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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第五十八話 戦の止む場所で、交わる刃と決意


 ――荒野に、静寂が戻りつつあった。

 オリビアの《アクアバレッド》が通り抜けた戦場は、

 槍は折れ、剣は砕け、盾はひしゃげていた。

 王国軍の青いマントも、帝国軍の黒い装甲も、

 例外なく武器を失っている。

 今なお「戦える」と言い切れるのは――

 紅狼将軍イリーナ・ヴァルグレイン。

 帝国伯爵レオン・ヒーニアス。

 そしてオリビア、サンド、ラウニィーの五人だけだった。

 風が吹くたび、砕かれた金属片がからんと乾いた音を立てる。

 イリーナは、その光景を見渡し、呆然と笑った。

「……やってくれたわね、本当に……」

 レオンもまた、かつて帝国が開発し、

 今は王国軍の支配下にあるベルファルドの城壁を一瞥する。

 そこへ続く丘陵一帯が、

 たった一人の手で“戦場にならなくなった”現実を噛みしめていた。

(帝国の誇りを取り戻す戦い……その場を、一人で壊してみせたか)

 オリビアは、剣を抜いたまま、しかし構えずに二人を見据える。

「――もう、戦えません」

 その声は静かだが、よく通った。

「両軍とも、これ以上は無理をしても無駄死にが増えるだけです。

 ここで、戦いを終わらせてください」

 兵たちの視線が、一斉にオリビアへ吸い寄せられる。

 イリーナは、歯噛みしながらも現実を数えるように戦場を見渡した。

 折れた槍。砕けた剣。

 半歩踏み出せば倒れそうな兵たち。

(……この状態で、帝国軍を押し返す? 無茶にも程がある)

 レオンも同じように、黒旗のもとに集まる兵たちを見た。

 彼らもまた、武器を奪われ、

 かろうじて陣形を保っているだけだ。

(これ以上やれば、帝国軍は“誇り”どころか“兵の全て”を失う)

 彼は低く唸る。

「……認めざるを得んな。

 この戦場は、今やお前一人の手のひらの上だ、“銀の戦乙女”」

 オリビアはわずかに首を振った。

「私一人のものではありません。

 これ以上“ベルファルドを取り合う戦争”を続けるかどうか――

 それを決めるのは、イリーナ大隊長と、レオン伯爵、あなたたちです」

 イリーナが、ぎゅっと大剣の柄を握りしめる。

「……ベルファルドは、今は王国の都市よ。

 二年前、帝国に奪われた街を、やっと奪い返した。

 ここを守らなきゃ、王国軍の血が報われない」

 レオンの瞳に怒りが灯る。

「違うな。ベルファルドは、元は帝国が荒野から育てた街だ。

 我らが道を敷き、工房を建て、人を集めて――“荒野の宝石”にした。

 それを奪ったのは王国のほうだ」

 二人の視線が空中で火花を散らす。

 どちらも間違っていない。

 どちらも、自分の背負うものを手放せない。

 その間に、オリビアが一歩だけ前へ出た。

「だからこそ、です」

 イリーナもレオンも、わずかに眉を寄せる。

「ベルファルドは、帝国が拓いた街。

 でも今は、王国軍が占領している。

 このまま戦い続ければ――」

 オリビアは、血と埃にまみれた戦場を見渡した。

「街そのものが、次の砲撃で焼き尽くされるかもしれない。

 帝国の誇りも、王国の功績も、そこに住む人たちの暮らしも、全部まとめて」

 飛空艦《ネメシス号》は、すでにオリビアの一撃で不時着へと追い込まれ、

 上空からの脅威は後退している。

 それでも、地上戦だけでベルファルドは容易に火の海になるだろう。

 イリーナが舌打ちする。

「そんなことは分かってる……でも、引き下がれば――」

「“王国は帝国に屈した”って、そう言われるわね」

 オリビアは淡々と続けた。

「帝国にとっても同じです。

 ここで退けば“ベルファルド奪還戦の失敗”として、

 あなた方の政治的な立場は失われる」

 レオンの眉がわずかに動く。

 的確に“痛いところ”を突かれている。

(……こいつ、本当に嫌な女だな)

 オリビアは、ふっと息を吸い込んだ。

「――だから、第三の選択を示します」

 風が草を撫でた。

 両軍の兵たちまで、その言葉にはっと顔を上げる。

「この戦場から、王国軍も帝国軍も、一度撤退してください」

 イリーナの瞳が険しくなる。

「簡単に言ってくれるわね。

 王国軍が退いたら、今度は帝国が真っ直ぐベルファルドに向かうでしょう」

 レオンも低く応じる。

「逆も然りだ。

 帝国軍が退けば、王国軍は“今度こそ喉元まで攻め込める”と考える」

 オリビアは頷いた。

「だから――その“どちらも”を封じます」

 ラウニィーとサンドが、オリビアの横に立つ。

 彼女はきっぱりと言い放った。

「ベルファルドと、この戦場の間に、セレスティアが立ちます」

 ざわ、と空気が揺れた。

「王国軍が再び帝国領へ攻め込むことも、

 帝国軍が奪還名目でベルファルドに雪崩れ込むことも――

 私たちが、この場で止めます」

 イリーナが目を細める。

「……つまり、あんたたちが“楯”になるってわけ」

「そうです。

 今は王国占領下のベルファルドですが――

 これ以上“奪い合う戦場”にはさせません。

 街を焼くための軍は、どちらも通さない」

 レオンは短く息を吐き、乾いた笑いを漏らした。

「ふん……王国領に踏み込んできた帝国軍を追い返すために、帝国が拓いた街の前に立つ。

 ややこしい立場だな、セレスティア」

「ややこしくしているのは、戦争です」

 オリビアの声は揺れなかった。

「私たちは、“街の側に立つ”だけです」

 しばし沈黙が落ちた。

 イリーナは、自軍の兵たちの顔を見渡す。

 血と汗にまみれながらも、まだ前へ出ようとする者たち。

(ここで引いたら、“紅狼”は牙を折られたと噂される。

 だけど――)

 彼女の視線に映るのは、ただの兵ではない。

 王国の未来を繋ぐために戦ってきた、人間だ。

「……ったく。

 アンタたち、ほんっとに“真っ直ぐなバカ”ね」

 イリーナは大剣を肩に担ぎ直し、叫んだ。

「――王国軍、撤退!!

 ベルファルドには戻る! ここから先は……セレスティアに預ける!」

 その背に、兵たちの驚きと安堵が混じった声が上がる。

 レオンもまた、静かに頷いた。

「イリーナが退くなら、こちらも選ばねばならんな」

 彼は斧を肩に乗せ、帝国軍へと声を張り上げた。

「帝国軍、戦線離脱!

 ベルファルドへは向かわない! 本隊の位置へ戻る!」

 ざわめきが広がる。

 兵たちは、今回の戦の意味を理解していた。

 帝国の誇りを懸けた奪還戦――その“看板”を下ろすことになる。

 だからこそ、レオンは最後の確認を必要とした。

「……ただ、ひとつだけ」

 彼はオリビアに近づき、

 ほとんど誰にも聞こえない距離で立ち止まる。

「言葉だけでは信じられん。

 帝国の街を“守る”と言うなら――」

 戦斧が、空気を裂いた。

 サンドが即座に動く。

「オリビア!!」

「下がって、サンド」

 オリビアは一歩も退かず、

 双剣ヴァルクレアを交差させて受け止めた。

 刃と刃が噛み合い――

 ――空気が震えた。

 レオンの雷を纏った斧と、

 風と水の魔力を帯びたヴァルクレア。

 その衝突は、音よりも“圧”として戦場を揺らす。

 近くの兵たちが思わず息を呑み、

 武器も持たぬまま、その一撃に見入った。

(……押し切れない)

 レオンは悟った。

 自分の腕力と魔力をもってしても、

 目の前の女は揺るがない。

(この女は本気で――

 帝国の街を、王国の街を、戦争から守ろうとしている)

 オリビアもまた、斧越しに相手の眼を覗き込む。

(レオン・ヒーニアス。

 帝国の誇りと市井の暮らしを、両方背負っている人)

 刃が離れる。

 レオンは一歩退き、深く息を吐いた。

 そして、低く笑う。

「……上等だ、オリビア・エルフォード」

 その声は、戦場の将としてではなく――

 一人の武人としてのものだった。

「その力、その覚悟――

 帝国が育てたベルファルドを託すに、足る」

 レオンは振り返り、帝国軍に改めて叫んだ。

「聞け、帝国軍!

 ベルファルドは一度、王国に奪われた。

 だが今、その前には――我らと同じく“戦を嫌う力”が立っている!」

 兵たちの間にざわめきが走る。

「この戦いは、ここで終わらせる!

 ベルファルドは――しばし、セレスティアに託す!」

 イリーナも、それを聞きながら苦笑した。

「……まさか、帝国の“鉄策将”が、そんな台詞を吐く日が来るとはね」

 オリビアは、二人の顔を順に見た。

「約束します。

 王国軍も、帝国軍も――

 どちらかが再び“ベルファルドを焼くために”動こうとしたなら、

 セレスティアが必ず前に出て止めます」

 ラウニィーが大弓を肩に担ぎ、にっと笑う。

「その時は思い切りぶっ飛ばすから、覚悟してね」

 サンドも大盾を地面に突き立てる。

「この盾が立つ限り、街も人も通さねぇ。

 それが、俺たちの“戦い方”だ」

 イリーナは大剣を背に収め、オリビアへ視線を送った。

「アンタ、覚えておきなさい。

 “紅狼”は、まだアンタに借りを作りっぱなしだからね」

 レオンも斧を肩に担ぎ直し、小さく頷く。

「いずれまた会うだろう、“銀の戦乙女”。

 その時が、剣を交える日か、共に立つ日かは――

 これからの世界次第だ」

 王国軍が、ゆっくりと丘陵から退いていく。

 帝国軍もまた、別方向へと戦列を崩し、遠ざかっていく。

 残されたのは――

 血の匂いが薄れ始めた風と、

 ベルファルドの城壁、

 そしてセレスティアの三人だけ。

 ラウニィーが、ふぅっと大きく息を吐いた。

「……やった、のかな、リヴィ」

 オリビアは空を仰いだ。

 もう、飛空艦の影はない。

 ただ、薄曇りの向こうに、静かな光が滲んでいる。

「まだ、始まりに過ぎないわ。

 でも――」

 彼女はベルファルドの街を正面から見据えた。

「ここだけは、もう“誰かの正義の燃料”にはさせない」

 サンドが笑う。

「セレスティアの楯としての、最初の仕事ってやつだな」

 ベルファルド。

 帝国が育て、王国が占領し、

 そして今、一時的にセレスティアが守ることになった街。

 ――戦争のためではなく、

 人々の明日のために。

 その前に立つ“第三の旗”が、静かに風を受けて揺れていた。



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