第七十八話 それぞれの本音
(帝国軍・控え室)
オリビアが休憩を宣言すると、三勢力はそれぞれ用意された控え室へと引き上げた。
帝国側の控え室は、石壁に囲まれた簡素な一室だった。
扉の外には側近たちが控え、一定の距離を保って立っている。
中の会話が、外に漏れないように。
部屋に入ったのは三人だけ。
レオン伯爵。
副官カール。
そして、もう一人の副官レニエ。
レオンは外套を椅子の背に掛け、ゆっくりと腰を下ろした。
その動作に、先ほどまでの張り詰めた空気はない。
沈黙を破ったのは、カールだった。
「……今回の件、どうされるおつもりですか」
慎重な言い方だった。
だが、その声色に迷いは隠せていない。
レオンは、すぐには答えない。
指を組み、天井を見上げてから――
「カール。お前はどう思う?」
問いを、投げ返した。
カールは一瞬だけ言葉を探し、やがて息を整える。
「……悩ましいですが提案は、受けるべきかと」
レオンの口元が、わずかに緩む。
「ほう。その心は?」
「まず、利があります」
即答だった。
「あれほどの素材が安定して手に入るなら、帝国にとって得られる利潤は計り知れません」
一拍。
「それに、このまま戦えば、我々が勝つでしょう
……ですが」
カールの声が、少し低くなる。
「王国軍が劣勢になった際、ベルファルドを焼き払う可能性があります。街そのものを人質に取られているようなものです」
レオンは、黙って聞いている。
「仮にそうなった場合、セレスティアが撤退し……
森に引きこもれば……あの素材は、二度と手に入らない」
言い切った。
「つまり、今は――
戦争を続けるほど、損をする局面です」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
「ハッハッハ!」
レオンの朗らかな笑い声が、部屋に響いた。
「まったく、同感だ。
私も、受けていいと思っておった」
「……では、なぜ」
カールは思わず問い返す。
「あの場で、あそこまで渋られたのですか?
流れ次第では、破談もあり得ました」
レオンは、肩をすくめた。
「次に、何を出してくるのか
それが、気になってな」
そして、視線を思い出すように細める。
「見ただろう、カール」
「あの者たちの後ろに控えていた連中の防具を」
「……ミスリル聖銀製でしたね」
カールは苦々しく答える。
「レオン様ですら、正式に着用を許されていない品を……」
「ああ」
レオンは、楽しそうに頷いた。
「まだ、何かある。間違いなくな」
♢
「……ところで、レニエ」
レオンが、不意に声をかける。
「先ほどから、何をしておる?」
部屋の隅。
壁に向かって何かをしていたレニエが、ようやく振り返った。
右手に、小さな石。
つるつるに磨かれ、鈍く光っている。
「石、磨いてた」
淡々とした返答。
「……」
カールは一瞬、言葉を失う。
「お前は……こんな大事な話をしている最中に
またその辺で石を拾ってきて……」
額に手を当て、天を仰いだ。
「本当に、どういう神経をしているんだ……」
だが、レオンは気にした様子もなく、
レニエの手の石を一瞥して、口元を歪めた。
「……磨きがいのある石だったか?」
「うん。悪くない」
短い返答。
そのやり取りを聞きながら、
レオンは、静かに確信する。
(――次の一手は、必ずある)
この会談は、まだ始まったばかりだ。
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(王国軍・控え室)
王国軍に用意された控え室は、帝国側と同じようなものだった。
窓は小さく、石壁には余計な装飾もない。
軍の会議に使われる、実用一点張りの部屋だ。
扉が閉まり、外の気配が遠のく。
室内に残ったのは二人。
赤髪の女大隊長、イリーナ。
そして、副官――中隊長マグナス。
イリーナは椅子に腰を下ろすなり、短く息を吐いた。
「……で」
視線を上げずに、切り出す。
「どう思う?」
マグナスは一拍置いた。
言葉を選んでいるというより、覚悟を決めている間だった。
「……イリーナ大隊長は、表では断りましたが」
はっきりと言う。
「私は、受けるべきだと思いました」
イリーナの口元が、わずかに歪む。
「理由を聞こうか」
「現状、我々がベルファルドを制圧している。
表面上は、有利です」
マグナスは事実から入った。
「ですが……
師団長から、“あの指令”が出ています」
イリーナの視線が、鋭くなる。
「あの指令、ね」
マグナスは頷いた。
「マイケル大隊長と、その麾下部隊を――
丸ごと失ったから出た、あの指令です」
重い言葉だった。
王国軍の中でも、痛手の象徴。
一個大隊の喪失は、数字以上の意味を持つ。
「他の大隊が穴埋めに回っていますが……
負担は、限界に近い」
マグナスは、淡々と続ける。
「イリーナ大隊長の部隊も、例外ではありません」
沈黙。
イリーナは、何も言わない。
それが、肯定であることをマグナスは知っていた。
「守りに入れば、押し込まれる」
「だからこそ、ベルファルド攻略では……
正直、かなり無理をしました」
補給線。
人員。
疲弊。
すべてが、綱渡りだ。
「この状況で、帝国が本腰を入れて攻めてきた場合――」
マグナスは、そこで言葉を切った。
「……どう見積もっても対応できません」
イリーナは、短く笑った。
「それだけで、充分な理由だな」
マグナスは、口を閉じる。
反論はない。
イリーナは、腕を組んだまま天井を見上げた。
「しかも、だ」
声が低くなる。
「極めつけは、イストガレスの連中も暴れだした。
情勢は、まだ荒れる」
マグナスの眉が、わずかに動いた。
「……ならば、尚のこと
提案は、受けるべきでは?」
真っ直ぐに、言う。
「受ければ、帝国と一時的にでも利害が一致する。
イストガレスが動いた際、共同戦線を張れる可能性すら出てきます」
至極真っ当だ。理屈は正しい。
イリーナは、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「ああ……その通りだ」
そして、ぽつりと続けた。
「さっきの会談でさぁ……あの女」
マグナスは、視線を上げる。
「オリビア」
イリーナは、口角を上げた。
「顔に書いてあった」
「“これで終わりじゃない”ってな」
勘。
軍人としての、本能。
「まだ、何か出してくる。
そういう顔をしてた」
マグナスは、小さく頷いた。
「……帝国も、同じことを感じているでしょう」
「だろうね」
イリーナは立ち上がり、扉の方を見る。
「だったら、受けるかどうかは、その“次”を見てからだ」
拳を、軽く握った。
「王国は、これ以上もう無理が効かない」
「でも――」
視線が、鋭くなる。
「ここで退く気も、ない」
控え室に、再び静寂が落ちる。
三勢力は、まだ交わらない。
だがそれぞれが、
同じことを感じ始めていた。
――この会談は、まだ続く。




