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TRPG二次創作倉庫  作者: 蓬 Kuramochi
プルガトリウムの夜 二次創作
2/2

藤丸慶という男(明転)

本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。


また、本作品はクトゥルフTRPGシナリオ『プルガトリウムの夜』のネタバレを含みます。読む場合は自己責任でお願いします。


本SSは、自探索者がエンドAまたはエンドBに向かった際のIFストーリーです。

 深夜、街中のビルの屋上。刑事である男、藤丸慶は手持ちのビニール袋から缶ビールを取り出した。

 1億2000万人が暮らす日本の夜は明るく、ここから少し離れた繁華街からは、賑やかな空気が夜風に乗って宙を踊っていた。

 

 缶の蓋を開け、酒を胃に流し込む。

 発酵した麦の香りと炭酸の刺激が、口内を刺激してくる。

 ゴキュゴキュを小気味の良い音を鳴らしながら缶を半分ほど開けたタイミングで、缶から口を離して息をついた。


 最近はこうして、仕事終わりに静かな屋上で痛飲するのが日課となっていた。

 韮澤理紫を事故で射殺してから、藤丸の心には真っ暗な影が差している。

 それは、世界を救うという偉業を誰も知らない別の世界線でこなしても、変わらないままだった。

 結果として韮澤を殺すことになったが、あの事故を藤丸は後悔していない。

 もし過去に戻れるのであれば、「今度こそ」という気持ちでもう一度拳銃を構えるだろう。

 後悔しないのは、韮澤が社会のために有意義な死を遂げたと考えているから。

 しかし、それは藤丸が勝手に意味づけているだけで、きっと彼は死を望んではいなかっただろう。

 韮澤なら、あの向日葵を思わせるような優しい笑みで許しそう、などという笑えない想像をしては、現実逃避に走る自分にため息が出る。

 

 今日もまた、己の罪と思想の間で揺れ動き、ため息が出た。

 

「ため息をつくと、幸せが逃げていきますよ。」


 ふいに、背後から声がした。

 想像と思考の海に沈んでいた藤丸は背後に人が立っていることに気が付かなかった。

 しかしながら、''誰が''立っているのかには即座に気が付くことができた。

 モズ事件を収束させて過去に戻ってからは刑事でなかった女性。

 藤丸が唯一己の悩みを打ち明けた女性。

 自身の相棒になる''可能性''があった女性。


 桃下冬香が、そこにいた。


「......貴方が、どうしてここに?」


「ここの屋上、星空がきれいに見えて好きなんです。最近忙しくて来られてなかったんですが、手が空いたので久しぶりに。まさか、私以外の人がこんな時間にここにいるなんて思ってもみませんでしたよ。」


 ゆっくりと振り返れば、藤丸の記憶にある顔が、記憶の中以上に美しい笑みを浮かべていた。

 別世界と違い妙な危険思想を掲げていないからか、藤丸の思い出の中の彼女よりも穏やかな様子だ。


「お酒、よく飲まれるんですか? 私はカクテルをたまに。カクテル言葉なんかを調べながら、親しい人と飲むのが好きなんです。」


「......初対面、ですよね。ずいぶん気を許している雰囲気ですが、こんな時間に男と一対一なら、もっと警戒するべきではありませんか?」


 質問に質問で返した藤丸にも嫌な顔をせず、ただ少し目を見開いただけだった。

 少しの間固まったあと、桃下は困ったような表情を浮かべる。


「どうして、でしょうね? あなたになら、心を許してもいいかもしれないって思っちゃったんです。今ここで、会うべくして会ったような、不思議な気持ちで。......ちょっと、クサかったですかね?」


「......いえ、驚きましたが、私も似たような気持ちですよ」


 いつか彼女と再会するような気がしていた。

 否、心のどこかで再開を望んでいたと言うのが正確かもしれない。

 この桃下には、相棒として共に事件を追った記憶も、2人で酒を酌み交わした記憶も、藤丸が悩みを告白した記憶もない。

 しかし、目の前に立つのは間違いなくあの桃下冬香だ。

 藤丸が知る彼女とは別の人生を歩んできた、藤丸が知らない彼女であっても、なんだか無性に懐かしいと感じてしまう。


「ところで、先ほどから何か悩まれているようでしたが、何かあったんですか?」


「......すみません、さすがに初対面の女性に話せる内容ではないので。」


 初めて会った人物から「1年ほど前、事件の捜査中に誤って部下を射殺してしまった」などという相談をされても困るし、引かれるだろうと藤丸はごまかす。


「なら、話してくれるまで待ってもいいですか? 安心してください、待つのには慣れてるんです。 あ、今更ですけど、私の名前は桃下冬香と言います。」


 「知っている」という心の声に蓋をしながら、藤丸も自己紹介を返す。


「警視庁刑事部捜査一課で班長を務めています、藤丸慶と申します」


 藤丸の自己紹介を聞いた桃下は、アネモネを思わせる美しい笑みを浮かべる。

 まるで咀嚼するかのようにじっくりと時間をかけた後、楽しげな口調で口を開いた。


「刑事の方なんですね。......班長さん、と呼んでもいいですか?」



 藤丸慶の人生は、この日に明転した。

 今後、彼の人生に再び暗い陰が差す機会があるのかは、誰にも分らない。

 今の彼にできることは、あるかもわからない未来の悲劇に向けて、牙を研ぎ続けることだけだった。

(余談)


アネモネは、冬にも花を咲かせることができる品種らしいです。


アネモネの花言葉は色によって様々ですが桃色のアネモネの花言葉は「希望」です。他には「はかない恋」「あなたを待っています」などの花言葉もあるらしいです。

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