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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第六十四話 準備

 プラチナムの街は、朝の光に包まれていた。


 高く澄んだ空気の中、金属と魔導具の街らしい規則正しい音が、あちこちから聞こえてくる。工房の扉が開閉する音、搬入される資材の擦れる音、遠くで鳴る鍛冶槌の響き。


 その中心部から少し離れた区画で、アリアたちはベルファルドへ向かう準備を進めていた。


 書類の整理、伝令の手配、最低限の護衛と物資の確認。

 どれも地味で、だが欠ければ致命的になる作業ばかりだ。


 ――交渉は、戦場と同じ。


 アリアはそう理解している。


 剣を交えることはなくとも、言葉と立場、そして“示す力”がものを言う。


「アリアー!」


 工房街の通りに、張りのある声が響いた。


 アリアと、その隣にいたクレアが同時に振り向く。

 人混みを縫うようにして、リーヴァがこちらへ駆けてくるのが見えた。


「どうしたんですか、リーヴァ?」


 アリアが問いかけると、リーヴァは息を弾ませながらも、満面の笑みを浮かべた。


「ちょっとさ、思ったんだけど!」


 その目は、明らかに何かを思いついた職人のそれだった。


「アリアとクレアも、これからプラチナムを離れること、結構ありそうじゃん?

 だから道中で身を守れるように、防具を作ったんだ!」


 勢いよくそう言って、リーヴァは二人を交互に見た。


「工房にあるから、二人で見に来てくれない?」

「まぁ……ありがとう。それはすごく助かります」


 アリアは素直にそう答え、柔らかく微笑んだ。


「私にも……ですか?」


 クレアは一瞬目を見開き、驚いた表情を浮かべた後、慌てて背筋を伸ばす。

「ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるその様子に、リーヴァは気にした様子もなく手を振った。


「ほらほら、遠慮はいらないって!」


 そう言って、二人の手を引く。


「行こう、行こう!」


 半ば強引に連れられ、三人は工房へと向かった。

 工房の扉を開けると、金属と薬品、そして布の匂いが混じった独特の空気が鼻をくすぐる。


 奥の作業台の前に、二着の服が丁寧に並べられていた。


「じゃーん!」


 リーヴァが誇らしげに腕を広げる。


「どう? あんまり防具感、ないでしょ?」


 確かにそれは、一見すれば上質な旅装束のように見えた。

 装飾は控えめで、線は洗練されている。戦場を連想させる無骨さはない。


「二人とも魔法メインだなって思ったからさ。

 繊維にミスリル聖銀を織り込んであるの」


 リーヴァは説明に熱が入っていく。


「魔力伝導率がめちゃくちゃ高いから、着る人の魔力に反応して強度が跳ね上がる!

 よっぽどの武器じゃないと、傷すらつかないよ!」


 鼻を膨らませ、腰に両手を当て、胸を張る姿は実に自信満々だった。


「これは……すごいわ」


 アリアはそっと生地に触れた。


 指先に伝わる感触は柔らかいが、その奥に確かな“密度”を感じる。

 一流の品に触れてきたからこそわかる完成度。

 これは偶然や勢いで作れるものではない。


「……」


 クレアはしばらく言葉を失っていたが、やがて小さく息を吸い、口を開く。


「アリア様、リーヴァ様……

 私が、こんなものを着てもいいのでしょうか」


 自分がアリアと同じ装備を身につけることに、少し気後れしているようだった。


「なに言ってんの?」


 リーヴァは即座に言い切る。


「アタイが二人のために作ったんだから、いいに決まってるでしょ」


 当然だと言わんばかりの表情だった。


「さ、二人とも。着てみて!」


 その声に促され、二人は奥で着替える。

 しばらくして戻ってきたアリアとクレアは、ほとんど同時に視線を交わした。


「……すごい」


 アリアが率直に呟く。


「自然と魔力に守られている感じがする。

 それに、重くない……動きやすい」


 腕を軽く振り、その感覚を確かめる。


「これが本当に、剣で傷つけられないなんて……信じられないわ」

「本当ですね」


 クレアもまた、自分の手を見下ろしながら言った。


「着た感じは、普通の服と同じ感覚なのに……」

「リーヴァさんが、これほどの技術を持っていて……

 今まで無名だったなんて、信じられないです」


 アリアの言葉に、リーヴァは頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。


「はははっ。そっかなー?

 それほどかなー……なんて」


 工房の中には、和やかな空気が流れた。

 だが、アリアはその服が守るものの意味を、誰よりも理解していた。

 これは飾りではない。


 自分たちの身を――命を守るためのものだ。

 同時に、それほどまでに自分たちが危険の渦中にいるという事実も。


「……」

 アリアは小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。


「アリア」


 リーヴァが声をかける。


「物資は、どうする?」


 アリアは少し考え、はっきりと答えた。


「これから交渉に入るとすれば、プラチナム、そしてセレスティアの有用性を、他国に理解してもらう必要があります」


 一語一語、慎重に選ぶ。


「言葉だけで済む可能性もあります。

 でも……ここは失敗が許されません」


 視線をリーヴァに向ける。


「だから、こちらが“提供できる資源”ではなく、

【提供してもよい資源】を、いくつか見繕ってほしいです」


 リーヴァは一瞬考え込み、すぐに笑った。


「なるほどね。提供してもいいもの、か」

「切り札は、残しておくべきですから」


 アリアはそう言い、わずかに微笑む。


「アリアは策士だねー」


 リーヴァはそう言いながらも、その目は楽しげだった。


「よし! それじゃあ、いくつか見繕ってくる!

 準備できたら声かけるから、待ってて!」


 そう言って、工房の奥へと向かっていく。

 アリアとクレアは、その背中を見送りながら、静かに息を整えた。


 交渉の場へ向かう準備は、着実に進んでいる。

 だがそれは同時に、後戻りできない場所へ近づいているということでもあった。


 アリアは新たな防具の袖を軽く握りしめる。


 ――守るための準備は、整いつつある。


 その覚悟を胸に、彼女たちは歩き出すのだった。


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