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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第七十三話 静かな朝、重なる報せ



 ベルファルドの朝は、いつもより静かだった。


 石造りの建物に囲まれた中庭。

 朝霧がまだ薄く残り、遠くで鍛冶槌の音が小さく響いている。


 簡素な会議室に、セレスティアの主要な顔ぶれが揃っていた。

 円卓の上には地図。


 森、街道、そして――プラチナム。


 オリビアは腕を組み、壁に背を預けていた。


 戦乙女の鎧ではなく、軽装。

 だがその眼差しは、戦場と変わらない鋭さを宿している。


「……それじゃ、報告をお願い」

 

 促され、アリアが一歩前に出た。

 長旅の疲れは残っているはずなのに、その背筋は凛としている。


「大きく3つありますが……まず、王国の件からお話しします」


 室内の空気が、わずかに引き締まった。


 ♢


「ひとつめ。王国との交渉とその結果です。

 結論から言えば……戦争そのものは、止められませんでした」


 アリアははっきりと言った。

 取り繕いも、言い訳もない。


「王は、国としての体面と軍部の意向を優先しました。

 “今は引けない”――そういう判断です」


 誰も驚かなかった。

 それほどまでに、状況は煮詰まっている。


 だが――


「ただし」


 アリアの声が、わずかに柔らぐ。


「貧民街を中心に、プラチナムへ行きたい人たちには道を示しました」


 地図の一角、王都の外れを指でなぞる。


「戦争で職を失った者、住む場所を追われた者。

 彼らの多くは、“戦う理由そのものを失っている”人たちです」


 エヴァが小さく息を呑んだ。


「彼らは、王国ではもう未来を描けない。

 だから……プラチナムを“逃げ場”じゃなく、“新しい居場所”として選びました」


 オリビアは静かに頷いた。


「……王国は無理に引き留められなかった、ってことね」

「はい」


 アリアは真っ直ぐに答える。


「それが、今の王国の現実です」


 ♢


「ふたつめ。 森での異変――拠点が王国軍に狙われ始めました」


 次に、アリアの表情が引き締まる。

 指先が、森の深部――プラチナム周辺を示す。


「拠点に戻る直前……王国軍の一部隊が、スフォンジーの森に侵入してきました」


 室内がざわついた。


「ただし、正規の進軍ではありません

 一部隊の小規模でした。皇太子特命の偵察、もしくは探査目的と思われます」


 オリビアが目を細める。


「……侵入した王国軍は、どうなった?」


「拠点まで辿り着けず森の敵性生物の待ち伏せに襲撃され、対応できず即座に撤退しました」


 短く、だが重い言葉。


「森の奥地や拠点まで踏み込む準備や戦力は、まだ投入されていません。

 ですが――」


 アリアは一度、言葉を切る。


「“探している”のは確かです。

 プラチナムを。……私たちの拠点を」


 沈黙。

 今、そこを守っている顔が、全員の脳裏に浮かぶ。


「現在は、カイルたちが防衛に当たっています

 今のところ被害はありませんが……時間の問題でしょう」


 オリビアは拳を軽く握った。


「本腰を入れる前段階、ってわけね」


 戦争は、もう遠くの話ではなかった。


「みっつめ。ちょうど来られましたね」


 重苦しい空気を、軽い足音が破る。


「にゃー……なんか、空気重くにゃい?」


 会議室の扉が開き、ぴょこんと猫耳が現れた。

 キットン・マーナ。


 腰に荷袋、目はきょろきょろ、耳は忙しなく揺れている。

 オリビアは一瞬、その姿を見て――小さく笑った。


「猫耳族……珍しいわね」

「お、気づいてくれたにゃ?」


 キットンは胸を張る。


「おみゃーが銀の戦乙女かにゃ。噂は山ほど聞いてるにゃ」


 にやり、と商人の笑み。


「交渉の道具は、あたしに任せるにゃ」


 アリアが紹介する。


「こちら、キットン・マーナさん。

 王都で出会った商人で……今回の会談に、ぜひ力を貸したいと」


「金の匂いがするところに、あたしはいるにゃ」


 即答だった。

 オリビアは肩をすくめる。


「正直で助かるわ」


「むふふふ。任せるにゃ!

 早速だけど拠点から持ってきた素材、加工先にいいツテがあるから見積もりとか話してきていいかにゃ?」


 それらしい素材を箱いっぱいに入れて持っており、キットンはもう落ち着かない様子だ。


「えぇいいわよ。どんなモノ作るのか、また教えてね」


「よし! さっそく職人と会ってくるにゃ!

 エルドゥ! 荷物運ぶの手伝えにゃ!」

「お、おい! いきなり叩くな!」


 バシバシと背中を叩かれ、エルドゥが文句を言う。


「いいからいいから! 商機は待ってくれないにゃ!」


 嵐のように去っていく猫耳を見送り――

 会議室に、少しだけ笑いが戻った。


(森の素材に詳しいエルドゥも付いているならば大丈夫)


 オリビアは地図に視線を戻す。


 森。

 拠点。

 王国と帝国。


(……剣を抜くには、まだ早い)


 その代わりに、別の“武器”を用意する必要がある。


「――話は聞いたわ」


 オリビアは静かに言った。


「戦場は、もう森の外にある」

「なら、私たちは“戦わずに済む場所”を作る」


 アリアと視線が交わる。


 この朝の情報共有は、

 剣の音ではなく――価値と交渉の始まりを告げていた。



 ※※※



 石畳の道を、軽快な足取りが進んでいく。


 荷車の上には、森から運び出された素材の数々。

 魔力を帯びた木材、硬質な獣骨、変わった形をした謎の物体。


 その横を、鼻歌交じりで歩く猫耳がいた。


「ふんふふ〜ん♪

 これは売れるにゃ〜、絶対に売れるにゃ〜♪」


 耳がぴこぴこ揺れ、尻尾まで機嫌よく左右に振れている。

 荷車を引くエルドゥは、半眼でその背中を見た。


「……やけに嬉しそうだな」

「そりゃそうにゃ!」


 キットンは振り返りもせずに即答する。


「戦争の影、王国と帝国の板挟み、価値ある素材、腕のいい職人!


 この条件が揃ってテンション上がらない商人はいないにゃ!」


「……よく分からんが、元気なのは結構だ」


 エルドゥは肩の力を抜きつつ、周囲を見渡す。


 ベルファルドの街並みは、どこも“働いている”匂いがした。

 打ち鳴らされる金属音。

 炉から立ち上る熱気。

 職人同士の短いやり取り。


 戦争の影は確かにある。

 だが、この街は――それでも“作ること”を止めていなかった。


「にゃー、やっぱいい街だにゃ、ベルファルド」


 キットンが感心したように言う。


「王都は人が多すぎるし、帝国は管理が堅すぎる。

 ここはちょうどいいにゃ」

「ちょうどいい?」

「そう」


 キットンはくるっと振り返り、指を立てた。


「腕は一流、立場は中立、金には正直。

 だけれども……」


 エルドゥの顔をちらりと見て、にやり。


「戦争で儲けるのだけは嫌な人が多い」

「……ああ」


 エルドゥは短く頷いた。


 ベルファルドは、工房の街だ。もちろん武器も作る街だ。

 だが、無意味な殺しのために刃を打つ者は、ここでは嫌われる。


「だからこそ、今回の素材は“効く”にゃ」


 キットンは自信満々だった。


「これをただの武器にするんじゃなくて、

 “価値ある品”に変えられれば――」


 その先は、言わなくても分かる。

 王国にも、帝国にも、言い分が立つ。

 どちらか一方の専売にならない、“交渉の種”。


「……商人ってのは、やっぱ厄介だな」


 エルドゥがぼそりと言う。


「褒め言葉だにゃ?」

「半分な」


 そんな会話を交わしているうちに、

 街の一角、古びた工房の前でキットンが足を止めた。


 看板は煤で黒ずみ、

 だが扉の向こうからは、確かな熱と音が漏れている。


「ここだにゃ」

「顔馴染みか?」

「まーにゃ」


 キットンは胸を張る。


「腕は保証するにゃ。気難しいけど」


 扉を、遠慮なく――


「親方ぁ!! 久しぶりにゃ!!」


 がらん、と音を立てて開く。

 中から、低く太い声が返ってきた。


「……うるせぇ猫だと思ったら、キットンか。生きてたのか」


 炉の前に立っていたのは、白髪混じりの屈強な男。

 筋肉と煤にまみれた、典型的なベルファルドの職人だった。


「失礼だにゃ! あたしはしぶといにゃ!」


 キットンは荷車を示す。


「で、今日はとびきりの仕事を持ってきたにゃ」

「森の素材。しかも――」


 親方の目が、荷に向いた瞬間。

 空気が変わった。


「……ほう」


 一歩、近づく。

 素材に触れ、叩き、匂いを嗅ぐ。


「……これは。 面白ぇもん持ってきやがったな、猫」


 親方の口元が、わずかに歪む。


 その表情を見て、

 キットンの耳がぴん、と立った。


(――かかったにゃ)


 エルドゥはその様子を見て、静かに思う。


 ここから始まるのは、戦いではない。

 だが――戦争を動かす“別の戦場”だ。


 炉の火が、静かに燃え上がっていた。


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