表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/96

閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦⑤


 ベルファルド平原――王国軍本陣。


 中央が崩れかけている報告。


 右翼壊滅寸前の報。


 伝令が次々と駆け込む。


「右翼、ハロルド中隊長、アニス中隊長――討たれました!」


 天幕の空気が凍る。


 だが。


「……二人を殺したのは誰だ?」


 低い声。


「シエラ・クレストールが現れ、中隊長お2人は敗北しました……」


 机を指で叩く音。


「……やっと出てきたね。クレストール当主」


 イリーナ・ヴァルグレインは、ゆっくりと立ち上がった。


 紅い髪が揺れる。


「たった二人落ちただけで騒ぐんじゃないよ」


 鋭い眼光が地図へ落ちる。


 中央、押されている。


 右翼、崩壊。


 左翼――


「マグナスは?」


「はっ! 孤軍奮闘中! しかし包囲が――」


「上等じゃないか」


 イリーナは鼻で笑う。


「あいつはそういう男だ。簡単には沈まない」


 あの会議室で、叱責に耐えた男。

 マイケル大隊が壊滅した中で、帰ってきた男。


 拾ったのはアタシだ。

 使うと決めたのもアタシだ。


「伝令を出せ」


「はっ!」


「中央、後退。右翼も下げろ」


 その場がざわつく。


「大隊長……それでは完全に――」


「聞こえなかったかい?」


 視線一つで黙らせる。


「下げろって言ったんだよ」


 命令は伝達された。


 王国軍がじわりと後退を始める。


 それを見て帝国軍が吠える。


 前進。


 包囲を狭める。


 押し潰す気だ。


 イリーナは地図の一点を叩いた。


「……食いついたね」


 そこは緩やかな窪地。


 左右を岩丘に挟まれた、天然の絞り場。


「控えさせていた隊を左へ寄せろ。盾を固めさせな」


「はっ!」


「予備魔法隊、土属性使い。

 上から砂塵を撒かせろ。視界を削れ」


「はっ!」


 次々と指示が飛ぶ。


 後退は敗走ではない。


 “誘導”だ。


「マグナスに伝えろ。持ち堪えろ。アタシが勝ち筋を作る、ってな」


 

 ◇

 


 左翼。


 血と砂塵が混じる中、ミスリルの刃が白く閃いた。


 マグナスのハルバードが横薙ぎに振り抜かれる。


 斧刃が鎧ごと帝国兵を弾き飛ばし、柄尻が次の一人の膝を砕く。間髪入れず槍穂が喉を貫いた。


「退くな!! 陣形を潰すな!!」


 怒号が響く。


 だがそれは激情ではない。

 戦況を読み切った声だ。


「第三小隊、二歩下がって密集を維持! 盾は斜めに構えろ! 正面を焼く!」


 命令と同時に、足元の地面が赤く滲んだ。


 炎ではない。

 空気が歪む。

 熱域が展開する。


 マグナスの周囲数間、見えない壁のような熱層が形成される。

 踏み込んだ帝国兵の呼吸が一瞬止まり、視界が揺らぐ。


「……なっ、熱っ――」


 次の瞬間、ハルバードが突き出された。

 穂先に纏うのは“白熱”。


 火属性の上位――火炎属性。


 赤ではない。白だ。


 触れた瞬間、鎧の継ぎ目が溶ける。

 斬るのではない。断熱で焼き切る。


 敵が後退する。


 だが数が多い。

 左右から包囲を狭める動き。


 マグナスは即座に見切った。


「左翼第二列、前へ半歩! 通路を開けろ!」


 兵が一瞬躊躇する。


「早くしろ!!」


 怒号。


 開いた隙間へ、彼は踏み込んだ。


 ハルバードを地面へ叩きつける。


 ドォン!!


 爆ぜる衝撃。

 だが爆発ではない。

 地面を走ったのは炎の環。


 赤い線が円を描き、瞬時に白へ変わる。


 火炎属性魔法――


 《灼界輪しゃくかいりん》。


 侵入した敵の足元だけを焼き払う制圧陣。

 悲鳴が上がる。


 だが味方は無傷。

 熱域の角度を制御している。


「今だァ! 突き返せッッ!」


 盾兵が押し出す。

 槍兵が突く。


 マグナスは前へ出る。

 後ろではなく、常に最前線。

 自ら敵を弾きながら、同時に戦場全体を読む。


(右翼は崩れた。中央も怪しい。ならばここが“軸”だ)


 圧が増す。


 帝国軍は左翼を突破しようと雪崩れ込む。


 マグナスはハルバードを回した。


 斬、打、突、引。


 長柄の利で三人を同時に制する。


 そして。


 炎が、深くなる。


 空気の沸点が引き上がる。

 兵たちの髪が揺れる。

 地面の砂が焼けて黒く変色する。


「総員、伏せろ!!」


 味方が身を伏せた瞬間。

 彼は穂先を空へ向けた。

 白い光が凝縮する。


 火炎属性上位式……そして槍術の合わせ技――


白焔穿はくえんせん》。


 槍穂から放たれた白熱の奔流が直線に走る。

 帝国兵の隊列を貫通し、後列まで焼き払う。

 鎧が溶け、盾が裂ける。


 一直線に、道が出来た。


 静寂が落ちる。


 その背に、伝令が滑り込んだ。


「総大将より! “持ち堪えろ。勝ち筋は作る”!」


 マグナスは一瞬だけ目を閉じた。

 紅い髪の女の顔が脳裏をよぎる。


「……待ってたぞ、紅狼将軍」


 口元が歪む。

 炎を収束。

 だが消さない。


 抑え込む。

 制御。


 兵へ振り返る。


「聞いたな!」


 ハルバードを掲げる。


 白熱が刃を走る。


「王国軍はまだ負けていない!!」


 兵の目に火が灯る。まるで火炎が燃え盛るように。


 マグナスは再び前へ出る。


 自らが楔。

 自らが盾。

 自らが砲。


 敵が寄れば焼き、突破口があれば広げ、崩れそうな箇所には即座に穴埋めを命じる。


 指揮と戦闘が同時に回る。


 盤面を読む目は、決して閉じない。


(イリーナ大隊長。盤は整えた)


 左翼は、燃えていた。


 だが崩れてはいない。


 湧き上がる火炎の中心に、マグナスが立っている限り。

 

 


 ◇


 


 本陣。


 帝国軍は窪地へなだれ込んでいる。


 砂塵が舞う。


 視界が悪化。


 陣形が縦に伸びる。


 密集。


「今だ」


 イリーナは天幕を出た。


 ミスリル製の両手剣を担ぐ。


 陽光を受けて白銀が光る。


 重いはずの大剣を、軽々と。


「アタシが前に出る。旗を上げろ」


 本陣の旗が動く。


 紅狼の紋章。


 それを見た兵たちがざわめく。


「イリーナ大隊長が前へ……!」


 イリーナは窪地の縁へ馬を進めた。


 砂塵の向こう。


 風魔法を纏い、双剣を振るう女の姿。


 敵の総大将……シエラ・クレストール。


 周囲を切り裂きながら進む異質な影。


「……あれか」


 目を細める。


 圧が違う。


 空気が裂ける。


「なるほどね。噂以上だ」


 背後に控えていた一人の碧髪の青年へ、顎をしゃくる。


「ヴィンス」


 静かな男。


 返事は短い。


「はい」


「……ヤツ、シエラ・クレストールを討て」


「……了解」


 イリーナはニヤリと笑う。


「行きな」


 それだけ。


 ヴィンスが一歩踏み出す。



 ♢

 


 砂塵の中を、真っ直ぐ。


 逃げ惑う兵の間を抜け。


 崩れた右翼の残骸を越え。


 倒れ伏すハロルドとアニスの傍らを通り過ぎる。


 そして。


 止まる。


 双剣の女の前で。


 砂が舞い落ちる。


 戦場の喧騒が、そこだけ遠のいた。


 シエラがわずかに首を傾け、ヴィンスを認識する。


「……あなた? なかなか手練みたいね」


 ヴィンスは武器を構える。


「相手が欲しいんだろ」


 風が止む。


 窪地の中央。


 二人が対峙する。


 本陣の高みから、それを見下ろしながら。


 イリーナは静かに呟いた。


「さぁ――ひっくり返すよ」


 ベルファルド平原の空気が、張り詰めた。


 決戦が始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ