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明日、花が咲くように  作者: Alika
二章【魔術師の考察】(ヒース視点)
7/8

「週末までにこの本に目を通しておく事」

「はい。お借りします。図書館にない希少な本を読めるのは嬉しいです」

「国立図書館といえど蔵書には限りがあるからな。他国の魔術研究書は有名な物しか取り扱っていなのは、ある意味仕方あるまい」


シズヴィッドは、僕の助手として日常の仕事を真面目に取り組む他に、こちらが提示した課題にも勤勉に取りんでいた。

最近は僕も、これまで破門してきた相手とは違って、この女は(性別こそ苦手な女とはいえど)それなりに見所があると考えを改めていた。

その為、信用出来ない者には見せる事もしない秘蔵の研究書の一部を、屋敷の外まで貸し出す許可も出した。

屋敷で働いている時間だけでは吸収しきれない膨大な知識を蓄えるには、自宅での学習が効率的だからだ。


シズヴィッドは僕の出す課題を疎ましがる事は一切なく、寧ろいつも張り切って取り組んでいる。

修行したいが為に強引に弟子入りしてきたのだから、早々に弱音を吐くようなら幻滅していたが、我ながら鬼かと思えるような多量の課題を積み上げても、音を上げないどころか、喜び勇んで着実にこなし続けている。その様はただならぬ気迫と根性を感じさせられた。


そんなこんなで、口と態度に不遜な部分はあるものの、仕事は出来ると内心でそれなりに高く評価していたのだが、本日、些細なきっかけで妙な部分が露呈した。





「ああ! なんてもったいない!」

「一度捨てた物を拾うな! というか、ゴミ箱を漁るな!」


僕は、屈みこんでゴミ箱を漁る銀髪の頭にゲンコツを喰らわせた。


「ですが、これはまだ使えますよ! 半分近くも空白じゃないですか。しかも裏面は真っ白じゃないですか。もったいなさすぎます! ……そうだ。どうせ捨てるなら、私が持って帰って構いませんかっ」


いつもすまし顔の女にしては、珍しく声を荒げて主張する。たかが紙一枚だというのに、この有様はなんだ。

その形相が必死すぎて笑う気にもなれない。そこまで貧乏なのかこいつの家は。


「魔術師全体の品位を貶めるような行動は慎めっ」

つられて僕まで語尾が荒くなる。魔術師たる者、常に冷静であらなければならないのに、この女といるとペースを崩されて嫌になる。


「品位以前の問題です。例えどんな職業についたとしても、物を粗末にすればバチがあたるんです!」

「まったく、口の減らない女だ」


僕は溜息をついて、片手で前髪を掻きあげる。

鉄拳制裁を躊躇っていた数日前の自分を馬鹿らしく感じる。ゲンコツで頭を殴る程度では、この女はちっとも懲りなかったのだ。

まあ、僕だって人でなしではないから、力は加減しているのだが。


拳を合わせて実力を知ってから、僕はこの女に対して無駄な配慮をするのをやめた。

シズヴィッドの方もあれ以来、上辺だけでなく、僕を師として敬う側面をようやく垣間見せるようになった。

まあそれも、それまでの胡散臭い態度に比べれば多少マシといった程度だが。

それまでは僕の事を、研究に没頭してばかりの頭でっかちの魔術師とでも思っていたのだろう。肉弾戦で負けて、ようやく実力を素直に認めたといったところか。


(それにしても、いくら貧乏とはいえ、貴族階級の女から倹約について説教を受けるとは何か屈辱だ)


「おまえがそんなに倹約に煩いとはな」

「私の研究分野は「節約」ですから当然です」

「それは魔術の話だろう」

「貧乏ですから日常でも、倹約・節約に努めていますとも。私の通った後には、世間が無駄と断じるような物でさえ、何一つとして残りません」

「それは明らかにやりすぎだ」


会話しながら書いていたら僕らしくもなく、また文字を書き損ねてしまった。

だが、これを捨てたらまたこの女は「もったいない!」と叫んで、持って帰ろうとするのだろう。頭の痛い話だ。

これが研究の記述なら、研究内容は門外不出だと持ち出しをはっきり拒否できる。

だがこれは、何でもない内容の、使用人への連絡事項だ。持ち出し厳禁と言い渡すには理由が弱い、……ような気がする。

いや。僕が僕の物を自分の家でどう捨てようと、本来なら弟子に口出しされる謂れなどない。

わかってはいるのだが、あまりにも真剣な剣幕で言い切られると、こちらが悪いような気にさせられてしまう。これは如何なものか。


「私だって、これでも研究用の書類については、目の前で捨てられても、何も言わずに我慢してきたんです」

「我慢していたのか」

(こいつが弟子になってから研究書類ばかり書いていたから、今までは何も口出ししてこなかったのか)

研究用の物ならば何を捨てても口を挟まない。貧乏性のシズヴィッドにも、その程度の分別はあったらしい。

逆に言えば、研究用でないと見るや否や、ターゲットにしてくるのか。

……この貧乏人相手でなかったらストーカー疑惑でも持ち出したところだ。


「紙は高いんですから、無駄にしてはいけません。本も高いですよね。ああ、そう考えると図書館って本当に素晴らしいですよね。本屋では立ち読みすれば追い払われるのに、図書館では無料で本を読ませてくれるだけでなく、貸し出しまでしてくれるんですから! 私、図書館を考案した方を本気で尊敬します」

「いい加減煩いぞ。これは持って帰って構わんから、隣の部屋の魔道型帆船模型でも掃除していろ。おまえがいると煩くて集中出来ん」

「有難うございます! 帆船模型ですね、徹底的に綺麗に掃除しておきますので、心置きなくお仕事に励んでくださいっ」


新たに書き損じた分もまとめて放り出すと、シズヴィッドは顔を輝かせて受け取って、それはそれは大事そうに抱えて、スキップして部屋を出ていく。

細かくて厄介なものを掃除しろと言ったのに、この上なく嬉しそうだ。


「ルルに好きに字を練習していいって、紙を渡してあげられる~♪」

閉じた扉の向こうから、鼻歌を歌いながら遠ざかっていく足音がする。


(ルル……。病弱な弟が、確かルルーシェとかいう名前だったな)


初対面の時からやたらと「弟が、弟が」と力説していたから、相当なブラコンだろうとは予想していたが、これは本当に徹底的に溺愛しまくっているらしい。



(あの女に、溺愛)



会った事もないのに、何故か無性にその弟が憐れなような気がした。

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