第七十六話 災厄
リュカ達雷閃師団が出立したころ、イストガレス軍は行軍を続けていた。
「次はあれだな」
トアは遠くに見える要塞都市国家ウェスティンを指している。
「あーしはパスするー。
武器ないし」
リズは未だに不貞腐れている。
「お前はいつまで不貞腐れてんだ」
トアは呆れ顔でリズの方を向く。
「あの国には目ぼしい者はおるのか?」
レグナは笑みを浮かべトアに尋ねる。
「たしか...」
トアは思い出そうと空を見上げる。
「はぁ...あそこにはガレフっていうめちゃくちゃ強い傭兵がいるらしいよ」
リズは忘れっぽい兄の代わりに答える。
「あ、そうそう!ガレフ!」
「武を極めるのにはもってこいの相手と言うことですね」
エルサはワクワクした表情をしている。
「こりゃ、取り合いか?」
トアはニヤニヤしている。
「確か、西側では最強の傭兵団と聞き及んでますね」
「ほほぉ、それならなかなか楽しめそうだな」
トアは自然と刀に手が伸びる。
「レグナ、今日はここで野営しよう。
もう日が落ちる。
出立は明日の朝だな」
トアは冷静さは欠いていなかった。
「あぁ、そうだな。
全軍!今日はここを野営地とする!
準備せよ!」
レグナは後ろの軍に声を飛ばすと一般兵たちは一斉に準備を始める。
そうして、食事を摂り、各々のテントで休んだ。
翌朝ーー
イストガレス軍と向き合うウェスティン軍。
青の軍服に身を包み、毛色の違う傭兵団も混じっている。
「ざっと八万かー。
数では劣勢だな」
トアは静かに黒刀を抜く。
「我々は元より個の強さの集団。
数など負ける理由にならん。
負ければ死ぬ、それだけだ」
レグナは狂気にも似た目を見開いて剣を抜く。
「私の初陣。
とくとご覧にいれましょう!」
エルサも両手に剣を抜く。
ウェスティンの総大将がなにやら口上を述べている。
が、レグナはそれを無視し、
「やれぇぇぇぇ!!」
一気に号令を掛けた。
全軍がレグナを筆頭に地響きを鳴らして走り出す。
「あ、あやつら戦場の礼儀という物を知らんのか!」
ウェスティンの総大将は常識が効かないイストガレス軍に苛立ちを覚える。
「全軍!野蛮人どもを迎え撃てーー!!!」
ウェスティン軍も全軍で迎え撃つ。
(おそらくあやつがガレフか...)
レグナは発せられる魔力量からガレフの位置を把握する。
「トア、妾はガレフとやらを殺る。
ほかは任せる」
そういうと一人で突っ込んで行った。
レグナは向かってくる一般兵を蹴散らし、進む。
レグナの存在に気付いたガレフは持てる魔力を解放し、魔力圧を放った。
「ヘヘッ、あの金色の女王が相手なら久しぶりに本気が出せるってもんだぜ」
ガレフはそう言うと今までとは比にならない魔力を纏う。
空気が震え、音が鈍くなる。
戦場のボルテージが一段上がった。
その頃イストガレス軍本陣のテントではーー
リズと一人の少女が居た。
桃色の髪の毛に八重歯を除かせる口元。
エルフの様だが少し短い尖った耳。
無邪気な笑顔を見せる少女。
ルゥ・ナビアである。
(ん?この感じ...)
「リズ!ちょっと待ってて」
そういうとルゥはテントを出た。
「え?ルゥ!ちょっと待って!」
リズは慌てて追いかけるが...
「まじ?もういない...
はぁぁ...やっちゃった」
リズは大きくため息をつき肩を落とす。
戦場ではレグナとガレフが相対する直前だった。
二人の周りにはウェスティンの兵士、傭兵団の人間が転がっていた。
レグナがガレフに向かって一歩踏み出そうとした次の瞬間ーー
「な、なんだこの化け物みてーな魔力圧は!!」
その場にいたレグナ、トアを除く全員の鼓動が跳ね上がる。
本能的に体が拒絶する。
鼓動が早くなり、汗が噴き出て、呼吸が浅くなる。
そして、視界が歪む、いや、視界ではない。
空気そのものがあまりの魔力の濃さに耐えられず歪んでいるのである。
その歪みから一つの影が近づいてくる。
「まさか...」
レグナはやれやれと言った顔をする。
「リズ、ちゃんと見てろって言っただろ」
トアは残念そうな表情をしながらその魔力が見えずとも感じていた。
「おじさん、ルゥと遊ぼうよ」
普通に見れば可愛い少女だが、ガレフから見るその可愛い少女は【死】そのものに見えた。
その少女の周りの空気が嫌がるほどに濃い魔力。
地面ですら彼女の魔力の圧に耐えきれずに抉れている。
防具も武器すらも持ち合わせていない。
もはやその存在が凶器というように少女の周りの空間が悲鳴をあげているようだ。
「ルゥ、今ワクワクしてるの!
おじさん強そうだし!
だからルゥと遊ぼ」
そう言った刹那。
目の前に来たその少女から、なんの変哲もない右ストレートが飛んでくる。
ガレフは見たことのない濃さの魔力が纏われているのをその拳に見る。
唸りすらなくこちらに向かってくる少女の拳を、ガレフの体は本能でありったけの力、ありったけの魔力を込めて盾を構えさせた。
どごおおおおおおおん!!
耳を破裂させそうな爆音と共に感じたことのない衝撃がガレフを襲う。
その衝撃はブラックモア帝国の飛空艦を盾一枚で受け止めたかの様な、いや、それ以上だった。
「あははー!
さすがにあんなのじゃだいじょぶだよねー!
次行くよー!」
桃色の髪を靡かせながら、まるで子どもが楽しく遊んでいるかの様な笑顔で拳を繰り出していく。
尋常ではない密度の魔力と衝撃波と共に。
だが見るからに本気ではない。
数発の拳を放った後。
ガレフの意識は無く、物理的にかろうじて立っているだけだった。
「ここまで遊んでくれてありがと!
ちょっとだけど楽しかったよー!
最後はちょっとだけ強くいくねー!」
少女はそう言うと飛び上がり、下にいるガレフに向けて狙いを定める。
そしてーー
バチバチッ
拳に集約されていく先程とは比べ物にならない密度の魔力に空気が耐えきれずに悲鳴を上げるかの様に音を立てる。
少女は拳を一気にガレフへ向かって振り抜いた。
拳が当たった盾は粉々に砕け散っていく。
盾が無くなり生身となったガレフの強靭な肉体は、その衝撃に耐えきれずに血を噴き出す間もなく骨ごと飛び散っていく。
ばごおおおおおおおおん!!!
「よし!おーわりッ」
少女がパンパンと手を払うと、そこには大人八人分くらいの直径のクレーターだけが出来ていた。
そして、先ほどの本能的に死を思わせるほどの魔力圧は嘘の様に無くなっていた。
同時に戦場から音が消える。
その場にいるウェスティン兵全員があまりの衝撃的な出来事に息をすることさえ忘れていた。
「ルゥ!勝手にテントを出るなと言っておるだろう!」
レグナはすかさず桃色の髪の少女に怒る。
「だってー、楽しそうな感じがしたんだもん」
ルゥは不貞腐れている。
「ま、待て!貴様ら!
ま、まだ我らは負けてはおらぬぞ!
そこの桃色の髪の女!
わ、わしと戦え!」
ウェスティンの総大将は、声を裏返しながらもルゥに剣を向ける。
「うーん、おじさんは楽しい感じしないからいいや。
それにお腹空いたし。
レグナちゃん、ルゥは帰るねー」
そういうとルゥは走って帰って行った。
ウェスティンの兵は誰一人としてルゥを追いかけなかった。
いや、追いかけることを体が拒否していた。
その後、レグナ達はウェスティンを落とし、領土を拡大したのだった。




