閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦⑦
窪地の中央。
風と大剣がぶつかる。
イリーナの両手剣が白銀の軌跡を描き、シエラの双剣と火花を散らす。
ギィィン!!
衝撃で地面が抉れる。
「ははっ……さすが総大将ね」
シエラが笑う。
「軽口叩ける余裕があるなら、まだ足りないね」
イリーナの踏み込みは重い。
純粋な膂力と魔力強化。
風を真正面から斬り裂く。
だが――
ブワァァッ!!
シエラは最大風圧。
窪地全体を薙ぎ払う暴風。
風により砂塵が凍りつくような冷気を帯びる。
♢
血溜まりの中。
(また……負けたのか)
ヴィンスの意識は薄い。
身体は全く動かない。
肺が焼ける。
指先の感覚が遠い。
(風……)
頬を撫でる。
違う。
撫でていない。
奪っている。
(熱を……奪われている)
風は、熱を運ぶ。
温度を奪う。
分子を揺らす。
水魔法の本質は流体制御。
ならば。
流れを止めればいい。
(止めればいい)
分子運動の停止。
(奪われるなら……奪い返せるはずだ)
♢
シエラが更なる魔力を込める。
「消えなさい!!」
暴風が解き放たれる。
その瞬間、空気が軋む。
パキ――
ヴィンスの瞳が開く。
「……そうか」
ゆっくりと、息を吐く。
「止めればいい」
パキ――パキ――
音。
窪地の地面が白く染まる。
凍結。
暴風が滑る。
砂が凍る。
風が……走らない。
「……なに?」
シエラの足元が白に変わる。
イリーナが目を細めた。
「ヴィンス……生きていたのかい」
「あの男……殺したはずなのに」
シエラが振り向く。
血に塗れた男が、立ち上がり始める。
その周囲の空気が、冷えている。
いや、凍えている。
「……コイツの相手は俺だ。大隊長」
静かな声。
そしてヴィンスは顔を上げる。
その眼は覚悟を帯びていた。
イリーナは何も言わない。
一瞬だけ視線を交わす。
そして。
イリーナは一歩、後退。
それは無言の承認。
♢
シエラが舌打ちする。
「次は立ち上がる間もなく殺してあげる」
再び、風刃解放。
そして再加速。
ギィン!!
斬撃が走る。
だが。その攻撃を阻んだのは……
水膜ではない。
ゴキィィン!!
氷壁。
透明な結晶が刃を受け止める。
「……水じゃない。氷属性か」
シエラの目が鋭くなる。
「死の淵で上位属性に目覚めた? 厄介ね」
風圧を増す。
氷が軋む。
「しかし硬くなったなら――丸ごと砕けばいい」
双剣に魔力集中。
渦巻く暴風。
叩きつける。
だが。
ヴィンスは氷壁に傾斜をつける。
斜面。
斬撃が滑る。
そして、受け流し。
シエラの体勢が僅かに崩れる。
(流体だけじゃない)
(状態も、形も、角度も制御できる)
ヴィンスがメイスを掲げる。
地面に蒼白の紋様。
「凍れ」
《氷結封鎖陣》
地面から氷柱が放射状に伸びる。
ドドドドドッ!!
逃げ道封鎖。
シエラが跳ぶ。
空中。
だが。
空気中の水分が瞬時に凍る。
足場が生まれる。
「空中まで……!?」
分子凍結支配。
逃げ場がない。
氷柱が交差。
風が乱れる。
加速不能。
ヴィンスが踏み込む。
メイスに氷が纏う。
蒼い輝き。
「終わりだ」
シエラが最後の風を纏う。
正面衝突。
ドォォォォン!!
氷と風が爆ぜる。
拮抗。
だが。
ヴィンスの足元は凍結。
シエラの風は滑る。
シエラは踏み込みが足りず、力が十全に込められない。
そして、ヴィンスの一撃が振り抜かれる。
ゴシャァァァン!!!
氷を纏ったメイスが、シエラを叩き落とす。
地面に激突。
氷柱が砕け、粉雪が舞う。
沈黙。
カラカラ…カラカラン……
双剣が転がる。
シエラは動かなくなっていた。
窪地に静寂が落ちる。
イリーナがゆっくりと歩み寄る。
「……へぇ。やるじゃないか」
ヴィンスの肩の動きは荒い。呼吸は不安定だ。
「ま…だだ……追いつい……てない」
「誰にだい?」
イリーナは少しだけ、口元が緩む。
「……銀の……」
何かを言いかけたヴィンスはそこで意識を手放し、その場で崩れ落ち倒れる。
ヴィンスの魔力はとうに限界を超えていた。
イリーナが笑う。
「よくやった」
旗が翻る。
左翼の炎が遠くで揺れている。
窪地は凍てつき、風は止まった。
ベルファルド平原。
勝敗、決す。
そして。
氷の魔法士が、一人。
新たな段階へ踏み込んだ。
――ベルファルド編 完




