第9話 勇者は転んでから始まる
騎士団での訓練が始まってから、数週間が経った。
最初は地獄だった。
いや、今も地獄ではあるのだが、慣れというのは恐ろしい。
素振り、腕立て、走り込みといった基礎訓練。
加えて、実地での魔物討伐。
さらに――勇者専用の個人訓練。
魔力制御、王都の歴史、魔王に関する基礎知識、スキル体系の座学。
それらを叩き込んでくるのは、白髭をたくわえた憎たらしい顔の老人教師だった。
「よいか勇者よ! 魔力とはな、感覚で振り回すものではない! 理論! 理論じゃ!」
「はいはい、理論理論……」
居眠りをすれば杖で小突かれ、質問をすれば長話が始まる。
正直しんどかったが、不思議と身にはなっていた。
そして今――
「はあっ! はあっ!」
訓練場の一角。
木剣を握り、ひたすら素振りを繰り返す。
「……勇者って、やっぱスゲェな」
そう声をかけてきたのは、騎士団見習いのケルトだった。
俺と同い年で、入団してから一緒に訓練するようになり、いつの間にか気の置けない仲になっていた。
「一気に強くなりやがる」
「まあね。成長補正があるからさ」
そう言って、俺はふと思い出す。
鑑定の儀で見た、自分のステータス。
「ズルい能力だよ、ほんと」
「勇者ですからね。(にっこり)」
ケルトが呆れたように笑う。
「……よし」
俺は最後の一振りを終え、木剣を下ろした。
「素振り千回、達成!」
「は!? もう!?」
「ケルトは、まだあと二百回くらいやんないとねぇ」
余裕ぶってそう言い残し、俺は訓練場を駆け出す。
――次の瞬間。
「ぐえっ!」
足元の小石に躓き、派手に前転。
無様に地面へ突っ込んだ。
「……」
背後で、ケルトが言葉を失っている気配がした。
「ノーカン! 今のはノーカンだから!」
そうユラが叫ぶと、遠くで笑い声が上がった。
――そんな、いつも通りの日常。
しかし。
「全騎士団員、至急集合!」
訓練場に響き渡る緊迫した声。
空気が、一瞬で変わった。
「……来たな」
騎士たちの間で、囁きが広がる。
「噂の……」
「魔人事件か……?」
俺の胸が、嫌な音を立てて鳴った。
数日前から王都周辺で囁かれていた、不穏な話。
魔物とは明らかに違う存在。
知性を持ち、人を襲う“魔人”。
「勇者ユラ」
レインハルトの鋭い視線が、俺を捉える。
「初出動だ。覚悟はいいか?」
――ついに来た。
訓練でも、噂でもない。
本物の戦いが。
「…覚悟できました。」
ただならぬ緊張を感じていたが、俺は前を向いた。
勇者として。
そして――この世界で、生き残るために。




