第二十六話 失われた大隊、揺れる戦線
-王国軍、師団長室-
「で、なに?アンタは暦も短い未熟な新参女中隊長に上官を討たれ、虎の子の飛空艦も撃墜される。いいようにやられ、おめおめ逃げ帰ってきたってことね?それでも王国の栄えある【騎士】なの?聞いて呆れるわ。」
元マイケル大隊配下の筆頭中隊長。マグナス・グレンヴァルドは目の前にいる女傑の言葉に何一つ反論を返さなかった。
この場には師団長、そして師団長配下の大隊長が4人居る。本来はマイケルを加え5人の大隊長が居たが席が一つ空いた形となっている。
マグナス中隊長に強く責を追求する女傑…それはイリーナ・ヴァルグレイン大隊長だ。
34歳の女性大隊長で軍規を重んじ【紅狼将軍】の別名を持つ。鍛え抜かれ均衡のとれた褐色の肉体を持つ。力こそは正義、という実戦派。後方で指揮に徹するマイケル大隊長と違い、大隊長という立場ながら前線に赴く現場主義者だ。
マイケル大隊長とは違うエリアを担当し帝国軍と相対している。撃墜には至っていないものの幾度も飛空艦を撃退している王国軍の猛者だ。
「事実だ。全く弁解の余地もない。如何なる処分でも受け入れるつもりだ。」
マグナス・グレンヴァルド中隊長は覚悟を決めたような悲痛の表情で言葉を返した。
「まぁまぁ。その辺にしときなよイリーナ大隊長。戦死したのが有能なマグナス中隊長じゃなくてオレはよかったと思うよ。マイケルならいらんしね。あ、最後のは失言だったな。忘れてくれ。」
ウインクしながら茶目っ気に舌をぺろっと出すひょうきんな男。キャシアス・エンデューロ大隊長は口を挟む。
38歳の男性大隊長。だが歳の割に若く見え20代の若者のように見える大隊長だ。魔法士のため身体はそれほど鍛えられておらず身長はイリーナよりも低い。
【砂塵の道化師】の別名を持つ大隊長だ。
「オリビア元中隊長の活躍は目覚ましかった。不思議ではあるまい。マグナス中隊長、詳細な被害状況を。中隊長クラスは何人生き残っているのだ?」
重厚な雰囲気と甲冑を纏う男が尋ねる。ディオール・グラディオン大隊長が簡潔に詳細を確認する。
47歳の男性大隊長。彼は【王国の楯】の別名を持つ。オリビアの配下の中で一番の体格を持つサンドと同じくらいの恵まれた体格を持つ偉丈夫だ。
「マイケル大隊長戦死の他、中隊長に戦死者はおりません。ただし配下のセレナ・エルンスト中隊長、ガレン・アーヴァイン中隊長も王国軍から離別、オリビア・エルフォード元中隊長に賛同し共に行動しています。」
マグナスの淀みない返事にイリーナ大隊長は紅い髪を揺らしながら悔しそうな表情を浮かべ吠える。
「セレナにガレンもだって!半数以上じゃあないか…!クッ。マイケルのヤツは部下をちっとも管理できていないじゃあないか!だからアタシはアイツは大隊長の器じゃない。反対だって言ったんだ!」
イリーナ大隊長が言葉を止めたところでマグナスは報告を続ける。
「帰還したのは私とバーソロミュー中隊長、バーソロミュー中隊長は戦闘による重傷でしばらく前線は無理でしょう。オリビア中隊麾下で戻ってきた士官クラスはヴィンス小隊長、それからダナン小隊長の2名です。最後に…オリビア元中隊長は【ダブル】になっておりました。」
続々と続く思ったより大きな被害状況に大隊長一同は言葉を失う。
そして【ダブル】とは二つの属性魔法を扱うことのできる人財を指す言葉だ。
当然、高い需要がある上に希少すぎる存在だ。それを証明するかのようにこの場にいる有能な大隊長クラスでも【ダブル】持ちは僅か一人しかいない。
そしてマイケル大隊の穴は彼らが埋めなければいけないのだから。沈黙の中、キャシアス大隊長は口を開く。
「マグナスは居るけど…まるまる大隊ひとつ消えたと思ったほうがいいね。」
会議卓に広げてある地図の地点を一瞥しつつディオール大隊長は言葉を発する。
「マイケル大隊長の管轄の半分ほどなら我が隊でカバーできなくもない。しかし全域は不可だ。部下に負担がかかりすぎて危険だ。」
三人の大隊長は割り当てを検討し始める。そこに最後残り一人、今まで発言しなかった女性の大隊長の魔法士…ミリア・フォルティスがマグナスに問いかける。
「…マグナス。オリビアは何処にいるの?」
凛とした声が流れた。ミリアは全く喋らない人物なのでマグナスは思ってもいない方向から届いた声に少し戸惑いつつ返答を返す。
「…詳細な所在は不明です。飛空艦を撃破後、賛同者を率い北へ向かいました。王都からも帝国からも離れますね。」
「………ふぅーん。」
マグナスの回答にミリアは表情を変えず、わかったのかわかってないのか曖昧な一言だけ返ってきたのち終話する。全くもって何を考えているか全員が読めなかった。
普段から押しても引いても何の反応も返ってこないミリアに声をかける大隊長はいなかった。
ある程度の暫定担当が決まったタイミングでディオール大隊長は代表し師団長へ上申した
「我らが師団長、当面は以下の割り当てで一旦は凌ごうと思います。問題のオリビア元中隊長に対しては如何いたしましょう?」
--大隊長達、そしてマグナスの視線が師団長の元へ集まった---
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-帝国軍、C-7砦 指揮官室-
オリビア中隊が撤退し再び帝国軍の占領下に置かれたミスリラ鉱石地帯の近くにあるC-7地点の砦。その場には【雷閃師団のリュカ】とその配下の戦術士官が机に地図を広げていた。
「この地点で王国の飛空艦は撃破後、銀の戦乙女達は消息を絶ちました。」
リュカは配下の戦術士官から斥候を通した報告を受ける。
「ふむ…奴らが我等の技術を転用し、遂に飛空艦を持ち出してきたか。戦いは激化しそうだな。」
(さらにその味方である大隊長の乗った飛空艦を銀の戦乙女が落としたとは)
大隊長クラスが大隊を率い動くのは帝国軍にとって非常に大きな意味を持つ。
大挙して攻めてきた!という緊張感が帝国軍に走った。さらに今回は王国軍が初の飛空艦を擁し攻略に乗り出してきた。
激しい戦いになるだろうと想定したが、到達する見込みを過ぎようとも王国軍はやってこなかった。
その後の斥候の報告は大隊を率いて攻略作戦を展開してきたものの…その配下の僅か1個中隊の蜂起程度で悉く壊滅の憂き目にあい離散した衝撃の事実だけが残った。
更に情報を集めようとリュカは斥候を飛ばしたものの、碧髪と緑髪の二人の士官…恐らく小隊長クラスの王国軍の隊に阻まれ充実した情報は得られず追い返されたという報告ばかりだった。
(やはり豪剣グレイルが討たれた上に、飛空艦を4機も失っている。全体的に帝国軍は優勢とはいえ、この周辺に限り極めて状況が悪い。故に動けん。)
その状況を作ったのは銀の戦乙女であることは明白。先日、捕縛、もしくは殺害しそこなったリュカは歯痒い思いをしていた。
「入るわよ~。」
そんな中、巨大な黒鎌を背負い漆黒のドレスローブを纏った金髪の女が現れる。
リュカにとって、ある意味では一番来てほしくないが、違った意味では一番来てほしい人物が指揮官室に現れる。
「くすっ、こんな可愛い副官を置いて、ずっと辺境で楽しんでいる隊長サマ。皇帝サマの命で来たわよ。【今すぐ帝都に帰還せよ】と命令ね。」
現れた金髪の女。自身の副官であるシェリル・クレセントだ。
この女は戦闘力も高く智謀も長けるため非常に有能だ。類稀な美貌や、纏うオーラから兵を率いるカリスマも本来は持っている。
ただし味方相手であっても容赦ない苛烈かつ危険な性格のため、差し引きするとリュカとしては懸念点が多すぎて扱いにくいことこの上ないのだ。
「…帝都に帰還はしない。この場を治める指揮官の派遣、任命依頼を引き続き行ってくれ。それが来たら帰還しよう。」
リュカは副官シェリルに対し、意向を返す。
「ふふふふ。隊長サマはそういうと思ったわぁ。もう手配してあるわよ。」
相変わらずの手際の良さだ。リュカは舌を巻く。
「助かる。性格は最悪だが本当に仕事だけはできるな。」
「ちょっとぉ!性格は最悪ってどういうことよぉ!酷い隊長サマね!プンプン…!」
目の前の女は頬を膨らまし、ふくれっ面をしている。演技なのやら自覚がなく本心なのやら……。
(さて、とりあえず懸念はあるもののシェリルが砦に居るなら…とりあえず動くこと自体はできるな。ただこの女、銀の戦乙女に興味を示していたからオレに断りなく勝手に動かんとも限らん。まあ銀の戦乙女の所在は不明だしすぐ動くとは思えんが…。さあどうするかな。)
雷閃のリュカは今後の動きを模索するのであった。




