第七十一話 勝者
張り詰めていた空気が、まだ完全には緩みきらない平原で、
イストガレス女王レグナ・イストガレスは、悠然と立っていた。
戦いの終わりを告げる歓声が、ようやく遠くで静まり始めた頃――
その声は、はっきりと響いた。
「勝者はオリビア・エルフォード。
貴様だな」
断定。
称賛でも祝福でもない。
ただ、結果を告げる言葉だった。
どこか楽しそうな笑みを浮かべながら、レグナは続ける。
「リズ、下がれ」
名を呼ばれ、リズは一瞬だけ歯噛みするようにオリビアを睨みつけた。
悔しさと、認めたくない敗北。
だが、女王の命令に逆らうことはない。
舌打ち一つ残し、しぶしぶと後方へ下がっていった。
レグナの視線が、再びオリビアへと向けられる。
まるで獲物を値踏みする捕食者の目だった。
「オリビア・エルフォード。
リズを倒すとはなかなかに腕が立つ。
どうだ、妾の元へ来ぬか?」
その誘いは、甘美であり、同時に拒絶を許さぬ響きを持っていた。
「それはお断りさせてもらうわ。
約束通り、ベルファルドには手出ししないでもらう」
オリビアは一歩も退かず、きっぱりと言い切った。
レグナは、ふんと鼻を鳴らす。
「ふんっ、まぁよい。
それくらいで無くてはつまらんからな」
そう言い捨て、マントを翻す。
「そうだ。
一つ教えておいてやろう」
振り返り、真紅の瞳が鋭く光る。
「妾達は武力を持ってこの世界を平定する。
その覇道を阻むのならば、貴様とて容赦はせぬ。
よく覚えておれ」
それは警告であり、宣告だった。
イストガレス帝国一行は、そのまま何事もなかったかのようにベルファルドを通過していく。
誰一人、振り返ることはない。
「はぁぁぁぁ、なんだってんだいったい……」
サンドが大きく息を吐いた。
張りつめていた緊張が一気に解け、
王国兵たちからも安堵の声があちこちで漏れ始める。
「ほんとにそれ! ヒヤヒヤしたよ!」
ラウニィーが、ずっと堪えていたかのように声を張り上げた。
オリビアは、遠ざかるイストガレスの背を見つめながら呟く。
「イストガレス帝国……なんて強さなの……」
剣を交えたからこそ分かる、リズの力量。
そして、その遥か上に立つであろうレグナとトアの“格”。
「あの死神姫に勝つなんて……オリビア・エルフォード。
思ってた以上に強い……元々中隊長とは聞いていたが、明らかにそれ以上の強さだ」
ラグノはそう言い、わずかに身震いした。
嵐のような時間が過ぎ、
オリビアたちはそれぞれの宿へと戻っていた。
「聞いたことがあるわ」
エヴァが、湯気の立つマグカップを手に話し始める。
「イストガレス帝国の双竜。
当時はまだ十四歳だった二人が、その強さだけで一国の軍を半壊させた……って」
「それが、あの二人ってことか?」
サンドは、あの圧を思い返し、顔をしかめる。
「えぇ。
今のイストガレスは、過去最強と言っても過言ではないわ」
エヴァの額に、薄く冷や汗が滲んだ。
「そんなのも相手にしないといけないのは、ちょっと骨が折れるわね」
ラウニィーの笑顔は、珍しく影を帯びていた。
「そうね。
帝国、王国、そしてイストガレス」
オリビアは、ゆっくりと前を見据える。
「道のりは険しいわ。
でも、私たちセレスティアのやることは変わらない。
戦争を無くし、平和な世を築く。
それだけよ」
自分自身に言い聞かせるように、静かに告げた。
その時だった。
トントントン。
扉を叩く音。
「どうぞ」
ラウニィーが応じる。
「みなさん、お待たせしました」
「アリアー! おかえり!」
ラウニィーが勢いよくアリアを抱きしめる。
「ラウニィーさん、い、息が……」
柔らかな胸に顔を埋められ、アリアがもがく。
「あ、ごめん、つい」
その光景に、重かった空気が少しだけ和らいだ。
こうして――
ベルファルドに、セレスティアは集結したのだった。




