第三十四話 戦乙女の帰還
オリビアたちがスフォンジーの森を発ってから、十日が経とうとしていた。
朝霧が薄く漂い、仮設拠点の鍛冶場からは火花が散っていた。金属を叩く音と、セレナの的確な指示が響く。
ガレンの隊は南の丘陵を越え、ミスリラ鉱脈を発見していた。青白く光る鉱石が岩肌の中に眠っている。
戦場とは思えないほどの達成感が拠点を包んでいた――その矢先だった。
見張り塔の笛が鳴った。
「報告! 拠点から南方十キロメディル先に大量の魔物が発生! それをダークエルフが迎撃中とのことです!」
土埃を上げて駆け込んできたレンジャー隊員の報告に、周囲がざわめく。
ガレンは即座に駆け寄り、低く問う。
「状況は?!」
「拠点から南方に10キロメディルほどの距離あたりに大量の魔物が発生しており、それをダークエルフが対処している模様です!」
報告を聞くなり、ガレンは頷き、声を落とす。
「ふむ、よく報告してくれた。休むといい。」
(まずはエルドゥ殿とセレナ殿にも共有せねば!)
報を受けたエルドゥは拳を鳴らし、真っ先に叫んだ。
「じゃあおれ様がここを死守する! ガレンとセレナはダークエルフを助けてやってくれねぇか? おれ様はあいつらに過去に見逃してもらってる。ここであいつらを見殺しにはできねぇ!!」
その声は拠点全体に響いた。
「本当はおれ様が行きてぇが、おれ様が行くよりも戦術に長けてる2人が行く方がいいと思うんだ!」
ガレンはその想いを汲み取り、力強くうなずく。
「承った。そして、エルドゥ、そなたの心意気もぜひダークエルフ達に伝えてこよう!」
エルドゥは満足そうに笑い、拳を突き合わせる。
セレナは微笑を浮かべてその様子を見ていた。
「ガレン、指揮を取って! オリビアがいない今、指揮を取れるのはあなたしかいない! 頼んだわよ!」
その言葉に、ガレンの眼差しが鋭くなる。
「私とセレナ殿はダークエルフ救援に向かう!! フィオ、カイルは私と同行! セレナ殿は十人を率い、私と共に現場へ! エルドゥ殿、それ以外のものは拠点防衛を厳戒態勢へ移行! 全員配置につけ!!」
力強い号令が響いた瞬間、拠点が一斉に動き出した。
馬蹄が地を叩く。
ガレンとセレナの一行は、報告のあった南方へ向かって疾駆していた。
「セレナ殿の隊は私の隊の援護を頼む!」
セレナは笑顔で拳を突き出す。
「了解!」
風を裂き、森を抜けた。灰色の空、遠くに上がる煙。そこが戦場だった。
ダークエルフの前線。
結界の残骸が地に散り、炎がゆらめいていた。
血に濡れた大地、倒れた戦士たち。
敵は三十を超える魔物の群れ。その中に――ひと際巨大な影があった。
黒い外皮に赤い脈動。魔力の奔流が大地を揺らしていた。
ガレンは状況を一瞥し、即座に叫ぶ。
「フィオ! 倒れているものの手当てを! カイルは私の援護を頼む!」
「了解っ!!」
そして、声を張る。
「ダークエルフの戦士達よ、オリビア一行のガレン! 助太刀する!」
血まみれの戦士がこちらを向き、息を荒げながら言った。
「助太刀感謝する。だが、貴殿はそのまま里へ向かって頂けないだろうか。結界が破られ、中にまで魔物が入ってしまっている。ここは我らで事足りる。」
彼らの覚悟は、命の灯そのものだった。
ガレンは短く答える。
「……承知した! 武運を!」
馬を翻し、里の内部へ駆け込む。
中ではエルビスが奮戦していた。
「エルビス殿、先鋒の戦士に言われ助太刀に来た!」
「感謝する。だが、ここは大丈夫だ。この奥は非戦闘員がいる区画だ、そちらを頼む!」
エルビスの声は掠れていたが、判断は冷静だった。
ガレンは頷き、さらに奥――居住区へと走る。
視界の先、木造の家々が炎に包まれていた。
その中心に、異形の巨影。
――人の形をした魔獣。
体高四メディル。漆黒の皮膚は岩のように硬く、全身を赤い線が走る。
眼光は獣のそれではなく、何かを計算するような理性の光を帯びていた。
「……っ!」
ガレンの喉が震えた。
息を吐くたび、熱波が肌を焼く。
空気が重く、魔力が濃い。
戦場そのものが、敵の支配下にあるようだった。
「カイル! 私が切り込む! カイルは援護をしてくれ! その上で里の者を守れ!セレナ殿の隊も里の者の避難と救助を!」
「了解!」
剣を抜く音が、戦場の音を断ち切る。
ガレンは魔力を全身に巡らせた。
筋肉が軋み、骨が鳴る。身体強化。
地を蹴った瞬間、視界の端が流れる。
巨獣の腕が動く。
その速さは視認できる限界を超えていた。
――ドガァン!!
衝撃が走り、風が爆ぜる。
ガレンは間一髪で身を翻した。地面が裂け、砂塵が吹き上がる。
(……速い! 重量と速度が両立している……!)
地を転がりながら距離を取る。
魔獣が吠えた瞬間、耳の鼓膜が軋む。
「――来いっ!」
ガレンは雄叫びと共に駆けた。
足元の石を蹴り、跳躍。剣を振り下ろす。
金属音が響き、刃が皮膚を弾かれる。
「硬い……だが!」
再び斬撃。三撃、四撃――火花が連続する。
それでも切れない。
刃が跳ね返るたび、衝撃が腕に突き刺さる。
魔獣の反撃。
巨腕が唸り、ガレンの腹部を狙う。
「ぐぅっ!」
防御が間に合わない。
拳が空気を押し潰し、風圧だけで体が吹き飛ぶ。
背中が木に叩きつけられ、息が漏れた。
「……はぁ、っ……!」
視界が白く霞む。だが、止まれない。
再び立ち上がり、構える。剣先が震えている。
(ここで退けば、あの奥の民が死ぬ……!)
走る。踏み込む。
刃が閃き、今度は関節を狙う。
「せぇぇぇいっ!!」
ガレンの剣が、巨獣の膝裏を裂いた。
黒い血が弾ける。
巨獣がよろめく――しかしその目には怒りが宿っていた。
腕が振り下ろされる。
咄嗟に剣を掲げたが、音が違った。
――バキィィッ!!
剣が折れた。
破片が飛び散り、頬を裂く。
次の瞬間、巨獣の拳が腹部に命中した。
「――がっ!!」
視界が跳ね、地面が遠のく。
木に叩きつけられ、意識が飛びかける。
耳鳴り。鉄の匂い。
朧げな視界の中、逃げ遅れた少女の影が見えた。
「っ!! くそっ! 逃げ遅れたのか!」
魔獣が視線を向ける。
ガレンは動こうとするが、ダメージで動かない。
「ここで……動かなければ……わ、私はっ……!」
巨獣の拳が振り上げられる。
――その瞬間。
空気が震えた。
風が、音もなく空を切った。
次の瞬間、巨獣の身体が四つ裂きになっていた。
その光景を見たガレンは雷に打たれたかのような衝撃が走る。
(なっ!!私が苦戦していた敵を一撃で屠るなんてっ!なんと....美しい....ま、まさに銀の戦乙女....)
血が霧のように舞い、月光に染まる。
その中央に、銀髪が月明かりに揺れた。
「……オリビア殿っ!!」
ガレンの声が震えた。
月を背に、銀髪を揺らめかせながら銀の戦乙女が立っていた。
オリビアは逃げ遅れた人影の方へ駆け寄り、
「ラウニィー、あの子をお願い!」
声を飛ばすと、振り返り、ガレンのもとへ向かう。
「ガレン、立てる? 遅くなってごめん!」
右手を差し出した。
その笑顔は、戦場の中で唯一の安息だった。
「私は大丈夫だ。それよりもここ居住区だけではなく、里の入り口も魔物がいてエルビス殿が応戦している。そちらの手助けを願いたい!」
「そっちはサンドがいるわ! さっきのでおそらく最後よ! それより私の肩を持って!」
二人は並んで歩き出す。
瓦礫の中を抜ける風が、血と煙の匂いを運んだ。
「オリビア殿、申し訳ない……私は……不甲斐ない……!」
ガレンの声が震える。
オリビアは微笑み、穏やかに言葉を返した。
「ガレン、あなたがいなければ今頃この居住区は壊滅していたわ。それにさっきの女性もおそらく助からなかった。あなたの迅速な判断と対応力に、みんなが救われたの。例え周りが、あなた自身がなんと言おうと、私はそんなあなたを誇りに思うわ。ありがとう、ガレン。」
その言葉に、ガレンの頬を伝う涙が月明かりに光った。
その後、二人はエルビスのもとへ向かった。
戦いは終わり、里には静けさが戻っていた。
「今回は助けられた。感謝する。おそらく我らの長から追って連絡がいくと思う。拠点までは我らが送ろう。それから多くはないが物資を少し馬車に入れておこう。皆に振る舞ってやるといい。」
オリビアは微笑んで頷く。
「感謝するわ。」
馬車に揺られながら、拠点の灯が見えてきた。
エルドゥが走り出し、声を張り上げた。
「みんな!! 大丈夫だったのか?! ケガしてるやつは?! 敵はどうなった?!」
「エルドゥ落ち着いて! 質問が多すぎるわよっ!」
ラウニィーのツッコミに、場の空気が一気に和らぐ。
笑い声があふれ、夜風が焚き火の匂いを運ぶ。
オリビアは馬車を降り、全員が見える位置に立った。
皆の視線が自然と集まる。
「みんな、十日もの間拠点を守ってくれてありがとう! 拠点を守ってくれたもの、ダークエルフの里の救援に向かってくれたもの、みなの力があって、ダークエルフの里、人命を守ることができた! これみんなのおかげよ! エルビスから少し物資をもらったわ! 今日はみんな英気を養いましょっ!!」
歓声が上がる。
エルドゥは両手を上げて叫び、サンドは笑いながら酒の方へ向かう。
セレナはやれやれと微笑み、ガレンは仲間たちに囲まれていた。
ラウニィーがオリビアに近づき、にっこり笑う。
「リヴィ、今回もお疲れ様♪」
「ラウニィーもそばにいてくれてありがとう。」
杯が掲げられた。
火の粉が夜空に舞い、笑い声が森に溶けていった。
――戦乙女の帰還。
それは、戦場に戻るためではなく、仲間たちのもとに“帰る”ための言葉だった。
一方、ダークエルフの里では.....
医務室で救助されたものが集まっていた。
「リーヴァ!次はあなたの番よ!」
治療の補助をしていたダークエルフの女性が次の者の名前を呼ぶ。
呼ばれたダークエルフは間一髪でオリビアに救われた少女だった。
その少女は一人で呟いていた。
「あれが銀の戦乙女....。あの武器は間違いない!ルナイトを素材にしている!!」
そのダークエルフの少女は呟きながら目を輝かせるのであった。




