第七十五話 雷閃師団
オリビアたちがイストガレスと刃を交えた、その数日後――
ブラックモア帝国の中枢では、不穏な空気が満ちていた。
重厚な石造りの回廊を抜け、部屋へと駆け込んできた一人の一般兵が、息を切らして膝をつく。
「報告致します!
ベルファルドがセレスティアの手に落ちたとの報告が来ました!
また現場に向かっていた、レオン伯爵はまだ駐在しているとのことです!」
簡潔だが、内容は重い。
それを受ける男は、口の端を歪めた。
「来たな……」
低く、噛みしめるような声。
「オリビア・エルフォード。
ベルファルドなんて関係ない。
お前が表に出てくるのを待ってたんだ」
拳が、ぎしりと音を立てて握り込まれる。
「今度こそ、ぶっ飛ばしてやる」
次の瞬間――
バチンッ!!
バチンッ!
雷が、男の拳から床へと弾け飛んだ。
黒曜石の床に走る紫電が、空気を焼く。
「う、うわぁ!」
一般兵は悲鳴を上げ、慌ててその場から逃げ出した。
「そんなに盛ってちゃ、逃げられちゃうわよ?
団長さん♡」
甘く、からかうような声。
柱の影から、しなやかな肢体を揺らして一人の美女が姿を現す。
黒衣に身を包み、微笑みを貼り付けたその女――シェリルだった。
「……シェリルか」
リュカは鼻を鳴らす。
「ふんっ。今度は逃がさないさ。
次こそは……」
「ふふっ。えらくあの中隊長さんに御執心なのね〜」
シェリルは指先をひらひらと振り、楽しげに笑う。
「あの女は強い。
それは確かだ。
理由など、それで充分だ」
「でも、しつこい男は嫌われるわよ?」
そう囁くと同時に、シェリルの姿は闇へと溶けるように消えた。
「……ふん、得体の知れないやつめ」
リュカは吐き捨てるように言い、グラスに注がれた葡萄酒を一気に飲み干した。
コンコンッ。
扉を叩く音。
「だんちょー、そろそろいくのです?」
ちょこちょこと軽い足音を立てて現れた、小さな影。
少し尖った耳。
金髪のツインテール。
雷閃師団団員――ガーネ・ブロムハート。
見た目は幼い少女だが、その実、百年以上を生きるドワーフ。
長き修練の果てに得た格闘術と魔法は、師団でも随一だった。
「あぁ、出るぞ」
リュカは短く答え、得物を手に取る。
「やっとか、団長」
低く響く声。
そこに立っていたのは、巨大な体躯を誇る猫耳族。
ライオンの血を引く男――レオ・ライオネル。
「ようやく我も、噂の銀の戦乙女と相見えることができる」
立っているだけで、百獣の王の威圧感が周囲を圧する。
「ヴが……」
その背後から、低い唸り声。
深い森の奥に棲むという戦闘民族。
言葉を持たぬ狂戦士――ザルグ・ヴァルグ。
理性よりも本能で戦う存在。
通常の戦術など、彼の前では意味をなさない。
リュカは三人を見渡し、口角を上げた。
「全員集まったようだな。
ようやく獲物が出てきたんだ」
一歩、踏み出す。
「ここで、みすみす見逃せない。
いくぞ!」
雷閃師団は、その命令を合図に動き出した。
獣、死神、老練なる拳。
そして――雷を纏う狂戦士。
彼らは今、セレスティアとの戦いへ向け、進軍を開始したのである。




