第6話 勇者と、王家の使者と、逃げ場のない馬車
村の広場は、いつになく騒がしかった。
鎧の擦れる音。
馬のいななき。
そして、普段この村では決して聞くことのない、張り詰めた沈黙。
銀色の鎧に身を包んだ騎士たちが、寸分の乱れもなく並んでいる。
その中心に立つ男は、他の騎士とは明らかに違っていた。
装飾の多い鎧。
背筋を一本の剣のように伸ばした立ち姿。
そして――感情のない目。
「――再度問う」
男の声は、よく通った。
「勇者ユラ・コルニエ殿は、いずこに?」
村人たちは顔を見合わせ、誰も答えない。
答えられないのではない。
答えたくないのだ。
そんな淡い期待を、ユラ自身が叩き潰した。
「……俺です」
(言っちゃったぁ……!)
人垣をかき分けて前に出ると、視線が一斉に突き刺さる。
「ユラ……」
「だ、大丈夫です」
自分に言い聞かせるように言った。
騎士の男は、ユラを一瞥した。
「確認が取れた。
私は王都直属騎士団、第三隊隊長――レインハルト」
(名前からして強キャラだ……)
「勇者ユラ・コルニエ。
王命により、貴殿を王都へ招集する」
「……招集、ですか」
その言葉を選んだ理由を、ユラは理解してしまった。
「拒否権は?」
「ない」
(ですよねー!!)
「理由は?」
「勇者だからだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
ユラは一度、深く息を吸った。
「準備の時間は」
「本日中だ」
「早すぎません?」
「勇者に日常は不要だ」
その言葉に、空気が冷える。
「勇者は王国の戦力だ。
個人の事情や感情を考慮する対象ではない」
胸の奥で、何かが軋んだ。
「分かりました」
気づけば、そう答えていた。
騎士たちは踵を返し、去っていく。
ユラは、母に感謝と別れを告げ
その日のうちに、村を出た。
王家の使者と、逃げ場のない馬車
――ガタゴト、ガタゴト。
木製の馬車が、一定のリズムで揺れている。
その中で、ユラ・コルニエは背筋を異様なほど真っ直ぐに伸ばして座っていた。
正面に座るのは、王家の使者――レインハルト。
沈黙が、痛い。
村を出てから、すでに十分以上は経っている。
だが会話らしい会話は、ほとんどない。
(ゲームだったらさ……
このタイミングで選択肢出るよな?
「黙っている」「余計なことを言う」「逃げる(不可)」みたいな)
ユラは喉を鳴らし、意を決して口を開いた。
「えっと……その……
王都って、遠いですか?」
我ながら、どうでもいい質問だった。
レインハルトは、少しだけ視線をこちらに向ける。
「馬車で三日ほどだ」
「さ、三日……」
再び沈黙。
ユラは膝の上で、ぎゅっと手を握る。
(落ち着け……俺は勇者。
……いや、勇者だけど中身一般人だわ)
そんな内心を知らぬ顔で、レインハルトがふいに口を開いた。
「……村では、騒ぎにならなかったか」
「え? あ、いえ……
みんな、めちゃくちゃ困惑してました」
「そうだろうな。辺境の村で勇者が出るなど、前例がない」
さらっと重いことを言う。
(前例ないの!?
それ最初に言ってよ!?)
ユラの表情が、ひきつる。
「……正直に言っていいですか」
「許可しよう」
「僕、今も現実感ないです。
王家とか、勇者とか……急すぎて」
レインハルトは、少しだけ口元を緩めた。
「それでいい。
むしろ、浮かれていないのは好印象だ」
「え、そうなんですか?」
「力を持った者ほど、自分を過信する。
それができない者は、恐怖を知っている」
ズシリと、言葉が落ちる。
(……あ、これ褒められてる?
ビビってるだけなんだけど)
ユラは苦笑いを浮かべた。
「僕、めちゃくちゃ怖いです」
「知っている」
「即答!?」
「馬車に乗ってから、ずっと肩が強張っている」
(バレてた!
そんなに!?)
恥ずかしさと同時に、なぜか少しだけ胸が軽くなる。
「……でも、逃げません」
ぽつりと、ユラは言った。
「ガルダさんや、村のみんなが……
送り出してくれたので」
一瞬、レインハルトの視線が鋭くなる。
「……王都では、もっと厳しい現実が待つ」
レインハルトは、静かに告げた。
「貴族、身分、派閥。
そして――魔王軍」
空気が、一段重くなる。
「勇者は、希望だ。
同時に、利用される駒でもある」
ユラは、息を吸い込んだ。
それでも。
「……それでも、行きます」
声は、震えていた。
だが、視線は逸らさなかった。
レインハルトは、わずかに頷く。
レインハルトさんは…いい人かもしれないな
やがて馬車が止まり、扉が開く。
「……着いたぞ」
馬車の扉が開かれ、まばゆい光が差し込む。
――王都だった。
石畳がどこまでも続き、巨大な城壁が空を切り取っている。
人、人、人。村の人口を軽く超える人の流れ。
(……無理無理無理無理)
心の中で全力で首を振るユラをよそに、レインハルトは淡々と言った。
「降りろ。ここからは徒歩だ」
「え、馬車終わりですか?」
「そうだ。」
ユラは足を踏み外しかけながら地面に降りる。
その瞬間、視線が一斉に集まった。
好奇、猜疑、侮蔑、期待。
混じり合った感情が、刃物みたいに突き刺さる。
(……これが“勇者補正”ってやつか?
いや、補正っていうかデバフでは?)
「姿勢を正せ」
「はいっ!」
反射的に背筋を伸ばし、変な音が鳴った。
レインハルトは一瞬だけユラを見る。
「……緊張しているな」
「そりゃしますよ!
村→馬車→王都って、展開が急すぎません!?」
「勇者に段階は不要だ」
またそれだ。
「勇者って、思ってたより雑に扱われる職業なんですね」
「職業ではない。兵器だ」
「さらっと言いましたよね今!?」
レインハルトは答えない。
ただ、歩き出す。
ユラは慌てて後を追いながら、城へと続く道を見上げた。
(……ガルドさん、今ごろ何してるんだろ)
村での静かな時間が、急に遠く感じる。
城門をくぐる直前、ユラは足を止めた。
「……あの」
「何だ」
「俺、強くないですよ」
レインハルトが振り返る。
「期待されても、応えられないかもしれない」
「それでも連れてくる」
「死んだら?」
「代替は効かない」
即答だった。
ユラは息を呑む。
「……怖いです」
「勇者は皆そうだ」
「え、そうなんですか?」
「だが、皆逃げなかった」
城門が、ゆっくりと閉まる。
――帰り道は、もう見えなかった。
(…、逃げ場ないじゃん)
ユラは小さく笑った。
震えながら、それでも前を向く。
こうして、
勇者ユラ・コルニエは王都という名の盤上に置かれた。
駒としてか。
それとも――プレイヤーとしてか。
それを知るのは、もう少し先の話だ




