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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第五十二話 新たな一歩


  

 そこへ、一歩前に出る影がある。


 「……次は、オレから話す」


 エルドゥだった。


 「オレはエルドゥ。

 この街の生まれだ」


 短く、乱暴で、しかし嘘のない名乗り。


 「オレは、昔ここから追い出された。

 罪をでっち上げられて、“お前みたいな奴は要らねえ”ってな。

 仲間も、居場所も、全部奪われて、森で盗賊まがいのことをして生き延びてきた」


 いくつかの顔が、彼の顔を見て目を見開く。


 覚えのある輪郭。かつてのどこかの男。


 思い出の中の誰かと、今ここに立つ男が重なる。


 「そんなオレを拾ったのが、オリビアたちだ。

 セレスティアの連中だ」


 エルドゥは鼻で笑った。


 「アイツらはよ、馬鹿みてぇに真っ直ぐだ。

 目の前で人が死んでりゃ、どこの誰だろうが助けようとする。

 貧困街だろうが帝国民だろうが関係なく、“この人は守るべきだ”って顔して剣を振るう」


 クレアが小さく頷く。フィオも拳を握りしめている。


 「アリアは、そんな連中のところに転がり込んで、たった四日だ。

 

 たった四日で、ここまで顔つきが変わった」


 エルドゥはちらりとアリアを見て、ニヤリと笑った。


 「だからオレは、今日ここに立ってる。

 “元”この街のクズとして言う。

 ――プラチナムに行くのも、この街に残るのも、どっちも間違いじゃねえ!」


 「プラチナムに来るなら、オレたちが可能な限り守る。

 仕事もある。腹も満たせる。

 だが、保証なんてしてやれねぇ。戦争は、まだ終わっちゃいない!」


 「ここに残るなら……アリアが王に殴り込みをかける。

 この街を“ただの捨て場”から“街”に戻すために、身体張るつもりだ」

 

 その言葉に、いくつかの視線がアリアへと戻る。


 「だからよ。

 今この場で、全部を決めろとは言わねぇ。

 考えてくれ。それぞれの家で、家族で、隣の奴とでもいい。

 “自分たちの未来をどうしたいか”を、ちゃんと考えてほしい」

 

 エルドゥの声は粗野だが、その芯にあるものは真剣そのものだった。


 「オレはこの街が嫌いだ。

 けど、それ以上に好きだ。

 だから……どっちを選ぶにしても、“選んだお前らを”裏切りたくねぇ」

 

 静かなざわめき。

 

 泣きそうな顔。

 

 唇を噛み締める人。

 

 腕を組んだまま、ほんの少しだけ目を伏せた男。

 

 広場の空気が、ゆっくりと変わっていく。


 

 アリアは再び前に出た。

 

 さっきよりも、その背筋はまっすぐだった。


 「……もし、ここに残ると決める方がいても、私は責めません。

 ここは皆さんの故郷ですから」

 

 静かに告げる。


 「その上で、私は王に進言します。

 

 貧困街の整備を求め、ここをひとつの“街”として扱うよう交渉します。

 

 壁で区切られた“捨てられた場所”ではなく、

 

 ちゃんと税も支払い、権利も持つひとつの地区として」

 

 アリアは正直に続けた。


 「……でも、それはすぐにはできません。

 

 王がどう動くか、貴族たちがどう妨害してくるか、まだ分かりません。

 成功の確実性だって、今は言えません」

 

 だからこそ――


 「それでも残るのか。

 それとも、プラチナムへ移住して、新しい街で生きるのか。

 その選択を、どうか今日一日で、真剣に考えてほしいんです」

 

 アリアは広場全体を見渡した。


 「今日の夕方、日が沈む少し前に、もう一度ここに来ます。

 

 そのとき、“プラチナムへ行く”と決めた方は、この広場に集まってください」

 

 息を吸う。

 

 胸の奥にある言葉を、最後まで届けるために。


 「最後に、私たちセレスティアのことをもう一度だけ伝えさせてください」

 

 アリアの瞳が、強い光を宿した。


 「――私たちセレスティアが目指すのは、戦争のない世界です!」

 

 声が、貧困街の空に響く。


 「誰かの命を燃料にして進む飛空艦なんていらない。

 貧困街だからといって奪われる未来も、

 内地だからといって戦争に巻き込まれて終わる未来も、いらない」


 「そのために、オリビアさんたちは前線で戦っている。

 そのために、セレスティアのみんなは今も動いている。

 その一歩として、私は今日ここにいます!」

 

 アリアは深く一礼した。


 「どうか、自分の未来を――自分の手で選んでください!」

 

 誰かが、震える声で「……考える」と呟いた。


 誰かが、涙を拭いながら頷いた。


 誰かが、不器用に空を見上げた。

 

 それで十分だった。


 “選ぶ”という行為は、その一歩目から始まるのだから。


 

 貧困街を離れ、王都の内地へ向かう道。

 

 アリアたちは歩きながら、それぞれに沈黙を抱えていた。


 「……アリア様」


 最初に口を開いたのはクレアだった。


 「さっきのご演説、とても……胸に響きました。

 わたくしでさえ、胸がいっぱいになったくらいです。

 きっと、あの方々にも届いていると思います」


 「……ありがとう、クレア」

 

 アリアは少し照れくさそうに笑う。


 「セレスティアに入ってまだ四日なのに、偉そうなこと言っちゃったなって思ってたんだけど」


 「アリア様。わたくし、全力でお支えいたします。

 王へのご進言も、プラチナムへの移住も、きっと大変な道のりになりますから」


 「うん。頼りにしてる」

 

 その様子を横で見ていたエルドゥが、ぼそりと呟く。


 「しかし、上出来だったな、アリア。

 ……オリビアたちに聞かせてやりてぇくらいだ」


 「や、やめて下さい、それは恥ずかしいです!」

 

 アリアの抗議に、フィオが笑い、カイルも苦笑する。

 

 短い笑い声が、少しだけ重かった空気を和らげた。


 「さ、次は城壁の内側……平民街。内地だ。

 

 貧困街だけじゃない。内地の人たちにも、ちゃんと選んでもらわないと」


 アリアは前を見据える。

 

 王国の表と裏、両方に“選択”を投げかけるために。

 

 そして、その先で王と向き合うために。


 

 その頃――王国から遠く離れた、荒涼とした大地の上。


 三つの影が、帝国本陣へと向かっていた。

 

 エヴァ。


 ガレン。

 

 エルビス。


 「……妙に静かね、ガレン」


 「ああ。帝国の前線がここまで引いているのは、おかしい。

 嫌な匂いがする」


 「オリビアたちが王国で動いている今、

 帝国が何か企んでいてもおかしくない、か」

 

 エルビスが短く言う。

 

 彼らの足が向かう先もまた、世界の行く末を大きく揺らす場所。

 

 アリアたちが貧困街で“声”を上げたその頃、

 

 別の場所でも、静かに新たな物語が動き始めていた。

 

 その交差点がどこになるのか――

 

 まだ誰も、知らない。



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