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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第六十六話 森が拒むもの

 スフォンジーの森は、今日も深い緑に沈んでいた。


 枝葉の隙間から差し込む光は淡く、足元の苔と腐葉土を鈍く照らしている。


 その森の奥、王国軍の進軍路から外れた高所で、八つの影が息を潜めていた。


 アリア、クレア、リーヴァ、エルドゥ、セレナ、フィオ、カイル、キットン。


 エルフの斥候からもたらされた報せは、簡潔だった。


 ――王国軍、中隊規模。森へ侵入。


 その一報を受け、一行は即座に観測地点へと移動していた。

 木々の間から、かろうじて見下ろせる場所。

 葉擦れ一つ立てず、彼らは森の奥を見守っていた。


 やがて。


 遠くで、悲鳴が上がった。

 短く、切り裂かれるような声。

 続いて、怒号と金属音。


 そして、混乱。


「……始まりましたね」


 フィオが、低く呟いた。


 視線の先では、王国兵たちが散開しきれず、森の中で右往左往しているのが見て取れる。


 統率の取れた陣形はすぐに崩れ、四方から何かに追い立てられるように動きが乱れていく。


 エルドゥは、目を細めた。


「あぁ……」


 低く唸るような声。


「やっぱりか。あの中隊長……ロバーツだな」


 その名に、アリアがわずかに視線を向ける。


「知っている人物なの?」


「忘れようにも忘れられねぇよ」


 エルドゥは苦々しく鼻を鳴らした。


「準貴族様で、剣の腕には自信満々。

 レンジャーを見下して、森を舐め腐ってるタイプだ」


 森の奥で、兵が一人倒れた。

 悲鳴が途切れ、別の場所でまた叫びが上がる。


「アイツがここに来たってことは……」


 エルドゥは視線を外さず、続ける。


「ロクな命令じゃねぇ。 たぶん、アリアを狙ってる」


 クレアが、きゅっと唇を引き結んだ。


「……王国は、そこまで」


「ええ」


 アリアは静かに頷いた。


 怒りはない。


 あるのは、現実を受け止めた冷静さだけだ。


 森の中の戦いは、長くは続かなかった。


 王国軍は抗い、押し返そうとする。


 一瞬、前線が整ったようにも見える。


 だが、すぐに別方向から崩れる。


 包囲。分断。敗走。


「……あっさり、敗退してしまいましたね」


 フィオの声は淡々としていたが、その奥にわずかな憂いが滲んでいた。


「森に入る覚悟が、足りてない」


 カイルが短く言う。


「ここは、人の戦場じゃない」


 やがて、生き残った兵たちが森の外へと逃げていくのが見えた。


 追撃はない。


 森は、侵入者を追い払っただけだ。


 沈黙が戻る。


 その沈黙を破ったのは、リーヴァだった。


「……で、どうする?」


 腕を組み、仲間たちを見回す。


「王国軍が本腰入れて動き始めたってことだよね。

 さすがに、士官クラスが全員拠点を離れるのは危険じゃない?」


 その言葉に、皆が頷いた。


 拠点には防壁がある。


 結界もある。


 だが、戦える人間がいなければ意味がない。


 その時だった。


「アタシは、ベルファルド行くにゃ!」


 キットンが、迷いなく手を挙げた。


 一同の視線が集まる。


「守りも当然いると思うニャ。

 でもアタシには、ベルファルドへ持っていく素材の運用任せておけニャ!」


 エルドゥが、にやりと笑った。


「いいじゃねぇか。

 適所適材ってやつだな」


 アリアは少し考え、ゆっくりと口を開いた。


「そうですね……」


 森の奥を一度だけ振り返り、続ける。


「幸い、拠点には防壁と防衛設備があります。

 全員が出る必要はない」


 視線が、フィオとカイルへ向けられる。


「フィオ、カイル。

 魔法と遠距離攻撃に秀でる、あなたたちに拠点の防衛を任せたい」


 フィオは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに微笑んだ。


「承知しました。

 医療と後方支援は、任せてください」


「敵が来ても、簡単には通さない」


 カイルも短く応じる。


「リーヴァも、残ってほしい」


「了解」


 リーヴァは即答だった。


「工房と結界の管理は、アタイの仕事だね」


 こうして、役割は決まった。


「私とクレア、エルドゥ、キットン、そして戦闘員を一部隊ほど率いて我々はベルファルドへ行き、オリビアさんと合流します」


 前に出る者。


 守る者。


 そして――準備の時間が始まった。



***



 拠点の倉庫では、資材の仕分けが進められていた。


「これは“売る用”じゃないにゃ。 “見せる用”にゃ!」


 キットンが指示を飛ばす。


「特にコイツは価値が分かる相手にだけ、出すにゃ!」


「で、これは?」


 山のような箱を軽々と担ぎ上げたエルドゥが尋ねる。


「それは貴重品で壊れやすいにゃ!雑に扱ったら承知しないにゃ!」


 バシッ!バシッ!


「いってぇ!?」


 キットンの手が、エルドゥの背中に容赦なく叩き込まれる。


「大事に運ぶにゃ!!」


「わかったわかった!!

 叩くな叩くな!!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながらも、エルドゥの足取りは慎重だった。


 その様子を、少し離れた場所からアリアとクレアが見ていた。


「彼らはいつも賑やかですね」


「えぇ、本当に」


 二人は、リーヴァの工房で作られた魔法衣に身を包んでいる。

 ミスリル聖銀を織り込んだ布は、光を受けても鈍く、だが確かな存在感を放っていた。


「アリアもクレアも……よく似合ってる」


 リーヴァが、腕を組みながら言う。

 その声には、職人としての誇りと、少しの寂しさが混じっていた。


「ありがとう、リーヴァ」


 アリアは微笑み、胸元の布を軽く撫でる。


「この装備があるだけで、心強いです」


「はい……大切に使わせていただきます」


 クレアは深く頭を下げた。


 リーヴァは照れ隠しのように鼻を鳴らす。


「ま、無事に帰ってきてくれれば、それでいいさ」


 そう言って、二人の背中をぽんと叩いた。


 準備は整った。


 森の出口で、フィオとカイル、リーヴァが見送る。


「気をつけて」


「拠点の守りは任せろ」


「……絶対、無茶しないでよ」


 その言葉を受け、アリアは静かに頷く。


「必ず戻ります」


 そうして、アリア、クレア、エルドゥ、キットンを中心とした一行は、森を後にした。


 スフォンジーの森は、何も語らず、ただ静かに彼らを見送っていた。


 次に、この森を訪れる者が


 敵か、味方か。


 それを決めるのは――


 これから始まる選択だった。


ーー続く

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