鉄筋勇者伝説『一般住宅ガーディアン』
ジャンル分けがしにくかったですが、一応コメディーに入れました。
あちこちにパロディを盛り込んであります。探しながら読んでいただければうれしいです。
俺の家はちょっと変わっていた。十年前に建築家の父が一念発起し、新築したものだ。
「見ろ! これが新しい新住家。新住宅だ!」
くだらない駄洒落を言いつつ、一応有名建築家の新住伴大は勝手に得意げだった。だが友達を家に呼ぶと、みんな「変だ」「変わってる」「見たこと無い」そんな風に言った。俺もそう思う。
まず、家に入った時に違和感を覚える。外見よりも明らかに狭いのだ。見栄っ張りな父は、人間の錯覚を利用し、できるだけ大きく見せようとした。そのため、外見は大きく、中身は意外と小さい家になった。
次に変わっているのがトイレだ。父は痔だった。当時まだ少なかったウォシュレットが取り入れられた。友達の中には、これを目当てに遊びに来る奴もいた。今はあちこちにあるが、昔は子供が行くような所にはまず無かった。
そういったものは、子供心にとても新鮮で、いろいろと空想して遊んだものだ。やたら分厚い壁には死体が埋め込まれているのでは、と怖がった。便座の真横に付いた様々なボタンが、アニメや映画に出てくるロボットや戦闘機のコクピットを連想させた。
そういったことが現在の妄想癖につながったのは確かだろう。非現実、非日常的な空想──もとい妄想へと俺を導いてくれるのは、アニメや映画、マンガ等の作り物の非現実ではなく、現実と日常の中にある違和感だった。
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俺の町は昔からあちこち工事している。昔ながらの下町で古い家が多く、改築、新築が多いのだ。町の工事はいつまでも終わらず、ちっとも進んでいないように見えた。あの家が終わったと思ったら、次はこっちの家が始まるのだ。何でも、都心に近くて地価も安い、最高のベッドタウンらしい。戦後に家が乱立し、道路が狭く住宅がひしめきあっている。上空から見るとまるで家々が、体を寄せ合って体育座りしている小学生の朝礼のようだ。
普段は昼過ぎから夕方に行われる町の工事が、よりにもよってうちの近くで昨晩中行われていた。あまりのうるささでなかなか眠れず、今朝は少し寝坊した。
寝ぼけ眼でトイレを済ませ、瞼が半分しか開いていない顔を洗い、質素な食事を済ませる。目と頭が冴えてくると、どうもさっきのトイレが気になる。何かいつもと違ったような。学校に行く前にもう一度入ってみるが、特に異常はない。別にもよおしてはいなかったのでそのまま出た。
高校に着いてもなんだか朝のトイレが気になった。しかし授業を聞いているうちにそんなことも忘れ、普段通りに時間は過ぎていった。昼食を食べ終わると、いつも通りアイツが呼び始めた。俺は昔から胃腸が弱く、一日に何度もトイレに行く。特に食後は入れた分が押し出されて、必ずトイレに行かねばならなかった。まさに自然現象、自然の摂理である。英国の人もうまい言い回しをするものだ。
「う〜……トイレ、トイレ」
「ウホ! またかよ。勇」
「男は度胸。学校でもクソをしてみるもんだ。意外といい気分だぜ?」
男ばかりの男子校。こんな会話は日常茶飯事だった。俺は急いでトイレにかけ込むと、不意に朝のことを思い出した。
やはり今朝はいつもと何かが違った。よく思い出しながら今の状況と比べてみるが、家は洋式で学校は和式、違いのせいかやはり思い出せない。なんとか思い出そうとするが、いつの間にか予鈴がなっている。トイレにいるとすぐに時間がたつ。小学校の頃、「博士」というあだ名の友達も言っていた。「トイレは人の頭の回転を速くする。学校でできなかったテストも家のトイレでやるとできるもんだ」俺は友達の中で一人だけそれに納得していた。トイレは非常にリラックスできる。ついつい用が済んでも妄想にふけったり、ボーと無駄に時間を過ごしたりしてしまう。
本鈴が再び俺を現実に引き戻した。慌てて処理をし、教室に戻る。
「遅かったな、勇。どこまでやってたんだ?」
「いい女がトイレの前にいたんだよ」
「マジ? 由香里ちゃん?」
「いや、志穂ちゃん」
「お前、志穂派かよ」
くだらない冗談を言い合う。まだ先生は来ておらず、俺は悪友の羽佐間翔と学校の二大美人教師の話で盛り上がった。
「はいはい。席に着く」
話が盛り上がり始めたところで、話題の留里野志穂先生が入ってきた。きつい感じがする眼鏡と堅いスーツ姿だが、美しい艶の黒髪と繊細な目鼻立ち、やせているとは言えないがその豊かな体が、逆に性格とのギャップで多くの生徒に大人気だった。新任で俺たちの入学と同時に入ってきてすぐに、それまでのアイドルだった丸住由香里先生の人気を半分奪い取ってしまった。
「えーっと。実はこれから緊急の職員会議があり、午後の授業は全て中止。部活も中止になりました」
突然の半ドン宣言に一瞬クラス中が静まりかえったが、すぐに騒ぎ出した。
「マジで? 超ラッキー!」
「先生! 部活も中止って、自主練もダメですか?」
「なあ。じゃあゲーセン行かね?」
「先生! 今日の化粧濃いぜ?」
「志穂ちゃん! なんで急に職員会議あんの?」
「羽佐間! 志穂ちゃんて言うな! 他も騒がない! 誰だ! 化粧濃いっつたの?」
留里野先生の一喝でクラスは静かになった。いくら美人で若くても、れっきとした教師、しかも怒らせると結構怖い。
「職員会議は昨日の盗難騒ぎの件について。部活はいっさい中止。図書室も休み。生徒は速やかに下校すること」
俺は車一台と人一人がやっと通れるような細道を、空を見上げて帰っていた。けれど実際には空などほとんど見えない。空は視界の1割程度で、見えているのは道の両側の建物、交通標識、看板、電柱ばかりだった。町のほとんどの道がこんな感じだ。おかげで高層ビルもないのに、都会っ子以上に広い空というものを知らなかった。
俺は腹が痛い時、上を向くようにしている。上を見ていればいろいろな物が見え、気が紛れるからだ。さっきトイレに行ったばかりだというのに、また腹が痛くなってきた。特に原因も思い当たらない。もはや持病、山根君のように。
妄想をしつつ、気を紛らわしながら帰っていく。この町はすぐそばでやっている工事も、建物が邪魔でどんな工事をしているのか分からない。あの音は、実は工事の音ではなく、正義の五人組が怪人と戦っている音では? まあどうせ実際はつまらん家の改築だろう。
「ただいま」
当然この時間は、父親は仕事、母親はパートで家に居るわけがない。静かな家の中。誰もいない……そのはずなのだが、何かいるような気がする。ドアを開けた瞬間、いや、ドアノブに触れた瞬間から違和感があった。耳を澄まし、足音を立てないように家の中を見回った。もしかしたら泥棒でもいるのでは? 俺の第六感が自縛霊に反応しているのでは? それとも第七感が目覚めて敵の闘士が隠れているのを告げているのでは? いろいろな妄想を巡らし、それなりにマジで家中を見回った。
が、結局は何も異常はなかった。小さな物音の正体を確かめると冷蔵庫と洗濯機、荒らされた洋服タンスは母親が寝坊してパートに慌てて行ったから、俺の部屋が荒れているのは半年前から。2割の安心と8割の消沈を味わった。妄想癖の俺にとってこんな事はしょっちゅうだ。最初の違和感も、ただの期待に過ぎない。毎度の事ながら、現実のつまらなさを実感した。現実に押し戻され、トイレを思い出した。帰り道でもかなり我慢していたのだ。再び波が押し寄せてきた。
「う〜。トイレ、トイレ」
誰も聞いていないのに、しかもさっきしたのと同じネタをしてしまったことに後悔しつつ、便座に腰掛けた。それからやることはもちろん一つ。
「ふ〜」
一仕事終え、いつものリラックスタイムがやってきた。すると今度は朝の違和感を思い出した。しかし今度は違和感を覚えない。朝は小さい方、今は大きい方。その違いのせいかと思い、後始末をして流し、立ってみた。何も感じない。朝の違和感はなんだったのか?
諦めて俺はトイレを出て、自分の部屋に行った。体をベッドの上に投げ出し、仰向けになる。
「はー。やっぱりただの気のせいか」
●
勇は制服のまま、まどろみ始めた。瞼が閉じられようとするその時、勇はベッドから飛び起き、トイレへ走っていった。その表情は漏れそうなものではなく、何かを発見したものだった。
「今朝、俺は寝ぼけてて、小便なのに便座に座ったんだ……その時、体重センサーが働いてウォシュレットは起動した……」
勇は驚きと期待、そしてわずかな恐怖を感じつつ、トイレに入り、便器の後ろをのぞいた。
ウォシュレットから伸びるコンセントは確かに外れている。その上にうっすらと埃も積もっていた。
「うちのウォシュレットは去年から故障してて動かない。しかもコンセントは外してある。……なのに今朝は動いた。さっきは動かなかったのに。今朝とさっきの違いは……」
勇はゆっくりと、蓋がされている便座に座った。
小さな金属音がし、ウォシュレットから小さなモーター音がし始めた。
座ったままもう一度コンセントを確認したが、やはり外れている。
勇の中で何かが変わり始めた。小さな頃からトイレで遊んだ。幼かった彼にとって狭い個室とウォシュレットのボタン類は、当時大好きだったロボットアニメのコクピットそっくりだった。幼い頃の想像、それがやがて妄想となり、今では癖となってしまった。そして今、妄想と現実の境目が揺らいでいる。動くはずのない物が動いている。
勇は期待とも恐怖ともとれる表情で、おそるおそるボタンの一つを押した。
「電源オン」
モーター音は一層大きくなり、それ以外の音も聞こえ始めた。ノズルの動く音だろうか。便座の下で別のモーター音がする。狭い室内のせいか、ウォシュレットから聞こえるはずの電子音が壁から聞こえる。便座ヒーターが入ったのか、興奮しているだけなのか、勇は垂れる程の汗を額に浮かべていた。
勇の喉は緊張のあまり渇ききり、生唾を飲み込んだ。次のボタンに手を伸ばし始めた。
「どれだ? どれを押せばいいんだ?」
どれを押せば一体どうなるというのか、妄想は更にふくらんで勇の指を迷わせた。迷いはやがて恐怖に変わり始めた。
コンセントの入っていない電化製品が動いている。小さい頃から望んでいたはずの非日常非現実。だが、実際にその非日常を目の当たりにし、勇は恐れていた。ここから進めば、自分はもう日常の世界に帰って来られないのではないか? 自分の今までの人生が完膚無きまでに叩き崩されてしまうのではないか? 人生の岐路に立っていると感じていた。たかがトイレのウォシュレットで。
「もし、押しても普通のことしか起きなかったら、アッチなんて無かったら、一生平凡でつまらん世界で生きていかなけりゃならないかも。……けど、押さなかったとしてもそれは同じだ。アッチとこっちの境目なんてそうそう出会えるわけがねえ。あの青ひげ野郎は、二択でアッチを選んだ。そうして救世主になった」
妄想と混乱の間にいる勇は、中学生の時に見たイナバウアーをする電脳的映画を思い出した。
普通の神経を持った人間なら、二択の時は危険を避けたり、いつも通りの方を選んだり、非日常は避けるだろう。しかし妄想が日常の勇は、頭半分すでに非日常だった。
アッチの世界を求め、アッチの世界を否定される覚悟でボタンを押すか。政治家のように決定を先送りにして、アッチの世界の存在をあやふやにするか。
「もし、普通に水がピューとか出てきたら……もし、アッチの世界でも俺は凡人だったら……」
数分間悩み、勇は決定を下した。
ボタンを押す。「おしり」「ビデ」「ドライ」、三つ同時に。
そして歓喜とも後悔ともとれない表情で勇はウォシュレットの反応を待った。
何も起きなかった。5分待っても何も起きなかった。
「え? なんで? 終わり? 何も無し?」
勇はあっけにとられた。何かしら──ブザーでも鳴ったり、水が出たり、便座が動いたり、風が吹いたり──何かが起きるものと信じて疑わなかった。何も起きないとは、全くもって、想像も妄想もしていない事態だった。
「おいぃぃぃ! 俺の妄想を返せ! さんざん期待させやがって! せめてなんか反応しようぜ?」
手当たり次第ボタンを押し、温度や音量のノブを回したが、なんの反応もしなかった。やがて小さく鳴っていたモーター音も電子音も止み、狭いトイレには勇のため息と熱気だけが残った。
「だよな。現実なんて、そんなもんだよな」
勇の思いはあっさりとうち砕かれた。それも覚悟していなかった方法で。10分近く意気消沈していた。今までトイレで様々な妄想をしたが、今のは過去最高だった。ひとしきりため息をつき、漸く立ち上がった。
突如けたたましいブザーが鳴った。
勇は最初、外かと思った。トイレの後ろの壁は外に面し、薄い曇りガラスもあって、外の音は人の話し声でも聞こえる。しかしその音は明らかにその狭い部屋の中からだ。耳を塞ぐ程の音量に、勇は消沈も妄想も忘れ、ただ混乱した。やがてブザー音は小さくなり、合成された男とも女とも、日本語とも外国語ともとれない声が聞こえてきた。
「kikendesu. kikendesu. sugunichakusekisitekudasai. sugunichakusekisitekudasai. kikendesu……」
訳が分からず、勇はひとまず座り直した。
するとブザーは止み、先程よりかは小さな合成音声が言った。
「henkeijunbityu. ヘンケイジュンビチュウ。ヘンケイジュンビチュウハキケンデスノデセキヲオタチニナラナイデクダサイ」
勇は必死にその聞き取りにくい音声を解読しようとした。しかし直ぐに次の混乱が勇を襲った。
蛇口の出ている右の壁がひっくり返ったのだ。まるで忍者屋敷の隠し扉のように。水道の代わりに出てきたのは、金属製の壁とそこから飛び出る様々なレバー。
それだけでは済まなかった。何かが外れる音がし、勇が上を見上げると、天井が開いて何かが高速で落ちてきた。慌てて頭を覆うが、落下物は金属がはまるような音と共に勝手に止まった。それは小さな薄型テレビのような物で、昔見たロボットアニメに出てくるモニターそっくりだった。ただしそれは正面ではなく、勇の頭の真後ろに位置していた。
「これじゃあ、見れないじゃん」
一見、勇は冷静さを取り戻していた。だがそれは逃避に走った偽りの冷静さだった。
勇の文句を聞いていたかのように、次の動きが始まった。一瞬のうちに純白の便座が変形し、白い大型の椅子になっていた。変化に気づいたと同時に、勇の視界がゆがんだ。瞬きをする程度の時間だった。視界が戻った後の変化に気づくには少々時間がかかった。
「あ。これならモニターが見える」
座席が半回転し、モニターを正面にしていた。そしてその方向はいつもなら曇りガラスのある壁だった。しかしそこにあるのは薄い曇りガラスではなく、分厚くも、透明度が非常に高い窓だった。勇は思わず腕を伸ばして窓を叩いてみた。硬い音がしたが、勇にはガラスかアクリルかは判らず、何となく頑丈そうだなと言うことしかわからなかった。
変形が一段落したようで、小さなモーター音や電子音以外が聞こえなくなると、勇はゆっくりと元トイレだったコクピットを見渡した。
頑丈そうで明らかに大きくなった窓、天井からぶら下がる4つのモニター、金属の両壁から突き出るレバーやハンドル、いつの間にか出現した足下のペダル、真っ白な座席と更に数の増えた元ウォシュレットのボタンやノブ──いつの間にか表記が英語らしき文字に変わっている。
落ち着いて見渡したあと、勇は口を開いた。
「マジで? ……俺、パイロットになっちゃったよ! しかも変形戦闘機! いや、小さい頃からなんかこのトイレって戦闘機っぽいっつうかコクピットっぽいっつうか。それに気づいていた俺ってやっぱ感受性が強いって言うか天才って言うか──」
勇は早口で誰ともなしにまくし立てた。端から見れば、妙な機械だらけの部屋にいるに過ぎないのだが。一息で言えるだけ言い、次に息を吸って口を開くと堰を切ったように笑い始めた。腹を押さえ、膝を叩き、一人馬鹿笑いした。その拍子に腕が何かに当たった。とたんにコクピット内に電子音と、先程の合成音声が流れた。
「変形開始シマス。タイプ、人型。モード、防衛。搭乗者ハ至急シートベルトヲオ締メクダサイ」
今度は余裕ができ、何を言っているのか理解できた。
「来たあぁぁ! 人型巨大ロボ! シートベルト……シートベルト……」
勇は昔見た戦闘機モノの洋画を思い出しながらシートベルトを探した。
「早くしろ」
今度は異様になめらかな合成音声が聞こえてきた。
「命令形? しかもきれいな発音で」
「10……9……8……」
「カウントダウン? 終わるとどうなるんだよ?」
勇は焦りながら、急いでベルトを締めた。途端にコクピットが大きく揺れだした。
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勇の家にゲームソフトやアニメのDVDを持って遊びに来た羽佐間翔は、呆然とその光景を見ていた。友人宅に突如縦横に亀裂が入り、大小のブロックに分割され始めたのだ。一つのブロック──確かトイレがあったはず──を中心の左右対称に動いていく。ブロックとブロックの間には金属光沢輝くパイプやバネのような得体の知れない部品や色とりどりのコードなどが見え、分離したり接続したりして何かの形を作っていく。始めは大きなブロックがゆっくり移動して大まかな形を作っていき、次第に小さなブロックがせわしなく移動して何らかの形が見えてきた。窓から何かが飛び出したり、瓦が全て収納されたり、雨戸が裏返ったり、電線が巻き付いたり絡まったり、洗濯物を挟み込んだり、水道管やガス管やぶったり。
もはや友人の元家は見る影もなく、立派な勇者っぽい人型ロボットになった。
呆れて見ていた翔は、変形が終わったのを確認して思わず突っこんだ。
「今の変形、スローでやってくれよ……」
その外装や体型は変形後からはもはや住宅をどのように変形したらそうなるのか、全く理解できない程の美しさだ。一体どこから出したのか、勇者の携える巨大な剣と盾は明らかに先程の住宅には収まらない大きさだ。
30メートル程離れて見ていた翔が見上げる程大きなロボットは、高さ20メートルはゆうにあろうか。
「体積増えてね?」
巨大な肩当て、たくましい手足、厚い胸板、どう考えても一般住宅に収まりきらない大きさだ。友人宅は人の入るスペースがない程、機械でいっぱいだったのだろうか?
「そんな馬鹿な。あの家は確かに外見より狭いけど……」
それともあのロボットの中身はほとんど空の張りぼてなのだろうか?
地響きと共にロボットが動き出し、剣の素振りを始めた。
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勇は今までにない爽快感を味わっていた。地上20メートルのコクピットは高い建物の少ない町を一望でき、ロボットの操作は今まで培ったゲームの腕とアニメの知識でなんとか動かすことができた。まだ自在とはいかなくとも転ばずに歩き、巨大な剣を振っている。
「これだ。俺が求めていたものは。最高だ! この高さだと空が広いな! 遠くまでよく見渡せる」
勇は恍惚とした表情でロボット操縦と町の眺めに酔いしれていた。
突然古くさい電話の音がした。
「なんで黒電話の音なんだよ!」
勇は不満そうに、元用具入れだった所にあった説明書を読み始めた。
「何々、外線? 誰だ? ええと、通話は黄色ボタンと」
勇がボタンを押すと、モニターの一つに妙な兜をかぶったコスプレ姉ちゃんが映し出された。まるで特撮ヒーローものに出てきそうな女幹部だ。
「ほほほほ。さすがは伝説のガーディアンのパイロット。私が攻撃を仕掛けるのを察知して、事前に迎撃体勢を整えるとは。しかしお前の機体は所詮旧型。このレディー・ルリ様の新型が相手では5分と持ちはせぬわ!」
勇はもうその程度では驚かず、冷静になんとか状況を理解しようとした。バックの映像からすると、どうやら相手も何らかのコクピットに乗っているようだ。大きな兜は顔半分を隠し、しゃべっている間にもあちこちぶつかって、どう見ても邪魔そうだった。
「えい! クソ! 邪魔だ!」
コスプレ姉ちゃんは勝手に怒って兜を脱いだ。その見慣れた顔を見て勇は流石に驚いた。
「留里野先生?」
「あ……新住君? あれ? 新住君が新しいガーディアンのパイロットなの?」
コスプレ姉ちゃん、新住勇の高校の教師である留里野志穂も驚いているようだ。
「いや、何言ってるかさっぱり分かんないんすけど。留里野先生何やってるんですか?」
「私、実はブラックフォースの幹部なの」
留里野は学校とはうって変わって優しい笑顔で言った。眼鏡をかけていない留里野は妙にそのコスプレが似合い、得体の知れない妖艶さがにじみ出ていた。異常な状況ではあったが、今までに見たことがないものが見られて勇は内心喜んだ。
「いや、ブラックフォースってのも分かんないんすけど」
「ほんとに? 最近はだいぶプロパガンダも破壊工作も頑張ってるんだけど……先月も中東某国に駐在している某国軍をちょっと叩きのめしたんだけど……」
勇は先程とは違う混乱を味わった。いつもより優しい先生がいつもより怖いことを言っている。
「今回の任務はガーディアンの破壊。ちなみに教員の仕事はこの付近の情報を得るための潜入調査」
勇の脳はロボット搭乗者というハイの状態から、再び妄想モードに入っていった。
「えっと、つまり先生は悪の組織の女幹部で、ガーディアンという正義のロボットを破壊するため、それが潜んでいると思われる町の高校に潜入して情報を得、今まさに破壊を行わんとしているわけですか?」
「失礼ね! 現代の悪の組織にはそれなりのモラルや正義があるのよ。一つの視点だけで全てを判断しちゃダメって教えたでしょ?」
「あ、はい。済みません……そこは常識的なんすね」
「でも、まあ大筋はその通り。あ! ちなみに昨日の学校の盗難も私よ。本当は学校に隠してあるロボット盗んで君の家を昨日の晩に襲撃したの」
「え?」
「だけどもう少しで君の家に着くって所で、謎のロボットに足止めされちゃって……それが結構強くて、盗んだロボットは壊されるは、私も危うく死にかけるは、大変だったの」
「へー。大変でしたね」
「でしょ? だから今日は最新型で来たわ。貴方じゃ敵いっこないから降伏しない?」
未だ混乱と妄想中の頭で「敵う敵わないはともかく、留里野先生と戦いたくないし、可愛くお願いされちゃあなあ」などと勇が考えていると、
「Fコマンド。強制回線ヲ開キマス」
合成音声と共に、別のモニターにまたしても見慣れた顔が映し出された。見慣れた顔は開口一番、怒声を上げた。
「馬鹿野郎! 何考えてやがる? 志穂ちゃんのお願いだからとか考えてんじゃねえだろうな?」
留里野にも同じ物が見えているらしく、驚きの声を上げた。
「ショウ=ハザマ! どうして貴方が? まさか昨日のロボットは貴方が?」
モニターに映っている羽佐間翔に勇は反射的に突っ込んだ。
「お前も関係者かい!」
勇は勇者ロボの足下の翔に今初めて気づいた。翔はバイクに取り付けられたカメラに向かって叫んだ。
二人は勇の突っ込みを無視して会話を続けた。
「ご名答! 伝説のガーディアンとそのパイロットの血を引く男を死なせるわけにはゆかない!」
「しゃらくさいわね! 今日の私の機体は最新型ガーゴイル! 昨日の借り物とは桁が違うわよ」
「フン! 甘えよ、志穂ちゃん!」
「今はレディー・ルリ!」
「お前の相手はイサミ・シンジュウだ! イサミ! お前とガーディアンならやれる! 俺もガーディアンの変形は初めて見たが、こいつの科学力は現代のものを遥かに凌駕している!」
翔が興奮気味に言うと、蚊帳の外だった勇が名前を呼ばれて口を開いた。
「威勢良く言っといて俺にやらせんのね……ええと。つまり留里野先生は悪の組織の刺客ですよね? 翔はその組織に敵対する伝説のロボットの守護者って事?」
「一般的見方をすればだいたいそうね。あと、この格好の時はレディー・ルリでよろしくね」
ここは突っ込んではいけないような気がし、勇は後半の台詞を聞き流した。
「ああ。それと、お前に貸したゲームに、密かにガーディアンのシミュレーションソフト混ぜたり、アニメにガーディアンの説明入れたり、ガーディアンの操作方法とか教えてたんだぜ?」
「どおりでゲームやアニメと同じ方法で動くわけだ……てか、それ洗脳じゃね?」
「で? どうするの? まさか戦うの?」
いつの間にか勇者ロボの背後に、その倍はあろうかという巨大なロボットが立っていた。遥か上空のコクピットから顔をのぞかせているのは留里野だ。
その質問には勇が答えるより先に翔が答えた。
「あったり前だ! 手加減しねえぜ、志穂ちゃん!」
「もう! レディー・ルリ!」
留里野の更に上空に小さな点が見えた。勇者ロボが自動でズームして3つ目のモニターに映したそれは空飛ぶバイクに乗った翔だった。足下は危険と思い、避難したようだ……空飛ぶバイクで。
「安心しろ、イサミ! 俺がしっかりサポートしてやる! そんなデカブツやっちまえ!」
「残念ね」
留里野の巨大ロボがゆっくり動き始めた。
「ちょっと待ってください!」
勇はすでに妄想が現実の状況変化に追いついていなかった。真っ白な座席に深く座り直した。脳が休息を求めている。勇は無意識に現実逃避を始めた。
「そう言えばこの椅子、元は陶器だよな? どうやったらこんな形に変形するんだ?」
再び妄想モードに入って現実逃避を始めた勇を、最後の4つ目のモニターの映像が現実に引き戻した。今度は音声はなかった。二人には見えても、聞こえてもいないようだ。
「暗号認証。極秘回線開キマス」
「今のどこに暗号が?」
文字が消えると同時に、やっぱり見慣れた顔が現れた。
「よう息子よ? 困っているようだな」
「父さん」
勇はいい加減にしてくれと言わんばかりに首を振った。
「お前には非日常的平和のなかで生きて欲しかったんだがな……やはりオレの子だ。見ろ! これが真の日常だ」
モニターが上がっていく。20メートルの高さにある広い窓ガラスから、勇者ロボと同じくらいの高さの建造物が遠く──町のはずれにあるのが見えた。高い建物がほとんど無いからだ。
勇は今更にして、漸く気が付いた。あんな所にあんなに高い建物はない。それが動きだした。その先にはもう一つの巨大なモノが。
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町のはずれで二体のロボットは激しくぶつかり合った。
「てめえ! やっと見つけたぞ! ガーゴイルMk=3に乗ってた俺の兄貴を殺した奴だな!」
「言いがかりを……あれ? 章仁君? 君、ダークフォースに就職したの?」
「由香里ちゃん? 君はGATTSに就職したの? 久しぶりだな」
「ええ。お互いパイロットとは出世頭ね?」
「ああ。……だが村の出世頭は一人だ! 行くぞ! 兄貴の敵!」
「何を? あれはガーゴイルから仕掛けてきたのよ! だけど逆恨みも正義の味方の宿命! 来なさい!」
二体のロボットが戦い始めた。
時間はそろそろ町の工事が本格的に始まる頃。上空から町を眺めれば、町の所々で家が変形し始めていた。
人生最初の完成させた作品です。駄文でお目を汚し、すみませんでした。
どんなことでもいいので、御感想・御講評をいただければ幸いです。