第19話 勇者、覚醒
――前話。
魔人と化したレインハルトの刃が、ユラの腹を深々と裂いた。
鮮血が舞い、視界が赤に染まる。
さらにはユラの腹を蹴り飛ばした。
その反動で宙を舞い――背後の崖へと激突する。
ドゴォッ!!
岩肌に身体がめり込み、亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。
ピシッ……。
嫌な音が、頭上から響く。
⸻
レインハルトは、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
黒い魔力をまとい、無機質な瞳で。
「……無理だ。身体が、動かない……」
指一本、動かせない。
血が流れ、意識が遠のいていく。
視界が、暗く。
暗く。
――そして、闇。
⸻
深い、底の見えない闇の中。
膝を抱えて座り込む“俺”がいた。
「……なんでだよ」
勇者になりたくもなかった。
なのに勇者にされて。
期待されて。
戦わされて。
その結果が、これか?
「どうせ俺はモブだ……前世から、いいことなんてなかった」
みんなの足を引っ張って。
リリアも救えなくて。
勇者になる資格なんて、最初からなかったんだ。
「それは違うわ」
声がした。
顔を上げる。
光の中に、リリアが立っていた。
「あなたなりに、頑張ってきたじゃない」
「……頑張っても、救えなかった」
唇が震える。
「勇者が誕生したって知って、希望を持った人がどれだけいたか……覚えてる?」
――鑑定の時、ざわめいた村人たち。
――王都で出迎えた民衆。
――騎士団の敬礼。
――そして、レインハルトの、あの歪んだ笑み。
「王都に来たとき、言ってたじゃない。“頑張る”って」
リリアは優しく微笑む。
「その時から、あなたは勇者なのよ」
闇に、一本の光が差し込む。
「ユラなら倒せるよ。」
「私も手伝うからさ」
ユラは知っている。
目の前のリリアが、自分の心が生み出した幻想だと。
それでも。
それでもいい。
「……リリア」
拳を握る。
「よし」
「世界を、救うんだ!!」
光が弾けた。
⸻
視界が開ける。
現実。
レインハルトが、目の前で剣を振り下ろそうとしていた。
だが――
ユラの瞳は、もう諦めていない。
その瞬間。
バリバリバリッ!!
頭上から、巨大な落石が崩れ落ちた。
ユラが叩きつけられた衝撃で、崖内部に広がっていた亀裂が限界を迎えたのだ。
轟音と共に、岩塊が降り注ぐ。
奇跡的に、ユラの身体には一つも当たらない。
だが――
レインハルトの頭上には、特大の岩が落ちる。
「チッ……!」
魔人は舌打ちし、後退して回避した。
崩落が止み、砂煙が舞い上がる。
静寂。
その中で、カラン……と乾いた音が響いた。
空のポーション瓶が、地面を転がる。
砂煙の奥から、ゆっくりと一人の影が現れる。
裂かれたはずの腹は、完全に塞がっていた。
ユラだ。
胸の奥が、灼けるように熱い。
新しい鼓動。
身体の奥底から湧き上がる力。
――これが。
俺の、新スキル。
離れた位置で立ち塞がっていたバルクたちは、息を呑む。
その姿に、リリアの影を重ねた。
金色のオーラが、ユラの全身から噴き上がる。
髪が逆立ち、瞳が鋭く光る。
ユラの背後に、淡く重なる光のシルエット。
ユラと、意識の中のリリアが、同時に囁く。
「――ビーストモード。」
魔人レインハルトが、初めて表情を歪めた。




