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明日、花が咲くように  作者: Alika
一章【女嫌いの魔術師】(スノウ視点)
2/8

「スノウ・シズヴィッド。独学で魔術を学び始めたのは4歳。飛び級で中等学校を卒業後、11歳にて魔術師の内弟子となり、その後3度に渡り、自らの魔力資質が特異であるが故に師事先を変えている」

ヒースがペレ師匠からの推薦状を読む。

「研究分野は「変質」と「節約」。……ふむ。確かにどちらも、国内においては研究が進んでいない分野だな」

「はい」


玄関先でのやり取りを終えて、私はようやく立派なお屋敷の内部に入る事を許された。

現在、広い応接間において、柔らかな感触の大きなソファに座り、館の主であるヒースに向かい合っている。


(それにしても本当に、どこもかしこも立派なお屋敷だわ)

弟子にしてもらうのは無理かもしれない。

そんな、私らしからぬ弱気な考えをどうしても振り払えないのは、私が貧乏だからだ。

魔術の授業料を家政婦として働く事で賄ってきた私にとって、ヒースのこの大きくて立派なお屋敷は、門戸が高すぎる気がする。

ここには、お屋敷を切り盛りするメイドさんや執事さんがちゃんといるのだ。貴族なのに召使い一人いない我が家とは、何もかもが違いすぎる。

メイドさんがもてなしてくれた紅茶も、とても上品な味わいと香りで美味しいし。

とても、家政婦代わりの弟子が必要な状況には見えない。流石はお金持ち。



「確かに僕は多方面の研究に手を出している。おそらく国内で、こんな珍しい研究に本格的に着手している者は、他にはいまい。おまえの師事した魔術師達が手を焼いたのも、僕を推薦した理由も、わからんではない。

……だが、シズヴィッド。本気でこの分野で魔術師となりたいのなら、国外に行く気はなかったのか?」

魅惑の低音で、淡々と訊ねられる。


確かにヒースの言う通り、この国はお国柄か、精霊魔術が大勢を占めていて、他の分野の研究があまり進んでいないのが実情だ。

ここよりも、私の携わる分野の研究が進んでいる他国もある。

けれど、他国に留学するとなると、金銭面で非常に不都合なのだ。

「学業でそれなりの成績を残しても、魔術師としての素質……魔力の総量が平凡な私では、衣食住を補ってくれる程の奨学金を受けるのは難しいですし。

それに、金銭面以外でも、この国を離れたくない理由が私にはあります。病弱な弟を放って家を空けられません。私は毎日、あの子の体調に合わせて薬を処方していますから」

「薬剤師の免許を?」

ヒースがやや意外そうな顔をする。


女の身で、特殊な資格を取って外で働こうという人は、この国ではわりと少ない。

女性は家を守るもの、男性は外に働きに行くもの。そんな古めかしい風習が未だ根付いている土地だから。

けれど私の家では、お父様は家にいてお母様が働きに出るという、世間とは逆の環境だったから、私も物心ついた頃には、自分の食い扶持は自分で稼ぎたいと考えるようになっていた。


「はい。最初の師匠のところにいた時に、免許を取りました。それにお恥ずかしながら、我が家には、家族をお医者さまに診せれるだけの蓄えもろくにありませんし」

恥ずかしながらと言いつつも、私は自分が貧乏なのを隠さない。寧ろ積極的にアピールする。

「弟子に取ってください」と訴えかけるのに簡単かつ有効な手段だから。


「僕は国の補助金を受ける程、金には困っていないが」

「それは見ればわかります」

「僕の助手を務められる程の力量が、果たしておまえにあるか?」

「やり遂げてみせましょう」


私の答えは常に強気だ。

ここで迷っても落とされるだけだから。



魔術師が弟子を取るメリットはいくつかあるが、その中で最も大きなメリットは二つ。

一つは、弟子を受け入れる魔術師には、国から補助金が出る事だ。

これは次世代の魔術師を育成する上で重要なシステムになっている。

私がこれまで家政婦の仕事をこなす条件だけで魔術師に弟子入りしてこられたのも、この補助金制度が大きかった。


そして、弟子を受け入れるもう一つのメリットは、個人研究の助手が得られる事だ。

魔術の知識がない相手ではかえって邪魔になるばかりで、ろくに助手として勤まらない。

研究の手伝いをこなせるなら、師の役にも立って、弟子としての存在意義も果たせる。


私がこの国で魔術師となる為には、天才と名高い彼の元で有能な助手として務められなければならない。

おそらく、他に道はない。

やらなければならないなら、意地でもやり遂げてみせる。

余裕ぶって微笑んで、私は内心の緊張を押し隠した。




「女はすぐに嘘をつく」


ヒースの女嫌いは相当に根深いらしく、結局話題はそこに戻った。

私が女であるという事に、まだこだわっている。

だけど、そんな些細な問題で切られるのは絶対に嫌だ。駄目なら駄目で、もっとちゃんと納得できる理由がないと、私だって引けやしない。


「ならば、男性はすべて誠実だとでも?」

「口の減らない女だ」

「これくらい口が達者でなければ、貴方の弟子になどなれそうにありませんから」


すまし顔で言い切る。

ヒースが苦い顔になったが、気にしない。気にしない。

私の取り柄は、熱意と根性と図太さだ。これまで面倒を見てくれた師匠達だって全員が、最後には私の根性を認めてくれた。

四人目の師になってもらわねばならないヒースにだって、絶対にこの根性を認めさせてみせる。


「可愛げのない」

「弟子に可愛げは必要ですか? 女と思って下さらなくて結構ですと申し上げたはずですが」


再度訴えると、ヒースは渋々といった感じで、しかしはっきり頷いた。


「……いいだろう」

「!」

(やった!)

私は内心で握りこぶしを作って叫ぶ。内心でだけ。

根負けさせればこちらの勝ちだ。これで、魔術師としての道を閉ざされずに済んだ。



「その代わり、僕に惚れたような言動をした場合や、役立たずな無能だった場合は、遠慮なく破門する」

「……わかりました。お役に立てるよう、精一杯務めさせていただきます」

改めて釘を刺され、私は神妙な顔をして頷いた。


なんて自惚れが強いと呆れもあるけれど、壮絶な美しさというのは、時にとんでもない威力を発揮する。惚れてなるものかと自らに言い聞かせていても、これだけの美貌が間近にあれば、ふと心動かされてしまう事だって、有り得ないとは言い切れない。

けれど私は自分の為に、この人には惚れない。絶対にそれで押し通してみせる。

そして、もしも万が一惚れそうになったとしても、決してそれを態度に出さずに、さっくりきっぱり、欠片も未練を残さずに諦めてみせる。


私にとっては、恋愛なんて二の次、三の次。

私はここで弟子となって、いずれはお金を稼げる有能な魔術師となってみせる。



輝かしい未来と、可愛くて愛しくて仕方のない弟が私を待っている。

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