第三十九話 光環の輪
蒼の刃の鋳造。その翌日。
昨日の炉の熱が冷め切らぬ朝、エヴァとエルビスがエルフの里に帰還しリーヴァはひとり鍛治場に立っていた。
昨夜までの作業で使った道具が、まだ鉄の匂いを放っていた。
オリビアの双剣'’ヴァルクレア'’を作業台に並べ、彼女は目を細めていた。
ーーこれがルナイト。構造が既存の素材と一線を画している。
表面の仕上げは精密。刃の内部は常識では考えられない魔力の流路を造っている。
「やはり、すごい仕組みね。」
独り言のように呟いた時、背後で扉が開く音がする。
「早いですね。もう研究かしら?疲れてない?」
眩しい銀髪が朝日に照らされて輝く。声の主はオリビアだった。
「疲れてなんかいないよ。むしろ楽しい。ミスリラ鉱石を打つ機会すら、里にいると滅多になくってね。」
「そう。それは何よりだわ。」
振り返って言葉を返すと、彼女は何か包みを腕にかかえている。
彼女はゆっくりと近くにある作業台の上に包みを置き、そして布を開く。
中から、なめらかな白金色の鉱石が姿を表す。
その鉱石を見て、リーヴァは思わず息を呑んだ。
すごい輝きだ。昨日さわったミスリラ鉱石も純度が高かった。しかし目の前の白金色の鉱石は、その比ではないエネルギーを感じる。額から汗が流れる。
「……これは?」
反射的に思わず手が伸びそうになった。
「サンド達からミスリラ鉱石を採取している洞穴の奥で見つけた。私たちは’’プラティニウム’’と名付けたわ。」
リーヴァはオリビアより承諾を得て慎重に触り、光の下に掲げて覗き見る。
透かして観ると、内部に微細な粒子が流れているのを感じる。
(揺らぐ輝きが、まるで呼吸しているみたい。生きているの?この鉱石?)
大きく息を吐き、留められないほどの興奮を抑えつつ観察を続ける。
(すごい。ルナイトを視れるだけではなく、続いてこんな貴重なモノを視れるなんて。来てよかった。)
素材が震える。いや。震えているのはアタイの指先だと気づくのに、興奮で僅かに思考にタイムラグが生まれる。
未知の素材ーーそれはリーヴァや職人にとって、好奇心を刺激し、同時に最高の喜びだった。
オリビアが静かに訪ねる。
「何に使えると思う?」
リーヴァは深く考え、すぐに回答は出さなかった。炉の前を歩き回り思考の海へ潜る。
「さまざまな物に活用できそう。」
「武器、防具、装飾品…どれにしても非常に優秀なものができそうだけど…光の魔力に特に強く反応している。これを核にすれば……’’祈り’’や’’加護’’の性質を増幅できるかも。」
オリビアは息を呑む様子に見えた。
「敢えて言えば攻撃よりは防御、結界などに向いている。例えるならば、エルフの里の結界のように。」
オリビアの瞳に、光を帯びた気がした。
その反応をみて、リーヴァは改めて理解した。
ーー彼女は、やはり守るために戦っている。アタイたちを守った時のように。
(造ってみたい。)
「できるかどうかは賭けだ。でもアタイは…試してみたい。いいかな?」
リーヴァの問いかけに彼女が首を横に振ることはなかった。
***すぐに彼女は試作に取りかかった。
プラティニウムを炉で溶かし、細い環状に成形する。
熱を入れる度に、その白金色の金属は淡く光を放ち、音もなく震えている。
(まるで呼吸、いや、意思を持っているみたい。)
リーヴァは素材自体が込められる魔力の’’方向’’を選んでいるように感じた。
***やがて、拠点の丘の広場に一つの輪が完成する。
直径は人が二人、両の手を繋ぎ輪にするほどの大きさ。なめらかな光沢がまるで月光を固めたように見えた。
「フィオ、頼んでよいかしら。」
オリビアの声に全員の中で最も光魔法を得意とするフィオが静かに頷き、前に出た。
緊張した面持ちのフィオが光魔法の魔力を少しずつ注入する。
「…暖かい。」
フィオは呟いた。
呟きの瞬間、環の中心が淡く光り、白い波紋が広場を音もなく走り抜け広がった気配を感じた!
空気が澄んだような気配を感じる。まるで故郷エルフの里の爽やかな息吹が満ちるようだった。
「…すごい。風が澄んでる。空気が’’軽くなった’’。」
オリビアが小さく呟いたのが聞こえた。
リーヴァは無言で頷く。
「これで危険な生物は、ほぼ近づいてこない。ただし完全に警戒を解いてはダメ。アタイ達の里も強力な結界があっても襲撃されたから。」
リーヴァの声に周辺に集った一同は明るい表情になる。
「風が暖かいぞ!」
「元気になった住民が安心して作業できる!」
「ああ!夜の見回りも減るかもな!」
リーヴァは、その声に微笑みながらオリビアに促した。
「オリビア、’’この子’’に名前を付けてはどう?」
「……名前ね、そうね。’’光環’’と名付けましょう!」
オリビアとリーヴァは頷いた。
風が吹き抜け、光が樹の葉を照らしていた。
新たな’’光環’’の鼓動が、森の風に溶けていった。




