第四十五話 プラチナムそしてセレスティア
時間はお昼どきになっていた。
窓の外、青白い雲がほどけ、中央広場に射す日差しが一段と強まる。
サンドが腰に手を当て、場を見渡して言う。
「じゃあここらで全体周知といこうか!!」
鐘が鳴らされ、広場へ人の流れができる。
石畳の間を、子どもたちがはしゃぎ、露店の布屋台が布を巻き上げて視界が開ける。
広場の背後には湖へ続く水路がきらめき、門の前で堀に落ちる水音が、遠い潮騒のように響いている。
あの水は湖から引いた清流だ。
外壁の前で一度堀に落ち、橋の下をくぐると再び水路へ戻る。
守りと潤いを両立させる仕掛け——その全体設計を描いたのは、他ならぬリーヴァである。
オリビアは即席の壇に立った。
隣にはラウニィーがぴたりと寄り添い、視線で「大丈夫、行ける」と励ます。
エヴァは背後に控え、リーヴァは少し前へ出て、いつでも補足できるよう構える。
ざわめきが静まり、オリビアは胸に手を当てて言葉を紡いだ。
「みんな——聞いて。
今日、ここで大事なことを共有するわ。
私たちの拠点は、もう“拠点”とだけ呼ぶにはふさわしくないほど、みんなの手で立派になった。
家々は雨風をしのぐだけじゃない、家族が笑って暮らせる作りになっている。
水は湖から清らかに流れ、門の前の堀が街を護ってくれている。
広場では朝にパンの香りが漂い、夜は灯りが帰り道を導く。
——だから、私たちはこの街に、名前を贈ることにしたの」
一拍置き、オリビアは広場の四方を見渡す。
誰もが次の言葉を待っている。
ラウニィーの指が、そっとオリビアの袖をつまんだ。
横顔を見上げる瞳は、誇らしさがあふれている。
オリビアは目尻を柔らかくして、続けた。
「この街の名は——“プラチナム”。
プラティニウムから生まれた光の輪が、ここを護っている。
護りの意思を名前に込めて、私たちの家を呼びたい。
そう決めたの」
「プラチナムだって!」
「いい名だ!」
——方々から声が上がる。
オリビアは微笑み、もう一つの大切を置いた。
「そして、私たちが目指す在り方にも、名を。
私たちの仲間たち——人、獣人、そしてダークエルフも——が、自由な空の下で同じ未来を見上げる。
束ねるためじゃない、解き放つために一緒にいる。
だから私たちは、自分たちを“セレスティア”と呼ぶことにしたの。
空、天空……私たちの胸が向かう先の言葉よ」
「セレスティア……」
「空か、いい響きだ」
——ざわめきはやがて拍手に変わる。
ラウニィーが、我慢できないとばかりに一歩前に出た。
「ねえ、聞いて!アタシたち、空みたいに広くて、みんなを締め付けない組織にするんだ。
強いけど優しい、風通しのいいやつ!ね?リヴィ!」
振り返るラウニィーの声は明るくて真っ直ぐだ。
オリビアはうなずき、「そう、約束する」と短く応じる。
その短い一言に、迷いのない芯があった。
オリビアは視線をエヴァへ送る。
「それから——」と、広場全体に届く声で続けた。
「今日から、ダークエルフのみんなも、私たちの仲間としてこのプラチナムで暮らすことになるわ。
彼らは森の技と、長い時の知恵を携えている。
私たちはそれを尊敬し、学び合って、同じ屋根の下で生きていく。
——この決定に、代表者としてではなく、ここにいる一人として、心から賛成する」
エヴァが半歩、前へ出る。
その声は森の奥に響く低音のように落ち着いていた。
「私は、プラチナムのみんなの働きと心を見て決めた。私たちはここで、同じ空を目指す。
どうぞ、よろしく頼む」
リーヴァも一歩出る。
ひぃばあ様へ向ける笑みは、子どもが初めて作った作品を見せる時のそれに似ている。
「みんな、うちのひぃばあ様、すっごく頼りになるから。
アタイも、ここをもっと良くしていく。
堀の水も、もっと緩やかに流れるよう調整して、音が気持ちいいようにするんだ。
夜の明かりも、風に消えにくい灯具に替えていくよ!」
広場のあちこちで、笑いと拍手が起きた。
誰かが「ようこそ!」と叫び、別の誰かがそれに続く。 セレナは柔らかく両手を合わせ、サンドは「歓迎の宴を考えねえとな」と小声でつぶやいた。
ガレンは早速、掲示板へ貼る告知文の構成を頭の中で組み立て、カイルは「ロゴとか旗、作りましょうよ!」とフィオの肩を軽く叩いた。
フィオが恥ずかしそうに笑ってうなずく。
オリビアは最後に、もう一度だけ大事なことを言葉にした。
「ここには、上下も、隔ても、いらない。
話し合って、決める。
護り合って、進む。
——それが“プラチナム”の暮らし方で、“セレスティア”の戦い方よ」
「おおおーー!」
歓声が空へ昇る。
湖面の光がきらりと跳ね、堀を渡る風が旗を揺らし、橋の下で水音が弾む。
オリビアはラウニィーの手をそっと握った。
ラウニィーが、ぎゅう、と握り返す。オリビアは唇だけで「ありがとう」と言った。
ラウニィーは声に出して答える。
「ううん、こっちこそ。リヴィがいるから、アタシは何でも言えるんだ」
そのやりとりを、エヴァは静かに見守っていた。
目だけで「よくやった」と告げる。
リーヴァは胸を張り、目映い昼の光を正面から受け止める。
プラチナムという名前が、確かにこの場に根づいたのだと、誰もが感じていた。
広場のざわめきがほどけ、住人たちはそれぞれの持ち場へ散っていった。看板を掲げ直す者、子どもを抱いて笑う者、井戸端で今日の段取りを確かめ合う者。空は澄み、湖から引いた水が側溝をさらさらと流れ、やがて門前の堀へ落ちていく。
オリビアは壇を降りて、隣のラウニィーと目を合わせる。ラウニィーは親指を立て、ぱっと明るく笑った。そこへリーヴァが駆け寄り、弾む声で言う。
「ひぃばあ様、こっちこっち! まずは大通りから見せたい!」
エヴァは口元をゆるめる。「頼む。足はまだまだ動くぞ。」
四人は並んで歩き出した。大通りは石畳が陽を跳ね返し、屋根から雨樋へ、雨樋から細い水路へと連なる線が整っている。軒下には花籠、窓には明るい布。拠点という語に、生活の体温が加わっていた。
パン屋の前を通ると、奥から湯気と甘い香り。粉まみれの少年が「おはようございます!」と頭を下げる。ラウニィーが頷き返し、オリビアは笑って手を振った。
鍛冶場では火花が昼の光に紛れて舞い、ガレンがこちらに気づいて槌を止める。リーヴァがひらひらと手を振ると、ガレンは黙って、けれども満足そうに頷き返した。
角を曲がり、湖水の引き込み口に出たところで、エヴァがオリビアの横に歩調を合わせた。しばし流れを眺め、それから低く、はっきりと言う。
「先ほどのことだが、さすがにすぐにと言うわけにはいかない。こちらの準備が出来たら今度は沙汰を出そう。」
オリビアは頷いた。
「えぇ、わかったわ。楽しみにしているわね! それからセレスティアの組織に加わる人はエヴァだけでいいの?」
エヴァはほんの少し考え、視線を前へ戻す。
「そうだな。エルビスには街の護衛なども任せたいから、私だけにしておこう。」
ラウニィーが首をかしげる。「エルビスって、エヴァのところの、あの腕の立つ人?」
「そうだ。性急に動かすより、それぞれの場所で整えるのが先だ。」
「了解」オリビアは軽く笑う。「わかった。では、こちらもそれでみんなに伝えておくわ。」
そこでリーヴァがぱっと顔を上げた。
「みんな来るなら楽しみだなー。アタイが設計した街を見てもらいたい! あ、ひぃばあ様もオリビアの家に泊めてもらいなよ! 露天風呂あるよ!」
エヴァの瞳が、年輪の奥で子どものように輝いた。「露天……風呂?」
ラウニィーが横から割って入る。「あるよ! 石造りで、夜は星見えるの! ね、リヴィ!」
「ふふ」オリビアは楽しそうに笑いながら答える。「じゃあリーヴァもおいで。うちでお泊まり会だね!」
「やったーー!」
リーヴァとエヴァは両手を挙げ、二人ではしゃぐ。通りすがりの子どもがつられて笑い、犬がしっぽを振って走り抜けた。




