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銀翼のヴァルキリー -その翼は、自由を識る-  作者: 翔司
第二章 銀翼は祈りを抱いて

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第三十八話 蒼の刃

 明くる日、オリビア達、一行の拠点にエヴァは護衛のエルビス、そしてリーヴァを連れ立って訪れた。


「オリビア殿、リーヴァを連れてきた。」


 扉が押し開けられ、彼女たちは入室する。オリビア達は彼女らの来訪を歓迎した。


 まず目に入ったのは、灰銀の長髪。


 溶けた銀を流し込んだような艶やかさで、髪が揺れていた。


 肩口ほどで切り揃えられた前髪の下、鋭く吊り上がった金色の双眸がこちらを向く。


 肌は焼けた小麦色。だが、ただの’’褐色’’ではない。


 それは鍛治の煤と汗が混じり、まるで鉄を打ち続けることで自らも鍛え上げられたかのような、金属的な艶を帯びており鍛治仕事に長く精通しているのが一眼で見て取れた。


「あんたがオリビアか!アタイがリーヴァだ!よろしく頼むよ!」


 低い声だが、響きのある声だ。その出立ちは上半身は作業着エプロン一枚。胸元は大胆に開き、鎖骨から谷間まで汗が滴る。彼女は人懐っこそうな笑顔を向ける。 


「ええ、オリビアよ。エヴァから聞いているわ。リーヴァさん。これからよろしくね。」


 オリビアはリーヴァに友好の手を差し伸べる。


 彼女も呼応するように手を差し出し握手をした。腰に巻いた革ベルトには、使い古された様子のハンマーと火箸がぶら下がっている。


 手を差し出す際に「カラン、カラン」と軽快な金属音が鳴る。


(手の平が。肌が硬い。長らく鍛冶仕事をしている手。)


 装い、そして握手でオリビアはリーヴァの長い経験を悟る。


「リーヴァでいいよ!」


 握手を終えたリーヴァは笑顔を崩さず、鍛治の重労働で張り詰めた筋肉が浮かぶ肩と二の腕を胸の前で組んだ。筋肉質だが女性らしい丸みを失っていない腕だ。


「ふふ、わかったわリーヴァ。さっそくだけど…私たちは戦うための武器を造れる鍛治師を求めている。リーヴァ、あなたにお願いすることは可能かしら。」


「聞いてる。もちろん構わないよ。ただし二つ条件がある。」


 彼女の大きな黄金色の双眸がコチラを射抜く。


「条件?話してちょうだい。」


「一つ目。里長から聞いてるかもしれないが…アタイは世界に触れたい。色々な素材や製法を試し、腕を上げたい。」


「アタイがやりたくない仕事はやらない。それでいいならいくらでも叩く。」


 もとより強要するつもりの無いオリビアに特に問題がなさそうだった。


「問題ないわ。二つ目は?」


 二つ目の要求を聞いた際、彼女は一拍の時を置いた。


 そして彼女の黄金色の双眸はオリビアの腰下の双剣へ目を向けられた。


「その双剣…ルナイト製だよね?その双剣を研究させてほしい!」


 彼女は身を乗り出す。まるでオリビアの双剣を触りたくて仕方ないような様子だ。


「ルナイト製?素材まで知らなかった。

 これはルナイトという素材から出来ているのかしら?…これは大事なものだから……

 壊したり、使えない状態には、しないということでいいわよね?」


 オリビアはリーヴァの勢いに若干驚き、身を引きながら言葉を返す。


「そうだよ!ルナイトっていうすっごく希少な素材なんだ!

 もちろん!研究するだけだから壊したりは絶対しない!約束する!」


「それならば協力するわ。改めてよろしくね。リーヴァ。」


 壊さない言質を取ったオリビアは安心し承諾の言葉を返し、再び握手した。


「やったーーーーー!どうしても触りたかったんだ…!」


「永く生きているダークエルフ族でも目にする機会が少ないなんて、そんなに珍しい素材なの?どこで手に入るのかしら?」


 嬉しそうにはしゃぐリーヴァにオリビアは質問した。


「そうだよ...!ルナイトはね…厳しい条件を満たす’'ルナセリア'’からしか採取できないんだ。」


「’’ルナセリア’’?それは地名?それとも生き物?」


 オリビアは聞いたことがない名前に首を傾げた。その仕草にリーヴァは饒舌に話しだす。


「そうだよ生き物だよ!オリビアは’’ルナセリア’’知らないの?すっごく大きいし、きっと見たこと聞いたことあると思うのだけど…。」


「リーヴァ。’’ルナセリア’’は我らダークエルフはそう呼んでいるだけ。人間はヤツを’’アンタッチャブル’’と呼んでいる。」


 今まで言葉を発しなかった護衛のエルビスが口を挟んだ。突然の情報に付近で口を挟まず話を聞いていたサンド、エルドゥの二人の表情が歪んだ。雰囲気が変わるのが判る。


「聞いたことあるわ…20メディルを超える巨大な魔物のことね。」


 二人は一瞬表情が歪んでいたが、すぐに元の表情と雰囲気、平常に戻っていた。二人の様子を気にしながらオリビアは返答した。


「そうだよ。やっぱり知ってたんだね!ところで最初は何から造ったらいい?要望はあるかな?」


「まずは彼…ガレンが武器を失ったから彼の武器から造ってほしい。」


 オリビアの言葉と視線がガレンに向く。ガレンが一歩前に出る。


「ガレンと申す。両手剣を得意としている。不甲斐ないことにオレの力不足で武器を破損し失ってしまった。仲間を守るため、オレの武器を造ってほしい。頼む。」


 リーヴァはガレンを見て表情が変わる。


「あなたは…。救援に来てくれた黒剣の使い手ね。力不足なんて、そんなことはない。先日は本当にありがとう。アタイはあの時、命を救われた。」


 リーヴァの言葉に、ガレンにも安堵の表情が浮かんだ気がした。


「任せて、とびっきりのを造るよ。」


 ♢


 ***リーヴァは拠点の鍛治施設へ移動し、早速作業を始めた。


 サンド達が収集したミスリラ鉱石を彼女は手に取って呟く。


「いい純度。」


 鍛冶場の炉で、炎が咆哮する。


 炉の中で溶けるミスリラ鉱石は、まるで生き物のように蠢き、青白い光を放つ。


 その光はリーヴァの頬を淡く照らし、彼女の黄金色の瞳を揺らしていた。


 オリビア達は少し離れた場所から、その手元と所作をじっと見つめている。


 リーヴァの動きに一切の無駄はなかった。


 槌を振り下ろす度に響く音が空気を震わせる。槌が響く音、炎が弾ける音以外なにも音がしなかった。その静寂の中、金属が意志を持つかのように形を変えていく。


「見惚れるような作業ね。」


 思わずこぼれた言葉に隣のエヴァが答える。


 「リーヴァは声を聴くんだ。金属の’’声’’をな。」


「金属の’’声’’……?」


 オリビアが問い返すと、エヴァが頷く。


「炎と金属の間には、かすかな律がある。リーヴァはそれを聴き分けるんだ。」


 

 

 リーヴァが動きを止める。流れる汗を腕で拭い、静かに目を閉じ息を整えている。


 そして、炉の光に照らされるミスリラの塊を見下ろしながら呟く。


「ーーこいつはまだ、目を覚ましていない。」


 


 再び、槌の鳴る音が木霊する。


 金属が火花を散らし、青白い閃光が天井を走る。


 窓の外は既に夜の帳が下りて暗闇が支配していた。


 リーヴァの背は細いが、その一打一打には迷いがない。


 オリビアはその姿に、かつてのアルノーの後ろ姿を重ねた。


 信念に生きる者の背中ーー姿形は全く共通点がなく似ていない二者だが、どことなく同じものを感じた。


 


 やがて、リーヴァは槌を置く。


 炉の光が少しづつ落ち着き、鍛治場には変わらず静けさが支配している。


「起きろ。」


 冷却槽に沈められた大剣が、蒸気をあげながら鳴いた!


 リーヴァは時間を置いたのち、冷却槽から大剣を引き上げる。その背中は汗がひどく、エプロンがぴったりと肌に張り付いている。


 その光景からは、まるで産まれたばかりの命の声を聴いたような気がした。


 大剣の刀身は限りなく蒼いーーそして、透けて淡く光を放っている。


「……これが、’’ミスリル銀’’の息吹…?」


 オリビアがそう呟く。


 ミスリル銀の装備は王国でもオリビアは何度も目にした事がある。しかし、王国で観たミスリル銀の装備とは明確に異なっている気がした。


「違う。あれは蒼銀。人間は’’ミスリル聖銀’’と呼んでいる。熟達の域に達した鍛治師にのみ鋳造が可能な金属だ。」


 その色は一度見たことがあったことをオリビアは記憶の海から思い出す。そうだーーC-7砦で交戦。水の魔力に覚醒する際に相対した帝国軍の指揮官らしき者が扱っていた武器と同じカラーだ。


 敗北の事が一時頭をよぎったが、目の前の大剣の蒼い刀身に目を奪われた。

 

「とても綺麗。」


 肩で息をしており俯いていたリーヴァは、顔をあげた。


「完成だ。戦士ガレン。手を。」


 ガレンが一歩、前に出て頷く。彼の大きな手が静かに柄を握る。


 その瞬間、蒼い大剣の刃が淡く光を放つ。


 まるで持ち主を認めるかのように。


 ガレンは目を見開いた。


「……素晴らしい剣だ。」


 短く、低い声。だがその一言に、すべてが詰まっていた。




 オリビアは二人を見つめながら、胸の奥で静かに息をつく。


 ーーこうしてまた、私たちに一つ’’力’’が生まれた。


 それは破壊のためではなく、私たちが未来を切り開くためのもの。


 炎の残り香が、夜風に溶けていく。


 新たな刃が、その光の中で静かに輝いていた。


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