第四十四話 目指すもの
会議棟へ向かう通りは、朝の光で一段と明るい。
石畳は磨かれてしっとりとした艶を持ち、街路樹が柔らかな影を落とす。
道すがら、堀へ向かう小水路のさざめきが耳に心地いい。
湖から引いた水は、涼やかな音で街の隅々まで巡り、生活に息を与える。
洗濯場からは笑い声、窓辺には干された布。
人の気配が重なり合って、拠点は完全に“暮らしの場”になっていた。
会議棟の前に着く頃には、すでに数人の影が集まり始めていた。
サンドが腕を組み、ガレンが周囲への目配せを怠らない。
カイルは小声で何かを確認し、フィオはメモを片手に段取りを再確認している。
ほどなくして、ラウニィーが息を切らしながら戻ってきた。
「呼んできた! みんなもうすぐ来るって!」
「さすが、早いわね。」オリビアが微笑むと、ラウニィーは胸を張る。
その間にも、ひとり、またひとりと姿が見える。
エルドゥ、セレナ、そして——最後に軽い足取りでリーヴァが顔を出す。
「お待たせー!」
全員が扉をくぐり、会議室へ。
広いテーブルに着く椅子の音が、一定のリズムで並ぶ。 窓から入る光と、水路の遠い音。
空気がほどよく引き締まる。
そして——
オリビア、エヴァ、ラウニィー、サンド、エルドゥ、セレナ、ガレン、カイル、フィオ、リーヴァが会議室に集まった。
オリビアは一歩前に出て、みんなを見渡し、口を開こうと息を吸う——。
オリビアは皆の顔をゆっくりと見回し、椅子から立ち上がった。
胸元で片手を重ね、澄んだ声で口火を切る。
「みんな、朝早くからごめんね!決めておきたいことがあってみんなを呼んだの。私たちが拠点とする街はリーヴァやみんなのおかげで立派になりみちがえたわ。これで心置きなく活動できるようになる。その上で対外的にも私たちの存在を知らしていかなければならない。私たちの存在そのものを戦争の抑止力にしていかないといけない。そういう意味も込めて、街の名前、私たちの組織の名前を決めましょう!」
緊張がほどけるように空気が動き、各々が頷く。
サンドは腕を組んで「ふむ」と低く唸り、セレナは小さく微笑み、ガレンは真面目にメモの準備をする。
カイルとフィオは顔を見合わせ、エルドゥは真剣な表情をしている。
ラウニィーは椅子を半分回してオリビアを見上げ、心配と誇らしさを一緒に抱えたような眼差しを向ける。
オリビアはその視線を受け止めて小さく頷き返した。
「じゃあ、まずは自由に案を出してみましょう」とオリビア。
セレナが手を挙げ、「この拠点を包む光の輪を象徴する名はどうかしら。
『暁光』とか」と穏やかに口にする。
「勇ましいのも悪くないが、余らしさを残したいな」とガレン。
フィオは「人が集まれる響きが良いです。
呼ぶと胸が温かくなる感じ」と言い、カイルは「地図にも書きやすい名前がいいっすね」とおどけて場を和ませる。
エヴァは椅子の背にもたれ、成り行きを見守っていた。 その横顔に、リーヴァがそっと身を乗り出し、待ってましたとばかりに手を挙げる。
「この街に関してで言うと、この街の1番の力はプラティニウムから作った光の輪による結界だから、その護るっていう点と、少しプラティニウムをモジってプラチナムはどう?」
「おお……」空気が一段、明るくなる。
サンドの口角が上がり、セレナは「護りの意思が宿る名ね」と頷く。
エヴァは孫の孫を誇らしげに目で撫で、リーヴァは照れ隠しに机の端を指で叩いた。
オリビアも答える。
「うん!いいね!プラチナム!」と微笑みを見せる。
勢いに乗って、ラウニィーが勢いよく身を乗り出した。 瞳がぱっと花のように開く。
「じゃあさ、じゃあさ、私たちの名前はセレスティアってどう?確か、意味は空とか、天空とかっていう意味だったと思う!自由な空を世界を目指す私たちにぴったりじゃない?」
「空……いいわね」
「開けていく感じがある」
「胸がすっとする」
——肯定の声がいくつも重なる。
オリビアは皆の表情を一人ずつ確かめ、静かに、しかし嬉しさを隠しきれない口調で締めくくった。
「じゃあ、今日この時を持って正式にこの街はプラチナム!そして、私たちはセレスティアと名乗りましょう!」
全員声を揃える。
「「「おぉー!」」」
名が場に根を下ろす音がした。
呼吸が揃い、視線が同じ方向に向く。
そんな一体感の中で、エヴァがふと現実的な確認をした。
「じゃあこの街の領主は代表者のオリビアなのか?」
オリビアは首を横に振る。
背筋を伸ばし、言葉に重さを宿す。
「いいえ、私たちは誰か1人が支配はしない。便宜上、私が代表者はしているけれど、皆を統治している訳ではないわ。これからもこの街のこと含め、なにかを決めるときはみんなで話し合って決める。その最たるものがセレスティアよ。今までそんなことをした国なんてないわ。けれど、私たちにはその覚悟が……ある!!」
会議室の空気がきゅっと締まる。
ラウニィーは胸の前で両手を握りしめ、オリビアの横顔をまっすぐ見つめた。
セレナは静かに息を吐き、サンドは「いいじゃないか」と低く笑う。
カイルもフィオも、そしてエルドゥも、短く強く頷いた。
それを見たエヴァは優しい笑みを浮かべ答える。
「なるほどな。オリビア達らしい。」
そして、エヴァは続ける。
「皆聞いてくれ。」
全員がエヴァの声に耳を貸す。
彼女はひと呼吸置き、胸の奥から言葉を引き上げた。
「私たちは同盟を結んだ。
なぜなら、私たちが目指す世界、諦めかけていた世界、それをプラチナムのみんなが目指し、奮闘している姿を見て、その心を感じたからだ。
そして、今の話を聞いて、私も今決めた。
元々私たちは住む場所を追われただけで森に執着はしていない。
私たちダークエルフもそのセレスティアに加わらせてもらえないだろうか?そして、この街で共に同じ場所を目指させてくれないだろうか?文字通り一蓮托生だ。
私はここまでの皆を見て、覚悟を決めた。
皆の覚悟に私たちも同盟ではなく、仲間として加えてはくれないだろうか?私は仲間達にこれから先私が出会うことのないダークエルフにもオリビア達が目指す世界を見て欲しい!
そんな世界で生をまっとうして欲しい!どうだろうか?」
沈黙——そして、笑顔が連鎖した。
最初に椅子をがたんと鳴らして立ち上がったのはラウニィーだ。
両手をぐっと掲げて叫ぶ。
「もちろんよ!!」
拍手が一挙に生まれる。
セレナは「歓迎するわ」と言い、サンドは「頼もしい仲間が増える」と頷く。
リーヴァは椅子から滑るように立って、エヴァへ向けてにっこりと笑った。
その視線は、幼い頃の頼りなさとは違う、造り手の自負を帯びたまなざしだ。
エヴァはその変化を真正面から受け止め、深く、満ち足りた息を吐いた。
こうして、ダークエルフはプラチナムに合流することとなった。




