閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦④
岩肌を削り合う戦いは、やがて様相を変えた。
「弓兵、後列へ! 魔法は上から被せろ!」
王国兵が距離を取り、矢と光弾を放つ。
「盾構え! 火球で押し返せ!」
帝国側も即座に応じる。
狭い山道。
矢が岩に弾かれ、火球が炸裂し、破片が飛び散る。
足場はさらに悪化していく。
滑れば終わり。
押されれば急流。
互いに一歩も退けぬ消耗戦。
その中心で。
ギィィン!!
再び刃がぶつかる。
ダナンは小刻みに踏み込み、斬り、離れる。
斬っては引き、斬っては逸らす。
狭所ゆえに、ダヴィデの両手斧は本来の軌道を描けない。
岩壁に当たり、川側を気にし、振り幅が制限される。
(いける……この地形なら互角まで持ち込める!)
長剣が閃く。
肩の継ぎ目。
膝裏。
脇腹。
だが――
ギィン、と鈍い音。
刃は弾かれる。
鎧が厚い。
関節部も簡単には通らない。
ダヴィデは笑う。
「浅いな、小僧」
重い蹴り。
ダナンは後退しながら受け流す。
(硬すぎる……!有効打が入らない!)
焦りが胸をよぎる。
その時だった。
ダヴィデが大きく踏み込む。
明らかに力任せ。
斧を大振りに構える。
「ぬおおおおっ!」
怒号。
力み。
重心が前へ流れる。
足場も悪い。
(焦った……?)
呼吸が荒い。
肩が上がっている。
肘の装甲が浮いた。
ほんの僅か。
だが、確かに隙。
(今だ――!)
ダナンは迷わず攻めに出る。
光を刃に収束。
一閃。
関節を貫く軌道。
その瞬間。
ダヴィデの目が細く光った。
「小僧、かかったな!」
斧が消えた。
否、引き戻された。
力んでいたはずの重心が、一瞬で安定する。
巨体とは思えぬ反転。
柄を滑らせ、間合いを詰める。
そして――
ドォォン!!!
巨大な両手斧の峰が、横薙ぎに叩き込まれた。
「ガハッ!」
視界が白く弾ける。
肺の空気が一瞬で押し出される。
体が宙に浮く。
次の瞬間。
――ドンッ!!
背中から山肌に叩きつけられた。
ダナンの装着していたブレストアーマーは完全に破壊されていた!
そして叩きつけられた岩が砕ける。
衝撃が脊髄を駆け上がる。
長剣が手から離れ、転がる。
呼吸ができない。
音が遠い。
川の轟音だけがやけに鮮明だ。
足音が近づく。
重い。
一歩ずつ。
ダヴィデが立つ。
斧を担ぎ、倒れた少年を見下ろす。
周囲の兵たちも一瞬、動きを止めた。
「健闘したが、ここまでだな」
低く、しかし侮蔑はない。
「言い残す事はあるか? 王国の小隊長」
ダナンの視界は霞む。
腕が動かない。
胸が焼ける。
(ここまで……か)
だが。
脳裏に浮かぶ。
『……僕の信念のためです』
(そうだ……僕は……ここで止まるわけにいかない)
指が、動く。
岩を掴む。
血が滴る。
震える腕に力を込める。
膝が、上がる。
「……まだ」
掠れた声。
「終わって……いません」
ふらつきながらも、立ち上がる。
折れそうな体。
だが目は死んでいない。
再び、ダヴィデを睨む。
その瞳に宿る光を見て。
ダヴィデはわずかに目を見開き、そして――笑った。
「……立つか」
斧を構える。
今度は構えが違う。
遊びも試しもない。
本気の型。
「ならば次で終わらせる」
急流の轟音の中。
若き小隊長は、再び構える。
勝敗は、まだ決していない。
♢
急流の轟音。
砕けた岩。
余裕のあるダヴィデとは違い、ダナンは満身創痍。
先に動いたのは――ダナンだった。
「っ……!」
地を蹴る。
ふらつく体を無理やり前へ。
そのままダヴィデへ飛びかかる。
「無謀だ!」
ダヴィデが斧を振り上げる。
だが次の瞬間――
閃光。
至近距離での光魔法。
炸裂する白。
視界を灼く輝き。
「ぬっ……!」
一瞬。
ほんの一瞬。
ダヴィデの視界が奪われる。
その隙に、ダナンは体を滑らせるように横へ抜けた。
川側へ。
視界を取り戻したダヴィデが嗤う。
「逃げる気か、小僧!」
巨体が踏み込む。
山肌側から川側へ。
トドメを刺すために。
斧が振り上げられる。
熱が宿る。
火属性の魔力が刃を包む。
「これで終わりだ!」
ダナンは、静かに息を吸った。
血の味。
焼ける肺。
それでも詠唱する。
「光よ――炸裂せよ」
掌に集束する魔力。
高密度の光。
圧縮……そして、臨界。
「〈ライト・イクスプロージョン!〉」
ダヴィデが笑う。
「攻撃魔法か。だが小僧程度の魔法では我が鎧は抜けんぞっ!」
重装甲。
厚い鋼。
確かに貫けないだろう。
ダナンは、かすかに口元を上げた。
「狙いは――」
収束した魔力の向かう先は……
ダヴィデではなく、足元へ魔力を叩きつける。
「貴方じゃない……僕の足元だ」
次の瞬間。
――爆発。
轟音。
白光が炸裂。
岩盤が砕ける。
足場が、消える。
「な――!?」
支えを失う二人の体。
♢
同時に傾く。
崩壊。
急落。
急流が口を開ける。
だが。
ダナンは知っていた。
自分のブレストアーマーは、既に破壊されている。
軽い。
故に動ける。
落下の刹那。
砕けた岩肌へ手を伸ばす。
指が食い込む。
皮膚が裂ける。
だが掴む。
歯を食いしばる。
「う、あああああっ!」
腕に全体重がかかる。元よりダナンは既に重傷だ。
「それでも――僕は耐える」
指が裂けそうだった。
それでもダナンは手を離さない。
「生きて帰る……!」
一方。
ダヴィデの巨体。
全身重装。
巨大な両手斧。
落下速度が違う。
岩に掴もうとする。
だが重い。
装甲が軋む。
指が滑る。
「小僧……!」
その目が一瞬、ダナンを捉える。
だが次の瞬間。
巨体は白泡の中へ。
ドォン!!!
水柱が上がる。
轟音。
渦。
重装備のまま急流に呑まれる。
鎧は浮かない。
流れは速い。
川底に叩きつけられれば――終わりだ。
やがて。
水面に姿は見えなくなった。
轟々と流れる川だけが残る。
ダナンは岩肌に張り付きながら、荒い息を吐く。
「……あれ程の重装備で落ちたら助からないだろう」
血が滴る。
視界が揺れる。
だが立ち上がる。
崩れた足場の縁へ、ゆっくりと戻る。
急流を見下ろす。
「……僕の勝ちだ」
静かに。
だが確かに言い切った。
小隊長ダナン・グレイフォード。
知略による勝利。
盤面から、敵将を退場させた。
(これで戦場の流れが……変わる)
⸻
左右から迫る刃。
ハロルドの剛剣が上段から叩き割るように振り下ろされる。
同時に。
アニスの細剣が低く滑り込み、脇腹を穿つ軌道を描く。
完璧な挟撃。
呼吸も間合いも噛み合った。
これまで幾度も戦場で敵を屠ってきた、二人の必殺の連携。
「――もらった!!」
だが。
シエラは一歩も退かない。
双剣が、静かに持ち上がる。
次の瞬間。
キィィィィン!!
甲高い金属音。
右手の剣がハロルドの剛剣を受け止め。
左手の剣がアニスの細剣を弾く。
同時に。
寸分の狂いもなく。
衝撃が腕を駆け上がる。
「なっ!?」
「俺達の連携を一刀で!?」
いや、一刀ではない。
二刀。
しかも、余裕を持って。
シエラの表情は変わらない。
「悪くないわ。でも――軽い」
双剣が滑る。
絡め取るように。
力の流れを逸らし、二人の体勢を一瞬で崩す。
その刹那。
風が巻いた。
踏み込み。
消えた。
「――っ!?」
まず、アニス。
袈裟斬り。
斜め上から振り下ろされた銀閃。
ガッ――!!
胸甲が裂ける。
鮮血が舞う。
時間が止まる。
「うっ……」
アニスの目が見開かれる。
声にならない息。
体が、崩れ落ちる。
「アニス!!」
ハロルドが叫ぶ。
怒りに任せ、斬りかかる。
だがその動きさえ、読まれている。
シエラの身体が半歩ずれる。
双剣の一振りが閃く。
ズドンッ!!
鋭い刃が、ハロルドの右肩を貫いた。
鎧ごと。
骨まで。
「ぐ、あぁぁっ!!」
剣が手から滑り落ちる。
力が抜ける。
膝が地に落ちる。
シエラは静かに刃を引き抜いた。
血飛沫。
赤が宙を舞う。
ドサッ――!!
ハロルドの体が前のめりに倒れる。
アニスは既に動かない。
二人が、地に伏す。
王国軍右翼の中心が、崩れ落ちた。
その場の温度が下がったかのような出来事に……
周囲の王国兵が凍りつく。
剣を握る手は震えていた。
「ハロルド中隊長とアニス中隊長が……ど、同時に……!?」
「う、嘘だろ……?」
シエラは双剣の血を払う。
無機質な仕草。
まるで作業を終えた職人のように。
「次」
その一言。
そして。
王国軍前線は、崩れた。
悲鳴が連鎖する。
隊列が乱れる。
押し返される。
帝国軍が吠える。
勝敗が傾く音がした。
ベルファルド平原の戦場で王国軍右翼は、
音を立てて崩壊を始めていた。
――続く。




