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戦うお嬢様!  作者: 和音
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1 異世界に転生しました!

一度、悪役令嬢モノを書いてみたいと思っていました。

 昼過ぎから降り始めた雨は、私が仕事を終えた頃には激しい雨となっていた。風も強くなり、手に持つ傘を飛ばされまいと必死に握りしめていた。

 時間はすでに夜の十時を過ぎている。お昼の休憩直後に発覚した上司のミスのせいで、この時間まで残業だった。

 高卒で資格も無い私は、その処理を嫌と断れなかった。私の代わりなどいくらでもいる。上司もそれを分かっているから、イヤな仕事を押し付けてくる。

 社会に出てから、世の中の理不尽さを味わい続けている様な気がする。いや、もしかしたら、子供の時から気づいていたかもしれない。

 年を取るにつれ、その理不尽さ、不公平さを仕方ないとあきらめつつも、納得が出来ない自分もいた。

 上司の尻拭いとも言える急な残業に加え、横殴りの雨に鬱々とした気分になりながら、会社から駅へと通い慣れた道を歩いている時だった。突然、目の前が真っ白になる。

 車のライトだ――と思った時には、体が宙を舞っていた。不思議と痛みはない。

 ああ、本当に今日はツイてないなと思ったのが最後の記憶だった。






 夢を見ていた。

 空から見下ろす様に目の前に広がる光景を眺めていた。

 そこは私が知らない場所だった。大きな暖炉が見える。床には毛足の長い、見るからに高そうな絨毯が敷き詰められている。壁には、芸術品ですと激しく自己主張している絵が飾られていて、その前には壺、彫刻された置物などもサイドボードに並べられ鎮座していた。

 いかにも、お金ありますって感じである。この部屋だけでも、私が住んでいるアパートより広い。

 その広い部屋に、女の子の姿が見える。物語に出てくるお姫様の様な子である。綺麗に整えられた金髪に透き通る様な白い肌。まだ、二歳か三歳くらいだろうか。仕草がとても可愛らしい。

 夢はその女の子の成長と共に続いていく。

 女の子は成長と共に可愛らしいから美しいへと変わっていった。大きな青い瞳は幼いながらも十分に人を引き付ける力を持ち、ツインテールに纏められた金髪も艶やかな輝きを発していた。

 それに合わせて、性格も形作られていく。しかし、その性格はとても褒められたものじゃない。とにかく、我儘。そして、我儘。ひたすら、我儘。

 まあ、見てて思ったが、こうなっても仕方ない。三人兄弟の末っ子で、初めての女の子。両親は兎にも角にも、その子を甘やかした。ついでに、兄二人も年の離れた妹であるその子を甘やかした。

 はい、これで、立派な我儘娘の出来上がり。

 金持ちとは思っていたが、どうやら使用人までいるくらいの金持ちらしいその家で、その子はまさに、お姫様だ。その我儘具合も年と共に酷くなっていく。

 それより、この夢は一体何なんだと疑問に思い始めた時だった。

 女の子が階段から足を踏み外して転落した。どうやら、頭を打って意識を失った様だ。

 ちょっとだけ我儘し放題の天罰だ、と思ってしまう。

 周りの使用人たちが大慌てで騒いでいる。

 今までと同じ様にその状況を眺めていた私だったが、急にその光景にもやが掛かってきた。

 あっという間に目の前が真っ白になり、私の意識がぷつんと切れた。






 体が重い。瞼も重く、目が開けられない。寝かされているみたいだけど、起き上がる事も周りを伺う事も出来ない。

 ただ、やたらと寝心地はいい。ふわふわのベッドで寝かされているみたい。うちのぺったんこの布団じゃないな。

 じゃあ、ここはどこだ?

 頭がはっきりするにつれ、いろいろと思い出してくる。

 そうだ。事故にあったんだ。会社帰りに車にはねられたんだ。

 じゃあ、ここは病院か。いいベッドだな。車の運転手は金持ちだったのかな。

 でも、どれくらい意識がなかったんだろう。何か変な夢を見てたけど、随分と長かった気がする。

 ゆっくりと体の感覚が戻ってきた私は、そっと目を開けた。

 最初、意外と天井が低いなと思ったが、それは天蓋のようだ。ベッドの四方に柱があり、レースが縁どられているのが見えた。

 顔をゆっくり横に向けると、人と目が合った。

 黒を基調としたメイド服姿である。あれ、最近の看護師はナース服ではなくて、メイド服を着ているのか? それとも、この病院が特別なのか?


「お、お嬢様っ!」


 メイド服姿の看護師が叫び声を上げた。

 お嬢様って何? それに、よく見ると、この看護師さん、外人だよね? どう見ても日本人じゃないよね。


「お嬢様がっ! お嬢様が気づかれましたっ!」


 ねえ、待ってよ。まずは状況を説明して。起き上がった私を置いて、叫び声を上げながら看護師さんは部屋から出て行ってしまった。

 状況がさっぱり分からず、とりあえず、体を起こし、辺りを見回す。ベッドの寝心地に合わせて部屋も立派である。いや、立派と言うより、贅の限りを尽くされている。

 天井からは、どこのホテルの宴会場だと言わんばかりのシャンデリア。価値は分からないけど、たぶん高いであろう絵画。どっかのお城にありそうな装飾が施されている机に、鏡台。

 私はベッドから降り、毛足の長い、ふわふわの絨毯の上を歩く。

 なんか、病院っぽくないな。まあ、入院した事ないし、最高級の病室はこんな感じなのかな。

 そう言えば、お嬢様とか、さっきの看護師さんが言ってたが、高級な病院では、患者の呼び方も違うのか。二十六になって、初めて知ったな。

 鏡台の前に立ち、鏡の中を覗き込む。


「え?」


 鏡に映っていたのは、私じゃない。と言うか、私の知っている、私の顔じゃない。


「この人……」


 そうだ。この顔は、さっきまで見ていた夢の我儘娘だ。名前は、確か……。


「リアッ!」


 扉が大きく放たれると同時に、大きな声が聞こえてきた。

 そうそう、ナタリアだ。リアが愛称だったな。


「父は心配したぞっ! もう大丈夫なのかっ!?」


 そうだ、このダンディーな人がナタリアの父親だったけ。娘を溺愛していたな、とか、考えてたら、いきなり、私の肩をがしっと掴む。


「おお、リア。どうしたんだい? そんなに呆けた顔をして。まだ調子が優れないのかい?」


 心配そうな表情で私をじっと見てくる。


「えっと、その……」


 どういう事だと、もう一度、鏡台を見る。そこには、心配顔の父親にしっかりと肩を掴まれている、ナタリアの姿となった私がいた。




 ナタリアの姿となり三日の時が過ぎていた。

 今までとは違い、突然我儘を言わなくなった事に逆に怖がられ、毎日違う侍女が私の身の回りの世話をしていた。

 いや、夢で見てた光景だけど、生粋の庶民である私には無理だ。世話をしてもらうだけでも、申し訳なく思ってしまう。

 初日は、何かしてもらう度に頭を下げてたら、侍女に泣かれ、謝られた。

 二日目は、頭を下げるのを我慢したが、着替えの後に礼を言ったら、震えられた。

 三日目は、自分で飲み物を入れようとしたら、土下座せんばかりに謝られた。

 侍女の皆さんも大変だと思うが、私もガリガリと精神を削られる思いの毎日である。

 両親や二人の兄も毎日、私の元へ見舞にやってきていた。体は大丈夫か、困った事はないか、何か望みはないか、とても気遣いをしてきてくれる。まあ、それが、あの我儘娘を作ったのだが……。

 そして、四日目の今日。気持ちも多少は落着き、頭の中で自分の置かれた状況を考える。

 私は、会社帰りに事故に遭った。これは、はっきり覚えている。そして、夢を見ていた。ナタリアがまだ幼い頃から、階段から落ちるまでの様子を見ていた。私は今そのナタリアとなっている。

 うん、分からない。最後の部分が良く分からない。これを、この三日繰り返していた。

 だが、幾分か冷静さを取り戻した今日の私は、そこから、さらに考えを進める。

 そして、ある考えに至った。そう、私は転生したに違いない。あの事故で私は死んでしまい、そして、この異世界へと転生したのだ。会社の後輩の朋ちゃんがよくそんな本を読んでたな。何度か借りて読んだが、今はまさしく読んだ本と同じ状況である。

 異世界への転生。にわかには信じられないが、他に説明しようがない。

 私がどのような立場へ転生したかは、まだよく分からないが、少なくとも、この家は金持ちの様である。家族も優しい。当面は心配する事はないだろう。

 とにかく、情報収集である。知りたい事は、この世界がどんな世界か、私の家はどんな家か、どの様に生活していくのか。知りたい事は山程ある。

 今日もまた、昨日とは違う侍女が、私の身の周りの世話をしてくれている。昨日までと比べて、随分と若い。顔にはまだ幼さも残っている。


「あなた、初めて見る顔ね」


 夢で見ていたナタリアの口調を思い出しながら、侍女に声を掛けた。


「は、はい。五日前から務めさせて頂いたばかりでして……」


 突然声を掛けられた侍女は体をびくんと跳ね上げた後、その体を小さくして答えた。

 侍女たちのそんな反応にもだいぶ、慣れてきた。本当に、ナタリアは酷かったからな。でも、五日前と言えば、ナタリアが階段から落ちた日である。それでも、こんなにも怯えているという事は、彼女の我儘ぶりは有名だったのだろうか?


「ちょっと、教えて欲しい事があるのだけど……」


 笑顔を見せて、なるべく優し気に話しかける。


「な、何でしょうか?」


 あまり効果は無い様だ。不安に満ち溢れた顔のままである。


「この家って、どんな家だったかしら?」


「あ、あのそれは、サンバルト家がどんな家か、と言う事でしょうか?」

 

 恐る恐るといった感じで、聞き返してきた。


「うん、そうそう」


 彼女を少しでも和ませる為、努めて明るく振る舞う。


「サンバルト公爵家は、この王国で最も由緒正しき家柄です。建国の功臣を祖にして、婚姻により王家の血も入っております」


 公・爵・家! 生まれながらの勝ち組の予感がするっ!


「当主である、グラハム様はエルフロント王国の重鎮であらせられます。私が申すのも恐れ多い事ではありますが、国の中枢でご立派にお勤めを果たされておられます。また、所領も豊かで名領主と誉れ高きお方でございます」


 勝ち組決定! 血筋、権力、富の三拍子揃ってる!

 いやあ、ナタリアの我儘ぶりもなんか、理解出来る気がするな。


「うん、そうね」


 私が満足そうに頷いたのを見て、侍女は安堵の色を顔に浮かべた。どうやら、新人のテストの様に思ったのだろう。

 ここで、私の中に一つの野望がむくりと頭をもたげてくる。

 私は大の時代劇好きである。幼い頃から祖母に育てられたせいか、テレビで時代劇ばかり見ていた。時代劇と言えば、勧善懲悪。弱きを助け、強きを挫く。中でもお供を連れて旅するご隠居が一番のお気に入りだった。

 そう、今の私はそれをする事が出来る、血筋に基づいた名声、父をバックにした権力、そして、家の富がある。憧れていた旅の隠居になれる可能性があるのだ。

 せっかく、転生したのだ。言ってみれば、ご褒美のようなもの。ならば、夢を叶えるのも悪くない。

 恐怖の混じった目で、一人ニヤニヤとしている私を見ていた侍女に気づき、一つ咳払いをする。すると、またもや、彼女は体をビクンと跳ね上げた。

 怖がらせてはダメだ。まだ、彼女には聞きたい事がある。


「この王国はどうかしら?」


「へ、平和でいい国でございます」


 無難な返答である。

 まあ、仕方ない。この侍女にしたら、下手な事は言えないのは、もっともな話である。


「んー。じゃあ、聞き方を変えるわ。そうね。何か、悪事を働いている奴とかいないかしら? 例えば、権力やお金を笠に着て、庶民を苦しめている奴とかさ」


 侍女に動揺が走る。顔を更に青くし、返事に窮しているのが分かる。これでは、言わずとも、答えを言っている様なものである。


「あー、いいわ、答えなくて」


 これ以上は彼女が可哀そうになってくる。

 だが、悪事を働く権力者や金持ちがいるという事は、私の気持ちを奮い立たせるには十分の結果である。


「い、いえ、申し訳ありません。お答え致します。確かに、お嬢様の仰られる様に中にはそういう者もおります。ですが、庶民も馬鹿ではありません。したたかに生きている者も多くおります」


 侍女は意を決した様に、真っすぐ私の目を見ている。

 まだ若いが、なかなか肝が据わっているようだ。昨日までの侍女とは違うと私は感じていた。


「あなた、名前は?」


「アシリカと申します」


 また、顔を青くして、答えた。その手はぎゅうと握りしめられている。


「アシリカ、もう少し尋ねるわ。一般的に使われている武器はどんなものがあるの?」


「武器、ですか?」


 青い顔ながら、驚きの表情を見せる。まあ、そうなるよね。公爵家の令嬢が武器について尋ねるなんてさ。


「武器と言えば、剣や槍、弓でしょうか。私も、詳しくはないのですが」


 ほー。剣に槍、弓矢か。ファンタジーな世界だねー。て、事は、まさか……。


「もしかして、魔法、とかは?」


「魔術の事ですか? 魔術も、攻撃に使用する事もありますから、武器と言えばそうかもしれません」


 キター! 魔法! やっぱり、異世界ファンタジーと言えば魔法は絶対だよね。

 いやあ、テンション上がってきたわー。もしかして、私も使えるのかしら?


「あの、魔術って誰でも使えるものかしら?」


「魔力は皆、ありますので。もっとも、うまく使えるかは才能によりますが」


 アシリカはテンション高めの私に戸惑っている様だが、仕方ないよね。だって、魔法だよ。いやー、夢が広がってくるなー。

 剣も習って魔法剣士となるのも悪くないわね。そして、悪事を働く悪人を成敗していく。最後は、私の正体を知ってひれ伏す悪人たち。私に涙を流して感謝する、苦しめられていた人々。

 いやあ、異世界ひゃっほい、転生バンザイだ。

 夢が広がっていくにつれ、私はその顔のにやつきを抑える事が出来なかった。 


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