第八十二話 利で結ばれた均衡
休戦合意の翌朝。
ベルファルドの会議室には、再び三勢力の主要人物が集まっていた。
だが、昨夜とは空気が違う。
卓の上に並ぶのは料理ではなく――
地図、帳簿、輸送経路を示す簡易図。
そして、森から運び込まれた試験用の素材。
長大な魔力木材の角材。
加工前の獣骨。
保存加工された踊り茸と干し肉。
オリビアは立ち上がり、静かに口を開いた。
「本日は、ベルファルドの今後について具体的にお話します」
視線を巡らせる。
帝国側――レオン、カール、レニエ。
王国側――イリーナ、マグナス。
そして部屋の端には、ヴィンス。
♢
「まず、拠点プラチナムからベルファルドへ」
地図の一点を指す。
「月に二度、大型輸送隊を出します。森の素材は一度すべてベルファルドへ集約」
「直接、帝国や王国へは送らないのか?」
即座に反応したのはレオンだった。
「ええ」
オリビアは頷く。
「必ず、ベルファルドを経由させます」
その一言で、場の空気がわずかに変わる。
「……理由は?」
カールが問う。
「緩衝地帯として固定するためです」
即答だった。
「素材は両国へ均等割り当て。どちらか一方が軍事的圧力を強めた場合、供給は即時停止します。
……それにベルファルドの工房の技術は高い。ここを経由し素材を加工し価値を高められる物も多いです」
イリーナが目を細める。
「経済で、戦争を縛る気か」
「はい」
静かな肯定。
「ベルファルドは中立商業都市として機能させます。関税は両国同率。輸送護衛は三勢力混成部隊で行う」
「混成だと?」
カールの眉が動く。
「裏切りを防ぐためです。一勢力のみの護衛では疑念が残る」
マグナスが地図を覗き込む。
「王国側への流通は?」
「西街道を使用します。ただし冬季は南回りに切り替える」
「帝国は?」
レオン。
「北街道を活用していただければ。大量輸送に向いているはずです」
レオンの口元がわずかに上がる。
「よく調べているな」
「調べるのは得意です」
♢
「戦略物資になり得る木材はどう扱う?」
イリーナが問う。
「建築用と軍需用で加工段階を分けます」
オリビアは角材に触れ、しばし眼を閉じた。
角材からは仄かに香りがーー
スフォンジーの森で過ごしていた時の、清涼な香りが鼻腔を突き抜けた。
オリビアは眼を開け、切り出す。
「軍事転用可能な加工は、ベルファルド管理下のみで行う。持ち出し不可」
「ほう」
レオンが頷く。
「つまり、この街が鍵になるわけだ」
「そうです」
オリビアは静かに告げた。
「ベルファルドが繁栄すれば、両国は得をする」
「だが、焼けばすべて失う」
カールが低く言う。
沈黙。
イリーナが鼻で笑った。
「……なるほどね。街そのものを人質にするのかい?」
「いいえ」
オリビアは首を横に振る。
「“共通の財産”にするのです」
♢
議論は続く。
関税率。
輸送頻度。
倉庫管理。
価格変動の上限設定。
レオンとカールは細部まで食い下がってくる。
だが。
レニエは――
椅子の上で、足をぶらぶらさせていた。
♢
「価格の急騰時はどう抑える?」
カール。
「備蓄放出です。三勢力共同管理の倉庫を設置します」
「万が一、輸送路に魔物が現れ襲われた場合は?」
「セレスティア側で殲滅、場合により協力要請する場合もあるでしょう。もしくは迂回路確保」
テンポよく答えるオリビア。
その様子を、部屋の隅でヴィンスが静かに見ている。
視線は盤面を読むように鋭い。
「……本気で均衡を作る気か」
ぽつりと、ヴィンスが呟いた。
小さな声だったが、室内は一瞬だけ静まる。
オリビアは振り返らない。
「ええ」
それだけ答えた。
♢
やがて、議論は一段落する。
「異論はない」
レオンが腕を組む。
「帝国は、この枠組みを受け入れよう」
「王国もだ」
イリーナが頷く。
ベルファルドの未来は、今、設計された。
♢
――その時。
部屋の隅で、こつ、と乾いた音が鳴る。
「……何をしている、レニエ」
カールがゆっくり振り向く。
レニエは椅子に座り込み、小石を磨いていた。
「角が気になって……」
「今は価格安定策の話をしていたんだが?」
「難しい話、頭痛くなる」
まったく悪びれない。
レオンが楽しそうに笑う。
「ハハハハ。レニエ、今度のも磨きがいのある石か?」
「まあまあ」
つるり、と光る石を掲げる。
次の瞬間。
がし、とカールがその手を掴んだ。
「……やめろ」
「え」
「外交の場だ」
「でももう話終わったし」
「終わっていない」
真顔。
レニエはしぶしぶ立ち上がる。
「石、あとで磨く」
「持ち帰るな」
「えー」
イリーナが吹き出した。
「帝国は随分と自由な副官を抱えてるね」
カールは額を押さえた。
「……否定できません」
♢
笑いが、ほんのわずかに広がる。
だがその裏で――
ベルファルドは、確実に動き始めていた。
森から物資が運び込まれる準備。
倉庫が整えられ。
商人が往来を始める。
戦場だった街は、交易の街へ。
価値で結ばれた均衡。
だが。
その均衡を壊そうとする影が、スフォンジーの森で蠢いていることを――
この時、誰も知らなかった。
ーー続く




