15 目覚め
ビリビリッ
右足と右肩に激しい電流が流れたような感覚を覚え、光雄は深い眠りから覚めた。
顔に違和感がある。声も出なそうだ。
頭の上の方からシューと炭酸の様な音と、自分の鼓動に合わせるように、ピ、ピ、ピと何かが鳴っている。
ここはどこだ?
腫れ上がったまぶたを開ける。
「婦長!中林さんの意識回復しました!」
女性の声が聞こえる。
なんだぁ?ここは病院か?
じゃあ、さっき叫んでいたのは看護師さんか?
「中林さん、中林光雄さん?わかりますか?」
うるさいなぁ、わかってるよ。
ダルさにウンザリしながらも光雄は小さく頷く。
出ない声を無理矢理出す。
「あの……、ものすごく…右足が痛いのですが…」
「!…そうですね。怪我をされていますから、詳しくは、先生を呼んでいますから、少しの間我慢していて下さいね。」
パタパタとサンダルを鳴らして看護師が何処かへ消えた。
光雄は自分に何があったのか理解出来ていなかった。とりあえずは、入院している。
右足と右肩は、とにかく痛い。
頭は次に痛い。
息はしてるし、痛いから夢ではないのだろう。
でも、なんで怪我して入院しているのかが判らない。
思い出すのが面倒臭い。
別室では光雄の両親が詰めていた。
もし光雄が意識を取り戻したら、どうやって今の状況を伝えようか悩んでいた。
「やはりストレートに話すべきだろう?」
「でも…あまりにもこれは…」
意見が合わないまま、光雄の意識が戻った事が伝えられた。
両親は顔を見合わせた。
光雄の両親が光雄の病室に入ると、そこには目を開けて二人の方を見ている光雄がいた。
母親は意識を取り戻した息子に涙し、鉄拳制裁をすると言っていた父親も、安堵の表情で光雄を見つめていた。
「お前が生きていたのは嬉しいが、今からお前に対して、二つ厳しい事を告げなくてはいけない。」
安堵の表情から一転、健三は表情を険しくし、真剣な口調で語り始めた。
「一つ目は、お前がしていた事だ。」
「僕の…していた事?」
「お前がここにいる理由と言った方が早いか。お前と、麻薬の関係だ。」
「ま、麻薬?な…なん…の話だ?」
「お前が事故に遭った原因の話だ。」
事故に遭った原因?僕は事故にあったのか?
ああ、そうだ。営業所から家に帰る時に、何かあった気がする。
「恐らくお前の意識が戻ったという事は、これから警察が来る事になるだろう。その前に、真実を話して欲しい。」
光雄には真実も何も、頭の中がグルグル回っていて、何も判らない。
長い沈黙の時が流れた。
「お前には、麻薬の売人という容疑がかかっているらしい。何も話せないのか、何も知らなくて話さないのか俺は判らないが、俺はお前を信じる。」
健三が窓の外を見ながら、実の息子に一定の配慮を見せた。
これから話す、二つ目の試練について自分自身の心を落ち着かせようとするが如く。
「お前、先生から症状について聞いたか?」
「いや、聞いて いな い。」
まだはっきり喋れないのだろう。そんな光雄に、真実を話して良いものかと健三は躊躇しかけた。
「あなた……」
母親が心配そうに健三と光雄の顔を見る。
「起き上がれないから、自分の身体がどうなっているのかわからないだろう。
お前の足な、膝から下、、あー、」
やはり言いづらい。
母親が意を決して、光雄に話す。
「あなたの右脚、切断になったの。」
光雄にはにわかに信じられなかった。
だって、右の足首、痛いぞ。
ーーーーー
光雄の両親夫婦は、松井に光雄の入院先を調べてもらい、日協医大病院に着いた。
警官と当直の警備員に案内され、手術控室に着いて医師の説明を受けた。
そこで聞いたのはあまりにも悲惨な現実であった。
生命に別条はないが、車に右肩と右脚を踏まれて、特に右脚は大きな力が加わっており、回復の見込みがない。
また、縫合したとしても、クラッシュ症候群を起こす可能性があり、頭の血流が悪い現状で、最善の方法は切断しかないというものであった。
本人の意識がない、妻も警察に出向いており、更にタイムリミットも迫っている。
仕方なく両親は、切断を承諾し、書類にサインをした。
ーーーーー
母親よりこのように大体の話は聞いた。
不思議と光雄は動揺しなかった。
というのも、悲惨な事故の現状は、隊長からの訓練の中で写真も見たことがあったからで、まさか自分がとは思ったものの、事故はあるもの。
その時には冷静にあるべし。
訓練の賜物であった。
とはいえ、これからの事を考えると…そしてさっき聞かされた麻薬の話。
何故このような事になったのかを必死に思い出そうとしていた。
眉間にシワを寄せて、何も言わない光雄を見て、きっとショックを受けているのだろうと思った両親は、松谷警察に出向いている智花の所に行く事にした。
「これから、松谷警察に行く。智花さんが、あらぬ疑いをかけられて、事情を聞かれている。なにか加勢が出来るかもしれんからな。
あと、警察が来たら、隠し録りでもいいから、必ず携帯とかに録音しておけよ。」
「携帯!」
その一言で、光雄の全ての記憶が戻ってきた。
あの日、帰りの道中、ドリフトした車に轢かれたんだ。
その時の顛末は携帯電話に吹き込んである。
「ハア、ハア、ぼ…僕のけい…たい電話…は?」
大きく喘ぎながら、光雄は聞いた。
血圧が高くなったのだろう、医療機器がけたたましく警報音を鳴らす。
看護師が慌ただしく動き始める。
健三は看護師に光雄の所持品を尋ねるが、既に証拠品として、警察が押収してしまった事が告げられた。
「…ボイ…スメモに、事の…てん…まつが」
力を振り絞り健三に伝えて、光雄の意識は途切れた。