第六十三話 目指すところ
ベルファルドの街は、夕刻を迎えつつあった。
石畳に落ちる陽の角度が低くなり、昼の喧騒を残したまま、どこか落ち着いた空気へと移ろい始めている。
その街の一角、古くから旅人を迎え入れてきた宿屋の一室で、オリビア、ラウニィー、サンドの三人は円卓を囲んでいた。
部屋にはまだ、昼の名残を含んだ温かな空気が残っている。窓から差し込む光が、床板と簡素な調度品を淡く照らしていた。
――これから、どう動くべきか。
言葉にはせずとも、三人の思考は同じ場所を巡っていた。
帝国、王国、そしてセレスティア。
それぞれの立場が交錯し始めた今、これまで以上に慎重な判断が求められている。
その沈黙を破るように、扉が叩かれた。
コンコンコンッ。
軽快だが、規律を感じさせるノック。
「どうぞ」
ラウニィーが顔を上げ、明るい声で応じる。
扉が開き、王国兵が一人、姿勢を正して入室した。
「失礼します。巡回よりの報告です」
簡潔な前置きの後、兵は続ける。
「先ほど、こちらにエヴァ様が到着したとのこと」
一瞬、空気が変わった。
オリビアはすぐに立ち上がり、頷く。
「わかった。いくわ。案内して」
ラウニィーとサンドも迷いなく立ち上がる。
三人は最低限の装備だけを整え、兵の後に続いた。
街路を抜け、門へと向かう道すがら、街の人々の視線が自然と彼女たちに集まる。
その視線には、好奇と期待、そしてわずかな不安が混じっていた。
やがて、街の入口にたどり着く。
そこで、ラウニィーが真っ先に声を上げた。
「エヴァー!!」
大きく手を振り、遠慮のない呼びかけ。
その声に応じるように、黒髪の女性が微笑みを浮かべた。
「ラウニィー、オリビア、サンド。久しぶりね」
その背後には、エルビスとガレンの姿もある。
そして、見慣れない帝国兵たちが一定の距離を保って立っていた。
「エヴァ、ありがとう。エルビス、ガレンもお疲れ様」
オリビアはまず、彼らが無事にここへ辿り着いたことに安堵し、素直に労いの言葉をかけた。
「そちらは?」
ラウニィーが、エヴァの後ろに控える帝国兵たちへ視線を向ける。
「紹介が遅れたわね」
エヴァが一歩前に出る。
「こちらは帝国軍斥候部隊の隊長、ラグノ・カーディスよ。
ラグノ、こちらはセレスティアの代表の一角、オリビア・エルフォード。
続いて、ラウニィー・エルステイン、サンド・バイス」
淡々と、だが重みのある紹介だった。
「オリビア・エルフォードよ」
「ラウニィー・エルステインだよ」
「サンド・バイスだ」
三人がそれぞれ名を告げる。
「よろしく頼む。ラグノ・カーディスだ」
帝国兵は簡潔に頭を下げた。その目は鋭く、だが無駄な敵意は感じられない。
「とりあえず、立ち話もなんだ」
サンドが場をまとめるように口を開いた。
「宿屋に戻って、メシでも食いながら話そうぜ」
その提案に、誰も異を唱えなかった。
一行は再び宿屋へ向かい、奥の食堂でテーブルを囲んだ。
ラグノは宿屋の外で待機することになり、扉の向こうにその気配だけが残る。
「エヴァ、エルビス、ガレン。まずは改めてお疲れ様。そしてありがとう」
オリビアは静かに言葉を紡ぐ。
「本当はすぐにでも情報共有をしたいところだけど、アリアにも伝令を出してあるの。彼女たちが合流してから、全員で状況を整理しましょう」
一同が頷く。
「ここまでの道のりで疲れているでしょう。今は少し、休みましょう」
その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
「じゃあ、乾杯しよーぜ!」
サンドが豪快に杯を掲げる。
「そうね。来るべき日に備えて、英気を養いましょう」
エヴァも微笑み、グラスを持ち上げる。
「ふふっ……」
オリビアも自然と笑みをこぼし、グラスを合わせた。
澄んだ音が、室内に響く。
「そういえば、オリビア」
エヴァがグラスを唇から離し、何気なく言った。
「あなたの話、帝国のセントルイスの街まで届いているわよ」
ラウニィーの目が輝く。
「いいねー! こうやってリヴィの話が広がれば、セレスティアの話も広がる」
そして、指を折りながら続ける。
「帝国にはエヴァが、王国にはアリアが知らせてくれてる。
私たちの存在が知れ渡れば、それだけ戦争は止められる。
……そんな気がするの」
「ラウニィーが言うと、本当にそうなる気がするわね」
エヴァも歯を見せて笑う。
「そうね……」
オリビアは静かに頷いた。
「その言葉を真実にできるかどうかは、私たち次第よね」
グラスの中で揺れる酒を見つめながら、オリビアは言葉を続ける。
「私たちは、これまでに前例のないことをしようとしている。
その先にどんな未来が待っているのか、どんな犠牲が伴うのか……正直、わからない」
一瞬、場が静まる。
「それでも」
オリビアは顔を上げ、仲間たちを見渡した。
「今の世界の在り方が、正しいとは思えない。
正しさを求めて始めたわけじゃないけど……」
言葉を選びながら、続ける。
「どれだけ厳しい現実が待っていても、
みんなとなら、必ず成し遂げられると信じている」
その瞳に、迷いはなかった。
「そう信じられる仲間が、私にはいる。
……一緒に来てくれて、本当にありがとう」
「なに言ってんの!」
ラウニィーが身を乗り出し、オリビアの頬を指先でつつく。
「アタシは、これまでも、これからも、ずーっとリヴィの隣にいるんだから!」
「そうね」
エヴァも静かに頷き、グラスを飲み干す。
「あなたがそう信じさせてくれたから、私は今ここにいる。
これからも、あなたと共にあるわ」
そして、真っ直ぐに言葉を重ねる。
「確かに、あなたの肩には大きな責任が乗っている。
でも、それを一人で抱える必要はない」
「私たちは、その責任を、その夢を果たすために――
あなたと共にあることを、自ら選んだのだから」
サンドも、勢いよくグラスを飲み干した。
「正直、最初はさすがに驚いたけどな!」
豪快な笑みを浮かべて続ける。
「でも俺も、なんとなく軍にいたわけじゃねえ。
自分の目指すものがあって、軍に入った」
拳を握りしめる。
「それを曲げてまで、軍にいる必要はねぇし……
何より、オリビアが目指すところに、俺の目指すものもある」
そして、胸を叩いた。
「安心しろ。俺が生きてる限り、セレスティアの盾はこの俺だ」
「まっ!」
ラウニィーが眩しい笑顔で締めくくる。
「なんにしても、私たちセレスティアは、ちゃんと一つだよってこと!」
その言葉に、自然と笑顔が溢れた。
(私はこのみんなの笑顔を絶やさない旗でないといけない。
私が折れないように、いえ、私がみんなと一緒に居たいからなのかもしれない。
私は絶対にみんなを死なせない)
オリビアは心の中でそう改めて決意するのだった。
静かな夜が、ベルファルドの街に降り始めていた。
それぞれの胸に宿る想いは違えど、目指すところは、同じだった。
――まだ見ぬ未来へ。




