、お母様に怪しまれずにも済むね。さすが、デドルだわ。そこまで考えてくれてるのね。
「名案ね。私、頑張るわ」
こうして、私はデドルの手伝いのバイトをゲットした。よし、借金返済の為にも頑張らないとね。
張り切る私はそのままデドルを急かして、花畑の予定地へと案内される。
「ここを一面、花畑にしようと思いまして」
デドルが指差す先に、いくつもの丸い石に囲まれた耕しかけの畑のような場所が広がっていた。
「ここの土に肥料を混ぜて耕し、花を植えるのですよ」
なかなかの重労働だな。広さもそこそこありそうだ。テニスコート一面分ってとこかな。一ヶ月近くはかかりそうだ。
ま、鉄扇を使いこなすのに、いいトレーニングにもなりそうね。
一通り、やり方を教わり、早速取り掛かる。
やはり、力がいる作業である。肥料を混ぜ耕すのは、腕も疲れるが、腰にも来るなあ。でも、久々の労働。なんか、気分は充実してくるわね。
やっぱり、働くって事はいいもんだね。
その日の作業を終え、くたくたになって部屋へと帰った私はアシリカに驚かれた。なぜなら、泥まみれでもあったのだ。そりゃ、そうか。
「何をなさっていたのですか?」
着替えを用意しながら、アシリカが尋ねる。ソージュは濡らしたタオルで、手の汚れを拭き取ってくれている。
「ちょっと、新しい趣味を始めたの。デドルに教えてもらってね」
私は、にかっと笑みを浮かべて、答える。
もうちょっと、待っててね。一杯働いて、借金返すからね。
それからも、講義を終えると、花畑予定地の整備に勤しんでいた。
ナタリアとなったのが、春の初め。それから半年以上が過ぎ、秋も深まってきた季節である。すっかり生活にも慣れた。
私は土にまみれた手で、麦わら帽子を少し上げ、空を見上げた。日差しが心地いい。
「お嬢様、本当に手伝わなくてもよろしいのですか?」
アシリカが心配顔で、尋ねてくる。
「ええ。これは、私がやりたくてやってるのだもの」
アシリカやソージュに手伝ってもらったら、意味がない。これは、私が借金返済の為のデドルから貰った仕事である。
それに、今日で三日目だが、なんか面白くもなってきた。体はきついが、ここが綺麗な花畑になると考えると、楽しいのだ。
「でも、お嬢様。来月には、お嬢様の十三歳の誕生日パーティーがございます。その時、土で荒れた手というのも……」
そう言えば、そんな話を聞いてたっけ? すっかり忘れてたな。パーティーなんて興味ないしね。
「今更、いいんじゃない。だって、すでに、剣ダコだらけの手よ」
「そうですが……」
アシリカの困った顔。
「大丈夫よ。パーティーまでには、まだ時間もあるしさ。それに、とっても楽しいしね」
肥料を混ぜ、土を耕す作業も三分の一程。それでも、まだ二週間は掛かるだろう。その間は仕事に困らないという事だ。報酬が入る事を考えると楽しくなるな。
「作業が終わったら、ちゃんと、手にクリームを塗らなきゃ駄目ですよ」
私の満面の笑みに、仕方ないとばかりにアシリカが、渋々といった感じで頷く。
「リア。あなた、最近庭にばかりいると思ったら、何をしてるの?」
作業を進める私の姿の驚きの表情で、お母様が立っていた。私は土まみれで、どう見ても、畑作業をしている様にしかみえないだろう。
「あら、お母様」
「あら、お母様ではありませんよ。そんなに汚れて一体、何を考えているの? そもそも、公爵家の令嬢が土いじりなど……」
お母様が、驚きの顔から、お小言モードに変わる。
だが、心配はない。屋敷の中でのバイトだ。いずれ、お母様にも、見つかるのは想定の範囲内である。その為の言い訳も用意済みだ。
「ご存じありませんの?」
私は不思議そうな顔をして、きょとんと首を傾げる。
「どういう事?」
お母様は、私の反応が予想外だったらしく、戸惑いを見せた。
「私も最近知ったのですが、ご令嬢方の間で花を育てるのが流行っているのです。色とりどりの美しい自分好みの花を育てるのですわ。皆さん、自分専用の花畑を作ているそうですわ」
半年以上が経ち、私は周りの人の性格を掴んできた。お母様は、流行りや話題に敏感である。
「そ、そうなの?」
そして、お母様は育ちがいいせいか、素直でもある。
「ええ。なんでも、王族の女性方も育てているそうですわ。先日、王宮に伺った時も、あちこちに可愛らしく咲いている花がたくさんありましたもの」
「全然知らなかったわ」
流行に乗り遅れたとでも思ったのか、少し悔しそうだな。
「それに。花を育てるのは、繊細な作業です。心が花の育ち方に現れるとも言われているそうです。そこも、綺麗な心を育てるのにもとてもいいのだとか」
私、嘘は言ってないよね? デドルも流行っているって言ってだしさ。ちょっとは、話を盛ったかもしれないけど。
「確かに、そうね。悪くわないわよね」
よしっ。事前に準備しておいて良かった。これで、バイトを邪魔されずに続けられる。
「なかなか、おもしろそうね」
え? お母様、興味持っちゃった?
「天気もいいし、こうして土に触れるとリアの言う通り、花に心が映されると言うのも分かる気がするわ」
お母様はしゃがみ込み、土を手に取る。
ありゃ、効果あり過ぎたかな。なんか、嫌な予感がする。
「私も始めてみようかしら」
予感的中! これは、私のバイトなのよ。仕事を奪わないで!
そんな事も言えるはずもなく、引きつった笑いで、お母様を見るしかない私。
「早速、デドルに言いましょう。呼んできてちょうだい」
お母様は、自分の侍女に指示を出している。
こうして、お母様も花畑作りに参加する事になった。
ところが、事態はさらに私の予想外へと進んでしまった。
お母様に続いて、侍女たちも、次々と花畑作りに参加しだしたのだ。非番の日や休憩を利用して、花畑作りに皆が勤しむ。
こうして、サンバルト公爵家に一大園芸ブームが巻き起こる事となる。
当然、皆でやった為に六日後には、立派な花畑が完成した。
そして、私のバイトは予想より、はるかに短い期間で終える事になる。当然、報酬も少なくなる。
完成した花畑を満足そうに眺めるお母様。その横で、虚ろな目で、花畑を眺める私。
笑いを噛み殺して、私を見るデドルが無性に腹が立つ。
あー。借金はいつになったら、返済できるのかしら……。
もう少し後に知る事になるのだが、この世界には、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の四種類があり、それぞれだいたい十万円、一万円、千円、百円の価値があるみたい。
私は三十万の借金を十二歳にして抱えている事になる。そして、私は日給五百円でデドルに働かさせられていた事にもなる。
とんでもないブラックだな、おい。




