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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第五十話 それぞれの正義

 【’’鉄策将’’レオン・ヒーニアスの襲来】


 夜明け前、丘を覆う霧が白く息づいており陽はまだ昇らず、東の空は鈍色に滲む。


 彼方、交易都市ベルファルドの城壁が灰の中にぼんやりと浮かび上がっている。


「……見えるか、あの灯りを」


 帝国軍将軍レオン・ヒーニアスは低く呟いた。


 レオンの副官の一人である指揮官、カールが頷く。


 「城門上に複数、灯火を確認。防衛体制が完全に復旧しています」


 ーー


 レオンは無言のまま、遠眼鏡を下ろす。


「二年だ」


 低く、乾いた声が漏れる。


「二年の歳月で我ら帝国が築き上げた血の努力に、王国の旗が翻るとはな……」


 もう一人の副官、レニエが続ける。


「将軍の開発による“南北幹路”も、今では王国軍の補給路として使われています」


「皮肉だな。我々が敷いた石畳を、敵が進むとは」


 レオンは膝をつき、黒い土を掬った。


 ただ、グローブ越しに土を握りしめた。


 冷たく乾いた感触が、彼を現実に引き戻す。




 ベルファルドーーかつては王国の辺境にあるただの寒村にすぎなかった。


 そこへ帝国の技師団が入り、交易路を整え工房を築き、開墾を広げた結果

 【荒野の宝石】と呼ばれるほどの発展を遂げた。


 その宝石を王国が奪い、己らの私財として取り込んでいる。


「飛空艦’’ネメシス号’’より報告。指定上空に到達しました」


「威嚇飛行から始めろ」


 レオンが空を見上げると、霧の切れ間に金属光沢の艦影が見えた。


 鈍い轟音が空気を震わせ、雲間に雷のような光が閃く。

 帝国の技術が、夜明けの空を支配していく。


「ベルファルドは、ただの都市ではない」


 レオンの声は、かすかに震えていた。


「我々が荒野を拓き、産業を植え、交易を繋いだ。帝国の未来を象る“礎”だ。それを奪われて黙していられるものか」


 副官たちは沈黙したまま、将軍の背に従う。


「――奪還ではない。正統の回復だ」


 夜明けが、霧の端を焼き始める。

 太鼓の音が遠くで鳴り、陣列が動き出す。


 飛空艦が低く唸りを上げ、地上では鉄騎兵が鉄槌のように地を踏む。

 帝国の黒旗が、灰色の夜明けを裂いて進んだ。




 ♢




【紅狼将軍の出陣】


 同じ時刻。


 ベルファルド城壁の上では、冷たい風が石畳を鳴らしていた。

 

 戦いの匂いはまだ消えていない。

 瓦礫の街に、夜明けの淡い光が差し込み始める。


「……やっと、夜が明けるわね」


 大隊長イリーナ・ヴァルグレインーー王国軍の’’紅狼将軍’’だ。

 深紅の髪が風に靡き、その碧い瞳には、疲労よりも、まだ闘志の火が残っていた。


「この街を取り戻す中、あの二人の働きは目覚ましかった」


 隣で報告するのはマグナス中隊長。


 屈強な体躯にミスリルハルバードを背負い、剣士というより衛将の風格を持つ中隊長だ。


「ヴィンス小隊とダナン小隊だな」


 イリーナは頷き、視線を遠くへ向けた。


 街の中心――かつて帝国の冶金工房があった区画に、まだ煙が昇っている。


「ヴィンスは敵陣の中枢を突き崩してくれた。あの冷静さは大したものだわ」


「ダナンは損害覚悟で側面を押さえ、補給線を遮断した。あれの成功が勝敗を決めた」


 マグナスは苦笑しながらも答える。


「あの獅子奮迅の働きと勢い、オリビア中隊を思い出しますね。今やこのベルファルドを取り返したんですから」


 イリーナは表情を変えない。


 そして、その目の奥には、深い警戒が宿っている。


「マグナス。空を見ろ」


「……?」


 彼が顔を上げた瞬間、


 霧の切れ間に、金属の巨影が現れた。


 太陽のまだ昇らぬ空を裂いて、飛空艦が滑るように飛行している。


「帝国飛空艦……!」


 マグナスが息を呑む。


 イリーナは背中に背負う大剣を鳴らす。


「来たね。予想より早い」


「それに恐らく……伯爵クラスの指揮官が来てますね」


「おそらく、レオン・ヒーニアス伯爵。帝国軍の“鉄策将”よ。


 二年前、この街を開発した張本人。奪われた誇りを取り返しに来たのね」


 彼女の声は低く、しかし確信を持って響いた。

 兵たちがざわめき、魔法兵が持ち場につく。


「全軍に伝達。――“迎撃’’ではなく、’’前進”だ」


 イリーナの声は冷たく、けれど揺るぎなかった。

 

「ここを防ぐだけでは、また奪われる。故に帝国の喉元まで、攻め上がる」


 その言葉に、兵たちの士気が一気に沸き立つ。

 伝令が駆け、陣幕が揺れる。


 マグナスが敬礼し、短く答えた。

「承知しました、イリーナ大隊長。王国軍、前進用意しろ」


 イリーナは一人、冷たい風の中で空を見上げた。

 薄雲の向こう、飛空艦が鈍く光っていた。


 そして――この朝、王国は新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 奪還の戦いから、征服の戦いへと。


 空と地の境界で夜明けの色が、ゆっくりと血のように滲んでいった。




 ♢



【緊張の交錯】


 空はまだ夜の名残を抱いていた。


 黒と群青の空を、東の端から赤が食い破っていく。


 帝国飛空艦’’ネメシス号’’がその空を裂き、ゆるやかに旋回していた。


 艦腹の魔導砲が低く唸りを上げ、甲板の上では帝国軍の黒旗がはためいている。


 地上で部隊を指揮しながら飛空艦’’ネメシス号’’を観察していたレオン・ヒーニアスは、視線を下へと落とした。


 霧の下、王国軍の陣形が地を埋めている。


 青いマントの波が、整然と動く。


 ――奪われた都市を取り返しに来たつもりが、今や彼らは再びこの地を奪いに来ている。



 霧の切れ間。

 

 高台の上、帝国軍陣の最前に立つレオン・ヒーニアスが、遠眼鏡を覗く。


 その視線の先で、一人の赤髪の女将がこちらを見返していた。

 風に翻る赤いマント。その冷たい瞳と、レオンの視線が空を隔てて一瞬交錯する。


「……見たか、カール」

 

「ええ。恐らく王国軍の――」


「紅狼、か」


 風が唸る。


 その瞬間、互いの胸に灯ったものは、怒りか、敬意か。


 どちらにせよ、戦はもう止まらない。




 心のざらつきを際立たせる。


「……あの街は、帝国の誇れる街だった。人が労を誇り、技が富を生む場所」


 背後で、副官カールが問う。


「レオン閣下、開戦許可を?」


 レオンは静かに首を振る。


「焦るな。向こうも同じく血を滾らせている。 ――戦は、最初に剣を抜いた方が負ける」



 ♢



【個々の決意】


 地上。ベルファルドの丘陵帯。


「見られているな。あれが''鉄策将"レオン・ヒーニアスか」


 彼女の声にマグナスが振り向く。


「……あの距離で、見えるんですか?」


「ああ。しかし見えずとも判るさ。あれは戦を導く者の気配」


 風が唸り、二人の間を霧が流れる。


 イリーナの瞳が一瞬、遠くの影と交差した。



 


 **王国軍の先陣、マグナス中隊が前線を押し上げていた。


「弓兵、いつでも構えられる準備を! 突撃隊は後続が続くまで待て!」


 マグナス麾下のヴィンス、ダナンの両名も出陣し前を見据えていた。


 怒号と鉄の匂いが混ざる中、イリーナ・ヴァルグレインが馬を降りた。


 彼女の頬を、夜明けの風が切る。


「……空に見えるのが“奴ら”ね」


 マグナスが苦々しく答える。


「帝国飛空艦’’ネメシス号’’。あれ一隻で一都市が消える」


 イリーナは微かに笑った。


「ならば、アタシらは奴らを打倒し、次なる王国軍の希望となるまで」


 イリーナはミスリルの大剣の柄を握る。


 彼女の目には、戦略でも、栄光でもない――


 責任の光が宿っていた。


「ここで退けば、また同じことが繰り返される。私たちは“勝つ”ことでしか、生き残れない」


 彼女の言葉を聞いて、マグナスは短く息を吐く。


 その瞳には、別の炎が燃えていた。


「――了解しました。 このを丘陵、帝国の墓標に」



 ♢



【開戦の狼煙】


 雲の裂け目を朝日が貫いた瞬間。


 金の陽光が飛空艦の艦腹を照らし、地上の槍と剣を一斉に反射させた。


 帝国の砲手がトリガーに指をかける。


 王国の弓兵が弦を引き絞る。


 空と地の狭間で、風が止まる。


 鳥の声すら、息を潜めた。


 レオンは目を細め、囁いた。


「――火をつけろ」


 イリーナも同時に叫ぶ。


「全軍、前へ――!」


 その号令が重なった刹那、風が爆ぜた。


 戦いの火蓋が切って落とされた。



ーー続く


【TIPS】


飛空艦’’ネメシス号’’

〈神罰の女神〉の名を冠し、神の怒りと罪を神格化した女神

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