第三十三話 森の奥の灯火
オリビア達が灰の市場の闘技場へ向けて出発してから数日経過した頃。
丘の上で、俺はまだ彼女達の背中を思い出していた。
「ガレン中隊長、提示された作業は完了しました。次は如何致しましょう?」
考え込んでいた俺に、部下から声が掛かる。
「…ご苦労だった。これで最低限の設備は整ったな。」
丘を見下ろせば、監視台となる櫓と、丸太で組まれた仮設の住居。
湖畔には竈門を備えた炊事場や衛生施設を整える事ができた。
ーここが、新たなる道を開拓した我等の礎となる砦。
(エルドゥ殿を始めとする、レンジャー隊の貢献が大きいな。森の恵みで部隊を飢えさせずに済んでいる。)
(ラウニィー殿はオリビア殿を支え、サンドは【爆雷の魔女】の一撃を防いだ。そしてセレナ殿は王都で噂を操り道を作った。)
それぞれが、自分の力を果たしている。
(それに比べて俺はーー)
「…ガレン中隊長?」
再び呼ばれ、我に帰る。しまった。部下が目の前に居たのを忘れていた。
「おっと、すまぬ。考え事をしていた。」
ガレンは配下に向き直る。
(いや、考えていたというより、迷っていたのかもしれんな。)
「そうだな。作業。ご苦労だった。昼まで休んでいい。」
「…ハッ!」
部下が離れるのを見送りながら、俺は拳を握った。
(…彼女らが留守にしている間、俺にできることを、今やらねばならない。)
エルドゥの姿を探すと、彼は周辺で討伐した獣や敵性生物の解体をしていた。
彼は額の汗を拭いながら、快活な声でこちらに手を振る。
「ガレン隊長じゃねえか!どうしたんだ?」
「エルドゥ殿をはじめ、レンジャー隊のおかげで食糧も行き渡っている。まずは礼を言いたくてな。」
「よしてくれよ!ガレン隊長!オレさま達が食糧の調達に集中できたのは、ガレン隊長や男衆が設営まとめてくれたおかげさ!」
意外な言葉に、俺は目を瞬かせる。
「お互いの得意分野で支え合ってるだけさ!……ま、オリビアとラウニィーの采配あってのことだろうけどな!」
「ははは。そうだな。」
エルドゥの笑顔と言葉に、不思議と肩の力が抜けた。
「ところでガレン隊長。何か相談があったんじゃねぇのか?」
「……ああ。」
「立場は違ったが、もう’’中隊長’’ではない。呼び方はガレンでいい。」
「それならオレさまの事もエルドゥでいいぜ!」
2人は目を見合わせ、お互い頷いた。
「それで本題なんだがーー」
俺は先日の【爆雷の魔女】の襲撃、またオリビア殿は敵性は無さそうと見込んでいるようだがエルフの存在について話した。
ガレンの話をエルドゥは真剣な表情をしながら傾聴する。
「危険は去っていない。武器が要る。」
エルドゥは頷いて言葉を返す。
「そうだな。食い物はなんとかなっているが、それだけじゃ守りきれねえ。」
「…森の更に奥地へ行けば山がある。もしかしたら鉱脈が眠っているかもしれねぇ。」
エルドゥの呟きに俺は頷いた。
「…可能性があるなら、確かめる価値がある。」
そうして俺とエルドゥ、セレナが三人で打ち合わせを行い、探索隊の準備が始まった。
多数を拠点から動かす訳にいかないためエルドゥとセレナは拠点で指揮を継続。
俺は自身の元配下を半数。そしてガイドとしてエルドゥ配下のレンジャーを数名率いて、森の奥地の探索を実行することとなった。
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森の奥地で
アタシは【フィオ・カルバトス】
そして、陣の対向にはアタシの双子の兄【カイル・カルバトス】。
今、アタシたちは隊長ーーいや、ガレンさんの依頼で、森の奥地を共に進んでいる。
アタシ達【カルバトス兄妹】は王国の平民上がりで、昔からずっとお世話になっている。
ガレンさんがまだ小隊長だったころからだ。
何度も命を救われた。
アタシ達は平民上がりだったが、貧民街上がりでもガレンさんは’’理想’’そのものだった。
けど、あの一騎打ちの夜。
あの人は負けたーー山のような大男に。
ガレンさんほど王国有数の実力者であれば、そんな山のような体格の大男でも打ち破れるだろうと思っていた。
しかし、その一激闘の末にガレンさんは敗北してしまった。
その決闘が原因でガレンさんは死にこそしなかったものの、多大なダメージを受けた。
その大男はガレンさんと同じく正々堂々とした佇まいだった。
一騎打ちをする際のやり取りを全て側で聞いていたが、敵ながら非常に漢気のある男であった。そんな男が何故クーデターに力を貸すのか疑問に思ったほどだ。
打算的なアタシは中隊の力を持って制圧するよう上申しようとしたが…あの大男に先手を打たれ、時遅しだった。
ガレンさんは大男の想いを汲み取ったのか、大男に賛同する者を中心に配下の半数ほどを託していた。
信じられなかった。クーデターにあのガレンさんが与するなんて。
だが内容を聞いていた以上、無視できるものでもないとも思った。
しかしながら自分が生きることで精一杯のこの世界で、自身の危険を顧みず信念に基づいて行動に移すことなんか、絶対できやしない。
そんな想いだったアタシは当然、ガレンさんの元に留まった。それはアタシだけでなく双子の兄のカイルもそうだ。
アタシは光属性魔法に適性があり、中隊の中で最も回復技能が高い。
ガレンさんのリカバーのために離れられないという事実もあった。
アタシが光魔法で回復している間、ガレンさんはアタシ達へ想いを打ち明けた。
「フィオ、カイル。話は聞いていただろう。あの話は十中八九、真実だ。マイケル大隊長も似たような事を匂わしていた。恐らく国王や元帥も噛んでいるだろう。」
アタシはその事実に背筋が寒くなるのを感じたが、ガレンさんの言葉を聴きながら無言でとにかく治療を続けた。横で聞いていたカイルも恐らく同じ気持ちだったと思う。
「動けるように回復したら俺はサンドに付いていった隊員の後を追う。お前達は平民出身だろう。だから…無理はしなくていい。俺を回復した後は王都へ戻るんだ。」
その言葉の裏にある気持ちを感じ取り、アタシは治療を続けながらも目が霞んできたのがわかった。鼻水も止まらない。
そしてガレンさんを挟んで向かいにいる兄カイル、彼は殆ど表情に出さない人間だが同じような気持ちになっているのはよくわかった。アタシ達は双子だから。
「ずっと…ずっと…隊長に世話になって命を何度も救われた!アタシはずっと力になりたいと思ってた!隊長が行くなら…アタシも行く!!!」
視界が霞んだのが涙だと気づいた時、アタシは生まれて初めて自分で重大な決断を下した。
兄カイルも同じ気持ちのようであると取れた。
「止めても無駄だろうな。ならばオレも行く。」
※※
「フィオ!前!」
不意に兄の低い声に我に返る。
ガレンさんの前に巨大な影が立ちはだかっていた。
「……キラーホースだ!ヤツのツノは巨木も折り岩も砕く!危険だ!ガレンの旦那!」
先導していた年配レンジャーの叫びと同時に、地面が大きく震え、大きな咆哮が耳に響くーー!
赤黒い巨体、ねじれたツノ、筋肉がまるで丸太のようになった四肢。
巨大な岩石が山を滑るように突進してくるーー!
「フィオ!」
「わかってる!」
アタシは銀扇を開く。
「〈ライト・レイン〉!」
光の奔流が雨のように降り注ぎ、巨馬の突進を一瞬鈍らせた。
「カイル!」
「行くぞ…!〈フレア・バースト〉!」
カイルは魔法書を展開し、複数の火の矢が空を裂く!
左右から挟み込むように、火と光が走った!
衝撃と共に熱風が吹き抜け、森を震わせ落ち葉が舞い上がる!
爆ぜる閃光の中、キラーホースは苦しげな咆哮を上げたがなお突進は止まらない!
「なっ…!」
その赤黒い巨大な物体はアタシ目掛けて突進し、次の瞬間、巨馬のツノが巨木をへし折った。
風圧が肌を切り裂き、アタシは吹き飛ばされそうになる!
その刹那、黒い影が割り込んだ。
「ガレンさん!」
黒剣の一閃。
炎と光の激しい残滓の中を抜けて、黒い閃光が走った。
巨馬の首が宙を舞い、赤い霧が空に散る。その巨体は轟音を立てて崩れ土埃が舞う。
「すげぇ…!あの凶暴なキラーホースを一刀両断かよ!」
レンジャーは驚愕の声。
残心を解いたガレンさんはキラーホースの死体に目をやる。
「食えるか?素材にできそうなら解体して一緒に持ち帰ろう。」
ガイドのレンジャーと一緒に解体を始めたガレンの横顔はどこか楽しそうだった。軍にいたころには、みたことない表情。
「フィオ、油断するなよ。」
「わかってるって!…そういえば…ここってホントいろんな素材があるよね。」
兄の声に軽く返しながら、アタシは空を見上げた。木々の隙間から光が差し込む。
今に至るまでには辛い道のりや生活が続いた。
「…そうだな。」
普段、無口で表情を出さない兄カイルが僅かに口角を上げたのをアタシは見た。
(不安もたくさんあった。これからも大変なことはあると思う。でもこれでよかったんだよね。アタシたち。)
2人の笑顔を見たアタシは選んだ道が間違いではないと実感しはじめていた。
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キラーホースを討伐した後、さらに森の奥へアタシ達は歩みを進める。
森の霧が薄れ、視界が少し良好になる。その先は岩肌が露わになっていた。
その岩肌の裂け目に、アタシは刹那の小さな光の灯を見た気がした。
「…あれ?光ってる?」
アタシは不思議に思いながら岩肌に近づく。
光が岩に反射し、微かな青みを帯びた銀色の筋が見える。
「これは…まさか銀の鉱脈なの!?」
ガレンさんが近づき、岩肌に手を当てている。
アタシも引き寄せられるかのように、岩肌に手を当ててみた。
ひんやりしている。しかし冷たさの中に僅かに優しい感じを感じた。
岩肌に手を当てたガレンさんが驚いた表情をし、衝撃の事実を話し出す。
「いや…違う…これは銀鉱脈なんかじゃない。」
「これは…ミスリラ鉱だ」
ガレンさんの言葉にアタシもカイルも目を見開いた!
「こんな辺境の地にも希少金属のミスリラが…!」
フィオは空を見上げた。木々の隙間から一筋の光が降り注いでる風景は美しかった。
(…森がアタシ達を受け入れてくれたのかな?)
ガレンがゆっくりと拳を握った。
「ここだ。この地こそ、俺たちの’’再起の礎’’になる!」
アタシは心に希望の灯火が宿った気がした。




