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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第三章 銀翼と王女の邂逅

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第四十一話 風と槌の合奏

 広場にはすぐに人の輪ができた。救い出した人々も外縁に並び、少年が背伸びしてオリビアを見ている。


 オリビアが一歩出ると、ざわめきは潮が引くように静まった。


「拠点の改装を行います。設計はリーヴァ。現場監督はエルドゥ、サンド、ガレン。――全員の力を貸して」

「やるぞー!」


 最初に声を上げたのは、飛空艦から救った農夫の男だった。続いて拍手と笑い声が広がり、兵も民も同じ熱で足を踏み鳴らす。


「第一週、基礎と引水!」


 リーヴァの声が場を走る。


「掘削班、墨縄のライン通り! 石積み班、目地は薄く! 木工班、門枠のほぞを先に刻んで! 鍛治場は釘と留め金の量産最優先! 安全帯、いいね!」


「お前ら、列を崩すな!」


 エルドゥが若者たちへどなり、笑顔で背中を叩く。「丸太は肩で担げ! 腰を落として歩け! 声出せ!」


「ここ、三寸下げろ。……止め」


 サンドは堀の縁で、杭に墨縄を掛けて角度を測る。「その一尺を戻す。水は嘘をつかん。勾配は一千分の六だ。急ぐな、丁寧にいけ」


 ガレンは測量棒を持つ兵を誘導し、交差点の位置に小旗を立てる。


「この角に詰所。目標まで二十七歩。警鐘はこの梁に。見通しを確保するため、樹は二本だけ残せ」


 木々の香り、刃の金属音、土の湿り、かけ声。拠点は一斉に“工事の町”へ変わった。


 湖からの引水は、砂利を抱いた谷筋を辿って木樋で導く。夕刻には最初の水が堀の底へ細い糸を引いた。子どもが歓声を上げ、母親に肩を叩かれて照れ笑いする。


 二週目、門の枠が立ち上がる。太い梁が空に線を描き、胸壁は厚みを増した。


 鍛治場では、リーヴァが火床の位置を移し、風箱を二つに増やす。火はよく吸い、鉄はよく伸びる。


「リーヴァ、風箱の皮、張り替えは?」


 フィオが冷却水を桶に満たしながら尋ねる。


「ラウニィーが干してる。今日の夕方には使えるよ。風が安定すれば釘がもっと揃う」


「こっちは枠板の在庫が尽きかけだ!」


 サンドの声に、エルドゥが応じる。


「任せろ! 午前で二十枚増やす! 丸太、挽けぇ!」


「ラウニィー、露天風呂の位置はこの図面よね?」


 セレナが地図を広げると、ラウニィーは満面の笑みで頷いた。


「うん! 星が一番綺麗に見える角度! 風が流れて湯気が逃げやすい地形! 完璧!」


「……仕事の熱量の置きどころ、そのうち講義してもらいましょうね」


 セレナは笑い、オリビアと視線を交わして肩をすくめた。


 三週目、訓練所の床板が張られ、壁に武器架が並ぶ。


 ガレンが試しに号令をかけると、声が反響し、音の返りがちょうどよい。


「声が集まる。良い設計だ」


「音は風の設計図、ってリーヴァが言ってたわ」とオリビア。


「ふふ、やっぱりね」


 同じ頃、解体場も形になる。水場が近く、排水の溝は深い。衛生係の兵が白い布で手を拭き、「これなら匂いも最小限だ」と胸を撫で下ろす。


 四週目、中央の大屋敷が棟上げを迎えた。梁の上でエルドゥが大声を張り、下でサンドが手印を送る。


 リーヴァは大屋敷の奥に、石を組んで大浴場の湯船を据えた。薬草の束が吊され、フィオが湯に落とす時間を計る。


「この束は三刻、こっちは一刻で引き上げ。香りが飛ぶ前にね」

「ありがと、フィオ。――さて、試運転、いけるよ!」





 その夜、男女別の札が掲げられた湯小屋に、待ちかねた声が飛び交った。


 男湯。


 湯気が立ち、湯面に灯りが揺れる。サンド、エルドゥ、ガレン、カイル、それに何人かの若い兵が肩まで湯に浸かった。


「ふう……生き返るな」


 サンドが湯縁に腕をかけ、肩を回す。「この一週間で、肩の可動が一段増えた気がする」


「見ろ、この三角筋!」


 エルドゥが湯の外でポーズを取り、若者たちが「おおー」と声を合わせる。


「はいはい、筋肉の品評会は外でやってください」とガレン。だが口調は柔らかい。


 カイルが目を丸くしてエルドゥの腕を指す。


「隊長、それ、どうやったらそんな形になるんです?」


「薪を百本担げ!」


「無茶言うな……」


「ガレンさんの背中は無駄がないですね」


 若い兵が恐る恐る言うと、ガレンは小さく笑った。


「無駄がない、は褒め言葉だな。――おい、エルドゥ、胸を張るな。湯が溢れる」


「ガハハハ! 湯まで鍛えられちまうぜ!」


 笑いが弾け、湯気が震える。


 女湯。


 檜の香りがやさしく、灯が湯面に星のように散る。


 オリビア、ラウニィー、セレナ、リーヴァ、フィオが、湯浴み着の上から肩まで浸かっていた。


 湯気が頬に紅を乗せ、笑い声は柔らかく跳ねる。


「はぁ……天国……」


 ラウニィーが両手を広げてのびをする。   


「露天も楽しみだね!」 「風邪を引くわよ、のぼせすぎないで」とセレナ。


 フィオは端に寄せた薬草束を指さす。  


「この香り、落ち着きますね。 筋肉の張りも抜けていく」

「フィオの調合、最高よ」


 オリビアが微笑むと、リーヴァがふとこちらを見て、照れたように笑った。


「……あのさ」


 ラウニィーが湯の中でそっと胸もとに布を寄せる。


「みんな、ぶっちゃけ“装備のフィット感”、どう?」


「今それを“そう”言ったわね」


 セレナが苦笑する。


 けれど話題の意味はすぐ共有された。


 湯浴み着の上からでも分かる“差”に、誰もが気づいていたからだ。


「私は……正直、小振りだから、鎧の当たりが分散して助かってるわ」


 セレナがさらりと言えば、フィオも小さく頷く。


「わ、私も……小振りなので、重さが前に来ないのはありがたいです。呼吸も楽で」


「アタイは……まあ、見たまんま、圧倒的だよね」


 リーヴァが肩をすくめて笑うと、湯気のむこうでラウニィーが「分かる〜!」と伸びをし、湯面がぽちゃんと揺れた。


 ふとラウニィーがオリビアに寄りそい、悪戯っぽく笑って手を伸ばす。


 湯浴み着越しに、柔らかく張りのあるオリビアの胸を両手で優しく揉みしだいた。  


「オリビアのこれ、ほら、知らない間にこんなに大きくなっちゃって!ぷにぷにで羨ましい〜! 重さ感じる? でも形いいよね、剣振っても崩れなさそう!」


 オリビアはびっくりして頰を赤らめ、湯の中で身をよじる。


「きゃっ、ラウニィー! 急に……でも、確かに形は保ってるかも……ふふ」    


 周囲がどっと笑い、湯気がさらに濃く立ち上る。


「ラウニィーはかなり大きめだけど、動きの邪魔になってない?」


 オリビアが気遣うと、彼女は胸を張って親指を立てる。

「リーヴァの新しい胸甲、下の受けが天才。走っても揺れが跳ね返らない! あと、紐の角度!」


「設計で“重さの道”を作るのさ」


 リーヴァは指で空中にアーチを描く。  


「上から下へ、内から外へ。力が流れれば痛くならない」 「オリビアは?」


 セレナに振られたオリビアは、少しだけ頬を赤くした。


「私は……大きめだから、前はずっと苦労してたの。でも――今のは、重さが肩と腹に逃げる。剣を振っても呼吸が乱れにくいの」

「よし、じゃあ次の露天風呂では、風向きの設計もアタシが見る!」


 ラウニィーが宣言すると、全員が笑った。


 湯気がゆらぎ、灯りが星のようにまたたく。





 翌朝。拠点は再び音で満ちる。木槌の連打、鋸の唸り、ラッパの合図。


 トロッコの線路は鉱山口から拠点中央まで真っ直ぐ伸び、最初の台車が石を載せてころころと転がった。


「押しすぎるな。坂は勝手に進む」


 サンドの指示に、若者が「はい!」と返す。


 門の扉は厚く、蝶番は滑らか。ガレンの巡邏路に沿って詰所が立ち、胸壁の陰には矢狭間が開く。迎賓館の梁には簡素な紋が刻まれ、解体場の排水溝は水鏡のように清かった。


 日が傾くと、露天風呂の仮湯から湯気が星空へ昇った。


 リーヴァは最後の釘を打ち込み、オリビアの方へ振り返る。


「――約束の、一ヶ月。完済かんせいだ」


「……見事だわ、リーヴァ」


 オリビアは手を差し出し、力強く握り合った。周りで拍手がわき起こり、子どもが走り回り、ラウニィーが湯気へ飛び込むジェスチャーをして皆を笑わせた。


 新しい拠点は、もう“防衛拠点”ではなく、“街”だった。


 中央の大屋敷には、執務室と会議室、それに男女別の大浴場が備わり、隣接して訓練所が伸びている。


 迎賓館は要人をもてなすための装飾や設備が整えられ、客人がいつ来ても恥じぬ造りとなった。


 主要メンバーの家も、それぞれに建てられた。


 オリビアとラウニィーは同じ屋を選び、少し大きめの造りに。ラウニィーの強い希望で、裏庭には小さな露天風呂が掘られた。夜になると湯気が星の光を映し、ふたりの笑い声が静かな風に混じった。


 カイルとフィオも同じ家に住むことになり、二人の希望で落ち着いた普通の大きさにまとめられた。窓辺には薬草が吊され、炉のそばにはフィオの調合棚が据えられている。


 サンド、ガレン、エルドゥ、セレナにはそれぞれ一軒ずつが割り当てられた。


 サンドの家は鍛冶場に近く、ガレンは門のそばに構えて巡邏を兼ね、エルドゥの家は木工所の裏にあり、セレナは迎賓館に隣接して指揮拠点を兼ねている。


 それぞれの家の灯りが、夜になると拠点を円く囲み、風にそよぐ明かりの帯が“帰る場所”を形づくっていた。





 一方その頃、ダークエルフの里。


 夜風が樹冠を撫で、遠い虫の声が重なる。エヴァ・エルスは小さな杯に果実酒を受け、ゆっくりと喉を潤した。琥珀の右眼と碧の左眼が、灯のゆらめきに静かに揺れる。


「……リーヴァは、上手くやっているだろうか。まあ、オリビア達と一緒なら問題ないだろうが――やはり心配だ」


 杯を置き、しばし考える。澄んだ夜の匂いが胸に満ちた。


「――よし。明日、様子を見に行こう」


 エヴァはすぐに立ち上がり、旅支度を整えはじめた。外套、軽い長靴、簡素な杖。


 戸口を開けると、夜風が黒髪を揺らす。廊下の先でエルビスが姿勢を正した。


「姉上……行かれるのですか」


「内密にね。あなたは里を頼む。私は、少し風に当たってくるだけだ」


 エルビスは短く頷き、手を胸に当てる。


 エヴァはひとつだけ深呼吸をして、森の暗がりへ歩み出た。月の光が枝の間を縫い、オッドアイに淡い線を落とす。


 彼女の足取りは迷いなく、けれど優しかった。オリビアの拠点へ――


 風に当たりながら、リーヴァ達の様子を見に行く為、静かに森を後にした。


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