第三十六話 盟約の夜
プラティニウムが見つかってから、数日が過ぎた。
森を包む朝霧は淡く、陽の光が葉の隙間を縫うように射し込む。
鉱石の搬送路には新たな轍が刻まれ、サンドを中心とした採掘班が汗に光る背を見せていた。
未だ鉱石は“素材”のまま。だが確保は着実に進み、彼らの手で運ばれるたびに拠点の広場には、淡く輝く石の山が少しずつ積み上がっていく。
その光はまるで、希望の破片のようだった。
そんな折、昼下がりの風に混じって蹄の音が近づいた。
拠点の門を抜けて現れたのは、エルビスと――その後ろに続く十名ほどの影。
いつもの険しさを纏いながらも、どこか穏やかな気配を纏っている。
オリビアは玄関口に立ち、微笑を湛えて迎えた。
「久しぶりね、今日はどうしたの?」
エルビスは周囲を一通り見渡し、拠点の整然とした光景に目を細めた。
そして、懐から一通の封書を取り出し、オリビアに差し出す。
「里の長からだ。お前達に礼がしたいと。私も改めて礼をしたい。日程は……二日後だ」
オリビアは即座に頷いた。
「わかった。準備をしておくわ。では、二日後に」
エルビスは短く頷き、しかし去り際に一言だけ付け加えた。
「 あぁ、迎えはこちらが出そう。結界もあるのでな。人選は任せるが、オリビア・エルフォード――お前は必ず来い」
その言葉を残し、エルビスたちは森の奥へと姿を消した。
オリビアはすぐに主要メンバーを集める。
焚き火の明かりが灯る会議室。皆の顔には、次の展開を察する静かな緊張が走っていた。
オリビアが手紙を広げ、内容を読み上げる。
聞き終えたセレナが最初に口を開いた。
「それなら私の部隊がここに残るわ。それなら守りもある程度なら可能だし、最悪の場合でもみんなに伝達も早い段階で可能だしね」
続いて、ガレンが口を開く。
「私も残ろう。先の戦いで武器を失っている。もし何かあっても今の私では皆の足手纏いになるのでな」
エルドゥが大きな声で笑う。
「なら、オレ様も残るかな。そもそもダークエルフの所に行ってねぇしな。それにオレ様は難しい話はわからねぇ。ガハハハ!」
オリビアは三人の顔を見渡し、軽く笑みを浮かべた。
「わかったわ。では、私、ラウニィー、サンドでいきましょう。セレナ、ガレン、エルドゥは拠点の守りをお願い。ラウニィーとサンドは部下を五人ずつ連れてきて」
全員が頷く。
そして二日後。
森の結界の外に、ダークエルフの迎えが現れた。
三人は馬に跨り、朝靄の中を進み出す。
風の匂いが変わっていく。森が深くなるほど、空気が澄み、音が静まる。
――ダークエルフの里。
それは、まるで世界の記憶が凝縮したような場所だった。
木々は天を覆い、枝の隙間から漏れる光が柔らかく揺れる。
花は無数に咲き、翅を光らせた虫たちが舞う。
空気そのものが命を持つかのように、微かに震えていた。
入り口には、エルビスが立っていた。
「来たか」
オリビアたちが馬を下りると、エルビスは部下たちに手で合図を送る。
「ご苦労。お前らは下がれ。ここからは私が案内する」
オリビア、ラウニィー、サンド――三人は静かに頷き、エルビスの後に続いた。
木漏れ日の下を進むたび、里のダークエルフたちが目を丸くし、低くざわめく。
エルビスが振り返り、淡く笑う。
「我らダークエルフは基本的に外界との交流をせず、大半の者は一生を里で過ごす。
それ故に外から来たお前達が珍しいのだろう。あまり気にするな」
やがて、視界が開ける。
石と木を組み合わせた荘厳な建物。その奥――長の間。
中へ入ると、六人の老いたダークエルフが並び、最奥の席に座す一人の女性がいた。
琥珀色の右眼と、碧色の左眼。
黒髪は流れるように長く、その背を覆う。
引き締まった体には威厳と静謐が同居していた。
彼女が口を開く。
「よく来てくれた。私がこの里の長をしている、エヴァ・エルスだ。ちなみにエルビスは私の弟だ。まずこの里の危機に助力頂いたこと、感謝する。それに私の弟を助けてくれたことにも重ねて感謝する。ありがとう」
エヴァは深く頭を下げた。
オリビアは一歩前に出て、静かに答える。
「頭を上げてください。私達はあなた達がいることを知らなかったとはいえ、あなた達が守っていた森に無断で拠点を作ってしまった。申し訳ない」
エヴァは微笑み、頷いた。
「貴殿は優しいのだな。少し、昔話をしてよいか?」
そう言って、彼女は席を勧めた。
「私たちダークエルフの起源を知っているか?」
オリビアは首を横に振る。
「私たちダークエルフも、もとはエルフだったんだ。
ダークエルフという種族は、元々存在していなかった。
もう千年ほど前になるかな。
私も当時はまだ産まれたばかりの赤ん坊だった。
その頃のエルフは、今のように人間社会とは交わらず、森に根づいた独自の社会を築き、静かに生きていた。
だが、ある時――人間が攻めてきたのだ。
後になってわかったことだが、彼らはエルフの“性質”を自分たちに取り入れるためだった。
私たちエルフ族は人間とは少し違う。
魔力そのものが生命エネルギーなんだ。
だから長寿で、外見もほとんど変わらない。
ただし個人差はある。
魔力を体に留めておけなくなれば、老いが一気に進む。
人間が欲したのは、この“性質”だ。
エルフはもともと争いを好まない種族だ。
魔法には長けているが、戦闘技術と魔力量の高さは別物だからな。
――そしてそのとき、エルフは二つに分かれた。
戦う者と、戦わぬ者に。
やがて戦争が始まった。
それは悲惨なものだった。
森は焼かれ、仲間は殺され、
命が大地に還るたびに、緑は灰へと変わっていった。
そして戦いが終わったとき、私たち“戦いを選んだ者”は森へ帰った。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
戦わぬことを選んだエルフたちは、当時の里を捨て、生き延びる道を選んだのだ。
……戦った私たちは、一体なんのために剣を取ったのだろう。
仲間たちは、何のために死んでいったのだろう。
その憎しみと虚しさは、戦わなかったエルフにも、そして人間にも向けられた。
やがて、そうした恨みと憎悪を抱えたまま、我々は世代を重ね――
いつしか今の姿に近づいていった。
そしてその見た目から、いつの日か人々は私たちをこう呼んだ。
“ダークエルフ”と。
今となっては昔のことだ。
あの時代を知る者も、最早ほとんど残っていない。
だが私は――
戦争が、心底憎いのだ。
この感情は、一度たりとも消えたことがない。
その上で問おう、オリビア殿。
貴殿は、ここから先に何を見る?」
静寂が広がる。
オリビアはまっすぐにエヴァを見返し、短く息を整えた。
「私の……私たちの敵はただ一つ。【戦争】そのものよ。私たちはこの世界に蔓延る戦争の火種をすべて打ち破る。武力を持ってしても」
その言葉に、ラウニィーとサンドは深く頷いた。
エヴァはゆっくりと立ち上がり、右手を差し出す。
「わかった。では、オリビア殿、我らダークエルフは同盟を結び、共に進むことを盟約として結ぼう。もちろんそちらが良ければだが。私達は今ここにオリビア殿達と共に歩むことを誓おう。後日正式に書面を交わしにこちらがそちらへ伺うとしよう。皆、よいな」
老たちが一斉に頭を下げる。
「オリビア殿、私の事はエヴァと呼んでくれ。我らは対等な仲間だ」
エヴァは微笑みながら右手を差し出した。
オリビアはその手を握り返し、微笑んだ。
「わかったわ、エヴァ。こちらこそよろしく。私のこともオリビアと呼んでくれて構わない」
こうして、人とダークエルフの間に、世界で初めての盟約が結ばれた。
そして、オリビア達は帰路につくのだった。




