第二十七話 暁、再び集う
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※2025/12/11 0:54修正
夜の底がほどけはじめた頃、森の東端に二つの影が現れた。
ひとりは、燃えるような紅の髪を風に揺らしながら、軽い息を整えるラウニィー。
もうひとりは、黒髪の裾を指で払いつつ歩調を合わせるセレナだった。
二人の靴底には、長旅の泥が乾いてひび割れている。
「……なんとか、夜明けには間に合ったみたいね」
ラウニィーが小さく笑う。声には疲労と安堵が混じっていた。
セレナは頷き、短く息を吐く。「王都はもうざわついている。あなたの言葉通り、情報は確実に広まってるわ」
「うん。『飛空艦は、人を燃やして飛ぶ』――この事実が、王国中に広まれば……もう、止められない」
ラウニィーの金の瞳が、木々の間から差し込む朝の光を映した。
セレナは背中の短剣の感触を確かめながら、ふと遠くの焚き火の煙を見つめる。
「……戻ろう。きっと、あの人はもう次の動きを考えてる」
草葉を踏む音が二つ。
やがて彼女たちは、森の奥で待つ仲間たち――オリビア、サンド、エルドゥ、ガレンのもとへと歩を進めた。
新しい朝。
静かな風が、再び集う者たちの肩を撫でていった。
「リヴィ!!」
「ラウニィー!セレナ!おかえりなさい!別働隊での仕事、ありがとう。二人ともまずは少し休んで。」
「完璧よ!ありがとっ♪、休みがてら報告するわ」
オリビアはラウニィーとセレナに温かい飲み物を渡す。
無事王国に潜入し、流布には成功、国民の中では王国に対する不信感を抱くための火種は撒くことができた。
ただ、どこまで影響するかは今後の軍の動きによる。といった報告だった。
道中にラウニィーとセレナは少し交友を深めたようで出発前と比べ、少し会話が弾むようになっていた。
オリビアは腰に下げた地図を押さえながら立ち上がった。剣はない。今はその重みよりも、守るべき人たちの気配が心を満たしていた。
「サンド、エルドゥ、ガレン。」
声をかけると、皆がそれぞれの動きを止め、彼女の方へ向かう。
五人が焚き火の灰を囲むように並んだ。ラウニィーは朝露で濡れた髪を軽く結い直し、サンドは肩に掛けた盾を地面に突き立てる。エルドゥはまだ眠そうに欠伸を噛み殺し、セレナは静かに姿勢を正し、ガレンは無言で腕を組んだ。
オリビアは深呼吸して、彼らを見渡した。
「まずは……ありがとう。」
短い言葉だった。けれど、その声に含まれた感情は、誰よりも重かった。
戦いをくぐり抜け、失ったものの上に今がある。その現実を、全員が同じ温度で感じていた。
「ここまで来られたのは、皆がいたから。
私は一人じゃ、きっと折れていた。」
その言葉に、ラウニィーが小さく笑う。
「折れたとしても、私が引っ張り起こしたわ。」
サンドが照れくさそうに鼻を鳴らす。
「ったく、相変わらず口が減らねぇ。」
オリビアは微笑み、けれどすぐに真顔へ戻った。
「私たちがいま立っている場所は、もうどこの国でもない。
旗も、命令も、名誉もない。ただ、生きているだけの者たち。」
指先で地面の土をすくい上げる。乾いた粒が掌を滑り落ち、風に散る。
「でも、この土の上に何かを築くなら、最初に確かめたい。
――私たちは、どこへ向かうのか。」
焚き火の跡を囲む円に、沈黙が落ちた。
オリビアの瞳が仲間の顔を順に見つめていく。
「過去のこと、今の気持ち、そしてこれから。一度、互いに話しておきたいの。私から話すわ。」
彼女の声は静かで、夜明けの空気よりも澄んでいた。
「私は、母を幼いころに失った。
貧しい街で、戦争のせいで、人の心が壊れていくのを見てきた。
姉は徴兵されて……帰ってこなかった。
それでも、私の隣にはラウニィーがいてくれた。
笑って、叱って、泣いてくれた。
あの子がいたから、私も笑うことを覚えた。」
ラウニィーは少し俯き、焚き火の灰をつま先でそっと掻いた。
「……そんな言い方されたら照れるじゃない。」
「事実だから。」
短いやり取りに、ほのかな温かさが戻る。
オリビアは少し空を見上げた。薄い雲が流れ、朝の光がその間から覗いている。
「私は戦ってきた。でも、本当は戦いなんて終わらせたかった。
帝国を倒すことでも、王国を守ることでもなくて――
戦争そのものを終わらせたい。
誰かが奪うことでしか生きられない世界を、変えたいの。」
ラウニィーが小さく頷く。
「リヴィ、あんたらしいね。」
エルドゥが腕を組みながら唸るように言う。
「でけぇ夢だな。けど、嫌いじゃねぇ。」
セレナは瞳を細めた。
「戦いを知る者だけが、戦いを終わらせられる……そういうことですね。」
ガレンが息を吐く。
「確かに。俺たちは戦場でしか生き方を知らない。でも……今なら、学べる気がする。」
オリビアは静かに微笑む。
「そう。だから、まずはこの世界を知ることから始めたい。
生きる術を持ち、人を知って、世界を見て。
一人では到底叶わない夢だけど……皆となら、進める気がするの。」
サンドが拳を胸に当て、笑いながら言った。
「当たり前だ! オレらがいる。オリビアが前に立つなら、オレは盾になる。」
「ありがとう、サンド。」
「礼なんざいらねぇ。守るのがオレの役目だ。」
エルドゥが肩を竦める。
「じゃあ、俺は斧を振るう。森でも砦でも、壊すもんがあれば任せろ。」
「壊すだけじゃなく、作る方も頼むわね。」とラウニィーが笑う。
「へいへい、心得た。」
セレナが静かに口を開く。
「私は……ずっと何かに縛られて生きてきた。
命令も、家の名も、全部“与えられたもの”だった。
でも、ここでは違う。自分で選べる。
その選択を、この手で守りたい。」
ガレンは拳を握り、視線を遠くへ投げた。
「俺は貧しい街で生まれた。
泣くことを許されなかった子どもたちを、今でも覚えてる。
守られるべき人を守る――それが、俺の答えだ。」
ラウニィーが少し息を吐いて、にっこり笑った。
「いい仲間ばっかりね。……私も言うね。
リヴィ、私はあんたと同じ景色を見たい。
どんな世界になっても、あんたの隣で生きてたい。」
その言葉に、オリビアは何も返せなかった。ただ小さく頷き、微笑んだ。
静かな時間が流れた。焚き火の灰が風に揺れ、朝の光が丘を包む。
オリビアはもう一度みんなを見渡した。
「ありがとう。……本当に、ありがとう。
これから何があっても、私は皆を信じる。」
エルドゥが突然手を上げた。
「なぁ、一つ決めとこうぜ。」
「何を?」とサンドが眉を上げる。
「リーダーだよ。群れにゃ旗印がいる。
オリビア、悪いが……お前しかいねぇだろ。」
皆の視線が一斉にオリビアへ向いた。
「え……ちょ、待って。」
「もう決まりだろ。」とラウニィーが笑う。
「そうだそうだ!」とサンド。
「異論なしだな。」とエルドゥ。
セレナとガレンも静かに頷いた。
オリビアは少し頬を染め、ため息をひとつ。
「……じゃあ、“進む道を示す役”だけ、引き受けるわ。
誰かの上に立つんじゃない。列の先で、道を探す。」
その言葉に皆が笑った。
エルドゥが両手を叩いて声を上げる。
「よし!話はまとまったな!じゃあ早速だ、拠点作りだ!」
「ちょ、急に?」とラウニィーが笑う。
「いや、腹減ったら寝床が要るだろ!」とエルドゥ。
「理屈は合ってるようで合ってないけど……まぁいいか。」
サンドが豪快に笑い、セレナは呆れたように肩をすくめる。ガレンは苦笑しつつ斧を手に取った。
オリビアはその光景を見つめ、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
戦いしか知らなかった彼らが、今は笑っている。
その笑いが、きっと世界を変える最初の音になる。
丘に光が差し込む。朝の風が頬を撫で、遠くの森がざわめきを返した。
誰かが笑い、誰かが声を張り、木を伐る音が響き始める。
その音が、この丘に生まれた“始まり”の証だった。




