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明日、花が咲くように  作者: Alika
二章【魔術師の考察】(ヒース視点)
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「それにしても、おまえは何故、毎日馬に乗ってくるんだ」


僕は不機嫌を隠さず腕を組んで、弟子となった女を睨む。

生意気で態度が悪く、僕が知る女の範疇から悉く外れているとはいえど、シズヴィッドも一応生物学上は「女」の分類に入る存在である。

自宅から僕の屋敷まで毎日朝晩を馬で往復するのは、いくらなんでも危険ではないか。強盗や痴漢にでもあったら、一体どうするつもりなのか。


シズヴィッドの身長は年齢から見れば平均並だが、服の外からでもわかるくらいろくに胸がない痩せ型体型だ。

かといって、ズボンを穿いて男物の服を着ていても、男と見間違う事はない。


「その服装では到底貴族には見えないだろうが、女が一人で出歩くなど、犯罪者の格好のカモとなるだけだぞ」


弟子に何かあれば、師匠の沽券に関わる。だから師になってしまった者の義務として注意はしておかなければ。

そう思って忠告してやったのに、シズヴィッドは平然と僕の言葉を受け流した。


「ご心配なく。護身術の心得はありますから。それに見習いとはいえ、魔術も少しは使えますし」

「……変質の魔力は、攻撃や防御にはあまり向いていないはずだが?」


僕は眉を顰める。

シズヴィッドの魔力性質が地水火風といった基本元素、あるいはもっと扱いやすい性質のものならば、苦労はなかっただろう。

変質の魔力は、属性性質を変化させるだけという、ある意味究極に地味で使い勝手の悪い魔力だ。

この女の資質がそんな厄介なものである以上、まともな魔術など扱えるはずがない。

事実、本人はあっさり頷いて、僕の疑問を肯定する。


「ええ。おかげで悲しい事に、変質させられるのを嫌がって、精霊は私の周りには近寄ってきてくれず、精霊魔術が使えません。私が今使えるのは、属性魔術の内の、重力の変質……衝撃を緩和させたり反動させたりといったくらいですね。どれもまだ初心者レベルですが」


(おい)

それを聞いて、僕は頭が痛くなるのを感じた。


属性魔術は魔術の基本で、もっとも扱いやすいものだ。なのにそれですら、変質の一部という特殊な分類しか使えないとは。

シズヴィッドは思っていた以上に魔術を使えていないようだ。


属性魔術の一部だけなら、魔術師に習わずとも、学校で習う知識だけで使いこなせる一般人もいるというのに。見習いとはいえ、何年も魔術の修行を積んできた者の持つ実力とは到底思えない。……というか、思いたくない。

それに重力の変質は使い勝手が悪く、初心者レベルでは、実戦で役に立つ程使えるものではないのだ。

極めれば肉体強化の技として、強力な魔術となりうるが、今はまだ精々が素人に毛が生えた程度にしかならないだろう。


いくら僕が天才でも、こんな弟子を無事に育て上げられるのか、段々不安になってきた。

この女の育成を放り出した前の師匠らの気持ちが良くわかる。普通そこまで悪条件が揃っていれば道半ばで諦めそうなものなのだが、当人だけがその粘り強さで、魔術師となるのを諦めようとしない。



「ならせめて、馬車を使え」

「それはできません」

「何故」


いい加減苛々する。

何故こうも人の忠告をことごとく受け流すのだ、この女は。


「我が家には馬はいますが、車がありません。馬に取り付ける車を、財政難で売り払ってしまったので」

「……そこまで貧乏なのか」

「それはもう」

堂々と胸を張って言い切らずとも良いだろうに。まったく、この女は変わりすぎだ。

僕の知っている普通の女とはまるで違うからこそ、渋々とはいえ弟子にするのを認めてしまったのだが、……しかしこうまで変わっていると、どう扱っていいのかわからない。


「それに馬を走らせるのと違って、馬車では片道に30分も掛かってしまいます」

「たった10分程度の違いで、細かいし煩いな」

「本当に暴漢に襲われた場合、馬の方が却って身軽に逃げられます。どうせうちには御者もいませんから、馬車にしたところで自分が操縦する事には変わりありません」

「御者すらいないのか。…………では、僕にとっては非常に不本意極まりないが、この屋敷に住み込みの弟子になるつもりはあるか?」


噂好きの馬鹿どもに、女の弟子と同棲だなどと揶揄されるのを思うと腸が煮えくり返るが、それを理由に危険を見逃すのも後味が悪いと、断腸の思いで提案すれば、

「ありません。病弱な弟を放っておけませんと、何度も申し上げているでしょう。

師匠、そろそろ通勤の話は終わりにして、研究を再開してはいかがです? 時間は有意義に使いませんと」

「……」

考える間もなく、即断ってきた。挙句、更に余計な一言が付いてくる。

女嫌いの僕の折角の思いやりを速攻で蹴るとは、無礼にも程がある。


とりあえず、弟子のくせにひたすら生意気なこの女を、鉄拳制裁で黙らせていいだろうか。

そうすれば、こいつも一応は女だから、「男のくせに女に手を上げるなんて」と、口煩く喚くのだろうか。

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