藤丸慶という男(暗転)
本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
また、本作品はクトゥルフTRPGシナリオ『プルガトリウムの夜』のネタバレを含みます。読む場合は自己責任でお願いします。
本SSは、自探索者のエンドC後の独白となります。
深夜、廃墟のビルの屋上。刑事だった男、藤丸慶は懐からライターを取り出した。
火をつけるのはタバコであるMarboro。
800万人が一斉に死に、物流も食料供給も停止したこの国では、貴重な嗜好品であった。
火のついたタバコを口に咥え、煙で口内を満たす。
香ばしい香りは、藤丸の肺を懐かしい思い出と共に喜ばせる。
例えそれが人生最大の汚点の記憶であっても、彼にとっては縋り付きたい貴重な思い出だ。
煙を味わいながら、もう何度目かも分からない自問自答を繰り返してしまう。
もしあの時、銃を撃つ勇気が自分にあったなら、今自分はどうなったのだろう。
元相棒、戌亥愛翔に「撃つんですか?」と聞かれた瞬間、藤丸が感じた感情は恐怖であった。
人を救うための銃弾で、罪のない人を撃ち抜いた瞬間の、あの背筋が凍りつく感覚。
ずっとそれを無視して仕事をしていた、たった一人の女性を除いて人に打ち明けたこともなかった。
しかし、あの事件は確実に藤丸の心に影を落とし、それが世界の命運を分ける最悪の場面で発露したのだった。
自分が社会のために犠牲になるのは構わない、だが他者を社会のための犠牲にするのは正解なのだろうか。
自分の思想のために他者を犠牲にする勇気は、あの時の藤丸にはなかった。
その結果、自分の心の安寧のために、自分が何よりも重んじる「社会」が滅んでしまった。
長い時間をかけて煙を口に蓄え、そっとタバコを離す。
口から放たれた白い煙は、満天の星空に溶けていった。
ぼんやりと煙を眺めながらタバコを咥え直し、同時に懐からもう一本のタバコを取り出す。
何度も吸おうと思い、何度も吸うことを諦めた一本のMarboro。
桃下冬香から記念にもらった一本は、「なんとなく吸わない」を繰り返す内に湿気てしまった。
Marboroを吸う度に、吸えなかった一本を見る度に、彼女のことを思い出す。
彼女の最後の忠告を聞かなかった後悔と共に、彼女とバディを組んだ思い出が蘇る。
彼女が今いれば、ワタシを慰めてくれるのだろうか、などというくだらないタラレバを想像してしまった。
なんとなく嫌な気分になった藤丸は、咥えていたタバコを地面に落とし、煙を吐きながら足で消火する。
「こんなことをしている場合ではありませんね。」
やらなければならないことは山のようにある。
炎の銃の復元、戌亥愛翔の居場所の特定、戌亥討伐のための戦闘員の勧誘、生き残った人命の保護と治安の維持。
くだらない過去に想いを馳せる余裕は、藤丸にはない。
藤丸慶の人生は、あの日に暗転した。
今後、彼の人生に再び暖かな光の当たる機会があるのかは、誰にもわからない。
今の彼にできることは、あるかもわからない戌亥愛駆との再会に向けて、牙を研ぎ続けることだけだった。




