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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第四十二話 沈黙の王城 第二王女アリア


 シルヴァラン王国の王都セリウスを覆う朝靄の中


 王国第二王女であるアリアは純白のドレスを纏い、王立学術院の書庫を歩いていた。

 

 机の上には、王国の新造飛空艦〈テュポーン〉の構造図が広げられている。

 

 その中央部に記された“核心動力区画”――記号で伏せられたその設計を、アリアは静かに指先でなぞった。

 

 「……やはり、そう。生命反応を検知し、魔力を吸わないと起動しない仕組み……。」

 

 噂はただの流言ではなかった。

 

 王都にて何者かが流布した情報…飛空艦は人の命を燃やしている。


 その情報は奇しくも我ら王国軍が初の飛空艦を王都より飛び立った後に突如として流れ出した。


 その報により貧民層や平民から始まり、噂の勢いは時間を経っても衰えを見せず王立学者の一部や王国の有力者たちに届き疑念を抱かせ、果ては王族である第二王女アリアの耳にも届いていた。

 

 魔力に精通する彼女は確信していた――飛空艦の動力は“人間の命”、

 

 すなわち捕らえられた民の命や魂を魔力へ変換する何らかの禁術が使われていると。

 

 書庫の奥で幼い頃からアリアに仕えており、幼馴染である侍女クレア・ベルトランが青ざめた顔で囁く。

 

 「アリア殿下……公にすれば、王国そのものが――」

 

 「わかっているわ。でも、沈黙こそが罪よ。」

 

 アリアの静謐な翠の瞳に決意の色が宿る。


 彼女は王の私室へ向かった。

 

 

 

 ***王の私室は昼なお薄暗く、閉ざされたカーテンの向こうで灯の火が揺らめいていた。

 

 アリアが跪くと、玉座に腰掛けた老王ヴァリウスは目を伏せたまま低く声を発した。

 

 「……アリアよ。お前が来る理由は、すでに聞いておる。」

 

 「陛下、新造飛空艦〈テュポーン〉の動力。あれは人の命を燃やす禁術でございますね。」

 

 王の瞳がかすかに揺れた。

 

 アリアは父の微細な反応を見逃さない。

 

 「答えてください、父上。これは……我らの王国が掲げてきた『光の正義』と、どう整合するのですか。」

 

 長い沈黙。それこそがアリアは答えだと確信した。

 

 王は重く息を吐いた。

 

 「……王国を守るためだ。帝国の侵攻を防ぎ、国を守るためには……犠牲が要る。」

 

 「犠牲?」アリアの声が震えた。

 

 「それは無辜の民の命を燃やすことを意味するのですか!」

 

 「……もうよい。」


 王は顔を背けた。

 

 「王国の全てを背負うこの話、お前には荷が重い。忘れよ。」

 

 その瞬間、アリアの胸の奥で何かがはっきりと崩れた。

 

 幼い頃、正義を説いた父の声は、今や遠い。

 

 「――わかりました、陛下。ならば、私は忘れません。」

 

 その言葉だけを残し、アリアは扉を閉めた。

 



 ***翌朝、王女アリアは王城の回廊を歩いていた。

 

 そこへ、金糸のドレスを纏った姉、第一王女ヴェロニカが現れる。

 

 彼女は微笑を浮かべながらも、どこか冷たさをたたえていた。

 

 「アリア、兄上クエスターがお呼びよ。昨日の件ね。」

 

 皇太子の間。

 

 皇太子クエスターは冷ややかに座していた。

 

 「アリア。飛空艦について、余計な詮索をしているとか。……まさか、外へ漏らしたわけではあるまいな?」

 

 「漏らすもなにも民はすでに知っています。兄上、隠して何になるのです。」

 

 アリアは決意を込めて、兄である皇太子クエスターへ進言する。

 

 「王国は、光の名を騙る闇に堕ちてしまう!」

 

 クエスターの眉がわずかに動いた。

 

 「民のためにこそ、我らは闇を背負うのだ。真実はいつも毒だ、我が妹よ。理想は子供の遊びではない。」

 

 アリアが一歩踏み出す。

 

 「……兄上、それは正義ではありません。ただの支配です。」

 

 氷のように空気が張りつめる。

 

 しばしの沈黙の後、クエスターは冷たく微笑んだ。

 

 「よかろう。アリアの考えはよくわかった。」

 

 一見穏やかに見えるその声の奥に、氷の刃のようなものを感じた。

 

 その声には、もう血の温度がなかった。

 

 まるで、何かを’’決めた者’’のそれ。

 

 (ああ……兄上はもう、私を’’妹’’として見ていない。真実が漏れれば、王国の軍略が崩れる。妹ひとりの命で済むのなら、安いものだとーーそう思っているのね。)

 

 アリアの背筋に、得体の知れない寒気が走った。

 

 面会が終わり扉が閉ざされたとき、アリアは悟った。ーー兄はもう妹を’’生かす’’つもりがないのだ。


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 夜更けの王女の居室。

 

 窓辺に立つアリアの背後で、侍女クレアが静かに衣装を整理していた。

 

 「……もう決められたのですね、アリア殿下。」

 

 アリアは振り向き、唇を噛む。

 

 「クエスター兄上は私を’’裏切り者’’として討つつもりでしょう。しかし私はクレアまで巻き込みたくない…。」

 

 侍女クレアはかすかに笑った。

 

 「いいえ。アリア殿下が初めて’’本当の王家’’として立たれるのです。私は忘れていません、身分の違いを超え取り立てて頂き、殿下によくして頂いた事。」

 

 侍女クレアの笑みは決意の表情に変わり、その華奢な右腕を胸元に当てた。

 

 「そして、今日のような日の為に私が居るということを。」

 

 彼女はそっと衣装棚から、アリアが今着ているものと同じ純白のドレスを取り出す。

 

 「今から王都を脱する刻まで私は’’アリア’’。そして…アリア殿下は’’クレア’’です。」

 

 侍女クレアの突然の提案にアリアは目を見開く。

 

 「そんなことをしたら…あなたが……!!」

 

 クレアは穏やかに首を振り、再びアリアへ真剣な表情を向ける。

 

 「本望です。」

 

 「幼い頃、飢え死にしかけた私に殿下はパンを分け与え下さった。その時の温かさ、私は今も忘れません。」

 

 クレアは覚悟も決意も全て併せ持つ、強い瞳だった。

 

 「私の命は殿下のもの。ならば今こそお返しする時!」


 クレアは懐から金色と銀色の卵のような物を一つずつ取り出すーーそして彼女は細い指先で、その二つの卵を割った!


 ーーパキン!


 軽快な音が響くが、アリアの心は大いに揺さぶられていた。


 あれは耳にしたことがある’’改変の玉’’だ。使用者の髪や瞳の色を一日に限り、変化させる魔法アイテムだ。


 みるみるうちに…クレアの灰色の髪は自分と同じプラチナブロンドの金髪、そして翠の瞳へ変化していく。

 

 アリアの目から涙がこぼれる。

 

 「お願い…やめて……そんな’’正しさ’’を犠牲で築きたくないの!」

 

 もはや、クレアの髪と瞳の色はアリアと同一であった。


 それでも侍女クレアは微笑んだ。

 

 「アリア殿下の信じる’’光’’を、どうかこの王国に残してください。ーーそのためなら’’影’’は燃えても構いません。」

 

 彼女は灯火の光を背に、アリアの服を侍女クレアの服装へ着替えさせる。王家の証である輝く宝石が埋め込まれたネックレスを、アリアの着衣の中へ忍ばせながら。


 クレアは金と銀の卵をアリアに割らせ、アリアの金髪と翠の瞳はクレアの灰色の髪と瞳へ変化する。

 

 そして、侍女と王女は互いの姿を見つめ、静かに頷き合った。

 

 ***アリアは侍女クレアと共に真夜中の月が差し込む中、馬車で王城セリウスを静かに発った。

 

 漆黒の闇の中、馬車を引く馬が王都の門を抜け、貧民街へ出る。そして水門の近くを駆けたときに起こった。

 

 皇太子クエスターの密偵が潜んでいたのだ。

 

 暗闇を裂いて矢が放たれ馬車の幌に当たる。続いて続々と魔弾が馬車を揺らす。

 

 「アリア殿下、あとは私が…!馬車から出て早く逃げて……っ!」

 

 馬車が激しく揺れる中、アリアは涙を振り払って馬車から飛び降りる。水門近くの川縁にアリアは投げ出された。そんな中、闇夜を侍女クレアの声が響く。

 

 「無礼者!我を王国第二王女、アリアと知っての狼藉か!」

 

 アリアは奥歯を食いしばり涙が止まらない中、暗闇に紛れ馬車を背に逃げ離れる。

 

 突如、馬車のあった位置から爆音が響いたーーその爆風はアリアの背中を不気味に撫でる。

 

 (クレア…私の唯一の友達。クレア…あなたの決意、必ず無駄にはしない!!)

 

 ほうほうの体でアリアは離れることに成功したと思えた。

 

 ――そのとき。

 

 夜空に閃光が裂ける。アリアの肩に鋭い痛みが走る!

 

 (…クッ!矢…!まさか、もう追っ手が来たの!?)

 

 宵闇の中、次々と黒衣の影が現れる。

 

 「ここに居たのか。全く、嫌な役割だね。」

 

 黒衣の暗殺者の影から1人の中肉中背の男が現れる。彼はミスリルの弦が張ったハープを手にしている。それは彼の魔法の触媒、つまり武器だ。

 

 「キャシアス・エンデューロ大隊長…!」

 

 「無抵抗な女性を殺すなんて趣味じゃない。だが命令だ。」

 

 「アリア殿下。’’改変の玉’’まで持ち出してくるとはな。侍女を犠牲にしててでも進む、か。」

 

 その冷酷な言葉が自身の身代わりとなった侍女クレアの運命を悟り、アリアは声が出せなくなった。

 

 (囲まれた…!!クレア、ごめんなさい……!)

 

 アリアは膝をつき、自身の命運を悟り絶望する。

 

 王国の大隊長クラスが直々に動き、狙われているのであればもう命は無い。

 

 その絶望を現実のものとするがように宵闇の中、黒衣の追っ手の白刃が迫る。

 

 刹那ーー

 

 アリアの周辺を巨大な氷刃が現れ舞い狂うー。

 

 その氷刃が現れると共に、真冬の氷嵐に激突したかのような鋭い凍えがアリアを襲った!

 

 (寒いーー!でもこれは、私を狙った魔法ではない!?)

 

 その氷嵐と氷刃は、周囲を囲んでいたアリアの命を狙う暗殺者達を薙ぎ払っていく。

 

 「ーーッ!斬雪使いッ!何故お前が邪魔をするッ!」

 

 王国大隊長キャシアスはアリアの目の前に現れた影に向かって吠える。

 

 そこには長い白髪を後ろで1本に束ね、黒と白を基調とした我が国で見られない衣装を纏った男性が長刀を携え、アリアを守るように立っていた。

 

 「…自分の道を選んだ、我が友の愛弟子。その影を見たものでな。」

 

 キャシアスは竦んで身動きが取れないようだ。


 大隊長を竦ませる程の人物。何者だろうか。

 

 「良いのか?王女アリアを庇うと、皇太子クエスターへ弓引くことと同意だぞ?」

 

 キャシアスはミスリルのハープを構え、しかし身動き取れないまま長刀を持った男へ問う。

 

 「…灰の市場にいる事自体、変わらぬ。お主に問う。」

 

 目の前の男性はキャシアスに対し圧を飛ばす。瞬間に周囲の温度が大きく下がったように感じた!

 

 「…続けるか?」

 

 キャシアスは汗を流す。彼は静かに武器のハープを足元に置き、両手を広げた。

 

 「…元、元帥副官殿に敵うと思うほど、オレは自惚れちゃいない。オレが貴方の存在を知覚する前に仕留め殺す事すら容易だった筈だ。」

 

 「……。」

 

 キャシアスの言葉に目の前の男性は言葉を返さない。


 まるでそれ以上問答はしないとの意思を感じる。

 

 「……行ってくれ。皇太子サマの命は勿論大事だが、命あっての物種だ。」

 

 彼は戦意を見せぬと判断し、アリアの手を取った。

 

 


 ***「立てるか? 自分の信念…正義を選んだんだろう?」

 

 その声に、アリアは震える手で頷いた。

 

 「……はい。王国の罪を、終わらせたい。」

 

 「ならば…生き延びろ。」

 

 彼が連れてきた黒馬に二人は跨り――二人は闇夜の中、ひたすら森へと向かい駆け抜けていった。

 

 風を切る。低い温度が肌を刺す。

 

 振り返れば、この夜を越えられない気がした。

 

 だからこそアリアは涙を堪えながらただただ必死に、前だけを見据えていた。


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【TIPS】


【新造飛空艦〈テュポーン〉】

王国軍が建造している次世代飛空艦。

従来の飛空艦と同様、動力に人間を繋ぎ魔力を増幅し奪い’’燃料’’として人を燃やして浮遊する。

’’神を討滅せしモノ’’の名前が由来。

それは現代において【悪魔】と定義され、呼称された。


’’改変の玉’’

割って使用することにより、使用者の身体の一部のカラーを一日だけ変える効果がある魔法アイテム。金色は髪の毛、銀色は瞳の色を変える効能がある。

侍女クレアはアリアの付き人になった際に王から秘密裏に預けられていた。


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