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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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閑話 王国軍電撃作戦ベルファルド奪還戦①

このエピソードはオリビア達がマイケル大隊の麾下から離反し

ベルファルドを巡る争いが、始まる前のストーリーである。

 ベルファルドを巡る戦いの火種は、唐突に生まれたわけではない。


 王国軍――

 マイケル大隊長の戦死。


 それは一個大隊の喪失に留まらず、前線一帯に致命的な“空白”を生んでいた。


 通常であれば、守りを固める局面だ。


 だが。

 王国軍師団長は、あえて逆を選んだ。


 守勢に入れば、帝国は必ずその穴を突いてくる。


 ならば、先に殴る。

 戦力を前線に集中。


 局地的な攻勢により、帝国に「こちらが主導権を握っている」という錯覚――ブラフを叩きつける。


 その実行部隊に選ばれたのが。

 ――イリーナ大隊だった。



 ♢ 



 夜明け前。

 丘の陰に設けられた仮設指揮所。

 簡易地図を囲み、四人が立っていた。


「この戦で鍵になるのは我ら4人だ」


 大隊長イリーナは切り出した。


 その場には…


 大隊長イリーナ・ヴァルグレイン

 中隊長ハロルド・クレイドル。

 中隊長アニス・ビビアナ。

 そして――中隊長マグナス・グレンヴァルド。


 マグナスはまだ、この大隊に編入されて日が浅い。

 マイケル大隊から移ってきたばかりだ。

 ゆえに、彼は一歩下がり、黙って話を聞いていた。


「中隊長クラスは僅か3人しか動員できない場面だが……状況は分かっているな」


 イリーナが口を開く。


「マイケル大隊の喪失で、帝国はこの地域を軽く見ている。

 だからこそ、ベルファルドだ」


 地図の一点を指す。


「ここを叩く。短期決戦だ」


 イリーナ大隊で熟練の中隊長、ハロルドが口角を上げた。


「派手だね。守りじゃなく、いきなり心臓を突くか」


「師団長の意向だ」


 イリーナは淡々と答える。


「前線に戦力を集中させ、帝国に攻勢の意思を見せつける。

 ベルファルド奪還は、その象徴になる」


 ハロルドの次席と目される中隊長アニスが腕を組みながら喋る。


「帝国も馬鹿じゃないわ。迎撃は覚悟の上、ってことね」

「当然だ」


 イリーナは二人を見る。


「だからこそ、最初に前へ出るのは――主力のあなたたちだ」


 ハロルドとエレナ。

 大隊でも屈指の戦力。

 二人は視線を交わし、軽く頷いた。


「了解。前線は任せてくれ」

「派手に暴れて、道を開くわ」


 そのやり取りを、マグナスは黙って見ていた。

 イリーナが一瞬だけ彼を見る。


「マグナス」

「はっ」

「今回は、よく見ておけ。

 この大隊が、どう戦うかを」

「……了解しました」


 短い返答。

 だがその胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。



 ♢



 夜が明ける。


 ベルファルド近辺。

 王国軍の部隊が丘を越えた瞬間――それは見えた。


 帝国軍の陣。


 既に展開済み。

 歩兵、弓兵、魔導兵。

 迎え撃つ気、満々だ。


「察知されてるね」


 ハロルドが肩をすくめる。


「まあ、この規模だもの。当然隠密行軍じゃないしね」


 アニスが冷静に答える。


 イリーナは敵陣を強く見据えていた。


「想定通りだ。

 帝国はベルファルドを簡単には渡さない」

 彼女は迷いなく命じる。


「ハロルド、アニス。頼んだぞ」


 二人が同時に一歩踏み出す。


「正面から叩く。

 こちらが攻めていると、はっきり示せ」


「了解!」


 号令と共に、王国軍が進軍を開始した。



 ♢



 開戦。


 最初に動いたのは、王国軍だった。


 盾兵が前に出る。

 弓兵が続く。

 魔法が空を裂く。


 帝国軍の前線が、わずかに揺らぐ。


「いいね……士気が高い」


 ハロルドは剣を抜き、笑った。


「ベルファルドを取り戻すってだけで、兵の動きが違う」


「油断しないで」


 エレナは既に魔力を練り上げている。


「今はまだ、前半よ」


 だが、その言葉通り。

 王国軍は押していた。

 帝国軍の陣形を崩し、前線を押し下げる。


「前へ! 止まるな!」


 ハロルドの声が戦場に響く。

 王国軍の旗が、確実に前進していく。

 その様子を、後方からイリーナは静かに見ていた。


(――今は、まだ想定内)


 このまま、簡単に終わるはずがない。


 だが。

 少なくとも、今この瞬間。

 ベルファルド奪還戦は、王国軍優勢で幕を開けた。



 ♢



 王国軍の攻勢は、止まらなかった。


 ハロルドは剣を振るうたびに、確実に敵兵を斬り伏せていく。

 重く、速い。無駄のない剣筋。


「押せ押せ! 帝国も所詮は人間だ!」


 兵たちが応じる。


 一方、アニスは前線やや右寄りで魔力を展開していた。

 足元から広がる蒼白の紋様。

 敵の足運びを鈍らせ、味方の動きを加速させる補助陣。


「右側面、三歩前へ! 詰めすぎないで!」


 冷静な指示。

 彼女の統制の下、王国軍はじわじわと帝国陣を侵食していく。


 帝国兵は確かに強兵が多い。


 一般兵ですら、王国の小隊長クラスと引けを取らぬ者もいる。


 だが――

 今この場の勢いは、王国側にあった。


 ベルファルドを取り戻す。

 その一念が、兵の足を前に出させていた。


「このまま押し切れるぞ!」


 ハロルドが叫ぶ。

 帝国前線が、明確に下がり始めた。


 ――その時。


 戦場の空気が、変わった。


 帝国軍中央が割れる。

 重厚な黒鎧の男が、ゆっくりと前に出てきた。

 長槍を肩に担ぎ、周囲を一瞥する。


「……騒がしいな」


 低く、響く声。

 その男が歩を進めるたびに、帝国兵の動きが整っていく。


「アイツが前線指揮官か……!」


 アニスが目を細める。


 次の瞬間。


 黒鎧の男が地を蹴った。

 爆ぜるような踏み込み。


 槍が横薙ぎに振るわれる。

 王国兵三人が一撃で吹き飛んだ。


「散開!」


 だが間に合わない。

 槍の穂先が閃き、前線が崩れる。

 さきほどまでの優勢が、嘘のように押し返されていく。


「王国軍の中隊長か!その首もらった!」


 その言葉と同時に、槍が一直線にアニスへ向かう。


 ――速い。


 だが。


「甘い」


 アニスは一歩踏み込み、魔力を収束。

 薄青の障壁が瞬間展開され、槍の軌道を僅かに逸らす。


 穂先が頬を掠め、血が飛ぶ。

 だが致命傷ではない。


「ほう、今のを逸らすか。女のくせにやるじゃねえか!」


「あなたが前線の要ね」

「だったらどうした!」


 槍と魔力刃が激突する。


 金属音が響く。

 重い一撃。

 腕が痺れる。


(強い……!)


 力任せではない。


 技量も高い。

 帝国軍が押し返し始める。


 周囲の王国兵は対応しきれてない。

 アニスは一人で、その圧を受け止める。


「ここは……通さない!」


 魔力を更に練る。


 だが、槍の連撃は止まらない。

 防御に回れば、いずれ崩される。


 その瞬間――


 背後から、風を裂く音。


「待たせたな!」


 ハロルドの剣が、黒鎧の側面を狙う。


 帝国指揮官は咄嗟に槍を引き、受ける。

 火花が散る。


「ほう、もう一人か!」

「二対一だ。文句はないな?」


 ハロルドが笑う。


 アニスが息を整える。


「援護感謝するわ」


「お前一人で抱えるな。前線は二人で支えるもんだ」


 短い言葉。

 それだけで呼吸が合う。


 帝国指揮官が舌打ちする。


「一人増えたからといって、調子に乗るな!」


 槍が旋回。


 だが今度は違う。


 アニスが魔力で軌道を制限し、

 ハロルドが踏み込む。

 連携。

 圧力。


 じわりと、帝国指揮官が押される。


「ぐっ……!」


 槍の柄が軋む。

 アニスが一瞬、魔力を集中させる。


「今よ!」


 地面に刻まれた紋様が発光。


 黒鎧の足元が凍りつく。

 動きが止まった、その刹那。


「ハァッ!!」


 ハロルドが渾身の一撃を振り下ろした!


 鋼が裂ける音。

 黒鎧の胸甲が割れ、血が噴き出す。


「……見事だ」


 帝国指揮官は膝をつき、

 ゆっくりと倒れた。


 その瞬間。

 帝国前線が大きく揺らぐ。


「今だ! 押し込め!」


 ハロルドの号令。

 王国軍が再び勢いを取り戻す。

 戦場は、再び王国優勢へと傾いた。


 だが――


 後方でそれを見ていたイリーナは、目を細める。


(……一枚目が出た)


 これで終わるはずがない。

 本命は、まだ動いていない。


 ベルファルドの戦は、ここからが本番だ。



 ♢



 王国軍は、ベルファルドを遠望できる丘陵地に陣を敷いた。


 城壁の輪郭が、月明かりに淡く浮かぶ。


 あの向こうが、奪われた地。

 焚き火の灯が、静かに揺れている。

 勝利の余韻はある。だが、誰も浮かれてはいない。


 今日の勝ちは、あくまで前哨戦だと全員が理解していた。


 夜は更ける。


 ――にも関わらず。


 陣地の外れ。

 人気のない場所で、一人、魔力が収束する音が響いていた。


 ヴィンスだった。


 片手を前に掲げ、空間を歪ませるほどの魔力を凝縮させている。

 放ち、霧散させ、また練る。


 額には汗。

 呼吸は荒い。

 それでも、止めない。


 ――もっと。

 ――もっと鋭く。

 ――もっと深く。


 魔力の密度を、限界まで高める。


「……」


 背後に気配。


「こんな時間まで訓練とは、熱心なことだな」


 低く、落ち着いた声。

 中隊長マグナス・グレンヴァルド。


 ヴィンスは一瞬だけ視線を向ける。


 それだけ。

 何も言わず、再び魔力を練り始める。


 空気が震える。


 マグナスは腕を組み、しばらく黙って見ていた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「それ以上は、明日の戦に差し支える」


 ヴィンスは答えない。

 魔力の光が強まる。


「何がそこまでお前を動かす?」


 沈黙。


 数秒。


 やがて、ヴィンスが小さく吐き出す。


「……負けたくない奴がいる」


 それだけだった。


 だが。


 マグナスは目を細める。


(……オリビアか)


 名は出さない。

 だが、分かる。


 あの戦い。叩きのめされた日。


 あれ以降、ヴィンスの魔力は明らかに変わった。


 鋭さが増した。

 密度が増した。


 そして何より――執念が宿った。


「……復讐か?」


「違う」


 即答だった。


「追いつく。

 追い越す。

 それだけだ」


 短い言葉。

 だが、揺らぎはない。

 マグナスは小さく息を吐いた。


「向上心は結構だ」


 一歩、近づく。


「だがな。死ねばそれまでだ」


 ヴィンスの魔力が、一瞬だけ揺れる。


「お前がいくら強くなろうと、戦場は理不尽だ。

 不意打ち、騙し討ち、闇討ち、暗殺……油断すれば、あっさり終わる」


 マグナスの視線は、どこか遠い。


「強くなるのはいい。

 だが、生き残ることを最優先にしろ」


 ヴィンスは、しばらく黙っていた。

 やがて、魔力を霧散させる。


「……分かってる」


 それが本心かどうかは、分からない。

 だが、少なくとも今は止めた。


 マグナスは満足げに頷く。


「明日は本命が出る。

 今日みたいな相手じゃない」


 ベルファルドの城壁を見やる。


「その時、必要になるのは冷静さだ。

 感情に任せた力じゃない」


 ヴィンスも同じ方向を見る。

 月に照らされた城。


「冷静に……叩き潰す」


 その声音は、凍るほど静かだった。

 マグナスは口元を僅かに緩める。


「……上出来だ」


 踵を返す。


「無茶はするなよ」


 少し間を置いて。


「死ねば、それまでだ」


 そう言い残し、闇の中へ消えていく。

 残されたヴィンスは、しばらくベルファルドを見つめていた。

 拳を握る。


(負けない)


 静かな誓い。


 やがて彼も、陣へ戻る。


 明日。

 本命との戦いが始まる。

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