閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦③
号砲が鳴った。
大地が震え、鉄と鉄がぶつかり合う轟音がベルファルド平原に響き渡る。
王国軍と帝国軍――
両軍本隊が、ついに正面衝突した。
「前進! 中央、崩すぞ!!」
中央を率いるのはハロルド。
大盾を掲げた重装歩兵が楔のように突き進み、その背後から槍隊が畳み掛ける。
金属が軋む。
帝国兵が押し返そうとするが、王国軍の圧は止まらない。
「押し込め! 中央は譲るな!」
ハロルド自ら前へ出る。
剣が閃き、敵兵を薙ぎ倒す。
その動きに呼応するように、右翼の旗も前へ進んでいた。
「隊列を崩さないで! 三列目、前へ!」
アニスが冷静に指揮を飛ばす。
細剣が翻り、敵の槍を受け流しながら的確に急所を突く。
右翼は機動力重視。
中央の圧に合わせて削る布陣だ。
左翼では――
「焦るな。押されても崩れるな」
マグナスが低い声で兵を落ち着かせる。
堅実に、確実に、前線を保つ。
後方。
総司令官イリーナは全体を俯瞰していた。
「……悪くない出だしだ」
中央優勢。
右翼も順調。
帝国軍はやや押されている。
だが――
その時だった。
♢
右翼の一角で、悲鳴が上がる。
「な、なんだあれは――!」
風が走った。
ただの突風ではない。
刃のように鋭く、一直線に王国兵の隊列を裂く。
兵が吹き飛び、血が舞う。
その中心に――
静かに歩み出る一人の女。
ミスリル製の煌めく双剣を携え、風を纏う。
「……王国軍中隊長ね」
澄んだ声。
「私はシエラ・クレストール。
クレストール家当主よ。
そしてベルファルド駐留部隊の長」
その名が、戦場に落ちる。
アニスの目が細まった。
「敵の総指揮官……!」
前方では兵が薙ぎ払われ続けている。
「……あれだけ穴を開けられたらヤバい! カバーしないと!」
アニスは即座に前へ出た。
細剣を構え、シエラの前に立つ。
「その首取れば勝ちね! チャンスだわ」
シエラはわずかに微笑む。
「ふふ。そう簡単にいくかしら」
次の瞬間。
風が弾けた。
アニスの視界が揺れる。
双剣が交差し、斬撃が連なる。
キィン! キィン!
金属音が連続する。
「っ……速い!」
踏み込みが異様に軽い。
風が脚を押しているかのような加速。
斬撃が頬を掠める。
アニスは体勢を立て直し、反撃の突きを放つ。
だが。
ガンッ!!
風圧が刃を弾き、体が浮いた。
「くっ……!」
後退を強いられる。
その間にも右翼の兵が削られていく。
中央でそれを見たハロルドが叫ぶ。
「アニス、大丈夫か!?」
彼は迷わず中央を副官に任せ、右翼へ駆ける。
重い一撃がシエラの双剣と衝突した。
ドォン!!
衝撃波が周囲を薙ぐ。
「あら。もう一人来たのね」
シエラの瞳が静かに二人を測る。
しかし彼女に一切の焦りは見えない。
「まとめて始末するわ」
ハロルドが低く構える。
「二対一だ。押し切るぞ!」
「ええ!」
アニスが頷く。
次の瞬間、二人同時に踏み込む。
左右からの挟撃。
剛剣と細剣、異なる軌道が交差しシエラへ迫る――!!
♢
場面は切り替わり、別の戦場――ダナン。
補給線へ向かうダナン小隊。
ダナンの選択が、動き出していた。
補給路へ向かう細道。
木々に囲まれた山間の通路は、人が二列で歩けるかどうかという幅しかない。
右手は切り立った岩壁。
左手は急流の小川。
水は白く泡立ち、岩にぶつかりながら轟々と流れている。
(この急流へ落ちたら……ただでは済まない)
ダナンは足場を確認しながら進む。
「隊列は縦二列。間隔を詰めすぎるな。伏兵がいた場合、巻き込まれる」
小声で指示を飛ばす。
やがて。
前方に影。
漆黒の甲冑を帯びた集団。
整然とした立ち姿。
明らかに正規兵、それも精鋭クラス。
そして――
ひと際目立つ巨躯の男。
装飾の施された鎧。
背に担がれた巨大な両手斧。
ただ立っているだけで、圧がある。
ダナンの喉が鳴った。
「あれは帝国軍の精鋭……やはりいたか。
位の高い指揮官らしき者もいる」
(人数は同数ほど……)
互いに10名。いや……相手は12名だ。僅かに多い。
この少人数で2名の差は非常に大きい。
それに。
(装備、呼吸、動き、互いの立ち位置カバー連携。全てに於いて隙がない……我々王国とは全く練度が違う)
彼我の戦力差は歴然。
正面衝突では勝てない。
その時、巨躯の男が一歩前に出た。
「ほう」
低く重い声。
「貴様が盤を読む者か」
火のような熱を帯びた気配が滲む。
まるで蜃気楼が発生しているかの様子だった。
ダナンは冷汗をかく。
「ワシはダヴィデ・クレストール。クレストール家の元当主」
斧を肩に担ぐ。
「この補給線を狙うとは、良い度胸だ」
(元当主……精鋭とは思ったがここまで大物が出てくるのか!)
ダナンは背筋に冷たいものを感じながら、一歩前へ出た。
「王国軍小隊長、ダナン・グレイフォード」
緊張とは裏腹に……声は淀みなく腹から出て、不思議とよく通る。
だが手のひらは汗で濡れている。
(あの体格と圧……まるで王国の楯、ディオール大隊長のようだ……
おそらく僕の力で正面からでは……勝てない)
まずそれを認める。
(なら――勝つ条件を作る)
視線を横へ。
急流。
岩。
足場の悪さ。
そして狭さ。
(広い場所なら終わりだ。ここで戦う)
「総員、散開せず縦深を保て!」
叫ぶ。
同時に光魔法を展開。
眩い閃光が放たれる。
「目を閉じろ!!」
味方へ先に警告。
白光が炸裂。
帝国兵の隊列が一瞬乱れる。
「小癪な!」
ダヴィデが斧を振るう。
衝撃で閃光が吹き散る。
だがその隙に。
「三番、四番! 山肌を崩せ!」
ダナンの指示。
待機していた兵が、岩肌を魔法で弾き飛ばす。
すると……ガラガラと岩が崩落。
道幅がさらに狭まる。
「自身で逃げるための退路を削ってるのか!」
ダヴィデが笑う。
ダナンは冷静に返す。
「違う。広がれない状況を作るんです」
狭所。
大斧は振り回しにくい。
人数差の優位も活かしにくい。
乱戦ではなく、局地戦に持ち込む。
「前列交代制! 一撃入れたら下がれ!」
ヒット&アウェイ。
足場の悪さを利用し、踏み込みを制限。
帝国兵を一人、そして更にもう一人、川へ弾き落とす。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴と共に流されていく。
(よし、これで同数に持ち込めた!)
「ぬう……!」
ダヴィデが踏み込み、巨大な両手斧を振り抜く!
重い。
一撃が岩を砕く。
もし直撃すれば即死。
(やはり、真正面は無理だ。隊の誰も耐えられないな)
ダナンは光を収束させる。
――収束光槍。
一直線に放つ。
ダヴィデは斧で弾く。
だがその瞬間。
足場が崩れる。
事前に削っていた地面。
「なに……!」
ダヴィデの巨体が僅かに傾ぐ。
完全には落ちない。
だが。
隊列が乱れる。
その隙にダナンが前へ出た。
ダナンは長剣を構え……
重鎧の関節の隙間を狙い澄まし、振り抜く!
「小僧が!小癪な!」
斧と長剣が衝突する。
衝撃で空気が震える。
腕が痺れる。
重い。圧倒的膂力。
(強すぎる……!体勢を崩してから攻めて尚、せり負けた!)
ダヴィデが笑う。
「後衛の光魔法使いが前に出るか!」
「僕は――」
押し返される。
足が岩にかかる。
下は急流。
「信念を貫くと決めたんだ!!」
光を爆発させる。
至近距離閃光。
ダヴィデの視界を奪う。
その瞬間、体当たり。
二人の体勢が崩れる。
岩が砕ける。
地面が崩落。
ダヴィデの巨体が、川側へ傾いた。
しかし、ダヴィデは体勢を立て直し再び武器を構える。
「貴様……!」
二人の視線が交差する。
若き小隊長と、歴戦の将。
ダヴィデが低く笑った。
「面白い……」
斧を振り上げる。
――決着は、まだつかない。
急流の上で、二人の力が激突する。




