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猫妖怪と白秋男子

作者: うみたか

至らぬ点もあるかとは思いますが、どうぞ最後までごゆるりと。

 青春の対義語は白秋。白秋がどのようなものかはよく知らないが、きっと俺のような生活を送る者に流れる時間の事を指すのだろう。

 今年で十八歳。高校はわけあって去年に退学。田舎から都会へ出てアパートで一人暮らしをしていた俺は、退学に際して実家に帰ろうと思ったが、親は俺の退学に激怒。結果実家には帰れず、未だに一人暮らし。友達との友好関係も自然消滅、一ヶ月でぼっちになった。最近まともに会話をしたのは、世話焼きな隣の部屋のおじさんくらいだ。

 アパートの家賃は一万円。部屋はそこまで悪くなく、普通なら二、三万はくだらないが、管理人のおばさんが学生割と家賃を安くしてくれたのだ。ありがたや。

 しかし週に四日、時給九百円×八時間のコンビニバイトでは満足なお金は貰えず、毎日が節約生活。スーパーの特売には必ず行くような貧乏生活を送っている。別に辛いとは思わないが、楽しいとも思わない。だってゲーセンにも行けないし、ショッピングも出来ないし。

 この先何をするでもなく、ただのんのんと日々を過ごす。本来なら青春真っ盛りな十八歳が、だ。

 これを白秋と言わず何と言う。


 最初はこんな筈じゃなかった。自分で言うのもなんだが、学業はトップクラス、運動神経は抜群。多芸多才でだいたいの事は出来る。

 そんな俺には明るい未来が開けてるはずだった。

 でも高校で暴力沙汰を起こし、二人を病院送りにした俺は即退学処分。些かやり過ぎな対応だと思うが、俺の通っていた高校は県内有数の進学校で名も知れてるから、問題児は排除したかったのだろう。

 喧嘩の理由は、不良グループが俺をカツアゲしようとしたこと。お前らに出す金は無い、って言ったら殴られたので、殴り返したら乱闘になった。

 で、その結果はさっき言った通り。我ながら馬鹿だ。


 とまあそんな事をしてきた俺は、今日も今日とて安売りのもやしと卵の入った袋をぶら下げて、夕焼けに染まる住宅街を歩いているのだった。


「今日のメニューはもやし炒めかな」


 今日は、じゃなくて今日もだが。

 もやしはいい。山盛りに買っても一袋十円そこら。しかも俺の通うスーパーでは、水曜日にはもやし一袋五円、卵一パック九十円という目が飛び出る価格で特売を行う。目の色を変えた主婦の方々を押しのけて商品を取るのは大変だが、その分食費はかなり浮く。

 しかももやしは、色々な料理に化ける。単純なもやし炒めを始め、サラダにナムル、あんかけなんてのもある。


「ま、卵ともやしだけだけどなー」


 俺の家にある食材は、もやし、卵、白米。これだけではいくらレシピを知っていても、作れる料理の種類なんて高が知れている。

 あわれ、俺の食生活。


 そんな事を考えながら歩いていると、誰もいない道路に妙なものを見つけた。

 二十メートルほど先、アスファルトの地面に、ベタッと小さな子供が倒れている。髪型からして女の子だろうか。


「……………なんだ、あれ?」


 まず最初に目がいったのは、藍色に染められた和服。よくお祭りに行く時、小さな子供が来ているあれだ。帯はくすんだ黄色で、草履を履いている。今は秋、祭りなんてほぼ終わっている時期だし、明らかに不自然だ。

 そして一番不思議なのが、そんな格好をした小さな女の子が、路上に倒れているという事。

 気になって近づいてみた。そして驚愕する。


「なんだ……これ……」


 艶のある短い黒髪の間に二つ、猫の耳のような物が付いている。作り物かと思って触ってみると、動物特有の温かみを感じた。しっかりとした感触がありながらも、ふわふわとした柔らかみ。明らかに本物だ。

 驚きながらも、その至福の感覚に夢中で耳を触っていると、突然ピクッと動いた。


「うお、動いた!」

「あぅ………ぁ……」


 女の子が弱々しい声を出した。そこで吾に返って、女の子を起こそうと身体を揺する。


「おい、大丈夫か? おい!」

「へぁ…………は?」


 女の子がムクリと起き上がった。そして初めて顔が顕になる。

 猫のような鋭い目に、小ぶりな鼻。やわらかそうな唇の奥には鋭い八重歯が覗いている。

 文句ナシの美少女だ。


 女の子は虚ろな目で俺を見ると、ハッとした顔になり慌てて起き上がった。


「わ、ワシはいったい……!」

「あ、ええと……倒れてたんだよ」


 状況を説明してあげつつ、やはり猫耳に注目してしまう。

 なんだろうこの子は。妖怪? ファンタジー的な何か? まさか、ね。うん、ありえん。


「お前がワシを助けてくれたのか?」

「え? あ、ああ」


 助けたと言われたら微妙だが、突然だったのでイエスと答えてしまう。そして次の瞬間、女の子の目が見開かれる。


「お、お前。ワシが見えるのか!」

「そりゃ、もちろん」

「本当か!? おお、触れる。触れるぞ!」


 女の子は目を輝かせながら、俺の身体をペタペタと触る。俺は少し恥ずかしさを感じたが、可愛いい女の子に身体を触られているという事は嫌ではなかったので、そのまま一しきり触らせてやった。

 そしてその間に思った。あ、地雷踏んだ、と。

 だって「ワシが見える人間は二百年ぶりじゃ!」「生身の人に触れるとは、感動じゃ~!」なんて言ってんだよ? ただの痛い子にしか思えないじゃん。喋り方も変だし。

 でもやっぱり、猫耳が気になって聞いてみた。


「なあ、まさかお前…………妖怪? なんて、はは……」

「うむ、そうじゃぞ。ワシは猫又という妖怪じゃ」


 腰に手を当て胸を張り、自慢げに言う女の子はとても誇らしげだった。

 猫又、年老いて尾が二つに裂けた猫。よく化けて出ると言われている…………


「あ、俺このあと用事があるんだったぁ〜、これで失礼しま……」

「まて」


 逃げようと思ったが、腕を掴まれる。


「お前に会えたのも何かの縁。お前の屋敷までワシを連れて行ってくれまいか?」


 女の子の表情は眩い笑顔。そして俺の腕を爪が喰い込むまで握り潰す。


「いでぇ!お、おい。離せ。 俺には手がおえん!」

「どういう意味じゃ! ワシの話が信じられんのか? この耳が何よりの証拠じゃろう!」

「いや、きっと俺は疲れてるんだ。今日は早く寝るよ」

「ああ待って待って! お願いじゃから連れてって! 腹が減って死にそうなんじゃ!」

「知るかんなもん、お母さんにでも泣きつけ!」


 女の子は目に薄らと涙を浮かべながら、必死に俺に抱きついてくる。なんなんだこの子、完全に電波じゃん!

 しかし直後にグー、という盛大な腹の虫の鳴き声と共に、女の子が倒れそうになったのには驚いて、咄嗟に手を差し伸べて身体を支えてやった。


「ぅぅ………ご飯……」

「おいおい、マジかよ……」


 俺の腕の中で今にも餓死しそうな顔をして呻く女の子を見れば、流石に捨て置くわけにかず、仕方なく女の子をお姫様抱っこして俺の部屋まで運ぶ事にした。


 ああ、どうしよ、これ。



  ~~~~~~~~~~



 最寄りの駅から徒歩十分、築十年の比較的綺麗なアパートは、横に三つ部屋が並んでいてそれが四階分ある。俺の部屋はその三階、真ん中の部屋だ。板張りの六畳間に、トイレと風呂、台所付き。高校生の一人暮らしには充分過ぎる部屋だ。


「あいよ、取り敢えず食え」

「おお〜!」


 卓袱台に置いた料理に、女の子がヨダレを垂らしながらガッツく。大和撫子の欠片もない。でも少し微笑ましい光景だ。

 メニューは、もやし炒めの焼肉のタレ味。制作費は約三十円。単純かつ格安、しかもかなり美味しい俺のおすすめ料理だ。


「おいおい、もうちょっと落ち着いて食えよ」

「ほれほーふあぃ、ほあぇすほいあ!」

「すまん、日本語で頼む」

「ゴクッ……これチョー美味い、お前凄いな!」

「そりゃありがとさん。それよりだな……」


 未だもやしを口にかき込む女の子に、本題を投げかける。


「お前、本当に何もんだ? 妖怪ってなんだよ、人間じゃないのか?」

「ワシはさっき言った通り、猫又という妖怪じゃ。名前は宮吉みやきち、歳はよう覚えとらんがそうじゃな……江戸の頃にはも産まれておった」

「それってつまり、四百歳……」

「そうなるの」


 想像以上の内容に、ため息がもれた。

 この子、宮吉が妖怪というのは、実は薄々実感してきている。宮吉の周りには常に黒い光が浮いてるし、何よりもあの猫耳が動かぬ証拠だ。それに尻尾が二本生えてる。完全には信じられないが、この際信じるしかないのだろう、と自分を納得させる。


「それで、その妖怪様がなんで行き倒れてたんだ?」

「思ったより理解が早いのう」

「いや、気にしたら負けかなと」

「そうじゃの……お前、旧鼠というあやかしを知ってるか?」

「ああ、あの猫も食べるっていう化け鼠だろ?」


 旧鼠とは鼠が長い年月を経て妖怪になったもので、時には人を襲うこともあるらしい。つまり、危険な妖怪だ。どっかの文献に乗っていた。


「その旧鼠がある日、ワシの住処を襲ってのお。ワシの力の根源であったやしろを破壊されたのじゃ」

「力って、妖力的な?」

「そう。妖力は、その妖怪が人に認知される事によって生み出される。例えば、神の類は人々の信仰を妖力に変えておるし、幽霊の類は恐怖を糧としている。ワシは前者じゃの」

「てことは、元神様?」

「厳密には違う。ワシは人々の信仰を得る代わりに、その辺りの土地を守っておった。神というのは、そこにいるだけで神たりえるからの」

「簡単にまとめてくれ」

「つまり、神とは生まれながらに神で、信仰を得ている者を一口に神と言うのは間違ってるんじゃよ」


 正直よくわからないが、取り敢えずお茶を淹れて続きを促す。宮吉は箸を置きお茶を一口飲み、続ける。


「で、ワシは信仰を糧に力を得ていたわけじゃが、最近は信者がメッキリ減ってのぉ。力が全盛期の半分もない状況なんじゃ。そんな時に、あの憎き旧鼠めが襲ってきたわけじゃ」


 宮吉の顔が一瞬、獲物を狙う猫のような顔になったが、すぐに可愛いらしい表情に戻る。


「それで、行く宛もなく彷徨っていたところを、お前が助けてくれたのじゃ」

「つまり、家を追い出されて彷徨ってたら行き倒れたと」

「そういうことじゃ」


 妖怪が行き倒れるなんて聞いたことないが、まあ妖怪も疲れもすれば腹も減るのだろう。それこそ、妖力とやらでなんとでもなりそうなものだが。


 宮吉はもやし炒めを俺の分まで平らげ、丁寧に手を合わせる。俺は自分の分を食べられたことに多少の憤りを感じながらも、皿を持って台所へ向かう。


「で、本題なんじゃが」

「なんだ、もう飯は出んぞ」

「違うわい。ワシは今妖力の大部分を失っておるわけなんじゃが……お前、猫又は何が変化したものかわかるか?」

「ああ。確か、山猫が化けるのと飼い猫が化けるパターンがあるんだろ?」

「ほう、よく知っとるの」

「まあな。知識量には自信がある」


 まあ、ちょっと前にテレビで見ただけだけど。


「ワシは前者なんじゃが、その特性上、人に飼われることで妖力を得られるんじゃよ」


 宮吉は皿を洗っている俺の足元に立って、あざとい笑顔を俺に向ける。

 …………怪しい。


「で、どうじゃ? 今ならこの可愛い娘が、なんと飯三食分の銭じゃぞ?」

「………何が言いたい」

「ワシを飼ってみんかい?」


 笑顔は破壊力抜群だが、俺を利用して力を取り戻そうとする裏が丸見えだ。可愛い顔してしっかり人を利用しようとしている、流石妖怪。

 俺は一度皿洗いをやめ、宮吉に向き直る。まあ薄々そんな事を言い始めるのではと思っていたが、本当に言ってくるとは……

 宮吉には悪いが、俺は一人で生活するのが手一杯だ。ここは断らせてもらう。


「いいか、俺は今一人で生活するだけで精一杯なんだ。それに子供一人が加わったら、それはもう悲惨なことになる。お前には悪いが、別を当たってくれ」

「そ、そんなぁ……」


 宮吉はさっきとはうって変わって目を潤ませて俺を見上げる。

 見える。裏が見えるが、宮吉が可哀想に見えた自分が悲しい。


「どうせ力が戻ったら何かしでかすんだろ? 知ってるぞ、猫又の伝承には人を食うという記録がある。どうせ俺を利用して、力を取り戻して、その後は……」

「そんな、食べたりなどしないわい!」


 宮吉は声を荒らげた後、しゅんと小さくなった。


「なあ頼む、ここは一つ哀れな小娘に利用されてくれまいか? ワシはこのまま放り出されれば、また行き倒れてしまう」


 おそらく本心からの懇願に、俺の心が少し揺らぐ。だが人一人を養うのはそんな簡単ではないのだ。寸前で留まる。

 しかし、


「この町でワシが見える人間は、お前だけなのじゃ。ワシは透明、お前以外は誰も拾ってはくれん。もう透明は嫌なのじゃ!」


 という絞り出されたような震える言葉に、ついに俺の良心が覚醒した。

 俺は目の前で泣きながらすがりついてくる女の子を見捨てるような男か? いや、違うだろう。女の子に助けを求められたら、無条件で受け入れる。そうじゃないのか?

 そう、男なら!


「はぁ……残念ながら、ウチの飯はもやしばっかだぞ?」

「大丈夫じゃ。お前がそれを調理するなら!」


 必死な表情になっている宮吉の頭を、優しく撫でる。宮吉は猫のように、目を細めて気持ちよさそうに笑った。

 

「なら決まりだ。お前は俺の飼い猫。で、俺はお前の飼い主。妖怪とか人間とか関係なく、だ。分かったな?」


 宮吉は一瞬ポカンとした顔で俺を見たが、すぐに笑顔になって答えた。


「ああ、もちろんだ! 主殿あるじどの!」

「主殿。うん、悪くない響きだ」


 青春のなかった俺の心は、その笑顔にあっけなく打ち抜かれたのだった。




  ~~~~~~~~~~



 こうして始まった妖怪との共同生活は、案外普通なものだった。

 家事は基本俺がやり、宮吉はそのお手伝い。意外と覚えが早くて、最近は洗濯機も使えるようになった。俺がバイトに行っている間は、宮吉が部屋を掃除してくれる。

 それと宮吉が洋服を欲しいと言うので、古着屋で適当に洋服を選んできてやった。何でかは分からないが、やたらとねだってくるので根負けして買ってやった。宮吉は特に白色のワンピースが気に入ったらしく、


「どうじゃ主、似合っとるか?」


 と俺によく見せつけてくる。

 正直かなり似合っているので、その度に心臓がドキンとしてしまうことは宮吉には内緒だ。

 バイトはいつも通り続けてて、まあ給料は変わらないが、家に宮吉が待ってると思うと自然とやる気が上がってくる。おかげで仕事にせいが出て、店長にも褒められた。

 娘を持った父はこんな気持ちなのだろうか。

 宮吉を商店街に連れて行ってやったりもしたし、大したものは食べれないがレストランにも連れてってやった。宮吉はその度に向日葵のような愛くるしい笑顔を俺に見せてくれる。

 こんな女の子と生活できるなんて、俺の青春まだまだ捨てたもんじゃないな。


 なんて事を考えながら、部屋で宮吉を愛でる夕方である。


「ん、なんじゃ主殿。ワシの顔に何かついとるか?」


 今日もお気に入りのワンピースを着た宮吉は、首を傾げて俺に聞いてくる。目線が露骨だったらしい。


「いや、何でもないよ」

「ふむ、そうか。それよりも主、今日は料理を教えてくれるのじゃろ?」

「ああ、そういえばそうだったな」

「おいおい約束じゃろう、忘れるなんて酷いぞ主殿よ」

「まあまあ、拗ねるなって」


 唇を尖らせる宮吉の頭を撫でると、宮吉の顔は溶けてゴロゴロと猫のように唸った。宮吉は頭を撫でられるのと、顎の下を触られるのに弱い。その辺りを優しく撫でれば、大抵機嫌を直してくれる。ほら今だって。

 俺は宮吉の機嫌が上向きになった事を確認してから、台所にもやしと焼肉のタレ、それに今日は安売りのひき肉を出す。あとはフライパン。材料的に、包丁とまな板は使わない。ていうか持ってない……


「よーし。宮吉、まずはフライパンに油を引いて温めろ。コンロの使い方は分かるか?」

「うむ、主がいつも使っているからな。えぇと、このつまみをこうして……」


 要領は悪いが、宮吉はちゃくちゃくと料理を進めていく。ひき肉を炒め、もやしを投入し、タレを素早く絡めて皿に盛り付ける。俺は分量を教えただけで、それ以外は特に教えなかった。ていうか教える事がない。それくらい簡単な料理なのだ。

 宮吉は少し緊張しているのか、調理中顔が険しくなった。俺がそれを指摘すると、


「べ、別に緊張など……そう、ワシは四百年を生きる妖怪じゃぞ! こんな飯炊きなんぞに……」

「まあまあ、みんな最初は緊張するんだから変な維持はんなよ」

「うぅ……」


 こんな時でも頭を撫でれば、宮吉は赤くなってトロけた表情になる。うむ、可愛い。

 宮吉は出来上がったもやし炒めをひょいひょいと卓袱台に運び、手早くお茶を用意する。俺は座って、楽しそうに飯の用意をする宮吉を眺めていた。


「さあ、食べてくれ主殿!」

「ああ。いただきまーす」


 もやしをタレによく絡めてから、ご飯と一緒に口に運ぶ。もやしの水気とタレの味がいい感じに合わさって、程よい味の濃さになる。その味がご飯とよく合って、次々と箸がすすむ。


「どうじゃ、美味いか?」

「ああ、ムッチャ美味い!」

「本当か!? よかったぁ」


 子供のように無邪気にはしゃぐ宮吉を見ていると、自然と笑顔になる。こんな健気で可愛い女の子を見捨てようとしてた俺は、どうかしてたんじゃないかと思う。


「ほら、宮吉も」

「ああ、もう腹がぺっこぺこじゃ。いただきまーす!」


 宮吉は手を合わせると、ご飯ともやしを同時に口にかき込む。小さな身体からは想像できない豪快な食べ方で、もやし炒めはどんどん無くなっていく。

 ああ、今日も俺の分食べられるなぁ。でも可愛いから許す。

 口の周りをタレで汚す宮吉を見ていたら、ふとある事を思った。


「なあ宮吉、妖力の方はどうなんだ? 少しは溜まったか?」


 宮吉が俺の飼い猫になってから、既に一週間と半分。元の力とまではいかないと思うが、多少は妖力も上がったはずだ。


「うむ、順調に溜まっておる。おかげで御神体を顕現させられるようになったしの」

「御神体?」

「ああ。ワシが神様モドキをやっていた頃の御神体じゃ」


 宮吉は俺と卓袱台から少し距離をとり、手を前に突き出し、目を瞑って何かを唱え始める。すると宮吉の手の中に黒い光が集まり、そこから一本の美しい刀が現れた。

 鞘は美しく黒光りしていて、金色の花柄が散りばめられている。鍔は四角く、柄は素人目でも職人技と分かるほど綺麗に革が巻かれている。刃を見るまでもなく、それがとんでもない刀だと分かる。


「ほれ、これがワシの御神体、妖刀村正じゃ」


 宮吉はその刀を、玩具でも扱うかのように俺に投げてきた。


「うえ!? ちょっ!」


 慌ててキャッチすると、驚くほど軽かった。プラスチックのバットを持ってるようだ。宮吉は驚いている俺を見て笑った。


「はは、愉快じゃの! 驚きすぎだぞ主殿」

「こ、これ……本当に刀?」


 鞘も柄もしっかりとした感触があるが、重さが明らかに不釣り合いだ。本当に玩具の刀にも思える。

 宮吉はひとしきり笑ってから、少しドヤ顔をしながら説明した。


「これは妖刀。元は普通の刀じゃったがワシの妖力で妖刀になったものじゃ。軽いのはこの村正の能力。因みに切れ味も抜群じゃぞ、鉄の柱なんぞ豆腐同然じゃ」

「そ、そんな凄いのかこれ。取り敢えず返しとくよ、なんか持ってたら怖くなってきた。寒気するし、気分が暗くなってきたし……」

「それは妖力に触れたからじゃの。妖力は人間にとって毒にしかならん。触れれば気分が悪くなったり体調を崩したり、最悪の場合死に至る」

「お前そんな恐ろしいもの俺に触らせてたのか!」


 思わず村正を宮吉に投げつけてしまった。宮吉は驚くほどの反射速度でそれをキャッチする。宮吉の手に収まった村正は、再び黒い光となって消えてしまった。


「そんなに怯えなくともよいぞ、主殿よ。たかが何分か触っただけでは死にはせん。それに主が死にそうになっても、ワシには秘薬があるからの」

「秘薬?」

「うむ。四肢を無くしても復活できるほどのやつ」

「そう言われてもだな……」

「はは、主は以外と怖がりなんじゃの!」

「う、うるさい! ほらとっとと食うぞ」


 宮吉は笑いながらも、大人しく食事に戻った。そしてどんどんもやし炒めが無くなっていく。


「しかし不思議じゃの」

「ん、何がだよ?」

「いやの、ワシは誰かに飼われる事で妖力を補給できるわけじゃが、その方法では本来、大した量は確保できんのじゃよ。あの御神体も、本来なら出せるまでにあと一ヶ月はかかるのじゃ」

「つまり?」

「この辺り、特に主殿の周りに妖力が溜まってきておる」


 宮吉は箸を置いて説明モードに入ったので、俺はここぞとばかりにもやしを取る。


「おそらく妖が見えるという、ある意味霊的な能力を持った主の近くにはそういうものが集まりやすいんじゃろう。ワシの前の飼い主もそうだった」

「でもさ、俺はお前以外に妖怪なんて見た事ないぞ」

「それはただ、この辺りに妖が少ないだけじゃ。考えてもみろ、主殿が古来から長らく生きておる身だとしたら、こんな空気の淀んだ鉄の町に住もうと思うか?」

「む、そう言われれば」

「まあとにかく、今主の周りにはあまり良くないものが集まっておる。今後、ワシ以外の妖が接触してくる可能性もある。妖の中には人間に害を与える者も多いから、少し気をつけてくれ」

「大丈夫だよ。いざとなったらお前の妖刀なんとかー、でバッサバッサと斬ってやるよ」

「いや、ワシは結構真面目に心配しとるんじゃが……」


 宮吉の顔に少し影がさす。俺は宮吉の頭を撫でて、宮吉を再び笑顔に戻す。


「大丈夫だよ。俺にはお前がいるだろ?俺はお前を信頼してる」

「むぅ……突然そんな事を言うのはズルいぞ、主殿」

「お、顔が赤いぞ宮吉。もしかして照れてる?」

「う、うるさい! 主がそんな事を言うから……」


 顔を赤くして照れてる宮吉を撫でて、さらに赤くさせる。宮吉は小さくなって、可愛らしい唸り声をあげる。

 こんな可愛い子と生活できるなら、別に多少の危険なんて気にならない。それにきっと、猫又である宮吉の力とあの妖刀さえあれば、何が現れても何とかなるだろう。そう思って、俺はこの話をあまり深く捉えなかった。


 しかし、俺はその事を後悔する事となる──



  ~~~~~~~~~



 いつものように、俺が晩飯を作っている時だった。床に寝転がって寝ていた宮吉が、突然起き上がり、何かを威嚇するように尻尾を逆立てた。


「おいおい、どうしたんだ?」

「何かいる、妖だ。近いぞ!」

「妖?」


 俺はコンロの火を止めて、一応包丁と鍋の蓋を持って窓の外を覗く。そこから見えるのは、闇に包まれた道路と住宅街。特に妖怪らしい影は見えない。一応玄関も見てみたが、やはりいない。


「何かの間違いじゃないか? 何もいないぞ」

「いや、確実にいる。しかもこれは……」


 その時、宮吉の言葉を遮るように、物音がなった。音のする方を見ると、さっきまでは何も無かったはずの空間に鼠が一匹いた。

 鼠、と言う言葉が当てはまるのか謎なくらい、その鼠はおかしな形をしていた。小さな身体は筋肉が隆起していて、目は赤く光り、足には大きな鉤爪が生えている。明らかに俺の知っている鼠ではなかった。


 瞬間、唖然としていた俺に鼠が飛びかかってきた。咄嗟に鍋の蓋を前に出し、飛んでくる鼠を遮る。重い衝撃が腕から伝わり、鼠が地面に落ちる。宮吉はその鼠を素早く捕まえ、なんと手から炎を出し燃やし始めた。


「うお! お前何やって……」

「クソ、ぬかったわ! こやつは旧鼠じゃ、妖じゃ!」

「んな!?」


 短い会話の間に、旧鼠は灰になって消えていった。


「とにかくここから逃げるぞ!」

「お、おう!」


 俺と宮吉は部屋を飛び出し、アパートの外階段を飛び降りるように駆け下りる。しかし道路に出ると、信じ難い光景が広がっていた。


「おいおい、嘘だろ……」

「こ、これは……!」


 そこには体長五mほどの旧鼠が、何匹も待ち構えていた。道路には入り切らず、民家の屋根にまで乗っかっている。


「ど、どうする?」

「主殿、ここはワシが抑えるから逃げてくれ」

「何言ってんだ。さすがのお前でもあの数は……!」

「大丈夫じゃ、やつらよりワシの方が俊敏に動ける。それにワシには村正がある」

「そ、それでも!」

「主殿!」


 突然、宮吉に怒鳴りつけられ、俺の脳が一瞬硬直する。宮吉は険しい表情で、俺を見上げていた。


「良いか、あやつらは妖、人間がどうこう出来る相手ではない。主が前に出たところで返り討ちにあうだけじゃし、あの数では主殿を守りながら戦うのも無理じゃ。だから早く、ワシを置いて逃げろ!」


 思えば、初めて宮吉に怒鳴られた。それが関係していたのかは分からないが、数秒後には俺は走り出していた。

 去り際、宮吉が呟いた。


「今度はワシが助ける番じゃ」


 後ろからは生々しい戦闘音が聞こえ始めた。何かが崩れる音、肉が切れる音、旧鼠の呻き声。

 俺はそれから逃れるように、暗闇の中を走り続けた。十字路を右へ左へ、できるだけやつらから離れるために。ポツポツと光る街灯を辿るように、一心不乱に駆け回った。

 後ろは振り向かなかった。振り向いたら、宮吉の言いつけを守れそうになかったから。だから前だけを見て走った。


 五分、いや十分は走ったかも知れない。足が悲鳴を上げ始め、肺が痛くなってきた。俺はもう大丈夫だと思い、走りを歩みに変える。

 しばらく歩くと、小さな公園が現れた。俺はその公園に入り、水飲み場で水を飲む。そして小さなブランコに座って、息を整えた。

 落ち着いてくると、自分がまだ鍋の蓋と包丁を持っている事に気がついた。俺はそれを茂みに投げ捨て、ブランコをゆっくりと揺らす。そしてしばらく、心を落ち着ける事に集中した。


 ……


 …………


 …………………


 ああ、落ち着かん!


 目を瞑ってみても、綺麗な満月を眺めても、頭の中には宮吉の顔が浮かび上がる。

 宮吉は今どうなっているのだろうか。あの鼠にやられてはいないだろうか。それとももう決着はついているのだろうか。


 ああクソ! イライラする!

 だいたい俺は何なんだ。自分は頭が良いとか運動が出来るとか言っといて、いざピンチになったら他人に丸投げ。ただのカス野郎じゃないか!

 じゃあどうする? 助けに行くか? そんなことしても、宮吉の言う通り返り討ちだ。相手は人間でも動物でもなく、妖怪。魑魅魍魎の類、古より生きる者達だ。ただの人間が勝てるわけがない。

 でも宮吉を見捨てるわけには…………


 ああ、イライラする! どうすればいいんだよ俺は!


 気がつけば、俺はブランコの柵を何度も蹴っていた。それに気がついた途端一気に力が抜けて、地面に寝転ぶ。怒りの後の脱力感が俺を包んだ。

 天高く登る満月は、いつもと変わらず黄色に輝いている。それが宮吉の笑顔に見えてきて、また目を背けてしまう。

 空に手を伸ばしてみたが、月には届かない。それが宮吉の笑顔にも届かない気がして、また激しい感情が溢れてきた。


 俺はこのまま宮吉を見捨てていいのか? 隣で笑ってくれて、俺に撫でられると照れて、そんな可愛い俺の飼い猫を?


 んなわけ無いだろ! 見捨てられるわけがない!


 返り討ち? 知るか。あの糞鼠共引き連れて地獄に行ってやるよ。

 俺はただ、宮吉の力になりたいんだ。負けると分かっていても、無意味でも!


 それが漢ってもんだろ!


 俺は再び走り出した。アスファルトを蹴り、身体を前に倒して、腕を振って。とにかく走った。

 身体が軽い気がする。アドレナリンなんたら、精神状態うんたらが都合良く働いているのだろう。とにかく今なら、何でも出来る気がする。

 そう、俺は頭もいいし運動神経抜群な男。

 つまり万能!


 今度はものの三分ほどでアパートに帰ってこれた。そこには地獄絵図を彷彿とさせる光景が広がっていた。

 辺り一面、真っ赤な血で染まっている。そこには人間の頭ほどの肉片がゴロゴロと転がっていて、所々に旧鼠のバラバラ死体がある。どれも黒い毛を紅に染めて、ピクリとも動かない。

 どうやら俺が出るまでもなく、勝負はついていたようだ。

 俺はその中に躊躇いなく踏み込み、肉片をかき分け愛する飼い猫を探す。


「宮吉、どこだ!? 宮吉!」


 生臭さに包まれながら、とにかく探し回る。一匹の旧鼠の死体をどけた下に、宮吉はいた。真っ白だったワンピースは血で染まり、ぐったりとして動かない。すぐに呼吸を確認すると、か弱い呼吸音が聞こえてきた。どうやら息はあるようだ。

 しかし、いい状態とは言えない。身体の至る所に深い傷があり、右足が変な方向に曲がっている。それに意識も無い。


「おい宮吉、大丈夫か!? おい!」


 肩を軽く叩き、耳元で名前を叫ぶ。三度ほど名前を叫ぶと、宮吉は目を覚ました。


「ぅぅ……ぅあるじ、どの……?」

「そうだ、俺だよ宮吉!」


 俺は嬉しくなって、血塗れの宮吉を抱きしめた。生臭くても傷だらけでも、宮吉は宮吉。俺の愛する飼い猫で、猫又の可愛い女の子だ。

 しかし宮吉は、絞り出すようにこう言った。


「だ、だめじゃぁ……まだ、まだやつが……!」

「何!?」


 その時、旧鼠の死体の中から一匹の大きな個体が現れた。周りのやつとは明らかに違う、王者の風格を醸し出している。身体も周りのものとは一回りも二回りも違う。

 よく見ると、身体中に切傷を負っている。多分宮吉の刀、村正のものだろう。という事は、宮吉はあいつに負けた事になる……


「いや、やるしかないだろ!」


 俺は傷だらけの宮吉を離れたところに移動させ、優しく寝かせる。


「あ、あるじ……だめじゃ……」


 宮吉は俺の腕を掴んで、そう言った。俺はいつものように宮吉を撫でた。これが最後になるかもしれない、柔らかい毛の感触を味わってから、宮吉の手から村正を取って言った。


「今度は俺が助ける番だな」


 旧鼠はさっきの位置から動いていなかった。こちらをまっすぐ見つめる赤い瞳は、俺を嘲笑っているかのように思える。

 だから俺は、切っ先をまっすぐ旧鼠の頭に向けて、言い放った。


「来いよクソネズミ! 人間様の実力ってもんを見せてやらァ!」


 旧鼠は俺の言葉を理解したのか、甲高い鳴き声を上げて正面から突っ込んできた。あの巨体からは想像も出来ないほど早くて、二十mは離れているのに一瞬で間合いを詰められた。

 瞬間、目の前を鋭い鉤爪が通り過ぎる。俺は身体を後ろに倒して何とか避け、斬撃を御見舞する。

 しかし確実に腕を捉えたはずの村正は、旧鼠の皮膚に弾かれた。俺はそのまま前に飛び込み、一旦距離を取る。


 あの感触、石を殴ってるみたいだ。この村正で切れないなんて、あいつの腕はダイヤモンドか?

 こちらを威嚇する旧鼠の身体に目を走らせる。考えろ、あいつが生き物なら全部が硬いわけじゃない。弱点はある。

 切傷が最も多い部位は腹。だが腹はだめた。俺の機動力じゃ懐に潜り込めない。

 ならやっぱり頭だ!


「うおおおお!」


 刀の構え方なんて知らないので、適当に片手で持って突っ込む。旧鼠はそれに反応して、腕を振り上げる。

 振り下ろされる鉤爪を紙一重で交わし、首に一太刀。しかしこれも、旧鼠の回避により掠めるだけに終わる。


「クソッ!」


 旧鼠は怒りを顕にして、甲高い声を上げた。そして俺に再び鉤爪を振り下ろす。恐ろしく速いその攻撃に、俺はかわしきれずに小さな切傷を負う。

 旧鼠は止まることなく、二撃、三撃と次々に腕を振り回す。俺は村正でそれを防ぎつつ下がるが、なかなか攻撃の渦から出られない。


「う゛っ!」


 防ぎきれなかった一撃が、俺の脹脛を引き裂いた。体重を支えきれずに、倒れてしまう俺はそのまま地面を転がり距離を取った。


 まずい。

 まずいまずいまずい!

 脹脛は痛みを通り越し、感覚がなくなっている。血がドバドバと溢れ出していて、恐らくもう使い物にならないだろう。

 旧鼠は地に沈む俺を嘲笑うかのように、ゆっくりと近づいてくる。


 考えろ、まだ手はあるはず!

 弱点は頭、それに腹。村正は軽くて切れ味抜群。相手の武器は鉤爪。

 この条件でできること……

 村正を投げるか? いやどうせかわされる。

 ならカウンター狙い? だめだ、かわせない。

 待てよ、かわす? そうだこの方法があった!少々危険は生じるが、この際あいつを殺れればどうでもいい。

 

 俺がそこまで考えたところで、旧鼠が唸り声を上げながら突っ込んできた。口がぱっくりと開かれ、鋭い歯が顕になる。あれで俺を食い殺すつもりだろうか。

 しかし俺はそれをかわさずに、口の中めがけて村正を突き刺す。右腕がパックリと呑まれ、直後激しい痛みが俺を襲う。


「ぐぅ! うらああああ!」


 歯を食いしばって、腕をさらに奥へと押し込む。村正がやつの体内を切り裂くまで、とにかく口の中で腕を振り回す。

 すると、肩まで腕を押し込んだところで、確かな手応えを感じた。旧鼠が低い唸り声を上げ、俺の腕を離す。


「はぁ、はぁ……」


 旧鼠はしばらくのたうち回った後、激しく痙攣してやがて動かなくなった。静かな時が数秒訪れる。


「やった、のか?」


 既に感覚の消え失せた足を引きずり、旧鼠を突っついてみる。しかし反応はない。どうやら息絶えているようだ。


「はぁ……腕一本と足一本、笑えねぇな」


 血が止めどなく溢れる傷口を無視して、ゆらりふらりと宮吉の元へと歩く。宮吉はまだ短い息遣いで傷からも血が出ていたが、意識はしっかりとあった。


「主殿……お主も、バカじゃな……」

「お前に言われたくねぇよ。あんなクソネズミに負けやがって」

「はは……すまん……」

「いいさ別に。こうして俺とお前が生きてるんだからな」


 俺は宮吉を優しく抱きしめた。右手は感触を感じないし、意識も朦朧としてきたが、しっかりと宮吉の体温を感じることができた。


「ありがとな、宮吉。俺のために」

「うぅ……主殿……すまない……ほんとうに……!」


 宮吉は俺の胸に身体を埋めて、泣き始めた。血に染まった俺の服が、宮吉の涙で濡れていく。

 俺は何も言わずにただ抱きしめた。愛する飼い猫を。愛する女の子を。



  ~~~~~~~~~~~~



 で、今回のオチというかそんな話。


 この後意識を失った俺は、病院で目覚めることとなる。どうやら通行人が、道端で倒れている俺を見て通報してくれたらしい。

 ああ、今日から義足と義手かなぁ。なんて思ったりしたが、腕はなんと骨折だけ。足に関しては傷口一つなかった。

 後で聞いた話だが、宮吉の秘薬とやらでこうなったらしい。おそるべし、妖怪の秘薬。

 気を失っていて、しかも頭に傷があったので、一応のために検査入院。ただでさえ少ないお金がさらに減ってしまった。


 宮吉はと言うと、あの後動けずに道端で一日横たわっていたらしい。そして残りの妖力を全てつぎ込み、傷口は完治。次の日には元気になって、入院する俺の元へと戻ってきた。


 その後三日間、俺と宮吉は病室で過ごし、そして今日やっと退院できることになった。


「あー! 病院というのは全くもってつまらんところじゃの」

「そりゃそうだろ。遊ぶところじゃないんだから」


 俺はギプスに包まれた腕を宮吉に見せつける。


「しかしのー、もうちょっと何かあってもいいと思うんじゃよ。例えばマタタビとか」

「どんな病院だよ。あるわけねぇだろんなもん」


 宮吉は「冗談じゃわい」と言って、アパートの階段を駆け上がった。俺はゆっくりと階段を登って、部屋の前に二人で立つ。


「……なあ主殿よ。実はな、ワシ妖力を全部使っちゃったんじゃが」

「ああ」

「これを取り戻すには、もっと長い人間に飼われなければならんのじゃが」

「ちゃんと言ってくれないと分からんな」

「うぅ……主殿の意地悪」


 俺はいじける宮吉の頭を撫でて、笑う。宮吉も気持ち良さそうに唸りながら、俺に笑顔を見せてくれる。


「これからもどうぞよろしくお願いします。主殿」

「ああ、お願いされますよ。いくらでも」


 宮吉は嬉しそうに耳を動かすと、扉を開けて一目散に部屋に入っていった。俺はその姿を微笑ましいなと思いながら、言った。


「ただいまー!」

「おかえりなさい、主殿!」

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