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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第六十一話 合図の火、集う前夜

 

 セレスティアは、いま三つの部隊に分かれて動いていた。

 ひとつは、オリビア、ラウニィー、サンド。

 王国軍と帝国軍がぶつかり合っていたベルファルド丘陵の戦場へ。

 

 ひとつは、エヴァ、エルビス、ガレン。

 帝国領へ踏み込み、戦争を止めるための会談へ。

 そしてもうひとつは、アリア、クレア、エルドゥ、カイル、フィオ。

 

 王国へ赴き、国王への謁見と、貧困街・王国内地の住人に【プラチナムへの移住】という選択肢を差し出すために。


 ――それぞれが、同じ目的のために、違う場所で刃ではなく意志を振るっていた。


***

 

 そして現在。

 ベルファルド丘陵の戦場は、奇妙な静けさに支配されていた。

 オリビアの《アクアバレッド》が通り抜けた痕跡は苛烈で、剣は砕け、槍は折れ、盾は歪み、両軍の武器は地に散らばっている。

 血と泥と金属片の匂いが混じり、風が吹くたび、乾いた音が鳴った。

 戦える者は限られていた。

 王国側は紅狼将軍イリーナ。

 帝国側は伯爵レオン。

 そしてセレスティアは、オリビア、ラウニィー、サンド。

 オリビアは戦場の中心で、両軍の兵たちへはっきりと言い放った。


「撤退してください。これ以上は、命を捨てるだけです」

 

 兵たちの表情が揺れた。

 悔しさも、安堵も、怒りも、恐怖も――全部が混ざっていた。

 だが、武器を失った軍が続けられる戦いではない。

 結果として、戦は止まった。

 そして“その場”を焼かせないために、オリビアはベルファルドを一時的にセレスティアが保護する、と宣言した。

 それは中立を作るという理想ではない。

 いま王国占領下にあるベルファルドを、どちらの軍にも【撤退後の奇襲】や【奪回の口実】にさせないための、現実的な楔だった。

 

 オリビアは息を整え、サンドへ短く合図した。


「伝令を走らせる。準備して」


「おう。どこへ?」


「二箇所――いや、三箇所」

 

 まずはエヴァの部隊へ。

 帝国領での会談を終え次第、足を止めずにベルファルドへ来てほしい。

 戦況が変わったこと、そして“ここからが本当の交渉”になることを伝える。

 

 次にアリアの部隊へ。

 もし移住に応じる住民が出たなら、その者たちをプラチナムへ先導し、リーヴァに空き家の割り当てを任せること。

 生活導線の確保が済み次第、アリア、エルドゥ、カイル、フィオはベルファルドへ合流してほしい――そう告げる。

 

 そして最後に、帝国軍のレオンへ。

 今後の方針を決めるため、改めて話し合いの場を持ちたい。

 日時が確定次第、再度伝令を飛ばす――その一点を、簡潔に。


「……帝国の伯爵に伝令? 正気かよ」

 

 サンドが眉を上げると、ラウニィーが横から肩をすくめる。


「リヴィは正気だから、やるんだよ」

 

「……その言い方、褒めてんのか?」

 

「もちろん!」

 

 オリビアは苦笑しながら、視線を戦場の先へ投げた。

 レオンのいる位置は分かっている。

 こちらからの伝令は、“脅し”に見せてはいけない。

 だが“逃げ”にも見せてはいけない。

 今必要なのは、相手に「話す理由」を渡すことだった。

 「行って」

 オリビアの声に、伝令役の兵が頷き、風を切って走り出す。

 セレスティアは軍ではない。

 けれど、この瞬間だけは戦場の中心で“命令系統”を作らねばならなかった。


***

 

 戦場が沈静化すると、王国軍の大隊はベルファルドへ撤退を開始した。

 イリーナは先頭で兵をまとめ、城壁へ向かう。

 オリビアはその背を追い、ラウニィーとサンドも続いた。

 丘陵を下り、石畳へ足がかかった瞬間、ベルファルドの街の輪郭がはっきりと見えた。

 ――本来なら、戦の勝者が凱旋するための道だ。

 だが今日この道を進むのは、勝者ではなく「戦を止めた者たち」だった。

 城門で、イリーナが門兵と物見の兵に声をかけた。

 その声は将としての響きを持ち、街の空気を引き締める。


「いいか。異変があれば、すぐ私に伝えなさい。

そして――」

 イリーナの視線がオリビアへ移る。

 

「この人にも。今夜からこの街は、セレスティアが“責任”を持って守る」

 

 門兵の表情が一瞬凍った。

 だが次いで、その目に理解が宿る。

 今日の戦場を見た者なら、あの水の奔流を見た者なら、この宣言の意味を分かる。

 

「……承知しました!」

 

「良い返事だ。余計な英雄ごっこは要らない。守るべきは街と民だ」

 

 イリーナはそれだけ言うと、兵を先導して城内へ入った。

 オリビアは短く息を吐いた。

 敵でも味方でもない。

 だが、同じ“将”として最低限の筋が通る相手だ――そう感じた。


***

 

 夜。

 

 ベルファルドの宿屋の二階、粗い木のテーブルを囲んで、三人は向かい合って座っていた。

 

 一階ではオリビア達と共に来た一般兵達がガヤガヤと騒ぎながら酒を飲んでいる。

 

 窓の外では、街の警邏の足音が一定の間隔で鳴る。

 灯りは少ない。

 だが、暗闇に沈み切ってはいない。

 戦の只中の街が、ようやく呼吸を取り戻し始めている。

 オリビアは杯に注がれた薄い果実酒を見つめ、ぽつりと言った。


「本当の交渉は、ここからよ」

 

 ラウニィーが頬杖をつき、サンドは椅子に深く腰掛けたまま黙って聞く。


「いまのままだと、ベルファルドは王国領。

 占領した側が正当性を主張する。

 帝国は奪い返す理由を持っている。

 このままだと、武器を整えた瞬間に、また同じ戦争が起きる」

 

 サンドが低くうなった。

 

「確かにな……今日止めても、明日また始まる」

 

「ええ。だから、条件を作らないといけない」

 

 オリビアは顔を上げた。

 その瞳の芯は戦場のそれとは違う。刃の代わりに“道筋”を見ている目だった。

 

「王国と帝国、双方に利がある条件を提示する。


 “ここを戦場にしない”理由を、両方に持たせる。

 それができないなら、セレスティアがベルファルドを預かる意味はなくなる」

 

 ラウニィーが小さく頷く。


「リヴィの言う通り。結局、戦争は“理由”が残ると復活する。

その理由を折るのが、交渉だよね」


「……全員が揃ったら方針を決める。

そして、王国にも帝国にも交渉をする。真正面から」

 

 オリビアの言葉に、ラウニィーが一拍置いて笑った。

 

「うん。真正面。ほんと、リヴィらしい」

 

 そう言って、唐突に手を伸ばす。

 

「ちょ、ラウニィー……!」

 

「とりあえず今日はお疲れ様!」

 

 ラウニィーはオリビアの頭をわしゃわしゃと撫で回した。

 銀髪が乱れ、オリビアの耳が赤くなる。

 サンドが堪えきれず、喉の奥で笑った。


「……仲良いな、お前ら」


「見ないで」


「無理だろ」

 

 ラウニィーが得意げに言う。


「ほら、緊張してた顔がちょっと柔らかくなった」

 

 オリビアは乱れた前髪を直し、少しだけ息を吐いた。

 確かに、胸の奥の固さがほどけた気がした。

 サンドが杯を持ち上げ、低い声で言う。

 

「今日は一旦ぐっすり寝ろ。

 みんなが集まるまで、俺たちはベルファルドの護衛に徹する。

仕事は明日からでいい」

 

 オリビアは微笑み、頷いた。

 

「……そうね。明日からが勝負だもの」

 

 彼女はグラスを手に取り、果実酒を一口だけ含む。

 甘さと酸味が喉を通り、胸の奥に小さな熱が落ちていった。

 窓の外で、巡回の足音がまたひとつ鳴る。

 戦の止んだ街が、眠らずに見張りを続けている。

 そしてその中心で、セレスティアの火は消えずに灯り続けていた。

 ――全員が揃う、その時まで。


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