13 甥と知り合いと恩人と
この話も会話が中心です。
プロローグと合わせてお読みください。
松井夫婦はパニックになっていた。
まさか、中林さんが事故に巻き込まれるなんて、麻薬の容疑者なんて。
そして夫の俊晴は、後悔の念に苛まわれていた。
3時間ほど前の話になる。
決して人に話すことのできない出来事があった。
俊晴の携帯に電話があった。
知らない電話番号だったが、電話口は甥の俊樹からだった。俊晴と妻の麻紀、そしてもう一人の女性が同じ部屋にいた。
「伯父貴?」
「俊樹か?今取り込み中だ。後にしてくれ。」
「いや、まずいことになったんス。
ドラッグやってドリフトしてたら、ミスっちゃって、道端にいたおっさんを引いてしまって…」
「何をやってるんだ、俺は何も出来ないぞ。」
「そんな事言わないでくれよ叔父貴ぃ、揉み消すとかそういう事じゃなくてさ、なんか乗り切る方法ない?」
「お前はドラッグをやってたんだろ?まずはその反応が消えるまで、姿を消せ。」
「でも、どうやってポリの目を逸らすんだよ?」
「おいおい、警察署の副署長さんを捕まえてポリはないだろう?
まあいい、お前、まだ手元にドラッグはあるのか?」
「エクスタシーが結構あるけど…」
「お前の痕跡の無い様に指紋とかを消して、その男の指紋をつけておくんだ。そして、男のそばに放置しておけ。そうすれば、まず抗争の線を警察は疑うはずだから。」
「なるほど、わかった。所で叔父貴は今署にいるのか?」
「いや、いつものだ。」
「なんだよ、麻紀さんとトモカの調教中?よろしくやってくれよ。
でさあ、俺は?
車とかどうすればいい?」
「大きく壊れてるのか?」
「いや、助手席がちょっと凹んだ位で
人を引っ掛けた感じじゃない。」
「なら、そのままにしておけ。下手に修理に出したら足が付く。」
「ああ、そのままだね。足は付けないようにするさ。」
「他に見られたとかはないのか?」
「女を乗せていて、隣にいる。」た
「どういう関係だ?」
「こないだクラブでナンパしてついてきた女っす。」
「情はないか。それはお前に任せる。」
「わかったよ。じゃあ。なんとかするよ。じゃあな。」
全く、とんでもない甥だ。
いつも私をヒヤヒヤさせる。
ただ、今回の件は酷すぎる。
お灸を据えなくてはな。
「トモカ、今日は終わりだ。あの件は、今日またやってみろ。はい、終了。」
「はい…、ご主人様。」
トロンとした目で俊晴を智花が答える。
「終わりだと言いましたよね。ご主人ではなく…」
「わかった。未来ちゃんパパ。」
………
きっと俊樹が轢いてしまった男性は、光雄なのだろう。
私はなんてことを…
クリクリした目で未来ちゃんパパ!と慕ってくれる翼ちゃんの顔が浮かぶ。
家計が苦しく、私の趣味に身を投じた智花の顔が浮かぶ。
もし、私が冤罪で未来や美裕が友達から、いや社会から拒絶されるような事があったら、私は耐えられるのだろうか?
中林家にその状況を作ってしまったのは、紛れもなく自分なのだ。
「麻紀、中林さんの家にいく。
中林さんは絶対にそんな事をする人ではない。わかるだろう?
多分警察は夫婦揃って疑うはずだから、きっと任意同行を求めるはずだ。
まずは智花さんにアドバイスをする。
それが終わったら、変わってくれ。
翼ちゃんや碧葉ちゃんを見る人もいないはずだから、お前が面倒を頼む。
今すぐにでもできる事をしよう。」
松井家は8階、中林家は9階。
すぐにでも行ける。
お前は今は未来と美裕を頼む。
Tシャツとハーフパンツというラフな格好であったが、おっとり刀で俊晴は9階に駆けつけた。
間に合ってくれ。まだ警察に行かないでいてくれ。
俊晴は中林家の呼び鈴を鳴らす。
インターホンの対応は無く、ガチャとドアが開いた。
俊晴は対応者を見て、呆然とした。
「中林一佐……」
目の前にいたのは、自分の命の恩人である光雄の父だった。