第4話 本編は、まだ始まっていない。
記憶の欠片
触れた瞬間、
世界がひっくり返った。
白い光に包まれ、
次に目を開けた時、俺は知らない天井を見ていた。 ――思い出すのは、いつも決まってあの日のことだ。
朝の満員電車。
ぎゅうぎゅうに押し潰されながら、俺――佐藤は天井を見上げていた。
(今日も、何事もなく終わればいい)
そんなささやかな願いすら、叶わないのが俺の人生だった。
⸻
「佐藤ォ!!」
会社に着くなり、怒号が飛ぶ。
「この資料! 何回言わせるんだ!
“気持ち”がこもってない!!」
「気持ち……ですか?」
「そうだよ! 資料は心だろうが!!」
――資料に心を込めろという新概念。
上司は書類を床に叩きつけ、腕を組んで仁王立ちする。
「だいたい佐藤はさぁ、
言われたこと“だけ”やるよな」
(それが仕事です)
喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込む。
「もっとこう、
自発的に! 空気を! 読め!」
空気。
読めないのはどっちだ。
「すみません……」
頭を下げると、上司は満足げに鼻を鳴らした。
「謝ればいいと思ってるところがダメなんだよ」
(じゃあどうすればいいんだよ!)
昼休み。
机で一人、安い弁当を食べながら思う。
(仕事やめたい…)
怒られ、耐え、また怒られ。
反撃もしない代わりに、評価もされない。
そんな人生だった。
⸻
その日の帰り道。
夕暮れの交差点で、俺は異変に気づいた。
横断歩道の真ん中。
足腰の弱そうな老人が、立ち尽くしている。
信号は、すでに赤に変わりかけていた。
「……危ない!」
クラクション。
迫ってくるトラック。
周囲の人間は、誰も動かない。
――気づいたら、俺は走っていた。
「大丈夫ですか!」
老人の腕を掴み、引き寄せる。
だが、その身体は想像以上に重かった。
「す、すまん……」
トラックが、もう目の前まで迫っている。
(間に合わない)
瞬時に理解した。
このまま二人とも助かるルートは――ない。
「……行ってください」
俺は、老人を歩道側へ突き飛ばした。
「え……?」
「大丈夫ですから!」
嘘だ。
全然大丈夫じゃない。
だが、不思議と怖くはなかった。
(……まぁ)
どうせ、俺の人生だ。
最後くらい、誰かの役に立ってもいい。
強烈な光。
衝撃。
世界が、ひっくり返る。
⸻
――次に意識を取り戻した時。
身体が、やけに軽かった。
「……?」
ゆっくり目を開ける。
俺は、現世で目を覚ました。
手の中にあった光は、
すでに消えている。
会社。
パワハラ上司。
耐えるだけの日々。
そして――
老人を助けるために、囮になった自分。
「……俺は」
喉が、わずかに震える。
「佐藤、だったな」
勇者ユラ・コルニエ。
前世は、佐藤。
「俺……
異世界に転生してるな…」
俺の人生は、
どうやら“第二幕”に入ったばかりらしい。




