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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦②

 ――ダナンは、夢を見ていた。


 柔らかな光に包まれた、あの時の光景。


 風に揺れる青みがかった光り輝く銀糸のような髪。

 透き通るような、静かな瞳。

 穏やかな、けれども、どこか遠い声音。


「ついてくる者は、共に行こう。

 残る者は――その信念を貫いてくれ。

 どちらも、私にとって大切な仲間だ」


 手を伸ばせば、届きそう。


 けれど。

 その一歩を、踏み出せなかった。


 ――そして目が覚める。


 天幕の天井。

 朝の薄明かりが布越しに滲んでいる。


「……また、あの夢か」


 ダナンはゆっくりと息を吐いた。

 胸の奥が、わずかに痛む。


「僕は……オリビアさんに、必要とされたかった」


 声に出してみると、驚くほど幼い響きだった。

 拳を握る。


「けど、僕は必要とされたいけれど……自分から踏み出すことは出来なかった」


 あの時。

 “来てほしい”と言われたわけではない。


 平等な言葉。

 優しい言葉。

 だからこそ。


(選ばれなかった)


 そう感じた自分がいた。


 違うと分かっていても。

 まぶたを閉じる。


「……信念か」


 あの言葉が、何度も胸に反響する。


「僕の信念って、なんだろう」


 残ると決めた。

 王国軍に残った。


 それは、逃げだったのか。

 それとも、覚悟だったのか。


 答えは、まだ出ていない。


 だが。


 今日、戦は動く。


 ダナンは静かに起き上がった。



 ♢



 軍議の天幕。


 簡易地図が広げられ、空気は張り詰めていた。


 昨夜の前哨戦の勝利はある。

 だが駐留帝国軍の本命はまだ動いていない。


「正面は引き続き圧をかける」


 イリーナが地図を指でなぞる。


「敵主力が出てきた場合は、ここで迎撃。短期で叩き潰す」


 ハロルドが頷く。


「力で押し切る。シンプルでいい」


 アニスも冷静に補足を入れる。


「敵中央は厚い。ただし、左右はやや薄いわね」


 ヴィンスは腕を組み、地図を睨んだまま何も言わない。

 沈黙。

 戦術は、ほぼ固まりかけていた。


 その時。


「……何か案や意見がある者はいるか?」


 イリーナの声が、天幕に響く。

 一瞬の静寂。


 ダナンの指先が、わずかに震えた。


(言うのか?)

(僕が?)


 胸の奥で、あの言葉が響く。



『――残る者は、その信念を貫いてくれ』



 ゆっくりと、手を挙げた。


「……あります」


 全員の視線が集まる。


 若手小隊長。

 光魔法使い。

 普段は後衛。


 イリーナが顎をしゃくる。


「……お前は確かダナンだったな。小隊長か。話してみろ」


 ダナンは地図に歩み寄った。


「敵の側面。このルート……補給線がある可能性が高いです」


 指で細い道をなぞる。


「だからなんだ。短期決戦でカタを付けるんだ。敵の補給なんて気にしなくていいだろ」


 ハロルドが眉をひそめる。


「補給線なら、確かにそうです」


 ダナンは一拍、置く。

 そして深く深く息を吸う。


 オリビア中隊に在籍していたときは自身から作戦の立案など行ったことはなかった。

 胸がドキドキする。額から汗が流れる。緊張しているのが嫌でもわかった。


「ですが――もし前面は囮で、ここから帝国の精鋭部隊が襲撃してきたら?」


 ダナンの指摘に、その場は静まり返る。

 アニスの視線が鋭くなる。


「……挟み撃ちされるな」


 ヴィンスは顔を顰めたまま、何も言わない。


 だが否定もしない。


 イリーナは面白そうに目を細めた。


「いい着眼点だ。ありうる危険性だ」


 だが、すぐに続ける。


「誰が止めにいく? 戦力はもう無いぞ」


 正面に主力。

 予備も薄い。

 ダナンの喉が鳴る。


「……僕の小隊に行かせてください」


 視線が刺さる。


「ここを抑えさえすれば、挟撃のリスクは無くなります」


 イリーナの目が、僅かに細まる。


「自分の立場を判っているのか?お前は光魔法使いだ。後衛として貴重な人員だ」


 低い声。


「功を焦っているのか?」


 空気が重くなる。


「お前は後ろに控えているだけで評価される存在だぞ?

 それでも危険を犯す? 何のために?」


 問い。


 試すような視線。


 ダナンは、胸が一瞬だけ痛んで眼を閉じた。


(違う……いや、違わないのか)


 だが。


 夢の中の言葉。

 伸ばせなかった手。

 そして今。


 眼を開く。


「……僕の信念のためです」


 声は震えていない。


「僕が出て、仲間を助けられるなら。

 僕が動くことで、王国が勝利に近づくなら」


 拳を握る。


「僕は動きます」


 静寂。

 ハロルドとアニスが、驚いた顔でダナンを見る。


 後ろで支援するだけの優男だと思っていた若手が。

 自ら危地を望んだ。


 イリーナは、数秒黙っていた。


 やがて――


「ハハハハ!」


 豪快な笑いが天幕を揺らす。


「気に入った!」


 地図を叩く。


「そういうの、アタシは嫌いじゃない」


 ダナンを見る。


「なんだ、後ろに控えてるだけの優男だと思ったら……意外と根性あるじゃないか」


 視線が鋭さを帯びる。


「分かった」


 イリーナは短く告げる。


「ダナン小隊長。貴官に任せる」


 それは短い言葉だったが、ダナンを一人の小隊長として認めた言葉だった。


「ただし――必ず成果を出せ。中途半端は許さん」


「……はい」


 ダナンは深く頭を下げた。

 胸の奥で、何かが静かに定まる。


(残ると決めた)

(ならば、この場所で――貫く)


 ヴィンスが、ちらりと横目で見る。

 何も言わない。


 だが、その視線はわずかに鋭さを増していた。


 戦は動く。


 そして。


 ダナンの選択もまた、動き始めた。



 ♢



 ベルファルド城塞内部――帝国軍本陣。


 石造りの広間に広げられた戦況図。


 炎を灯す燭台の光が、揺れている。


「王国軍は正面突破型だ」


 低く、重い声が響いた。


 巨大な両手斧を背に立つ巨体の壮年の男。


 ダヴィデ・クレストール。


 かつてクレストール家を率いた男であり、


 今は娘に家督を譲った身。

 だがその威圧感は、未だ衰えぬ。


「士気に任せて前へ出る。

 愚直で、単純。だが侮れん」


 地図の中央を指で叩く。


「中央は厚く構えよ。正面から崩す算段で来る」


 ダヴィデの言葉を、静かに聞いていた女性がいた。


 その女性――シエラ・クレストール。


 若きクレストール家の当主。

 双剣を腰に提げ、風のように軽い佇まい。


「側面は?」


 澄んだ声で問う。


「薄く見せる」


 ダヴィデは即答した。


「補給線を通しつつ、兵を伏せる。

 奴らが欲をかいて回り込めば、逆に挟み潰す」


 シエラはわずかに微笑む。


「罠、ですね」


「戦とは盤面よ。

 力だけでは勝てん」


 重い拳が卓上を叩く。


「王国は若い。

 勢いはあるが、策に溺れる性質ではない」


 一瞬の沈黙。


「……だが、読み違えれば痛い目を見る」


 その時。

 伝令が駆け込んだ。


「報告! 側面ルートに王国軍小隊を確認!」


 広間の空気が変わる。


「……ほう?」


 ダヴィデの眉が僅かに動く。


「規模は小隊規模!

 補給線へ向け進軍中!」


 シエラが父を見る。


 静かな視線。

 怒号は上がらない。

 ダヴィデはゆっくりと笑った。


「王国にも、盤を読む者がいるか」


 低い声。


「やるのぉ……ワシの布石に牙を立てるとは」


 斧を掴む。

 持ち上げた瞬間、空気が震えた。


「面白い」


 火の魔力と揺らぎが、彼の周囲に滲む。


「シエラ」


「はい」


「正面は任せてよいか?

 中央突破を狙う者がいるなら、お前の役目だ」


 シエラはミスリル製の双剣を引き抜く。


 キィン!と鞘から軽快な音が鳴る。

 そして双剣に風が渦を巻く。


「……風で裂きます」


 ダヴィデは城門へ向かう。


「側面はワシが出る」


 振り返らぬまま、告げる。


「盤を荒らす駒は――直々に叩き潰す」


 重い扉が開く。


 火の気配と共に、

 帝国軍ベルファルド駐留部隊“重鎮”が動き出した。

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