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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦④


 岩肌を削り合う戦いは、やがて様相を変えた。


「弓兵、後列へ! 魔法は上から被せろ!」


 王国兵が距離を取り、矢と光弾を放つ。


「盾構え! 火球で押し返せ!」


 帝国側も即座に応じる。


 狭い山道。

 矢が岩に弾かれ、火球が炸裂し、破片が飛び散る。


 足場はさらに悪化していく。

 滑れば終わり。


 押されれば急流。

 互いに一歩も退けぬ消耗戦。


 その中心で。


 ギィィン!!


 再び刃がぶつかる。


 ダナンは小刻みに踏み込み、斬り、離れる。

 斬っては引き、斬っては逸らす。


 狭所ゆえに、ダヴィデの両手斧は本来の軌道を描けない。


 岩壁に当たり、川側を気にし、振り幅が制限される。


(いける……この地形なら互角まで持ち込める!)


 長剣が閃く。


 肩の継ぎ目。

 膝裏。

 脇腹。


 だが――


 ギィン、と鈍い音。


 刃は弾かれる。

 鎧が厚い。

 関節部も簡単には通らない。


 ダヴィデは笑う。


「浅いな、小僧」


 重い蹴り。


 ダナンは後退しながら受け流す。


(硬すぎる……!有効打が入らない!)


 焦りが胸をよぎる。

 その時だった。


 ダヴィデが大きく踏み込む。


 明らかに力任せ。

 斧を大振りに構える。


「ぬおおおおっ!」


 怒号。

 力み。

 重心が前へ流れる。


 足場も悪い。


(焦った……?)


 呼吸が荒い。

 肩が上がっている。

 肘の装甲が浮いた。


 ほんの僅か。


 だが、確かに隙。


(今だ――!)


 ダナンは迷わず攻めに出る。


 光を刃に収束。


 一閃。

 関節を貫く軌道。

 その瞬間。



 ダヴィデの目が細く光った。



「小僧、かかったな!」


 斧が消えた。


 否、引き戻された。


 力んでいたはずの重心が、一瞬で安定する。

 巨体とは思えぬ反転。


 柄を滑らせ、間合いを詰める。


 そして――


 ドォォン!!!


 巨大な両手斧の峰が、横薙ぎに叩き込まれた。


「ガハッ!」


 視界が白く弾ける。


 肺の空気が一瞬で押し出される。

 体が宙に浮く。


 次の瞬間。


 ――ドンッ!!


 背中から山肌に叩きつけられた。

 ダナンの装着していたブレストアーマーは完全に破壊されていた!


 そして叩きつけられた岩が砕ける。

 衝撃が脊髄を駆け上がる。


 長剣が手から離れ、転がる。


 呼吸ができない。

 音が遠い。

 川の轟音だけがやけに鮮明だ。


 足音が近づく。


 重い。


 一歩ずつ。


 ダヴィデが立つ。

 斧を担ぎ、倒れた少年を見下ろす。

 周囲の兵たちも一瞬、動きを止めた。


「健闘したが、ここまでだな」


 低く、しかし侮蔑はない。


「言い残す事はあるか? 王国の小隊長」


 ダナンの視界は霞む。

 腕が動かない。

 胸が焼ける。


(ここまで……か)


 だが。


 脳裏に浮かぶ。


『……僕の信念のためです』


(そうだ……僕は……ここで止まるわけにいかない)


 指が、動く。

 岩を掴む。

 血が滴る。


 震える腕に力を込める。

 膝が、上がる。


「……まだ」


 掠れた声。


「終わって……いません」


 ふらつきながらも、立ち上がる。

 折れそうな体。

 だが目は死んでいない。


 再び、ダヴィデを睨む。


 その瞳に宿る光を見て。

 ダヴィデはわずかに目を見開き、そして――笑った。


「……立つか」


 斧を構える。


 今度は構えが違う。


 遊びも試しもない。


 本気の型。


「ならば次で終わらせる」


 急流の轟音の中。


 若き小隊長は、再び構える。


 勝敗は、まだ決していない。



 ♢

 


 急流の轟音。


 砕けた岩。


 余裕のあるダヴィデとは違い、ダナンは満身創痍。


 先に動いたのは――ダナンだった。


「っ……!」


 地を蹴る。


 ふらつく体を無理やり前へ。

 そのままダヴィデへ飛びかかる。


「無謀だ!」


 ダヴィデが斧を振り上げる。


 だが次の瞬間――


 閃光。


 至近距離での光魔法。


 炸裂する白。


 視界を灼く輝き。


「ぬっ……!」


 一瞬。


 ほんの一瞬。


 ダヴィデの視界が奪われる。


 その隙に、ダナンは体を滑らせるように横へ抜けた。


 川側へ。


 視界を取り戻したダヴィデが嗤う。


「逃げる気か、小僧!」


 巨体が踏み込む。


 山肌側から川側へ。

 トドメを刺すために。

 斧が振り上げられる。


 熱が宿る。


 火属性の魔力が刃を包む。


「これで終わりだ!」


 ダナンは、静かに息を吸った。


 血の味。

 焼ける肺。

 それでも詠唱する。


「光よ――炸裂せよ」


 掌に集束する魔力。

 高密度の光。


 圧縮……そして、臨界。



「〈ライト・イクスプロージョン!〉」



 ダヴィデが笑う。


「攻撃魔法か。だが小僧程度の魔法では我が鎧は抜けんぞっ!」


 重装甲。

 厚い鋼。

 確かに貫けないだろう。


 ダナンは、かすかに口元を上げた。


「狙いは――」


 収束した魔力の向かう先は……

 ダヴィデではなく、足元へ魔力を叩きつける。


「貴方じゃない……僕の足元だ」


 次の瞬間。


 ――爆発。


 轟音。


 白光が炸裂。

 岩盤が砕ける。

 足場が、消える。


「な――!?」


 支えを失う二人の体。



 ♢



 同時に傾く。


 崩壊。


 急落。


 急流が口を開ける。


 だが。


 ダナンは知っていた。


 自分のブレストアーマーは、既に破壊されている。


 軽い。


 故に動ける。


 落下の刹那。


 砕けた岩肌へ手を伸ばす。


 指が食い込む。


 皮膚が裂ける。


 だが掴む。


 歯を食いしばる。


「う、あああああっ!」


 腕に全体重がかかる。元よりダナンは既に重傷だ。


「それでも――僕は耐える」


 指が裂けそうだった。

 それでもダナンは手を離さない。


「生きて帰る……!」


 一方。


 ダヴィデの巨体。

 全身重装。

 巨大な両手斧。


 落下速度が違う。


 岩に掴もうとする。

 だが重い。

 装甲が軋む。


 指が滑る。


「小僧……!」


 その目が一瞬、ダナンを捉える。

 だが次の瞬間。

 巨体は白泡の中へ。


 ドォン!!!


 水柱が上がる。


 轟音。


 渦。


 重装備のまま急流に呑まれる。


 鎧は浮かない。


 流れは速い。


 川底に叩きつけられれば――終わりだ。


 やがて。


 水面に姿は見えなくなった。

 轟々と流れる川だけが残る。

 ダナンは岩肌に張り付きながら、荒い息を吐く。


「……あれ程の重装備で落ちたら助からないだろう」


 血が滴る。

 視界が揺れる。

 だが立ち上がる。


 崩れた足場の縁へ、ゆっくりと戻る。


 急流を見下ろす。


「……僕の勝ちだ」


 静かに。


 だが確かに言い切った。


 小隊長ダナン・グレイフォード。


 知略による勝利。


 盤面から、敵将を退場させた。


(これで戦場の流れが……変わる)




 



 左右から迫る刃。


 ハロルドの剛剣が上段から叩き割るように振り下ろされる。


 同時に。


 アニスの細剣が低く滑り込み、脇腹を穿つ軌道を描く。

 完璧な挟撃。

 呼吸も間合いも噛み合った。


 これまで幾度も戦場で敵を屠ってきた、二人の必殺の連携。


「――もらった!!」


 だが。


 シエラは一歩も退かない。

 双剣が、静かに持ち上がる。


 次の瞬間。


 キィィィィン!!


 甲高い金属音。


 右手の剣がハロルドの剛剣を受け止め。

 左手の剣がアニスの細剣を弾く。


 同時に。


 寸分の狂いもなく。

 衝撃が腕を駆け上がる。


「なっ!?」


「俺達の連携を一刀で!?」


 いや、一刀ではない。


 二刀。


 しかも、余裕を持って。

 シエラの表情は変わらない。


「悪くないわ。でも――軽い」


 双剣が滑る。

 絡め取るように。

 力の流れを逸らし、二人の体勢を一瞬で崩す。


 その刹那。


 風が巻いた。


 踏み込み。


 消えた。


「――っ!?」


 まず、アニス。


 袈裟斬り。

 斜め上から振り下ろされた銀閃。


 ガッ――!!


 胸甲が裂ける。

 鮮血が舞う。

 時間が止まる。


「うっ……」


 アニスの目が見開かれる。

 声にならない息。

 体が、崩れ落ちる。


「アニス!!」


 ハロルドが叫ぶ。

 怒りに任せ、斬りかかる。


 だがその動きさえ、読まれている。


 シエラの身体が半歩ずれる。

 双剣の一振りが閃く。


 ズドンッ!!


 鋭い刃が、ハロルドの右肩を貫いた。

 鎧ごと。

 骨まで。


「ぐ、あぁぁっ!!」


 剣が手から滑り落ちる。

 力が抜ける。

 膝が地に落ちる。


 シエラは静かに刃を引き抜いた。


 血飛沫。


 赤が宙を舞う。



 ドサッ――!!



 ハロルドの体が前のめりに倒れる。


 アニスは既に動かない。


 二人が、地に伏す。


 王国軍右翼の中心が、崩れ落ちた。


 その場の温度が下がったかのような出来事に……

 周囲の王国兵が凍りつく。

 剣を握る手は震えていた。


「ハロルド中隊長とアニス中隊長が……ど、同時に……!?」


「う、嘘だろ……?」


 シエラは双剣の血を払う。

 無機質な仕草。


 まるで作業を終えた職人のように。


「次」


 その一言。


 そして。


 王国軍前線は、崩れた。

 悲鳴が連鎖する。


 隊列が乱れる。

 押し返される。


 帝国軍が吠える。


 勝敗が傾く音がした。


 ベルファルド平原の戦場で王国軍右翼は、

 音を立てて崩壊を始めていた。


 ――続く。


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