ナキ場所
大切な人を失くしたら、私はどんな顔をするのだろう。
◆
人前で泣くのが嫌だ。泣くことに関して「恥ずかしい」という意識がある。プライドが高いとも言えるのだろう。でもそれだけが理由ではない。
小さい頃に幼稚園で大泣きしたことがあった。眉を寄せた先生や友だちが周りを囲んで「大丈夫?」って声をかけてくれたのを覚えている。声をかけてもらえて嬉しかった。でも、それと同時に周りに注目される事に怖さを覚えた。心配してかけてくれている言葉までもが怖かった。きっと頭では責めている訳ではないと理解できていた。けれど、その怖さは消えなかった。泣き止んだ時にかけられた「心配させないでよ」という言葉が私の心に刺さった。
小学生の時もふとした瞬間に泣いた事があった。確か母が出張で居なくて、学校でその寂しさを思い出したんだったか。実際その時には母は出張から帰って居たんだけれど。思い出し泣き?とでもいうのか、泣いてしまっていたのだ。
「ご迷惑おかけしました」
母は迎えに来て先生にそう言った。その言葉は不協和音を聞いたかのように私の耳に残った。私が泣く事は迷惑なのだと、そう考えるようになった。それから私は人前で泣かなくなっていた。どこか見つからない場所に隠れて一人で泣くようになった。成長していくにつれて、人前で泣かない私の事をこそこそと「あの子は冷たい」なんていう人も
現れた。その言葉を聞いてまた私は感情を押し殺すようになった。誰にも気づかれないようにそっと心に蓋をした。
◆
大切な人ができた。
その人は私の事をよく理解してくれた。感情を押し殺している私に気づいてくれた。人前で泣くのが嫌だと言うとその人はこう言った。
「じゃあ、泣きそうになったらその時は我慢したらいい。でも僕の前では泣いてよ。 僕は何も言わないで受け止めてあげる。話たくなれば話してくれたので構わないからさ」
その言葉に少しの不安を抱きながらも、私は頷いた。もしその時が来たらこの人も迷惑だと思うんじゃないか?嫌われたくない、そんな想いは消えないでいた。
でもその時が来たらその人は言葉通り何も言わないで居てくれた。そっと抱きしめてくれる手は温かくて、落ち着かせてくれた。その時泣いている理由を忘れるほどに私は泣いた。涙が中々止まらないのはどうしてだろう。その訳は頭で考えるよりも私の心がわかっていた。
「ありがとう、受け止めてくれてありがとう…」
つたない言葉がぽろぽろと零れていく。何があったのかも、どう思っているのかも、訊かれなくても自然と口先から零れていた。話し終えた私の頭を撫でながら「話してくれてありがとう」と言って笑っていた。その笑顔は今まで見てきた周りの人の冷たいものとは違って、安心している様だった。
それから先も何かあればその人は私を受け止めてくれた。
何度も、何度も。
あの人が亡くなった。突然の事故だった。
お葬式の日、私はあの人の友人と一緒にいた。あの人と付き合い始めてから知り合った人だ。友人は泣かない私を心配そうに見ていた。友人の目は微かに赤くなっていた。
「泣かないのか?」
「泣けない」
少し間をおいて友人は手を引いて私を外に連れ出した。人気のない場所のベンチに腰を下ろして友人はゆっくりと話し始めた。
「前になあいつと話したんだよ――…
◇
「もし僕がいなくなったら、あいつはまた泣かなくなっちゃうのかな?
泣いてくれるのかな?」
「あいつって彼女のこと?」
うん、と軽く頷く。
「んー…まあ、泣かないんじゃねぇの?」
その答えに困った表情で首を傾げている。
「なに、お前今から死ぬの?」
「なっ‼そんなわけないだろ⁉あいつ置いて死ねないよ、縁起でもないこと言わない でよ~」
本気で焦っているのか握っていた缶コーヒーを溢しそうになっている。自分で言い出しておきながら慌てる表情を見るとその問いかけが俺の思っていた以上に本気だったのがわかる。
「でも何があるかなんてわからないでしょ?」
真剣な表情につられて俺まで真面目な顔をしてしまう。冗談めかしていたさっきの俺の言葉が嘘みたいだ。
「もし、もしだよ…?」
俯いた言葉に俺は茶化すことなく相槌を打つ。
「僕が事故か何かでいなくなったりでもしたらさ、伝えてあげてよ。」
『―――。』
お互い黙り込んでしまう。その空気に耐えられなくなって俺は口を開く。
「わかったよ。でもまあ、お前がヘマしなけりゃ良いんだけどな!」
バシッと大きくあいつの背中を叩く。「そうだね」なんて言ってまた笑顔に戻った。
◇
友人は話し終えると私の顔が見えないように抱きしめてくれた。既に堪えていたはずの涙は声と一緒に溢れ出していた。脳裏にはあの人が友人に託した言葉がずっと残っていた。
『ずっと僕は君といるから、もういつでも泣いて大丈夫だよ』
END